近藤真彦一覧

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近藤真彦
近藤真彦のラジオ番組、活動休止を乗り越え続く背景にスタッフとの絆
 歌手やレーサーとしても活躍する近藤真彦(57才)だが、デビュー前から継続している仕事の1つがラジオのパーソナリティーだ。長く続けられる背景について、放送作家でコラムニストの山田美保子さんが解説する。 * * * 昨春、ジャニーズ事務所を退所した「マッチ」こと近藤真彦が、カーレースに軸足を置いていた期間であっても続けてきたのが文化放送でオンエアしていたラジオ番組だ。 レコードデビュー前の1980年10月にスタートした番組タイトルは、『POP’N POP 夜の放課後~マッチとデート』。以来、『マッチとデート』、『日曜日はマッチとデート』、『近藤真彦ベストクルージングミュージック』、『近藤真彦 出逢いから物語へ』、『ベストマッチ!近藤真彦のサンデーMOTORADIO』、『近藤真彦くるまっち』、『近藤真彦くるくるマッチ箱』と続き、約10ヶ月の休止を経て2021年9月には『近藤真彦 RADIO GARAGE』が始まっている。 マッチがレースに没頭しだしてからは、クルマ関連のタイトルになっていたのがわかろう。そして、スポンサーに関連のメーカーが付いていたものである。 ここまでマッチのラジオ番組が続いた背景には、根強く彼を応援し続けている女性ファンの存在がもちろん大きいのだが、他にも文化放送内にマッチと同年代の男性スタッフが数多くいて、彼らもまたマッチの大ファンだからと言えると思う。 私も長年、文化放送でレギュラーがあり、マッチの番組収録と同じ曜日に同局に行く機会も多かった。大御所ゆえ、その際の事務所スタッフの数もなかなかだったが、それ以上に局入りや出、収録前後にマッチを取り巻いていたのが、文化放送の男性スタッフたち。いつまでも若々しく、多数の趣味をもち、自分を貫き、遊び方もよく知っているマッチは女性にもモテるだろうが、男性にもモテる。私はいつもそう思っていた。 だからこそ、マッチが“謹慎”という名の活動休止をした際にも「文化放送のスタッフは待っているハズ」「ラジオ番組は、終わりはしないハズ」とあらゆる機会で言い続けてきた。 実際、同局の定例社長会見でも、そのことは度々話題にされていて、当初は「現時点では未定」だったが、いつマッチが復帰してもいいように、アシスタントの女性を“代理”に、受け皿をキープしてきたのである。 果たして、2021年9月~『近藤真彦 RADIO GARAGE』がスタート。タイトルは“ガレージ付きの家”をイメージしていて、クルマはもちろん、ゴルフバッグや釣り道具、キャンプ道具などなど、“男の趣味”がいっぱい詰まっている場で、ワイワイやりたい…というマッチの希望も詰まっている番組だ。初回ゲストにデビュー前から交流のあった吉田照美 そして、同番組の初回ゲストが、元・文化放送アナウンサーの吉田照美だった。  マッチのラジオ番組は当初、吉田照美の夜ワイドのコーナーだったこともあり、二人はデビュー前から交流があった。吉田が声を張って「行くぜ、近藤! マッチとデート」とコールしていたのを“ヘビーリスナー”だった私はよく覚えている。 人気アイドルとして睡眠時間さえ削られるギリギリのスケジュールの中、文化放送の屋上で、吉田と共にマイク片手に“お遊び”的な録音をしていたこともあって、それを同局に偶然来ていたアイドルが覗きにくることもあったそうだ。 当時、テレビ全局にあった華やかな音楽番組の常連だったマッチにとって、ラジオの仕事は「地味」だし、「お付き合い」だったとも聞くが、クルマを筆頭に趣味の話などができるようになってから取り組み方も変わったようだ。 先日、マッチはスポーツ紙のインタビューで、タクシーのドライバーから「聴いていますよ」と何度も声をかけられたエピソードを明かしている。これは、私にも経験がある。マッチと異なり、私の顔はそれほど知られていないものの、タクシーで行先を告げただけで、前を向いたままのドライバーから「その声は、山田美保子さんですね?」と言われて仰天した経験も一度や二度ではない。  タクシーのみならず、営業車やトラックのドライバーはみな、ラジオをよく聴いてくれていた。20代半ばにしてそのことを知ったマッチは、そこから、ラジオ番組への取り組み方が大きく変わったと明かしていた。“リスナーの顔”が見えてきたというのである。 そんなラジオだからこそ、マッチは続けたかったに違いない。そして、その局は、彼の芸能の仕事復帰に対し、局を挙げて待っていた文化放送。40年の交流があるからこそ、厳しくも温かい応援をし続けてきた同局の社長以下、スタッフや共演者に対し、マッチはこの先、恩返しをしていく所存なのだろう。 その“共演者”の一人が吉田照美。その“恩返し”の一つなのだろうか。1月12日、17時から生配信されるYouTube『吉田照美のフルモチ』に、マッチがゲスト出演することが決まった。 ラジオで育ったと言っても過言ではないマッチが、旧知の“恩人”の一人でもある吉田に対し、いかに心を開いているかは、昨年9月、吉田が『近藤真彦 RADIO GARAGE』のマンスリーゲストとなった際のトークでも一“耳”瞭然だった。ファン以外の人たちにとっては、なかなか知りえない本当のところや、エンターテインメントへの想い、スタッフやファンへの感謝など…、マッチと吉田照美とがどんなトークを繰り広げるのか。とても楽しみだ。後日談はまた当サイトで記したいと思う。◆山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。
2022.01.12 07:00
NEWSポストセブン
『ザ・ベストテン』40%超え神回プレーバック 山本譲二が激昂した理由
『ザ・ベストテン』40%超え神回プレーバック 山本譲二が激昂した理由
