小日向死刑囚と面会を重ねていた進藤龍也牧師
「昨年12月ごろに会ったのが最後の面会になりました。その時の会話はいつものように、お互いの近況報告というか他愛のない話でした。もう彼は1年以上、車椅子生活をしていた。本人も原因をよくわかっていなかったと思いますが、腰が痛くなって車椅子に乗らないと移動ができないようでした。
死刑が確定してから16年ですか? いつ執行されるか分からない生活をずっと続けていたことで、精神も肉体もボロボロだったんです。
自律神経失調症にもなっていて、この数年はとにかく体調が悪かった。睡眠薬を服用して、顔が腫れぼったくなって、若い頃のキリッとした面持ちは見る影もなくなっていました。彼はヤクザだった頃のプライドからか、差し入れを自ら求めることはなかったのですが、肌がチクチクして普通の下着を着ると痛いとのことで、綿製のものを差し入れたことありましたね。
進藤牧師は小日向死刑囚と長く交流を続けてきた。自身も“元ヤクザ”である進藤牧師だからこそ、寄り添えたところもあるのだろう。面会にとどまらず、かなりの頻度で手紙を送り合っていた。
「私は刑務所にいる受刑者の支援をしているので、多くの手紙をもらいますが、まとめて1か月に1回とか集中して返事を書くんです。しかし小日向は死刑囚です。いつこのやり取りが終わってしまうか分からないので、なるべくすぐに返信していました。そうすると、週に何回か手紙を書くことになります。最近ではかなり早いペースでやり取りをしていた。
私の誕生日が昨年末にあったのですが、彼は日にち指定でお祝いのメッセージをくれた。亡くなる1か月前くらい前です。その後にも手紙をくれました」(同前)
最後の手紙は12月25日に届いたものだった。年末に多いとされている死刑執行がないと判断した小日向死刑囚は、手紙の冒頭に〈今年も一年、生きのびることができました〉と書いていた。
「今回のことで、小日向が死刑確定後も執行されずに16年も生きていたことが、改めて世間に広まりました。税金が費やされてきたことを批判するような意見があることも承知しています。
ただ、私はやはり死刑には反対なんです。彼は長い間、自分と向き合い、本も書いて悔い改めようと頑張っていました。時には私とぶつかることもありましたが、少なくとも事件を起こした時の彼とは別人になっていました。
彼は刑を受けることなく天に召されることになりました。死刑が執行されてもされなくても、命の灯火が消えるという点では同じです。
私の教会には彼のために花を持ってきてくれた人もいるし、死亡する前に、病院とはいえ、シャバに出られてよかったと言ってくれた人もいます。安らかに眠っていただきたい。彼の最期に感謝し、私は祈ります」(同前)
進藤牧師は「死別の別れは辛いですね」と、小日向死刑囚の遺影に目を向けていた。
