岩隈久志一覧

【岩隈久志】に関するニュースを集めたページです。

今シーズン中に球団歴代1位の勝利数に到達しそうな巨人・原辰徳監督(時事通信フォト)
『ジャイアンツ愛』から18年、巨人・原監督の名将への軌跡
 昨年、5年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした巨人。6月19日に開幕する今季プロ野球で通算14年目を迎える原辰徳監督はこれまで1024勝を挙げており、順当に行けばシーズン中に長嶋茂雄監督の1034勝、川上哲治監督の1066勝を抜き、球団歴代1位の勝利数になりそうだ。なぜ、原監督は“勝てる監督”になったのか。野球担当記者が話す。「時代によって、采配スタイルを変えてきたことが大きい。2002年、長嶋監督の後を受けて43歳で就任した時は『ジャイアンツ愛』をキャッチフレーズに、選手を尊重して情に厚い指揮官でした。松井秀喜が全試合4番に座り、二冠王を奪取。前年まで不振に陥っていた桑田真澄も復活して、最優秀防御率を獲得した。原監督が選手を信じ、我慢して起用したことで、斉藤宜之や鈴木尚広など長嶋政権時代には芽が出なかった若手が成長し、チーム全体がのびのびとしていました。毎年のように大型補強をしていた長嶋監督時代と異なり、この年の補強は新外国人のワズディン、クレスポ、中日からFAで前田幸長を獲ったくらいでした」(以下同) 2002年は序盤こそ星野仙一監督1年目の阪神が快走したが、夏場には巨人の独走状態に。2位・ヤクルトに11.0ゲーム差をつけ、原監督が宙に舞った。日本シリーズでもパ・リーグ王者の西武を圧倒し、4勝0敗で日本一に。選手時代の1990年、0勝4敗と叩きのめされた相手に雪辱を果たした。新たな黄金時代の到来かと思われたが、オフには松井がヤンキースに移籍。その一方で、松井と本塁打王を争っていたロベルト・ペタジーニをヤクルトから獲得した。「“脱長嶋野球”で日本一になったのに、他球団の4番を奪ってくるという補強に逆戻りしてしまった。原監督の意思というより、フロントの意向だったのでしょう。ペタジーニの本職である一塁には清原和博がいるため、外野で起用しましたが、開幕戦で本塁への送球を暴投するなど守備の乱れも目立った。この頃の原監督は良くも悪くも頑固で、前半戦は清原が欠場していてもペタジーニを外野で使っていましたし、抑えの河原純一が何度失敗しても9回を任せ続け、チームの調子は上がりませんでした」 この年は3位とAクラスを確保したが、原監督は球団代表との確執も噂され、辞任。後を受け継いだ堀内恒夫監督が3位、5位に終わると、2006年から第2次原政権が始まった。スタートダッシュに成功し、最大貯金14と首位を快走したが、交流戦で失速。6月に8連敗、10連敗、7月に9連敗を喫し、最下位に落ちた時期もあった。なんとか4位に踏みとどまるも、借金14で球団史上初の2年連続Bクラスに終わった。「この年がターニングポイントでしたね。故障者が続出したことで、『巧い選手ではなく、強い選手が欲しい』と言うようになった。時折非凡さを感じさせるプレーをする選手よりも、年間を通して働ける選手を望みました。“強い選手”は計画性や己を律する能力がある、と原監督は考えています。2006年の惨敗をきっかけに、完全な実力至上主義を打ち出し、情に厚いイメージが消えた。このオフから『ジャイアンツ愛』という言葉が、ほとんど聞かれなくなりました」 2007年の春季キャンプで、前年の後半戦に1番として起用した鈴木尚広、チームリーダーとしても期待の二岡智宏がケガで離脱すると、報道陣に〈鈴木? 痛いのかゆいの言って、土俵にも上がっていない。二岡? そんなのいたっけ?〉と突き放した。シーズンに入ると、二岡は139試合に出場し、打率2割9分5厘、20本塁打と主軸として活躍した。しかし、7月の広島戦では、チャンスの場面で代打に小関竜也を送るなど厳しい一面を見せた。「原監督はコーチの頃から二岡に大きな期待を掛けていましたし、レギュラー選手のプライドを重視していた第1次政権では考えられない采配でした。結果的に小関は凡退し、この用兵は当たらなかった。ただ、誰も特別扱いしないという方針を示したことで、チームに緊張感を生んだ。 この年、原監督は1番に高橋由伸を抜擢し、先発に拘っていた上原浩治を抑えに回した。オフにはFAで小笠原道大、トレードで谷佳知を獲得した。彼らがシーズンを通して働いて“強い選手”の模範となり、巨人は5年ぶりの優勝に輝きました。監督の意識改革が、そのままチーム改革につながった。小笠原や谷の補強は数字の面だけでなく、練習への姿勢などでも他の選手への影響を与えていた。指揮官にはそんな狙いもありました」 原監督は2007年から3連覇、2009年にはWBCで指揮を執り、世界一に導いた。落合博満監督の中日に2年間覇権を渡してしまうが、2012年からまた3連覇。2位に終わった2015年限りで退任したが、2019年に復帰するとチームを5年ぶりの優勝に導いた。「プロ野球の歴史を振り返ると、名将と呼ばれた監督たちも在任期間が長くなると、徐々に勝てなくなってくる。原監督のように“第3次政権”となると、過去の成功体験に囚われてしまいがちです。選手の考え方は世代によって変わっていきますし、時代に合わなくなっていくのです。 しかし、原監督は常に自身をブラッシュアップさせ、考え方も戦略も柔軟に変化させている。肉体は衰えますが、思考は何歳になっても変えられると示しています。昨年、丸佳浩や炭谷銀仁朗というFA組は活躍したが、期待された中島宏之や岩隈久志という移籍組、ビヤヌエバやクックといった新外国人は数字を残せなかった。エースの菅野智之も不調に陥る中、原監督が選手を適材適所で起用することで、なんとか優勝できた。第2次政権で山口鉄也や松本哲也などが育ったように、昨年も増田大輝や若林晃弘が伸びました」 今年の巨人はオフに目立った補強もできず、戦力的に頭抜けているわけではない。坂本勇人や大城卓三が開幕から全開というわけにもいかない。先発も、昨年の勝ち頭である山口俊がメジャーに行き、菅野以外で計算できる投手が少ない。苦しい状況の中、原辰徳はどう選手をやり繰りし、巨人監督最多勝利を実現するか。
2020.06.17 16:00
NEWSポストセブン
落合博満監督(当時)はさまざまな采配を見せてきた(時事通信フォト)
開幕投手で相手チームを幻惑し続けた中日・落合監督