 伝説的な音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)。毎週ヒット曲をランク付けし、10位から1位までを紹介、そのなかの何組かが歌を披露するという生放送の番組だ。視聴率41.9%という番組史上最高記録をマークした、1981年9月17日放送回はファンの間で「神回」と呼ばれているという。そんな「神回」を文字で再現。今回は第10位から第6位までを振り返る。【全3回の第1回】 * * * タイトルコールの後、「皆様こんばんは」と軽妙なトークが始まる。そして、最新の分野別ベスト10ランキングが矢継ぎ早に紹介されると、黒柳徹子&久米宏ワールドが一気に幕を開ける。そして「中継はこちら」とモニターを見ると、ロケ先の映像が流れる(もちろん、このとき歌手は登場していない)。たたみかけるように、久米の「今夜は2か所からの中継でお届けします」の言葉。早口で小気味いい掛け合いと圧倒的な言葉数が、まさに立て板に水。 元TBSアナウンサーで、1986年から約2年半、同番組の司会を務めた松下賢次さん(68才)はこう話す。「黒柳さんと司会を始めた頃、最初に『こんばんは』と顔を上げると、もうディレクターが巻きのサイン。すると黒柳さんがわざとゆっくりしゃべったりする(笑い)。なにせ、生放送で鍛えられた人ですから」 視聴者からのはがきの紹介後にCM入りするが、そのスピード感が半端ない。同番組元ディレクターの宇都宮荘太郎さん(68才)はこう語る。「最近の番組内CMは2分以上ありますが、『ザ・ベストテン』の中CMはすべて1分。何か問題が起こってCMに逃げても、わずか1分間で立て直すのはとても大変でした」 CMが終わるや否や、「では始めましょう。今週の第10位!」「先週の10位は松山千春さん『長い夜』でしたが、どうなっているでしょう」。 ランキングボードがパタパタ回って表示されると、「近藤真彦さん『ブルージーンズメモリー』5889点~!」。 ファンファーレとともにミラーゲートの扉が回転し、近藤真彦(57才)が登場する。 同番組で美術デザイナーを務めた三原康博さん(84才)が「せっかくランクインした歌手の登場が普通のドアからでは面白くないので、ミラーゲートにしました。“異次元からの栄光の扉”というイメージです」と言う通り、マッチがキラキラしている。  マッチがバンド前で歌い上げた後、短い掛け合いを挟み、「今週の第9位は~堀江淳さん『メモリーグラス』6606点~♪」。 すると画面が地方ロケの現場に切り替わる。旧国鉄・長野鉄道管理局長野運転所の特急電車の窓から手を振るのは堀江淳(61才)だ。スタジオと会話後、線路脇で生ギターで歌い出す背後に生バンドや見物人の姿が見える。地方生中継ならではの演出だ。 堀江が振り返る。「この回の生中継のイメージが強かったせいか、いまだによく『国鉄のかたですよね』と言われるんです。『サヨナラ模様』がヒットした国鉄職員の伊藤敏博さんと間違われるんです(笑い)。“ザ・ベストテン歌手”と言われるのは誇りですが、ぼくは旅先からの生中継が多く、スタジオに1回しか行けなかったのが残念です」 続いて、再びスタジオに戻り、第8位の郷ひろみ(66才)が『もういちど思春期』を熱唱。そして、CMとトークを挟み、7位と6位の発表。「今週の第7位は、山本譲二さん『みちのくひとり旅』6846点~。続いて今週の第6位は『まちぶせ』石川ひとみさん、7489点~」と久米が声を張ると、ミラーゲートから山本譲二(71才)と石川ひとみが一緒に登場して応接セットへと歩み寄る。「いらっしゃいませ。山本さんは2つ順位が上がりました」と黒柳。 そして、3日後に22才の誕生日を迎える石川が、名古屋の母親と電話でつながれると、唐突に寸劇が始まった。当時、石川が同番組で披露するこうした“小芝居”がウケていて、この回では黒柳や山本も巻き込んでの一幕となった。 石川がカメラ目線で「みんな、家族っていったい何なの?」と問いかけると、石川の母が「まー、ひとみももうそんなことを考える年になったのね」と応じ、兄役の山本が「兄さんはこう思う。家族っていうのは愛で結ばれた仲間さ」。しかし、おば役の黒柳が「何が愛よ、何が仲間よ。人間なんてしょせんひとり。あなたたちは、まだ子供ね」。石川「おばさま、ひどい! おばさまは長い間ひとりで暮らしてこられたから、家族の意味がわからないんだわ。もう、おばさまの顔見たくない!」 山本が激昂、黒柳が泣く。石川「私が悪かったわ。おばさまの人生。兄さんの人生。みんな一生懸命、歯を食いしばって生きているんだわ。みんな、そうでしょう””」 石川が「どんなにつらくても負けちゃいけない。愛があれば。夜が明けたわ。私たちの夜明けよ」と語ると光が差し込み、一幕が終わる──と次の瞬間、冬景色のセットに切り替わり、山本がシリアスに情感を込めて『みちのくひとり旅』を歌い出す。続いて、霧の奥にある赤いリボンのボックスからのびた白い階段で石川が歌い、背後で踊り子が妖精のように踊る。 ちなみに、掲載した画像は、この回の担当美術デザイナー・金子俊彦さんが描いたセットのデッサン画だが、それぞれの曲の世界観を美術セットが絶妙に再現していることがわかる。歌手たちの思い この“神回”に登場した3人の歌手に『ザ・ベストテン』への思いを聞いた。まずは、『メモリーグラス』が第9位にランクインした堀江淳はこう話す。「あの頃は、シンガーソングライターは歌番組には出ないという時代でしたが、やっぱり出たいじゃないですか(笑い)。それで中継という方法で出演し、9週連続のランクイン中、スタジオに1回しか行ってません。当時ぼくは20才で、全国区のテレビ出演は初めてでした。いまも思うんですけど、あの番組に出られてよかったなと。あれから40年もたつのに、いまだに『ザ・ベストテン歌手』『国鉄の線路で歌っていたね』って言われます。それだけ影響力のある番組だったんですね」 続いて、『みちのくひとり旅』が第7位に入った山本譲二はこう明かす。「まずはスポットライトのコーナーに出演し、通算24週ランクインしました。そのおかげで日本全国に演歌歌手・山本譲二の名前が知れ渡りました。『ザ・ベストテン』というおばけ番組がなかったらいまのぼくはなかったと思いますね。いちばん印象に残っているのは、ふんどしで歌ったこと。はじめは恥ずかしいから断ったんですけど、スタッフの熱意に負けて。当時、すごい話題になったんですよ。名場面集で必ず出ますから(笑い)。いま考えると、やってよかったなと思います」 第6位に『まちぶせ』がはいった石川ひとみはこう言う。「初出演はスポットライトのコーナーでした。そのとき臨時司会を務めたタモリさんから『この子は青春の“くさい芝居”が得意なんだよ』と言われ、何度か『ねぇみんな、青春とは……ハイ、ポーズ!』と記念写真のかけ声をさせていただくことになりました。当時、ランクインがうれしくて、ソファに座っている自分が信じられない感じでしたね。ミラーゲートの中はそんなに明るくなかったと思いますが、ドアが開いた瞬間、まぶしいほどのライトが目に入り、緊張しました」(第2回につづく)取材・文/北武司※女性セブン2022年1月20・27日号
