強制収容されたウイグルの人々(日本ウイグル協会提供)
「家族の声を最後に聞いたのは2018年3月です」──ウイグル問題に関する周知活動を行う「日本ウイグル協会」のレテプ・アフメット会長。彼の家族もまた、中国当局による強制収容の被害に遭ったとみられ、約10年間連絡を断たれたままだという。
一時は悲しみに暮れ何も手付かずの日々が続いたこともあったという。“民族解放”に向けて粉骨砕身するアフメット会長を突き動かす原動力とは。【全4回の第3回。第1回から読む】
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アフメット会長は新疆ウイグル自治区南部郊外のケリピン県生まれ。2001年にカシュガル大学物理学部を卒業し、翌年に来日、東京大学大学院理学系研究科で修士号を修めた。2010年には日本国籍を取得し、現在は都内のIT企業に勤務しながら協会での活動を続けている。
「1990年代はシルクロードブームの影響で、日本人の観光客を街中でたくさん見かけました。観光客の人に街を案内したこともありましたよ」と微笑みながら当時を振り返る。日本人観光客らとの交流や、日本への留学経験のある大学教員からの体験談などで好印象を持ったことが、留学の決め手になったという。
元々ウイグル人の来日は大学院進学が目的である割合が多く、現在日本で暮らすウイグル人2000人のうち約200人が博士号を取得しているという。留学生たちは最終的にウイグルに戻って働くケースが多数を占めていたため、アフメット会長も大多数の留学生同様に将来的には帰国する予定だった。