 6月19日、いよいよプロ野球が始まる。気になる開幕投手の顔ぶれは各チームの監督の公表によって、以下のように明らかになっている。 セ・リーグは、巨人・菅野智之(3年連続6回目)vs阪神・西勇輝(2年ぶり2回目)、ヤクルト・石川雅規(3年ぶり9回目)vs中日・大野雄大(3年ぶり3回目)、DeNA・今永昇太(2年連続2回目)vs広島:大瀬良大地(2年連続2回目)。パ・リーグは、楽天・則本昂大(2年ぶり6回目)vsオリックス:山岡泰輔(2年連続2回目)、西武・ザック・ニール(初)vs日本ハム・有原航平(3年ぶり2回目)、ソフトバンク・東浜巨(初)vsロッテ:石川歩(2年連続2回目)。 直前の怪我などがなければ、まずこの顔触れになりそうだ。現役で最も多く開幕投手を務めたのは、涌井秀章(西武→ロッテ→楽天)の9回。順当に行けば、ヤクルトの石川はトップに並ぶことになる。3位は、7回の岩隈久志(近鉄→楽天→メジャー→巨人)。4位タイは、6回の松坂大輔(西武→メジャー→ソフトバンク→中日→西武)、金子千尋(オリックス→日本ハム)になる。 歴代の開幕投手回数ベスト5を挙げると、1位タイは14回の金田正一(国鉄→巨人)、鈴木啓示(近鉄)、3位は13回の村田兆治(ロッテ)、4位は12回の山田久志(阪急)、5位は10回の東尾修(西武)となっている(記録は2リーグ分裂以降。以下同)。いずれも通算200勝以上の大投手だ。昨今はメジャーリーグへの移籍、3月にWBCが行われる事情もあり、金田や鈴木の14回を抜くのは困難かもしれない。 昭和の頃から開幕戦はエースに託すというイメージが強い。しかし、過去には奇策を打って出るチームもあった。最近では、2004年から中日で指揮を執った落合博満監督が3度も意外な手で相手を幻惑した。野球担当記者が話す。「最も有名なのは、就任1年目に3年間登板ゼロの川崎憲次郎を開幕投手に持ってきたことでしょう。当時の中日は山本昌、野口茂樹、川上憲伸というエース級が揃っており、誰も予想できなかった。チームメイトも、当日のロッカーで知って驚いたという逸話まであります。落合監督は正月には川崎の開幕投手を決めていたようですが、それが情報漏れしなかったことも見事です」(以下同) 川崎は2回途中5失点で降板したものの、打線が奮起し、広島のエース・黒田博樹を攻略。8対6で逆転勝ちを収めた。ルーキーや新外国人、メジャーから復帰した2003年のオリックス・吉井理人を除けば、前年登板なし投手の開幕先発は初めてだった。この奇策は他球団に落合采配を警戒させるのに十分なインパクトを与え、同年中日は5年ぶりのリーグ優勝を果たした。 翌年から2008年までの開幕投手はエースの川上憲伸と正攻法だった。その川上がアトランタ・ブレーブスへ移籍した2009年、落合監督は3年目の浅尾拓也を抜擢した。前年は全てリリーフでの登板で、先発は1年目の8月17日以来だった浅尾は8回1失点と期待に応え、チームは4対1で横浜を破った。「川上は去りましたが、吉見一起は前年に初の2桁勝利を挙げていました。先発にはチェンや中田賢一もいた。その中で、前年のセットアッパーである浅尾の起用は驚きました。浅尾は5月13日を最後にリリーフに回り、引退まで先発することはありませんでしたから、周囲には奇策に見えたでしょう」◆前年4勝以下の投手を3度開幕投手に選出 2011年には、前年4勝のネルソンに開幕を任せた。この年は春季キャンプでチェン、吉見、山本昌と投手陣に故障者が続出。誰が来るのか予想しづらい中、落合監督は開幕戦の出場選手登録に朝倉健太、岩田慎司、小笠原孝、中田賢一、ネルソン、山内壮馬というローテーション投手を全て入れた。通常、先発投手の登録は数名に絞り、リリーフや野手を補充するが、相手の横浜を幻惑する作戦を取ったのだ。開幕戦は敗れたものの、その年、中日は首位・ヤクルトとの最大10ゲーム差を逆転し、連覇を果たした。 落合監督は中日で指揮を執った2004年から8年間で、前年4勝以下の投手を3度も開幕に選んだことになる。同期間の12球団では、2008年のヤクルト・石川雅規(前年4勝)と阪神・安藤優也(前年2勝)の2人だけ。石川は前年不調に陥り、チームの最下位もあって勝ち星が伸びなかったが、2006年まで5年連続2桁勝利。安藤は前年故障で8試合の登板に終わっていたが、2005年から2年連続2桁勝利という実績があった。「落合監督は、その時々のベストを選択していく監督でした。浅尾を抜擢した2009年も、『普通に考えればそうなる。みんなキャンプ、オープン戦を見てないからな』と報道陣に話していた。つまり、“開幕戦はエースでなければならない”という固定観念を持たなかった。先入観に縛られる世間から見ると奇策のように映りますが、落合監督の中では当たり前のことなんです。 2007年、巨人とのクライマックスシリーズ初戦、レギュラーシーズンの後半戦0勝5敗だった左腕の小笠原孝を起用した時も、『奇襲でも何でもない。普通の選択』と答えています。この年の巨人は1番・高橋由伸を筆頭に、小笠原道大、李承燁、阿部慎之助と左の強打者が並んでいました」 試合中の采配はオーソドックスな印象だった落合監督だが、開幕戦での先発起用では相手を幻惑し、その試合のみならず、シーズンを通して主導権を握っていった。そして2010年、2011年と連覇した落合監督が解任された翌年、セ・リーグは予告先発制度が導入された。「予告先発はお互いにミーティングの時間も減りますし、正々堂々と戦うという大義名分もある。しかし、いかに相手の裏をかくかという心理戦は野球の醍醐味のひとつですし、そこからドラマも生まれる。最近は読み合いの風潮が薄れており、ソフトバンクのように強いチームが予想通りに日本一になる。野球は意外性のスポーツであり、想像しなかったことが起こるから面白いという面がある。今のプロ野球界では、なかなか奇策が打てませんね」 時代によってルールは変わる。これは仕方ないことかもしれないが、落合監督の作戦が今もファンの記憶に残っていることも忘れてはならない。
2020.06.16 16:00
NEWSポストセブン
近鉄と巨人をつなぐ様々な縁(近鉄時代の岩隈久志。時事通信フォト)
最後の猛牛戦士・岩隈も… 近鉄と巨人をつなぐ不思議な縁