2022.01.09 07:00
女性セブン
ジャニーズ事務所を退所した近藤真彦
近藤真彦、香港女優の自伝的映画公開で蒸し返される明菜との“二股愛”
 11月初旬、香港で映画『梅艷芳』が公開され、現地では近藤真彦(57)が話題になっている。 同作品は1980年〜1990年代にかけて活躍した香港トップスター、アニタ・ムイ(梅艷芳)の自伝的映画だ。アニタは2003年に子宮頸がんで40歳の若さで亡くなっているが、彼女が香港芸能史に残した功績はあまりにも大きい。香港在住ジャーナリストが語る。「映画では彼女が香港で大スターになっていく様子が描かれています。アニタが当時、活躍していたころの香港の芸能界はいわば黄金期。今は亡きレスリー・チャンにはじまり、レオン・ライやジャッキー・チュンにトニー・レオンなど、当時の香港からは多くのスターが生まれています。そういったなかで女優でありトップ歌手でもあったアニタさんは、時代を象徴するような作品に出演し、多くの名曲を歌ってきました。日本でいえば美空ひばりさんや山口百恵さんのような存在でしょう。 分断されつつある現在の香港を生きる人たちにとってはどこか懐かしくて“一体感”を感じうる、そんな物語になっているのではないでしょうか」 では、アニタの自伝的映画と近藤にどんな関係があるというのだろうか。「彼女の人生は近藤真彦なしには語れないところがあるのです」というのは前出のジャーナリスト。「かつて近藤さんとアニタさんは恋仲にありました。今回、映画の登場人物はほとんどが実在の人物名を使っていますが、さすがに近藤真彦という名前だけは使用されていません(笑)。しかし、アニタさんと恋に落ちる『後藤夕輝』という役名の日本人歌手が登場しており、彼が近藤さんのモデルだとされています。日本人の俳優さん(*国木田独歩の玄孫でもある中島歩)がキャスティングされていることにも大きな意図を感じますね」 複数の香港メディアによると、ふたりが知り合ったのは1985年ごろだという。当時の近藤は日本だけではなく中華圏でも絶大な人気を誇り、1984年から3年連続で香港でのコンサートを開催している。そんななか出会った男女の距離は急激に縮まっていく。「アニタさんの恋心は相当なもので、近藤さんに会うために1年間で7回も日本に訪れたといいます。さらに近づくために、彼女は日本に不動産を購入していたことも伝えられています。一方の近藤さんはアニタさんを北海道でのコンサートに同行させ、別の機会にはダイヤモンドのブローチを送ったこともあるそうです。しかし、そんな関係も長くは続かなかったようです……」(同前) のちにアニタの親友が現地メディアの取材に答えたところによると、破局の原因は近藤の“二股”にあったのだという。「というのも、かつてアニタさんと近藤さんが交際していたとされるタイミングと、中森明菜さんとの交際時期がかぶっていたのです。さらにその後の1989年には、松田聖子さんとのニューヨーク密会を写真週刊誌にスクープされてしまいます。そして、その直後に明菜さんの自殺未遂とあの有名な“金屏風会見”。こうした背景を知る香港人からすると、近藤さんの印象はもともとあまりよくないのです」(同前) 近藤といえば2020年11月に5年にわたる不倫を『週刊文春』に報じられ、その事実を認めたことで2021年4月にはジャニーズ事務所を退所したばかり。「直近での不倫騒動でも中華圏のメディアでは近藤バッシングが再燃していました。そんななか公開された今回の映画で、『後藤夕輝』とアニタさんの恋愛模様があまりにも良いものとして描かれていた。これを受けて近藤さんの過去の二股交際が蒸し返され、 “美化しすぎだ!”と同作の観客が憤っていることを香港メディアが報じるようになったのです」(同前) 映画のラストシーンは、ウエディングドレス姿のアニタが近藤の『夕焼けの歌』(1989年)を歌うといった一幕で締め括られているという。はたして日本でも公開されるのだろうか。
2021.11.29 16:30
NEWSポストセブン
近藤真彦
近藤真彦 不倫報道から復活でガッツポーズ!「ファンのメンタルが強すぎる」
 これが元ジャニーズ、しかも、ジャニーズ長男と呼ばれた男の地力ということか。「中野サンプラザから中野駅まで列が続いているんじゃないかしら。それぐらいの出待ちですよ! だって、私たちはずっと待っていたから」ある60代女性ファンは、上気した顔でまくしたてるように話した。 そんな大勢のファンを前にした歌手の近藤真彦(57才)も、大満足だったのだろう。全身黒ずくめの私服姿で楽屋口から出てくると、遠くにまで分かるようにと、背伸びをしながら両手を大きく挙げて、ガッツポーズ。声援に応えた。 11月2日に「Masahiko Kondo ReSTART 20+21+1×1-2」と題した昼夜2公演のコンサートが開催された。昨年11月に、31才女性社長と5年に渡る不倫を報じられて、活動を自粛。今年4月末には、40年以上も在籍したジャニーズ事務所を退所した。 あるスポーツ紙記者は「昨年12月のデビュー40周年ツアー最終公演は、不倫騒動で中止。ファンは復活ライブを待ち望んでいたので、今回のコンサートは即完売でした」と話した。 事務所から独立したことで、新たな展開も生まれてきた。1979年のデビュードラマ「3年B組金八先生」のときから田原俊彦(60才)とともに「たのきんトリオ」と呼ばれていた、盟友の野村義男(57才)も、この夜のステージに参加。「12月から2月までの全国ライブハウスツアーは、マッチとよっちゃんの2人で回ります。31年前に独立していたよっちゃんとの共演は、マッチも独立したからこそ実現したのです」(前出・スポーツ紙記者) 不倫発覚により自粛を余儀なくされて、そのままジャニーズを退所したため、世間的には不評を買っていた。ただ、あるベテラン芸能リポーターは「後輩たちに示しをつけなければならない中で、あの辞め方には疑問を覚えた人が多かったのでしょうね。ただ、マッチのファンは違う。彼のファンは単純にマッチに会えない日々に飢えていたんですね」と目を見張った。 9月からは、文化放送で冠ラジオ番組「近藤真彦RADIO GARAGE」もスタート。芸能活動が前向きに進み始めると、私生活面でも、結婚生活27年の妻との離婚はとりあえず回避されたようだ。近藤のある知人は「奥さんは激怒しながらも、最終的には許されました。今は14才の息子さんと3人で都内の高級マンションに住んでいます」と明かす。 そして、ファンもマッチを見捨てなかった。コンプライアンス重視の近年では、不倫スキャンダルを起こすと、それ以前までの活動には戻れない芸能人が多いが、マッチは例外なのかもしれない。「振り返ると、32年前から修羅場を経験済みでしたよね。当時の交際相手、中森明菜さんの自殺未遂事件からの、金屏風ツーショット会見は、今以上の“国民的騒動”でしたから。マッチ自身が打たれ強いのもありますが、変わらずに応援し続けるファンのメンタルも相当強いと思います」(前出・芸能リポーター) 長いキャリアは伊達ではない。
