ウイグル人の父親が息子に「思想犯罪」を告白し、寛大な処置を受けるために中国共産党に従うよう告げる場面(日本ウイグル協会提供)
しかし、徐々に暗雲が立ちこめる。
2009年、中国広東省の玩具工場で起きたウイグル人労働者への襲撃事件への抗議活動がウイグルの中心都市・ウルムチで行われたことが発端となり、大規模な衝突により多くの死傷者を出した「ウルムチ事件」が勃発。このウルムチ事件以降、中国当局のウイグル民族に対する弾圧は加速の一途をたどった。
「ウルムチ事件の時は、私を含めた在日ウイグル人たちが中国大使館への抗議活動などを行なったんです。そういう事情もあって、当時は『今ウイグルに帰ると危険かもしれない』という雰囲気でした。それでもいつかは帰れるという期待はあったように思います。しかし、それは大きな間違いでした
2016、2017年あたりからは『在外ウイグル人はもう誰が帰っても危ない』という状況まで悪化してしまいました」(同前)
大きな変化が起きたのは2017年初めごろだ。当時は今と異なり、日本国内と同じぐらいの気軽さでウイグルの親族とビデオ通話で会話をすることが当たり前にできていたという。
「海外に滞在しているウイグル人に対して、親などの親族から『全員帰ってこい』という連絡が唐突に届き始めました」(同前)
変化はアフメット会長の家族の元にも訪れた。それまでは「日本で順調に勉強や仕事ができているんだから、日本で頑張りなさい」と応援してくれていた両親が、突如ビデオ通話中に「早く帰ってきて」と繰り返すようになったという。
「その当時、世界各国で暮らしていたウイグル人がちらほら行方不明になっている、という話を耳にしていました。そのため両親からの連絡にも疑心暗鬼になっており、『今は仕事や子供の学校の都合で、すぐには帰れない』と理由をつけて断っていました」(同前)