 6月19日、プロ野球の2020年シーズンが開幕する。新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、3か月遅れたため、今季は120試合が予定されている。今年は2リーグ分裂から70周年という節目の年だ。初年度の1950年はセ・リーグ8球団、パ・リーグ7球団だった。現在も、同じ経営母体の球団はセが巨人、中日、阪神、広島。パは1つも存在していない。 パ・リーグの中では、近鉄が最も長期間にわたって球団を保持していた。1950年発足の近鉄パールスは、法政大学で指揮を執っていた藤田省三を監督として迎え入れ、関根潤三など六大学のスターを集めた。しかし、1年目は優勝の毎日オリオンズに37.5ゲーム差を付けられ、最下位。1953年まで4年連続テールエンドになる。 六大学の首位打者や都市対抗野球優勝経験があり、時事新報や朝日新聞の記者も務めていた芥田武夫監督の1954年、8球団中4位でAクラスとなるも、翌年からはBクラスに逆戻りし、1958年には130試合で29勝しかできず、勝率2割3分8厘に終わった。パ・リーグは1954年に高橋ユニオンズが加わって8球団になるが、戦力差は如実に現れ、消化試合が多くなってしまい、観客動員も低迷。1957年には7球団、翌年には6球団と減っていった。野球担当記者が話す。「危機感を覚えていた近鉄は1958年オフに巨人の2軍監督を務めていた千葉茂を招聘します。戦前から巨人の中心選手だった千葉は川上哲治と並び、次期監督候補と目されていました。もし千葉が近鉄に行かず、巨人に残って監督になっていたら、球史も変わったかもしれません」(以下同) 近鉄は、千葉新監督の愛称である「猛牛」をチームの呼称にして「パールス」から「バファロー」に。千葉監督は巨人から内藤博文ら3選手を引き連れてきた。翌年オフにはかつての30勝、MVP投手である大友工が10年選手制度を利用し、近鉄に。加倉井実など含め、計5選手が巨人から移籍してきた。しかし、成績は上がらず、3年目の1961年には140試合制で103敗を喫し、3年連続最下位となり、千葉監督は辞任。翌年、「バファロー」から「バファローズ」と呼称は複数形になった。「千葉監督は成績を上げられませんでしたが、近鉄球団の改善に尽力した。まだ新幹線が開通する前の時代、近鉄は三等車で移動していたが、千葉はフロントに要求して二等車に変え、宿舎の質も上がった。練習設備も徐々に整えられて行きました。また、巨人の親会社である読売新聞は関西や九州の販路拡大を目指しており、近鉄と付き合うメリットがあった。千葉茂を譲渡したことで、キャンプ地として評判の高かった宮崎を近鉄から譲り受けています。千葉監督の就任をきっかけにパイプができたことで、その後も両球団の間で移籍が活発になりました」現役の「猛牛戦士」は3人だけ 巨人と近鉄のトレードといえば、1985年オフに定岡正二が移籍を拒否し、引退したことが思い出される。結局、巨人は淡口憲治、山岡勝を放出し、近鉄から有田修三を獲得した。 有田は当時のレギュラー捕手である山倉和博を脅かす存在となる。1986年9月8日、広島とのデッドヒートの最中、後楽園球場での大洋戦では8回2死一、三塁の場面で、三塁線にセーフティースクイズを試みる。アウトとも捉えられかねないタイミングだったが、判定はセーフ。決して足が早いとは言えない有田のセーフティーバントに巨人ファンは狂喜乱舞した。 淡口は近鉄移籍後も、シュアな打撃でチームに貢献。1988年、ロッテとの伝説の『10.19』では第1試合、同点のまま終われば優勝のなくなる9回表、先頭打者として二塁打を放ち、勝ち越しの口火を切る。第2試合では同点の9回裏2死満塁で、愛甲猛の放ったレフト前に落ちそうな打球を好捕するなど勝負所で活躍。翌年、近鉄の優勝に貢献し、日本シリーズでも4試合に先発出場したが、その年限りで引退した。 1996年オフには近鉄の4番を張った石井浩郎と巨人の抑えだった石毛博史、若手の有望株である吉岡雄二の1対2のトレードがあった。また2001年のシーズン途中には近鉄の田畑一也、真木将樹と巨人の三沢興一、玉峰伸典の2対2の投手同士のトレードが成立した。 これらの交換が、2001年の近鉄最後の優勝に大きな意味を持っていた。近鉄移籍後に花開いた吉岡は同年、26本塁打、85打点と主軸として活躍。三沢は投壊に苦しむチームの中で、中継ぎとして7勝0敗と働き、優勝に貢献した。 2004年、近鉄は球団再編の波に飲まれ、消滅した。しかし、今も岩隈久志(巨人)、近藤一樹、坂口智隆(ともにヤクルト)の3選手が数少ない猛牛戦士として現役を続けている。「いずれも30代後半なので、今シーズン成績を残せなければ、解雇される可能性は十分にあります。特に岩隈は昨年1試合も1軍で投げられておらず、今年に賭ける思いは強いでしょう。巨人と関係性の強かった近鉄出身で、数少ない生き残りの岩隈が晩年をジャイアンツで過ごすのも、縁を感じます。巨人は先発の駒が足りていないので、岩隈の力を必要とする時が来ると思います」 今季、復活を懸ける岩隈。巨人ファンのみならず、近鉄ファンもその勇姿が東京ドームで見られることを期待している。(文中敬称略)
2020.06.11 07:00
NEWSポストセブン
2005年に誕生した楽天の初代監督・田尾安志氏
初代楽天監督・田尾安志氏「あと2年やらせてもらいたかった」
 2005年に誕生した東北楽天イーグルスの初代監督を務めた田尾安志氏(65)。合併した近鉄とオリックスから集まった選手を率いたが、結果は38勝97敗1分の最下位。就任1年目での解任となった。監督としてやり残したことを聞いた。 * * * 戦力が全く整っていない中、97敗でも最高の結果だったと思っています。開幕戦こそエースの岩隈久志で勝ちましたが、2戦目は0対26という歴史的な大敗。その後も連敗が続きました。 当時の楽天は、35歳以上のベテランが17人もいた。長くプロでやってきたプライドと、新球団から“拾われた”という現実がある。彼らのモチベーションも高めながら指揮する必要があり、やはり数字を残した人にチャンスを与えるシンプルなやり方しかなかった。 監督を引き受けた時点で、1年目の結果は覚悟していました。僕のミッションは「プロで戦えるチームを作り上げて、次にバトンを渡す」こと。言葉を換えれば、僕は“プロレベルの最下位”を目指していた。しかし、1年目はそのレベルに達していない最下位でした。 チームの底上げには、少なくとも3年はかかると考えていた。3年でプロレベルの最下位まで持っていき、4年目以降は5位、4位、そしてAクラスへと上がっていくチームになってくれればいい、と。 それだけに、1年目で解任されてしまったのは残念でした。チーム作りのために、現場監督というより、GM的な動きに終始せざるを得なかった。2年目も続けるつもりだったので、当時のソフトバンクの王(貞治)監督や、ロッテのバレンタイン監督らにもトレードの相談など協力をお願いしていました。あと2年やらせてもらえれば、最下位から脱出できるチームにできたという思いが強かった。 あれだけ負けましたが、負けるチームにも応援してくれるファンがいた。僕は現役時代、中日や阪神でヤジられる文化で野球をしてきたので、ヤジは覚悟していました。でも、東北のファンはどれだけ負けても温かく応援してくれて嬉しかったです。 そんな東北のファンの皆さんに、星野(仙一)監督が成し遂げたように、ボロボロの最下位から日本一を達成する姿をお見せしたかったですね。●たお・やすし/中日、西武、阪神で通算1560安打を記録。首位打者争いで2位につけた1982年、5打席連続敬遠で勝負してもらえずタイトルを逃した。※週刊ポスト2020年1月3・10日号