2021.11.13 16:00
NEWSポストセブン
近藤真彦
近藤真彦、長年住んだ家族との思い出の家を売却 高くついた不倫の代償
「本当にうれしいですね。マイクの前でマイクの向こうにいる人にメッセージができるっていうのは」。9月28日にスタートした文化放送のラジオ番組『近藤真彦 RADIO GARAGE』の冒頭、近藤真彦(57才)は晴れ晴れとした声で、そう挨拶した。今年4月のジャニーズ事務所退所後、近藤にとって初のレギュラー番組となる。「この半年間、近藤さんは過去の清算に奔走していました。ようやく迎えた自身の新レギュラー番組だけに、感慨もひとしおだったのでしょう」(芸能関係者) 近藤がふた回り以上年下の女性と5年間にわたり不倫関係にあったことを報じられたのは昨年11月のこと。その後、ジャニーズ事務所は無期限の謹慎処分を発表するも、近藤は自粛中に、突如退所を決断。彼にとって、まさにどん底の1年間だった。「報道後は、5年間にもわたる不倫関係に、奥さんが“離婚する!”と激怒。しかし、話し合いでなんとか離婚を回避し、近藤さんは家族の絆を再構築すべく、奥さんと14才になる息子さんと反省の日々を送っていると報じられました。身から出た錆とはいえ、今年8月に亡くなり、近藤さんのことを長年気にかけていた藤島メリー泰子さん(享年93)にも、不義理をしたままの別れになってしまいました」(テレビ局関係者) だが、実際には反省の日々を送るだけでなく、窮地を脱するために懸命になっていたという。「実は長年住んでいた家を今年の8月に売却したそうです。近藤さんは1994年に結婚したのですが、この家は結婚の前年に、奥様のために建てたもの。3階建ての豪邸で、当時の価格で1億5000万円ともいわれました」(ベテラン芸能リポーター) 位置するのは、私鉄沿線の駅を降り、昔ながらの商店街を通り抜けたところにある閑静な住宅街。古くから住んでいる住民が多く、近所づきあいが盛んな地域だ。「当時、近藤さんの仕事のことを考えれば、もっと都心のマンションの方が便利だし、プライバシーの管理上も都合がよかった。でも、あえて昔ながらの住宅街に戸建てを構えたのは、奥様の強い要望とそこで落ち着いた家庭を築きたかったからでしょう。近年になって、より都心に近い超高級マンションに引っ越しましたが、奥様と息子さんとの思い出が詰まったこの家は手放すことなく、長い間親しい知人に貸していました」(前出・芸能リポーター) しかし、手放すと決めてからは早かった。「購入時よりも街のブランド力が上がり、高く売れたはずの家でしたが、近藤さんは急いでいたようで、待つことをしなかった。不倫報道後、仕事が激減し、いまはレース関係のスポンサーしか支えてくれるものがない彼は、経済的な面でも追い詰められているようです。少しでも早く自宅を現金化したかったのでしょう」(前出・芸能関係者) すべては家族との生活を守るためのことだったのか――だが、関係者の間ではこんな噂も流れているという。「実はまだ不倫相手との関係が切れていないのではないかと囁かれているんです。なかには自宅の売却は財産分与を視野に入れたものでは……と言う人までいるほどです」(前出・芸能関係者) 不倫の代償は、まだ払い終えていないのかもしれない。※女性セブン2021年10月21日号
2021.10.07 16:00
女性セブン
右腕には秀美さんがプロデュースするブランドのブレスレットがキラリ
薬丸裕英が明かすジャニーさん秘話「陰でほめられていたらしい」
 ジャニーズ所属アイドルとして芸能界に入り、巧みな話術と、その人柄でいまや日本を代表するタレントとなった薬丸裕英(55才)。コラムニストで放送作家の山田美保子さんが、デビュー当時からコロナ禍による別れ、家族との絆まで、くわしく聞いた。 * * *全然踊れなかったのにオーディションに合格山田:先日、堀ちえみチャン(54才)と対談させていただいたら、ヤックンと石川秀美チャン(55才)がゴールインしたのは、ちえみチャンの家でのホームパーティーの帰り、「送っていってあげてね」と言った「私のおかげだと思う」と。薬丸:いやいやいや、それはたぶん、記憶違いですね。だって、あの頃はみんな、一緒に撮られることを恐れていたし、ぼくらは彼女たちの男性ファンから疎ましく思われていたから、バラバラに帰っていましたよ。人の記憶って、けっこう不確かですよ。ウチ(シブがき隊)の解散だって布川(敏和サン・56才)と本木(雅弘サン・55才)は違う理由を言ってますから(笑い)。まぁぼくはあえて語らずに棺おけまで持っていこうと思ってるんですけどね。山田:シブがき隊って活動期間は短くて、わずか6年なんですよね。薬丸:短いんです。ジャニーズでいうとV6は26年も同じメンバーで続けてきた……、すごいことですよ。後輩たちにしても、踊りのクオリティーとか、やる気とか、仕事に対する姿勢とか素晴らしいですよね。ぼくなんかが「ジャニーズ出身」と語るのは本当に申し訳ないです。山田:いえいえ、大人気でしたよ。あらためて入所のきっかけを教えていただけますか?薬丸:はい、小学館が出していた『マイアイドル』でも何度も語りましたけど(苦笑)、「あなたも、たのきんトリオ(田原俊彦サン・60才、近藤真彦サン・57才、野村義男サン・56才)のバックで踊りませんか?」という広告を見た地元の友達が応募し、書類審査で合格して「ひとりは嫌だからつきあって」と言われてついて行ったのがぼくなんです。