2019.12.25 16:00
週刊ポスト
巨人残留を希望しているというゲレーロ(写真:時事通信フォト)
巨人ゲレーロの去就は? マギー切りの教訓活かせるか
 今季5年ぶりのリーグ優勝を果たしたものの、日本シリーズで4連敗した読売ジャイアンツ。ソフトバンクとの差は歴然としていた。 両リーグで首位打者を獲得し、今年も137試合にスタメン出場した内川聖一、2013年に首位打者、最多安打のタイトルに輝いた長谷川勇也、昨年まで7年連続で規定打席に到達していた中村晃などが控えに回ることもあったソフトバンクの層の厚さに比べ、巨人はシーズンで2割3分9厘しか打てなかった2年目の若林晃弘をスタメンで使わざるを得ないほどだった。野球担当記者が話す。「FAで丸佳浩や炭谷銀仁朗を獲得するなどの大型補強で優勝できたと考える人もいますが、今季の巨人の選手層は決して厚くなかった。野手陣も投手陣も、原辰徳監督が上手くやり繰りして何とか優勝にこぎ着けた印象です」(以下同) 移籍組で今季の戦力となったのは丸と炭谷くらいだった。メジャーで3度2ケタ勝利を挙げた岩隈久志は1軍登板なし。過去打率3割台を6度記録している中島宏之も今季は不振に陥った。昨季メジャーで20発を放ったクリスチャン・ビヤヌエバも期待はずれに終わった。「昨季、打率2割8分5厘で、チーム2位の本塁打、打点を記録していたケーシー・マギーを切ってまで獲得したビヤヌエバは2割2分3厘、8本塁打、24打点で8月中旬以降、1軍出場なし。クライマックスシリーズ、日本シリーズでも出番がありませんでした。 日本シリーズでは、山本泰寛や若林晃弘が守備でのミスもあり内野陣の手薄さを露呈した。マギーがいれば、昨年より成績が落ちたとしても、少なくともビヤヌエバ以上は活躍したでしょうし、日本シリーズでもベテランの持ち味で力になってくれたと思いますよ。若手を勇気づけたり、同じ外国人選手を叱ったりできるリーダーシップもあり、目に見えない貢献度も高かった。球団はマギーとの契約を解除する時、高齢も1つの理由にしていましたが、成績を残しているにもかかわらず、年齢で判断するやり方は解せません」 今季限りで2年契約の切れるアレックス・ゲレーロは残留を熱望しているようだが、去就はまだ決まっていない。今季不振で2軍落ちしたものの、8月以降はスタメンに名を連ね、9月15日の阪神戦では8回裏に逆転2ランを放ち、涙を流したこともあった。「1軍の外国人選手枠が2人しかなかった昔と違い、今は4人まで認められている。ツボにハマれば打ちまくるゲレーロを切る必要はないでしょう。打率は2割3分7厘と低かったものの、21本塁打をマークし、一昨年のホームラン王という実績もある。ビヤヌエバが示したように、メジャーのレギュラークラスでも日本で打てる保証はない。もし大物外国人選手が獲得できたとしても、ゲレーロは残しておくべきではないでしょうか」 はたして去就はどうなるか。
2019.10.27 16:00
NEWSポストセブン
石井琢朗・巨人コーチ就任へ 古巣横浜にはもう戻らないのか
石井琢朗・巨人コーチ就任へ 古巣横浜にはもう戻らないのか
 今季限りでヤクルトを退団した石井琢朗コーチが、来季は巨人の1軍コーチとして指導に当たると各スポーツ紙で報じられている。 石井琢朗は、1998年に横浜を38年ぶりの優勝に導いたリードオフマンであり、球団史上最多安打数を誇るベイスターズの顔だった。しかし、38歳の2008年に不振に陥ると、球団から引退勧告を受ける。石井はそれを拒否して広島へ移籍。4年間、現役を続けて2012年限りで引退した。その後、広島でコーチに就任し、2016、2017年の優勝に大きく貢献した。昨季からはヤクルトの打撃コーチに。今季は高卒2年目の村上宗隆が36本塁打、96打点を挙げるなど、若手育成の手腕が高く評価されている。その敏腕コーチを巨人が獲得することとなった。 石井はコーチとして、セ・リーグで3球団を渡り歩くことになる。今年、ヤクルト退団が報じられると、横浜ファンから復帰を望む声も挙がっていたが、古巣へ戻ることはなかった。野球担当記者が話す。「遺恨が残るような退団の経緯でしたからね。その後の他球団での貢献ぶりから考えると、石井が指導者として在籍していれば、横浜は今より強くなっていたかもしれません。チームの顔がフロントと折り合わずに移籍して、そのまま移籍先で指導者になり、元の球団に戻ってこない例は多々あります」(以下同) 1977年、南海ホークスの野村克也選手兼任監督は解雇を言い渡されると、オフにロッテに移籍。最終的には西武で引退した。9年間に及ぶ解説者生活を経て、1990年にヤクルトの監督に就任。4度のリーグ優勝と3度の日本一に輝き、長きにわたって低迷していたチームを立て直した。その後も阪神、楽天の監督を務めたが、古巣であるホークスにカムバックすることはなかった。「野村監督の退任した翌1978年から1997年までホークスは20年連続Bクラスでした。その間、ホークスの顔だった野村氏がヤクルトの黄金時代を築いたことは皮肉でした」 ファンからすれば、生え抜きとして活躍したスター選手が監督やコーチとしてチームを率いる姿が望ましいだろう。しかし、球界では最終的に引退した球団で指導者になるケースは多いが、古巣に戻る例は意外と少ない。「横浜では金城龍彦も引退勧告の末にFAで巨人に移籍し、今年は2軍の打撃兼外野守備コーチでした。巨人がよく戦力外になったベテランや峠の過ぎた選手をFAで獲得するのは、引退後を見越してのことでしょう。昨年オフに獲得した、メジャー経験者である中島宏之や岩隈久志は、今シーズン活躍できませんでした。来シーズンもどれくらい成績を残せるか不透明です。しかし、仮に選手として上手くいかなくても、将来指導者として豊富な経験を伝えてくれればいいと球団は考えているのではないでしょうか。 巨人の補強は批判されることもありますが、将来のことまで視野に入れている。巨人で、功労者が遺恨を残して移籍するケースがないとは言いませんが、少ないほうでしょう。もちろん選手としても、巨人ブランドのまま引退したいという思惑はあるかもしれませんが、12球団の中では功労者を無下にしない部類に入ります。今年の阪神の鳥谷敬や楽天の嶋基宏のように、球団史に残るような活躍をした選手には、本人が納得いくまで、その球団で現役をやらせてもいいと思います。将来を見越した時、優秀な人材を他球団に流出することになり、結局球団が損をすることになるからです」 将来、石井琢朗がコーチ、あるいは監督として、横浜に復帰する日は来るだろうか。