山田:実は私、高1のとき、ジャニーズJr.の追っかけだったんですよ。薬丸:え? その頃、もう「ジャニーズJr.」って名乗ってましたか? ぼくら、最初にジャニー(喜多川)さん(享年87才)に会いにTBSまで行ったとき、たのきんトリオの出待ちをしていたファンのかたたちから、「あんたたち、ジャニっ子?」って聞かれたんですよ。そもそも、そんなに大勢の女性ファンを見たのも初めてだったし、「いや、違います」と言うしかなかった。 その日はジャニーさんにTBSの中を見学させてもらった後、「ユーもレッスン受けてみない?」って言われて。「ユー」も「レッスン」も意味がわからなかったんですけど、最後に食事代と交通費として1万円くれたんです。友達と分けても5000円ですよ。ぼくは小学5~6年生のとき、新聞配達をしてたんですけど、1か月にもらえたのが5700円。なのに、ここに来ただけで1回5000円! ソロバン勘定が反応しましたね(笑い)。 それから1年くらいブランクがあったんですが、突然、ジャニーさんから自宅に電話がかかってきて「ユー今度の日曜日、銀座の電通、来られる?」って。また「銀座」も「電通」もよくわからなかったんですけど、まぁ行ってみようと思って行ったら、マッチ(近藤真彦サン)がメインのCMオーディションでした。なんせ1年ぶりなんで全然踊れないし、いちば~ん後ろにいたんですよ。そうしたら振付師の西条満先生が「きみ、いちばん前に来て」って。しかたがないから前に行って、でもやっぱり明らかに周りの子より劣っていたのに、なぜか受かっちゃうんです。「勘違いしないで、そんな歌じゃないから」薬丸:その後『2年B組仙八先生』(1981年・TBS系)が1年続いて、それが終わる頃に、「ユーたち、5月にデビューするから」って。さらに「ユーだけ、ちょっと大河ドラマ出るから、NHK行って来て」と。学園ドラマの後に大河ドラマですよ(笑い)。まだマネジャーもついていないときに衣装合わせしてヅラ合わせして、『峠の群像』(1982年・主演:緒形拳・享年71才)に4話だけ出させてもらいました。ジャニーさんって、頭の中でタレントの未来像がパズルを組み合わせるようにできていて、先々、何枚パズルが加わっても、キレイに並べてしまうようなかたなんですよね。山田:先見の明ということでいうと、ジャニーさんがプロデュースされた曲は、いまも後輩の皆さんたちに歌い継がれています。ジャニーズに“トンチキソング”と呼ばれるジャンルがあるのをご存じですか? シブがき隊の曲だと『スシ食いねェ!』とか『サムライ・ニッポン』ですね。薬丸:トンチキ?(笑い)いわんとしていることはわかりますよ。『スシ食いねェ!』は今年1月、『みんなのうた60』(NHK)でNEWSが歌うっていうとき、まっすー(増田貴久クン・35才)が「大切に歌わせていただきます」ってメールくれたんで、「勘違いしないで、そんな歌じゃないから」って返信したら、そのとおりオンエアで話しちゃって(笑い)。やっぱりぼくらはコミカルな部分を担当してたと思うんですよ。その証拠に、ぼくらは1回もジャニーさんにコンサートの演出をしてもらったことがない。でも、歌の合間のトークはほめられていたらしいです。直接ほめられたことは一度もないけど。中居(正広)クン(48才)とかにもジャニーさんは「シブがき隊を観に行け」って言ってくれてたらしいんですが、トークコーナーが終わると、みんな帰っちゃった。山田:(爆笑)ジャニーさんのエピソードは尽きませんね。それにしても、「花の82年組」の皆さんが、いまも仲よしであることはすごいですね。薬丸:40年の歳月を経ても、みんなで集えることは、なんかすごくうれしいし、ありがたいことだなぁって。山田:それはやはり、ヤックンと(石川)秀美チャンご夫妻が核になっているからじゃないでしょうか。結婚後も、お仕事のオファーが星の数ほどあった秀美チャンが表舞台にお立ちにならないのは、もったいない気もしますが、すごいことだと思います。薬丸:ウチはふたりとも同じ考えなんですが、子育てや家のことを全部自分たちでしたいっていう想いがあったんですね。つまり、ベビーシッターさんやハウスキーパーさんのお世話にはならなかったということです。山田:5人も、お子さんがいらっしゃるのに? それは、すごいです!!岡江さんに毎年贈っていた花がすべて飾られていて薬丸:5番目の次女が生まれる4か月前も妻がぼくの誕生会を企画してくれて、岡江(久美子)さん(享年63才)をはじめ、『はなまるマーケット』(1996年~2014年・TBS系)の出演者やスタッフをお招きしたんですが、誰も(妊娠に)気づかなかった。番組で岡江さんが「いつ生まれるの?」って言うから、「もう生まれました」って言ったら、「ええ~~~~っ」みたいな(笑い)。あのときの岡江さんの顔は忘れることができません。『はなまる』が終わってからも、ゴルフに行ったり食事に行ったりしていたので、突然の訃報を聞いたときには夢なのか現実なのか、しばらくわからなかったほどです。 ご主人の(大和田)獏サン(70才)や娘さんの(大和田)美帆チャン(37才)のことがものすごく気になって、その後、ご連絡をさせていただき、ご自宅で手を合わせることが叶いました。ぼくが岡江さんの誕生日に毎年プレゼントしていたプリザーブドフラワーがすべて飾られていたんです。こんなに大切にしてくれていたんだと、岡江さんの気持ちがあらためて染みました。 一周忌の4月23日、美帆チャンが自ら出向いて岡江さんと仲のよかったかたやお知り合いのかたにコメント取材をして、全部自分で編集して、音楽も入れて、“リモート葬”というカタチで多くのかたに岡江さんを偲んでいただいたんです。岡江さんが追っかけをしていた真矢ミキさん(57才)もメッセージをくださったんですよ。山田:真矢サンの東京オリンピック開会式での凜々しい棟梁の姿、岡江さんに見ていただきたかったですね。コロナ禍で薬丸家はご家族同士の向き合い方に変化はありましたか?薬丸:やっぱり、こういう有事のときだからこそ絆が大切だなって。ウチは次男と三男がドイツにいて、ほかの家族はハワイにいることが多いこともあって、インターネットを駆使してつながれる時間を豊かなものにしようと思っています。これだけStayHomeが続くと心も疲弊するし体力も低下してしまうので、娘の友達のヨガの先生に“リモートヨガ教室”をやってもらって、家族でやったりもしています。