2019.10.25 16:00
NEWSポストセブン
猛虎戦士にも触手?(時事通信フォト)
巨人OBが明かした仰天情報 「阪神・鳥谷と藤浪を…」
 2019年シーズンでは、なんとかクライマックスシリーズ(CS)進出を果たした阪神。来季の去就に注目が集まる鳥谷敬(38)を「巨人が獲得する」との仰天情報が飛び出した。 ある巨人OBが語る。「かつて中日の功労者・井端弘和氏を獲得したこともあったが、それは高橋(由伸)監督と同級生という関係性があったから。“さすがに鳥谷には手を出さないだろう”と言われているが、一方で原(辰徳)監督は“藤浪(晋太郎・25)はウチなら再生できる”と考えているかもしれません。 だが、そうした大型補強で加入した中島宏之(37)や岩隈久志(38)は全く活躍しなかった。真っ先に戦力外にしないといけないはずが、現役続行のようだ」 CSからオフの動向まで、まだまだ目が離せない。※週刊ポスト2019年10月18・25日号
2019.10.11 07:00
週刊ポスト
5年ぶりのリーグ優勝を決め胴上げされる原辰徳監督(写真:時事通信フォト)
巨人・原監督が成し遂げた「育成しながら優勝」という偉業
 9月21日、巨人がDeNAを3対2で破り、5年ぶり37回目のセ・リーグ優勝を果たした。今年、覇権を握った大きな要因は若手の成長にあるだろう。昨年オフに大型補強をしたものの、前オリックスの中島宏之は不振で2軍暮らしが続き、前マリナーズの岩隈久志は1軍での登板なし(記録は9月21日現在。以下同)。マギーの代わりに獲得した新外国人のビヤヌエバも1軍に定着できず、守護神を期待されたクックも日本野球に対応できたとは言えなかった。野球担当記者が話す。「3度目の監督就任となった原辰徳監督は“若手を育てながら、優勝する”という偉業を果たしたと思います。前半戦、原監督が我慢して若手を起用し続けた。その成果が優勝を懸けた終盤に現れました」(以下同) 今年の巨人で、年間を通して活躍した野手は坂本勇人、丸佳浩の2人のみと言っていいだろう。4番として期待された岡本和真は不振で6番に降格し、一昨年の本塁打王であるゲレーロは夏場になってようやく状態を上げてきた。そうした中で、原監督は若手を積極的に起用した。 3連敗を喫し、3ゲーム差と迫られた9月20日、21日のDeNAとの天王山では大城卓三、重信慎之介、若林晃弘、増田大輝という20代の選手が活躍した。彼らはいずれも、前半戦に原監督にチャンスをもらっている。「彼らは前半戦からチャンスをもらい、経験値を増やしました。増田は4月23日にプロ初打席初安打を記録し、終盤の1点を争う場面で代走として起用された。交流戦になると、捕手登録の大城は主に5番・一塁で起用され、若林は二塁に抜擢された。4年目を迎えた重信もスタメン出場が増えた。6月20日のオリックス戦で盗塁を試みなかった重信に対し、原監督は『2点ビハインドで打順が下位打線に向かうところで、3球あってスタートを切れないと特長が生きない』と説教した。結果論で責めるのではなく、積極性のなさを嘆いた」 20日、DeNAとの初戦、大城が3回に貴重な一発を放ち、優勝マジックを2に減らす。21日の2戦目は1点ビハインドの9回表2死ランナーなしから6番・重信が四球で出塁し、盗塁を決める。7番・若林が四球を選び、8番・小林誠司が同点タイムリーを放った。そして延長10回、決勝タイムリーは増田のバットから生まれた。「波に乗れなかった前半戦、普通の監督ならベテランの阿部慎之助を使いたくなる所でも、原監督は2年目の捕手・大城に一塁を守らせ、伸びしろに期待した。そして、勝負所と見た8月以降、阿部の常時スタメンを解禁した。この選手起用が見事でした。大城は経験を積むことができ、阿部は前半戦に無理をしなかったことで夏場に疲れを見せることなく連敗続きのチームの救世主となった。若手を育てながら、ベテランの存在価値も上げる。この采配は、通算13年目を迎えた原監督だからこその芸当でしょう」 V逸となればチームワーストとなる危機を、百戦錬磨の原監督が救った。
2019.09.22 07:00
NEWSポストセブン
巨人の戦力構成が日本一になった1989年に似てきている
巨人の戦力構成が日本一になった1989年に似てきている
 今季の巨人は若手の台頭が著しい。5番を任される大城卓三、激しいセカンドの定位置争いを繰り広げる若林晃弘と山本泰寛、層の厚い外野陣に食い込んでいる重信慎之介、抑えの座を不動にしつつある中川皓太、先発の一角に加わった桜井俊貴……。 オフには、FAで広島から丸佳浩、西武から炭谷銀仁朗、他にも中島宏之、岩隈久志というメジャー経験者を呼び寄せ、昨季パドレスで20本塁打を放ったビヤヌエバなどを獲得。大型補強が話題になったが、シーズンが始まると、丸と炭谷の活躍が目立つ程度だ。野球担当記者が話す。「今年の巨人を見ると、藤田元司監督の元で若手とベテラン、生え抜きと移籍組が融合して日本一になった1989年と似ています。2軍から上がってきた選手をすぐ起用したり、優しさと厳しさを使い分けたりする姿は、まさに藤田監督を彷彿とさせます。原辰徳監督は、現役時代に7年間仕えた藤田さんをお手本としているのではないでしょうか」(以下同) 1989年、王貞治監督の後を受け継いだ藤田監督は若手を積極的に登用。野手陣では緒方耕一、井上真二の熊工コンビが芽を出し、遊撃争いでは岡崎、勝呂に次ぐ3番手だった川相昌弘がバントと守備で秀でてレギュラーを奪った。 一方でベテランの存在も大きかった。前年オフに西本聖、加茂川重治との交換トレードで中日から移籍してきた中尾孝義が強気のリードもあり、前年リリーフで6勝だった斎藤雅樹が20勝を挙げて最多勝に輝いた。簑田浩二や津末英明というパ・リーグ出身の選手も、要所で活躍。巨人は8年ぶりの日本一に輝いた。「あの年はクロマティが8月20日まで打率4割をキープし、打線を牽引。今年で言えば、坂本勇人や丸佳浩がその役割を果たしている。1989年はチャンスに強い6番・岡崎郁、7番・駒田徳広が恐怖の下位打線として機能していた。今年の原監督は、大城卓三に駒田のような確実性もあり、長打も打てる打者に育ってほしいのではないか。 また、当時ベテランの域に達していた篠塚利夫の安定した打棒は、今年の亀井義行の頑張りに通じるものがある。1989年に移籍組の中尾が投手陣の良い面を引き出したように、今年は炭谷が経験の少ない若手を上手くリードしている。1989年は原辰徳、今年は岡本和真と4番は生え抜きが座っている。原はセ・リーグ1番乗りの20号を放つなど、ケガで離脱するまでは絶好調だった」 1989年、藤田監督の采配は冴えに冴え、日替わりヒーローが生まれ、“藤田マジック”と称された。「今年の巨人の好調さは、原監督の手腕による部分が大きいのではないでしょうか。外国人のゲレーロやビヤヌエバにも遠慮せず、状態が悪ければ2軍に落とす。巨人は補強したから勝てて当然のような言い方をされがちですが、原監督の人心掌握術があるからこそ、若手が成長している」 現在、セ・リーグ首位の広島に0.5ゲーム差で2位に付けている巨人。交流戦でもソフトバンクに次ぐ2位の成績を上げており、まずは交流戦最高勝率チームを目指し、残り6戦に全力を尽くす。
2019.06.17 16:00
NEWSポストセブン
巨人のオープン戦開幕戦が地上波からもBSからも消えた背景
巨人のオープン戦開幕戦が地上波からもBSからも消えた背景
 2月23日から、プロ野球のオープン戦が始まった。オフの間、試合を見られなかったファンにとって、待望の季節が到来したと言っていいだろう。だがこの日、往年のファンからすれば、信じられない事態が起こっていた。野球担当記者が話す。「巨人のオープン戦の開幕試合である楽天戦の試合が地上波はおろか、BSでも放送されず、有料チャンネルであるCSでの中継だったんです。原辰徳監督の復帰、広島からFA移籍した丸佳浩を筆頭に、前マリナーズの岩隈久志など多くの新戦力を得て、話題は満載のはずなんですが……。 巨人戦が視聴率20%を取っていた時代は、キャンプ中でも日本テレビが日曜に特番を作って紅白戦を中継していました。もちろん、オープン戦の開幕戦も放映権を持っていれば必ず放送していた。清原和博が西武から巨人にFA移籍した1997年は紅白戦中継で16.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区。以下同)、オープン戦初戦で15.9%でした。それが今や、CSでしか見られないとは……」(以下同) 同じ時間帯に日テレの地上波では『幸せ!ボンビーガール』の傑作選、『警察カメラ逮捕劇』という特番が組まれ、BS日テレでは『スーパーラグビー2019』のサンウルブズ(日本)対ワラターズ(豪州)戦が放送されていた。「正直、今の巨人戦は視聴率を取れません。去年の地上波ナイター中継は全局合わせて9試合しかなく、開幕戦を含め1度も2ケタに乗らなかった。日テレはそのうち5試合を放送し、6%の日もあった。視聴率三冠王を続けている日テレのゴールデン帯はだいたい2ケタを出すので、本音としては巨人戦を中継したくないと思います」 日テレは今年の9月からラグビーW杯を放送する。前回大会の2015年、10月3日土曜の22時台から放送したサモア戦で19.3%を獲得。24時23分と25分には瞬間最高25.2%という高視聴率をマークした。 「日テレはラグビーW杯を優良コンテンツとみなし、9月に向けて盛り上げていこうという方針です。ただ、地上波ではW杯以外の試合は数字を取れないこともわかっている。たとえば、2017年6月10日、土曜14時30分から放送した『日本×ルーマニア』戦は2.7%でした。あまり高い数字が見込めない時間帯とはいえ、これはかなり低い。だから、今回『スーパーラグビー2019』も地上波ではなくBSにしたのでしょう」 このような事情があって、巨人戦はCSに回ったようだが、オープン戦の開幕戦がBSですら見られないとは時代も変わったものである。「BSでは巨人戦は優良コンテンツですし、ラグビーW杯があるという例年とは異なる状況ですから、今回は特例だと思います。実際、2月24日の巨人対日本ハム戦はBS日テレで放送されています。ただ、日テレの中で巨人戦に対する優先順位が落ちていることは間違いないでしょう」 地上波中継こそほぼなくなったが、無料で観られるBS日テレでは巨人の公式戦主催ゲームが今年も毎試合放送される予定だ。「それで十分だという声もありますが、BS普及率はまだ75%程度とされています。全国津々浦々に行き届いているわけではない。地上波では年に数えるほどしか放送されないため、巨人から離れたオールドファンもいるでしょう。でも今後、地上波での中継が増えるとは考えにくい。現在、巨人は全国区の人気があるチームとは言い難くなっているかもしれません」
2019.02.24 16:00
NEWSポストセブン
丸佳浩の入団会見で笑顔を見せる原辰徳監督(写真:時事通信フォト)
ジャイアンツ愛はどこに? 生え抜き重視だった原監督の変貌
 FAで広島から丸佳浩、西武から炭谷銀仁朗、その他にもオリックスを自由契約になった中島宏之、元マリナーズの岩隈久志を獲得するなど、今オフの補強に余念のなかった読売ジャイアンツ。しかし、FAの人的補償として広島に長野久義、西武に内海哲也という生え抜きの主力選手が流出したことで、ファンからは惜しむ声が続出している。 3度目の巨人監督就任となった原辰徳監督は1月8日、客員教授を務める国際武道大学で特別講義を行なった際、「勝負の世界は足し算ばかりではない。引き算で長野、内海はいなくなったが、トータルで答えが出たときにどういう結果になるか。これが勝負」と話した。野球担当記者が話す。「何かを得れば、何かを失うのがFA制度ではある。たしかに丸は大きな戦力に間違いないですし、ここ数年の成績を比べれば長野より上です。しかし、プロ野球を人気商売と考えた時、長い間、巨人に貢献してきた長野や内海の流出をファンがどう思うか。圧倒的にその視点に欠けているといわざるを得ないでしょう」(以下同) 巨人の“生え抜き軽視”は今に始まったことではない。FA制度が出来ると、1994年に中日から落合博満、1995年にヤクルトから広沢克己が移籍してきた。この時、最も割を食ったのは、他ならぬ生え抜きのスター選手である原辰徳自身だった。「長嶋茂雄監督就任1年目の1993年、原は4番を任されていたものの、絶不調に陥り、入団以来12年連続で続けていた20本塁打以上の記録も途切れます。すると、長嶋監督はFAで落合を獲得し、4番として起用し続けた。1994年、ケガで出遅れた原ですが、復帰戦で本塁打を放つなど67試合で14本塁打、規定打席不足ながらも打率2割9分とそれなりの成績を残した。しかし、このシーズンで8年ぶりに犠打を記録するなど、長嶋監督から全幅の信頼を置かれていないことも伝わってきました。翌年5月のヤクルト戦では、9回一打同点の場面で、代打を送られるなど原のプライドを傷つけるような起用もありました。結局この年限りで原は現役を引退しています」 このような経験がある原だからこそ、生え抜きの気持ちがわかるはず、だった。実際、監督就任1年目の2002年には斉藤宣之や鈴木尚広など長嶋政権化でくすぶっていた若手を抜擢。ベテランの桑田真澄を復活させるなど絶妙な采配が功を奏し、見事日本一に輝いた。「この年、巨人戦の視聴率が上向いた。