あとは、とにかく言葉にして伝えようと。特に「ありがとう」はよく言うようにしています。あ、こんな美談にしちゃうと、「こいつ、イメージアップ狙ってるな」って言われちゃうといけないんで、トンチキソングの話のボリュームを多くしておいてください。山田:(笑い)シブがき隊の曲は名曲揃いですよ。私は特に『月光淑女!(ムーンビーナス)』が大好きです。薬丸:そういえば、このあいだ『バイキングMORE』(フジテレビ系)のCM中、ミッツ・マングローブ(46才)が、「『ドリーム・ラッシュ』は最高だ」って。山田サンもミッツも渋いところにいきますね。山田:宴会ができるようになった暁には、ナマで聴かせてください!【プロフィール】薬丸裕英(やくまる・ひろひで)/1966年2月19日生まれ。東京都出身。1981年TBS「2年B組仙八先生」に出演。翌年、「NAINAI16」でシブがき隊としてデビュー。その後7年間、数々の実績を残し1988年解散。ソロになってからは数多くのドラマ、バラエティー、コマーシャルなどに俳優・タレントとして幅広く活躍中!構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。撮影/田中智久※女性セブン2021年8月19・26日号
2021.08.12 16:00
女性セブン
近藤真彦
近藤真彦「本業をレースにしない」 コンサート開催に意欲示す
 ジャニーズ事務所を電撃退所してはや1か月。近藤真彦(56才)が、5月16日、東京・羽田空港に姿を現した。報道陣を避けようと離れた出口から出てきたが、あっという間に一般人に囲まれた近藤。野次馬的にスマホを持ってはしゃぐ男性たちの撮影にサムアップポーズで応じたが、マスク越しの表情は浮かない目つきだった。 昨年11月に、25才年下の美人女性経営者との5年に渡る不倫スキャンダルが発覚。無期限の芸能活動自粛となり、ついに40年以上在籍していたジャニーズ事務所を突然退所したのは4月末のことだった。この日は、大分県日田市のオートポリスで行われたカーレース「スーパーフォーミュラ」第3戦の決勝に、オーナー兼監督を務める「KONDO Racing」が出場。スキャンダル以降の初めて公の場に現れたために、大騒ぎとなった。 近藤には、もうジャニーズ時代のように報道陣をガードするスタッフや、場を取り仕切る広報担当はいない。往路の阿蘇くまもと空港では、直撃を受けて「本当にデキの悪い長男でした。もう少し後輩にも頼られるような先輩でいたかった。一から出直す気持ちで頑張ります」と、殊勝に応えていた。 あるスポーツ紙記者は、「しばらくはレースが本業ということになるが、本人はそれを望んでいるわけではないといわれている」と話す。  この日の直撃取材でも「ファンの皆さんの前で歌を歌い、コンサートができれば」と、芸能活動再開の意思を表明している。不倫スキャンダルが無ければ、昨年12月にはデビュー40周年記念ツアーの最終公演を行う予定だった。待ち望んでいたファンを裏切る形になってしまっただけに、思い残しがあるようだ。 ただし、前途は多難。芸能活動のサポートも、レースチーム「KONDO Racing」の運営会社エムケイカンパニーが行うことになった。しかし、同社には芸能マネジメントの担当者はおらず、コンサートも簡単にできる状況ではなさそうだ。 弟分の後輩だった東山紀之(54)からは、テレビの生放送で「(退所コメントが)すごく薄っぺらく感じる」と、手厳しく指摘されてしまった。スキャンダル以降は会見も開かず、なし崩し的な復帰で男を下げた形のままである。 6月9日には退所後はじめてイベントに出演するというが、「ケジメをつけるべき」という声も少なくない。ここからが本当の正念場となりそうだ。
2021.05.30 16:00
NEWSポストセブン
ジャニーズグループの活躍が続く
東山紀之は近藤真彦を守り続けた…痛烈批判の裏の「40年間の愛憎」
 4月30日、マッチこと近藤真彦(56才)が、ジャニーズ事務所の退所を発表した。マッチは昨年11月に、25才年下女性との5年に及ぶ不倫が『週刊文春』に報じられ、芸能活動を自粛中だった。退所という決断に、多くの後輩たちから感謝のコメントが寄せられるなか、異彩を放ったのが東山紀之(54才)のコメントだ。5月2日、キャスターを務める『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)に生出演した東山は、険しい表情を浮かべて先輩の退所に苦言を呈したのだ。「東山さんは、退所の前にマッチさんから後輩やスタッフに一切の説明がなかったことを明かし、『退所の仕方に大きな疑問が残る』、『自分を犠牲にしてきたスタッフの思いを、マッチさんはどう受け止めるのか』、『退所のコメントも薄っぺらく感じる』と言い放ちました。異例ともいえる辛辣な内容に、多くのファンや関係者から戸惑いの声が上がりました」(テレビ局関係者) 誰もが驚いた東山のマッチ批判。その厳しい発言の裏側には、約40年にわたる2人の“薄っぺらではない関係”が潜んでいた。 2才違いのマッチと東山が初めて出会ったのは1979年、マッチにとって芸能界デビューとなったドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の打ち上げの場だった。「会場は新宿にあるボウリング場でした。東山さんは事務所の関係者に連れられて来ていたようで、マッチさんは『お前か! 新しいジャニっ子は!』と先輩風を吹かせたそうです。のちにジャニーズの長男、次男と呼ばれる2人ですが、このときから本当の兄弟のような関係が始まりました」(芸能関係者) 田原俊彦(60才)、野村義男(56才)との『たのきんトリオ』で一世を風靡したマッチは、1980年12月12日に『スニーカーぶる~す』でソロ歌手デビューを果たした。それから5年後の同じ日に『仮面舞踏会』でデビューしたのが、東山と錦織一清(55才)、植草克秀(54才)の少年隊だ。「デビューまでの5年間、少年隊はマッチさんのバックダンサーを務めていました。東山さんは絶頂期のマッチさんの背中をずっと見ていて、少年隊としてブレークした後に、『いまの自分があるのはマッチさんのおかげ』と公言しています。華やかな姿だけでなく、マッチさんの人に見せない苦悩や努力も目の当たりにし、芸能界で成功する秘訣を学んだという思いがあるのでしょう」(前出・芸能関係者) 若い2人は、私生活でも濃密な時間を過ごした。「当時は事務所の寮生活。マッチさんが夜遅く帰ると、東山さんが下りてきて、『お帰りなさい。お腹空いていますか』と夜食を作っていたそうで、夜中にバイクで一緒にツーリングに出かけることもあったそうです。青春時代をともに過ごした2人の絆は強く、お互いに結婚して子供ができてからも、家族ぐるみの交流を続けていました」(マッチの知人)芸能活動は“開店休業状態” ただ、2人は同じ方向に歩を進めていたのではない。むしろ、両者の歩みは対照的だった。「マッチさんはまさに“自由奔放”でした」 と語るのは、あるテレビ局プロデューサーだ。「事務所の長男といわれたのは年齢的にそうなだけで、実際には、長男に求められるような模範生ではなかった。芸事を極めるというより趣味に熱中する少年のような心の持ち主で、カーレースに始まってスキューバダイビングやジェットスキー、釣りやラジコンなど、若いうちから幅広く趣味を持っていました」 なかでも没頭したのが、1984年から本格参戦したカーレースだ。自身のレーシングチームを結成して、フランスのル・マン24時間レースや全日本F3000選手権(フォーミュラー・ニッポン)などの名だたるレースに挑戦した。もはや趣味ではなく、“もう1つの本業”となり、近年、芸能活動は“開店休業状態”と揶揄する声さえあった。 1980年のデビューから1998年までは42枚のシングルを発表していたが、2002年から現在まではわずか11枚。2017年を最後にリリースは止まっている。活動自粛前のレギュラーはラジオ番組2本とCM1本。当の本人は2012年の雑誌のインタビューで、「好奇心を素直に楽しむ生き方を、これからもしていけたらいいなと思う」と語り、芸能活動の少なさを気にすることはなかった。「1975年に郷ひろみさん(65才)がジャニーズ事務所を退所した後、事務所を支えたのがマッチさんだといわれています。幅広い世代から圧倒的な支持を得た稀代のスターでした。いくらいまの仕事が少ないからといっても、彼の功績は色褪せません。功労者ですから、収入も保証されていました。一部では、ジャニーズの関連会社の株式も与えられていて、配当もかなりあると報じられています」(前出・芸能関係者) 一方の東山は、デビューから現在まで全身全霊をかけて芸能活動に打ち込んできた。「仕事はもちろん、プライベートも一切手を抜かないことから、付いたあだ名は『ミスター・パーフェクト』。東山さんは自分がマッチさんの背中を見て育った経験から、後輩が成長するか否かは自分次第という気持ちが強いんです。歌手活動以外にも、舞台やミュージカル、バラエティーなどさまざまなジャンルに挑戦してきたのは、後輩たちに活躍の幅を広げさせるためでもあったんです」(東山の知人) そしてマッチが活動自粛となってからは、テレビで後輩を盛り立てる姿が目立つようになっていた。「最近は多くのテレビ番組で、ジャニーズの若手との共演を重ねています。後輩からの素朴な疑問に答えたり、気になる後輩として『なにわ男子』の名前を挙げ、『(歌やダンスが)上手で、どうやって育っていくか楽しみ』と励ました姿が印象的です。Snow ManやHiHi Jetsには、バラエティー番組でどっきりを実行して、メンバーの隠れた魅力を引き出しています」(前出・テレビ局関係者)“次男”の東山は“長男”を守り続けた 40年の歳月は、2人の立場を大きく変えた。2019年にジャニー喜多川さん(享年87)が逝去した後、ジャニーズ事務所は滝沢秀明氏(39才)が副社長に就任するなど、世代交代を進めている。2023年3月末からジャニーズJr.の「22才定年制」が導入されることも決まり、実力主義に舵を切ったともいわれている。「厳しい言い方をすれば、結果を出していない者の居場所はないということ。そうなると、マッチさんのような“功労者”に向けられる目は厳しくならざるを得ない。多くの若手にとってマッチさんの活躍は生まれる前の話ですからね……」(前出・芸能関係者) 時の流れとともにマッチが孤立するなか、東山は次男として長男を守り続けた。「マッチさんに対する周囲の空気が変わっていくことを感じた東山さんは、後輩にマッチさんの絶頂期の偉大さを切々と諭していました。大晦日の恒例『ジャニーズカウントダウンコンサート』では、東山さんがマッチさんを引き立てるように献身的にステージを動き回っていました。 趣味に没頭する先輩には複雑な感情を抱きつつも、尊敬の念は消えなかった。しかし、マッチさんは、そんな東山さんの気持ちも知らず、“やってもらえて当たり前”という思いだったのかもしれません」(前出・東山の知人)※女性セブン2021年5月20・27日号
2021.05.08 16:00
女性セブン
ジャニーズグループの活躍が続く
東山紀之、マッチへの辛辣批判の裏に再起を願う複雑な思いと信頼関係
 何よりも芸歴が優先される芸能界のなかでも、厳しい縦社会構造があるとされるジャニーズ事務所。そのトップに君臨するのが近藤真彦(56才)だった。だからこそ、後輩である東山紀之(54才)が彼を強く、厳しく、責めたことに多くの人が驚いた。その裏には、40年にわたる2人にしかわからない愛憎があった──。 それは、前触れのない一方的な報告だった。《40年以上お世話になったジャニーズ事務所を退所させていただく事になりました(中略)ありがとうジャニーズ ありがとう素敵な後輩達 ありがとうジャニーさん》 4月30日、マッチこと近藤真彦が、こんなコメントとともにジャニーズ事務所の退所を発表した。マッチは昨年11月に、25才年下女性との5年に及ぶ不倫が『週刊文春』に報じられ、芸能活動を自粛中だった。 所属タレント最年長で、「ジャニーズ事務所の長男」といわれていた先輩の決断に、多くの後輩がテレビ番組などで驚きと労いの声をかけた。TOKIOの城島茂(50才)は、テレビ番組で「感謝の気持ちでいっぱいです」とコメントし、KAT-TUNの中丸雄一(37才)は、「マッチさんはご自身でケジメをつけたと思う」と理解を示した。 そんななかで異彩を放ったのが、マッチと最も年齢の近い東山紀之だった。5月2日、キャスターを務める『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)に生出演した東山は、険しい表情を浮かべて先輩の退所に苦言を呈したのだ。