優勝したこともあるが、生え抜き選手を上手く起用したことが大きく関係したと思います。原監督退任の翌2004年、小久保裕紀やタフィ・ローズなど他球団から来た選手ばかりの打線になると、視聴率は下落していった。優勝できなかったこともあるでしょうが、寄せ集めのチームより、自前で育てて勝つというドラマをファンは望んでいたとも捉えられる。 原監督の価値観を変えたのは、2度目の監督就任となった2006年でしょう。開幕ダッシュに成功したものの、交流戦で失速。8連敗を止めたかと思えば、10連敗。それをストップした直後に9連敗するなどチームの弱体化は明らかで、結果として4位に終わった。以降、生え抜きと移籍組関係なく、『実力至上主義』を打ち出し、『上手い選手はいらない。強い選手が欲しい』と口にするようになった」 原監督は翌2007年からの9年間で6度のリーグ優勝を果たした。そして、今年4年ぶりに巨人のユニフォームに袖を通すことになる。「原監督の現役時代を知る往年の巨人ファンからすれば、生え抜きを育てながら計7年で4度優勝した藤田元司監督を原監督に重ねながら見ていた部分もあった。原監督就任1年目のキャッチフレーズだった“ジャイアンツ愛”という言葉を、ファンはこそばがゆく感じながらも、どこか嬉しい気持ちで聞いていたと思います。しかし、今の原監督から“ジャイアンツ愛”という言葉は聞かれなくなった」 勝負の世界は勝てば官軍、負ければ賊軍といわれる。しかし、プロ野球はエンターテイメントでもある。ファンは勝利を求める一方で、現在の原監督に“ジャイアンツ愛”も求めているのかもしれない。
2019.01.12 16:00
NEWSポストセブン
V9エース中村稔氏 巨人の投手補強は年寄りばかりと辛口
V9エース中村稔氏 巨人の投手補強は年寄りばかりと辛口
 今オフ、巨人はメジャー帰りの岩隈久志(37)を獲得し、左膝の手術を受けた上原浩治(43)とも再契約を結んだ。積極的な大補強でテコ入れした読売巨人軍は、復活なるのか。V9前半のエースで、藤田元司監督時代には投手コーチとして優勝に貢献した中村稔氏(80)は、5年ぶりの巨人優勝を願うものの、2位と予想。先発投手陣には少々辛口だ。「勝敗の9割はピッチャーで決まります。37歳の岩隈と43歳の上原という年寄りばかりを獲るのはね。監督が交代して即優勝を狙いたいのはわかるが、ファンには1年間は目をつぶってもらって、将来のエースを育てる。常勝球団・巨人は付け焼き刃の戦力ではいけません」 昨シーズンの先発陣は、沢村賞エース・菅野智之(29)と山口俊(31)だけが規定投球回数をクリアと、物足りなさは否めない。 さらに、新監督の原辰徳氏(60)にも注文をつける。「原監督は経験豊富だが、それが“自分の野球にこだわりすぎる”というマイナス面として出てしまわないかが心配だ。水野雄仁と宮本和知の2人の投手コーチが、原監督にどこまでモノが言えるかだと思いますよ。それで、ようやく王者・広島と五分で戦える」※週刊ポスト2019年1月18・25日号
2019.01.12 16:00
週刊ポスト
巨人の大型補強 成功する年と失敗する年の大きな差とは?
巨人の大型補強 成功する年と失敗する年の大きな差とは?
 巨人の補強が止まらない。FAで広島から丸佳浩、西武から炭谷銀仁朗、オリックスを自由契約となった中島宏之、新外国人選手としてパドレスから現役メジャーリーガーのビヤヌエバを獲得。さらには、前マリナーズの岩隈久志、オリックスの金子千尋を狙っているという情報もある。 だが、大型補強をしたからといって、必ずしも優勝できるわけではない。過去を振り返れば、FAでヤクルトから広沢克己、広島から川口和久、メジャーリーガーのシェーン・マック、ヤクルトを自由契約になったジャック・ハウエルなどを獲得した30億円補強の1995年は3位、FAで西武から清原和博などを獲得した33億円補強の1997年は4位という成績に終わっている。2017年もDeNAから山口俊、ソフトバンクから森福允彦、日本ハムから陽岱鋼と史上初の“FAトリプル補強”を敢行したが、Bクラスの4位に転落している。 もちろん、補強が実を結んだ年もある。FAでダイエーから工藤公康、広島から江藤智、阪神を自由契約になったメイを獲得した2000年は日本一、ヤクルトからラミレス、グライシンガー、横浜からクルーンを獲得した2008年は優勝という結果が残っている。補強が功を奏するか、否かの差はどこにあるのか。野球担当記者が話す。「左の先発を欠いた1999年の反省から工藤、メイを獲り、新人の高橋尚成もローテーションに入ったことで、2000年は左の先発が3枚も加わった。この3人が日本一に大きく貢献しました。1999年のサードは主に元木大介が務めましたが、江藤が加入したことでオールラウンドプレイヤーの元木はショートに回った。この年、2年目の二岡智宏の不調もあったため、江藤の獲得は結果的に大きかった。 巨人の場合、外国人選手の当たり外れが多いが、その中でも2008年は他球団で実績のあるラミレス、グライシンガー、クルーンという外国人を連れてきた。しかも、4番とエース、抑えですから万全の補強でした」 一方で、1995年や1997年、2017年の補強は、チームにないピースを埋めるものとは言い難かった。「1995年はサードにハウエルが来たことで、チームリーダーの原辰徳があぶれ、若手で期待の星だった吉岡雄二のチャンスがなくなった。広沢はファーストに落合博満がいたため、本職ではないレフトを守った。FAで来た広沢を不調でも使うため、ベテランの吉村禎章のスタメン機会も激減した。 結果的に適材適所という言葉から大きく離れるチーム構成となり、かつての主力が移籍組に追いやられる形で不協和音が生まれ、若手の意欲も削ぐ結果となりました。しかも、本来補強すべきだったリリーフ陣は前年と変わらない陣容でした。補強ポイントを間違えていたと言えるかもしれません」 1997年は落合の代わりに清原、マックの代わりにルイス・サントスが加入。プラスになる補強というよりは、単に穴を埋めただけだったかもしれない。他にも近鉄から石井浩郎、ロッテからヒルマンというビッグネームを獲得していたが、2人はケガでほとんど出場できずに終わった。「この年もリリーフが弱かったのに、そのパーツを補うことはなかった。2017年は糸井嘉男(オリックス→阪神)、岸孝之(西武→楽天)を狙っていたが、2人にその気はなく、方向転換。山口、陽、森福のFA3人組はいずれも故障持ちで、期待通りには働かなかった印象です。失敗した年は余剰人員が生まれたり、故障で活躍できない選手がいたりするという傾向があります」 翻って、今オフの補強である。「吉川尚輝など若手が育ちつつあるとはいえ、なぜ西武からFA宣言した浅村栄斗には手を挙げなかったのか疑問が残る。丸の獲得はいいとして、中島が守れるサードには岡本和真、ファーストには新外国人のビヤヌエバ、ショートには坂本勇人がいる。 また、炭谷を獲ったのはいいが、今季119試合に出場した小林誠司、ルーキーながら非凡な打撃で評価の高かった大城卓三、昨年の後半戦にブレイクしかけた宇佐美真吾がいて、来季は阿部慎之助の捕手復帰も決定している。捕手は1軍に置いても3人。FAの炭谷と小林、阿部の3人で決まりでしょう。若手のやる気が削がれるのが懸念されます。どこか、過去の失敗例に似ている気もしますが……。いちばんに補強すべきは、今季終盤に先発の山口俊をクローザーに回すほど苦しんだリリーフ投手だったのではないでしょうか」 いずれにしろ、今回の大型補強の結果が出るのは来年秋。5年ぶりの優勝か、はたまた球団史上初の5年連続V逸か。巨人の2019年はどうなるか。
2018.12.02 07:00
NEWSポストセブン
巨人の補強は場当たり的?かつては効果的な補強もあったが…
巨人の補強は場当たり的?かつては効果的な補強もあったが…
 球団ワーストタイ記録となる4年連続V逸を喫した巨人。今オフは例年以上に補強に熱心になっている様子が見て取れる。今季メジャーで20本塁打したビヤヌエバの獲得を発表し、オリックスとの交渉が決裂した中島裕之の入団も決定。さらにはFA宣言をした広島・丸佳浩、西武・炭谷銀仁朗の獲得を目指し、マリナーズ・岩隈久志やオリックス・金子千尋を狙っているとの情報もある。野球担当記者が話す。「優勝を逃しているわけですから、補強に躍起になるのは当然だと思います。ただ、何でもかんでも取ればいいというものではない。明確な意図があれば、巨人ファンも他球団のファンもある程度、納得するはず。巨人の補強は毎年、場当たり的に見えるから批判されるのではないでしょうか」(以下「」内同) 昨オフは中日で35本塁打を放ってホームラン王に輝いたゲレーロ、西武からFA宣言した野上亮磨を獲得。しかし、今季ゲレーロは2軍落ちも経験するなど15本塁打に留まり、野上も昨年の11勝から今年は4勝と結果を残せず、チームも3位に終わった。補強が上手くいったとは言えない。一体、巨人は何がマズいのだろうか。「プロ野球界でチーム編成の名人と言えば、根本陸夫さん(故人)が真っ先に挙がるでしょう。広島、西武、ダイエーの弱小時代に監督を務めて、編成にも携わった根本さんは、まず選手のお手本になる大ベテランを獲得しました。広島では山内一弘、西武では野村克也、山崎裕之、田淵幸一、ダイエーでは秋山幸二、工藤公康、石毛宏典などです。彼らが手本となり、刺激を受けた若手が成長。スカウティングの巧妙さもあって、のちに黄金時代を迎えた。根本さんには、今の巨人にはない明確な意図、ビジョンがありました」 かつて、巨人も大ベテランの効果的な補強で優勝を果たしたこともあった。FA制度導入元年の1993年オフ、長嶋茂雄監督は中日・落合博満の獲得を熱望。当時40歳という超ベテラン選手を迎え入れることにOBやファンからは反対の声が挙がったが、長嶋監督は落合のプロ野球選手としての姿勢が必ずチームにプラスになると考えていた。シーズンが始まると、一塁からマウンドに行って声を掛けるタイミングの良さなど、数字では計れない貢献もあった。その効果もあってか、巨人は5年ぶりの日本一に輝いた。 3年連続で優勝を逃した1999年オフには、ダイエーから翌年37歳を迎える工藤公康をFAで獲得。トレーニング法などを絶えず追求する工藤の姿勢は、チームメイトに刺激を与えた。マウンドでも先発の柱として12勝を挙げ、6年ぶりの日本一に導いた。「落合も工藤も、野球への探究心が並外れていた。落合は松井秀喜の成長に間違いなく影響を与えたし、工藤は自主トレに連れて行った育成上がりの山口鉄也を徹底的に鍛え、チームに欠かせないリリーバーに育てました。2人も野球のことを語らせたら、何時間でも喋っているタイプ。それほど知識が豊富で、理論を持っている」 今年、巨人が獲得を目指しているFA選手の来季の年齢は丸が30歳、炭谷が32歳。まだ中堅と言っていいだろう。「現在は選手寿命を伸びましたが、当時の落合や工藤は大ベテランだった。あの頃の巨人はマスコミの注目度が桁違いで戸惑いはあったはずだが、年齢を重ねていたし、ある程度マイペースで振る舞えた。また、自分の知恵を授ける余裕もあった。 仮に丸や炭谷が入団したとしても、精神的支柱になれるかは不透明。まずは自分のことで精一杯でしょう。数字上の戦力アップは間違いないが、FAで獲るなら本来は落合や工藤のような効果を期待したいところ。それなら、若手を育ててほしいと願うファンも納得行くのではないでしょうか」 そうは言っても、勝てば官軍。今オフのFA戦線、そして来季の結果はどうなるか。(文中一部敬称略)
2018.11.23 16:00
NEWSポストセブン
「中6日登板」に平松政次氏「1週間に1回じゃ暇だろうね」
「中6日登板」に平松政次氏「1週間に1回じゃ暇だろうね」
 かつては一流投手の条件とも言われた「シーズン20勝」だが、分業制やローテーション制が確立されるにつれてその数は激減。平成以降の20勝投手はわずか7人だ。斎藤雅樹(2回達成)、西本聖、上原浩治、斉藤和巳、井川慶、岩隈久志、田中将大である。今シーズン、「平成最後の20勝投手」は誕生するのだろうか。 カミソリシュートで知られる元大洋のエース・平松政次氏は、入団4年目の昭和45年に25勝を挙げた。その年の先発登板は38試合、リリーフを含めて51登板の大車輪だったが、シニカルな見方なのが印象的だった。「年間40~50試合も投げると、やっぱり体への負担は大きいからね。今は25試合くらい投げて、15~16勝を目指して長くやればいいんじゃないですか。それで年俸もたくさんもらえるわけですから。ただ、1週間に1回じゃ暇だろうね」 昭和の大投手たちと、平成のエースたちの違いの本質はどこにあるのだろうか。単純に登板数の違いというわけでもなさそうだ。通算400勝投手で、14年連続20勝の記録を持つ“カネやん”こと金田正一氏の答えはシンプルだった。「昔の20勝投手はストレートに力があった。落ちる球では限界がある。今はコントロールばかり考え、打者に向かっていく集中力や闘争心がない。だから、ストレートで空振りが取れないんじゃ。肩の力を抜いて、下半身で投げられないと、20勝なんてできませんよ」 ファンは、闘争心あふれる20勝エースの姿を平成の世でも見たいと願っている。※週刊ポスト2018年6月22日号
2018.06.13 07:00
週刊ポスト

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