「東山さんは、退所の前にマッチさんから後輩やスタッフに一切の説明がなかったことを明かし、『退所の仕方に大きな疑問が残る』、『自分を犠牲にしてきたスタッフの思いを、マッチさんはどう受け止めるのか』、『退所のコメントも薄っぺらく感じる』と言い放ちました。異例ともいえる辛辣な内容に、多くのファンや関係者から戸惑いの声が上がりました」(テレビ局関係者) マッチと東山は2才違い。東山は少年隊としてデビューするまでの5年間、マッチのバックダンサーを務め、絶頂期のマッチの背中を見て育ち、本当の兄弟のような関係を築いてきた。マッチを慕う東山が、退所表明した「兄」に厳しい言葉を向けたのはなぜか。誰にも告げずに退所した理由 不倫が発覚した昨年は、マッチにとってデビュー40周年となる節目の年だった。「12月12日のデビュー日に向けて、特番への出演やイベントなど、スタッフが一丸となって取り組んでいました。ところが不倫報道で、11月になってマッチさんの活動自粛が決まり、12月に出演する予定だった歌番組などをすべて辞退することになった。マッチさんがテレビで歌うために、多くの人の尽力があったのにです。東山さんはそうした事情を知っているだけに、落胆するスタッフの心情を慮り、『スタッフの思いをどう受け止めるのか』と口にしたのでしょう」(芸能関係者) 事前報告のないあっさりした退所宣言が、東山にはファンをはじめ多くの関係者への感謝を欠くものと映ったことも大きかった。「今回マッチさんは、ケジメとして、自分で退所を決断しました。マッチさんを慕う人は東山さん以外にもいます。その全員に報告することはできないし、誰かだけに言うことも彼は選ばなかった。自分なりに考え抜いた決断だったのですが、それが東山さんには、マッチさんを支えてきた人々の気持ちを軽んじているように見えたのでしょう」(マッチの知人) それに、「自分が言わなければ、誰が言うんだ」という強い思いもあった。「40年間、本当の兄弟のような時を過ごしてきただけに、東山さんはあえて厳しい言葉を使って叱咤しました。愛憎半ばする複雑な思いがあるんです。裏を返せば、それだけの信頼関係があるということ。どんな形になろうが再起を果たしてもらいたいと思っているんです。それで、『若い頃を思い出して、もう一度みんなに愛されるマッチさんになってください』という思いを込めて、生放送で発言したのでしょう」(東山の知人) 退所に向けたコメントの最後、東山はこう言い切った。「これからマッチさんがどういう生き様を見せてくれるのか、楽しみというより、見せてほしい」 最愛の先輩に向けた、東山からの精一杯のエールだった。※女性セブン2021年5月20・27日号
2021.05.06 16:00
女性セブン
ジャニーズグループの活躍が続く
近藤真彦 GW中に退所発表も批判が収まらない「3つの誤算」
 ゴールデンウィーク真っ只中の4月30日、近藤真彦(56)が同日限りでジャニーズ事務所を退所すると発表した。昨年11月、近藤は『週刊文春』に25歳年下女性との5年に及ぶ不倫が報じられ、無期限の芸能活動自粛を発表していたが、そのまま表舞台に出ることなく事務所を去ることになった。 近藤は1979年の『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役で注目を浴び、1980年12月に『スニーカーぶる~す』で歌手デビュー。田原俊彦、野村義男とともに『たのきんトリオ』として映画やバラエティ番組などでも活躍し、1987年には『愚か者』で日本レコード大賞を受賞。田原の独立後、近藤は事務所の“長男”と呼ばれるようになり、ジャニーズファンにもその呼称が定着していただけに、退所には驚きの声が上がった。 同時に、謹慎中に逃げるように退社したとも受け止められ、ネット上では批判の声も目立つ。芸能関係者が話す。「近藤さんがGW中に発表した背景には、自らが監督を務めるレーシングチームの事情もあったのではないでしょうか。4月にシーズンが開幕しており、このままいつ謹慎が解けるかわからない状況だと、チームへの影響が避けられなくなる。最近20年くらいは芸能活動よりもレースに力を入れていたし、チームのことを考えるといつまでも自粛しているわけにはいかなかったのでしょう」 近藤は4月中旬に退所を申し入れ、了承されたという。発表までには半月ほどを要した。関係各所への調整などがあるため、退所が決定してもすぐには公表できないだろう。ただ、少年隊の東山紀之がメインキャスターを務める『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)で、スタッフや後輩たちに連絡がなかったことを明かした。「芸能人がGWやお盆などにあまり触れられたくない出来事を発表することはよくあります。連休中は週刊誌が合併号になるので、記者たちが動いてもすぐ記事にすることはできない。その間に時間が経って、ネタが新鮮ではなくなるため、記事にならない可能性も出てきます」 とはいえ、そこに1つ目の誤算があったのではないだろうか。芸能記者が話す。「ネット社会になってから、情報の消費速度が年々上がっています。ニュースの発生から1~2日も経てば、もう古くなるような感覚がある。テレビでもネットでも視聴者や読者はすぐに新しいニュースを求めるようになっている。 しかし、近藤さんの退所発表から数日経っても、まだ鮮度は落ちていない。ニュースの意外性もありますが、GW中の発表という事情もある。連休中は芸能人の記者会見も少ないし、週刊誌も合併号で発売されないので、芸能ニュースが枯渇しがち。新しいネタがないので、近藤さんの退所が注目を集め続けているのでしょう」 ワイドショーも軒並み退所のニュースを取り上げた。これが2つ目の誤算かもしれない。テレビ局関係者が話す。「不倫を報じた号の『週刊文春』には、マッチが『俺は(不倫記事を)揉み消せる権力を持っている』と語ったと書いてありました。とはいえ、最近のワイドショーは、取り上げるべきものは取り上げるし、昨年の不倫発覚時も多くの時間を割いて放送していました。ネットニュースだけならともかく、ワイドショーがここまで取り上げるとは想像してなかったかもしれません」 3つ目の誤算は、ジャニーズ事務所の合宿所で共に生活をした40年来の仲間である東山紀之が厳しいコメントを出したことだろう。「近藤さん自身も、ヒガシがあそこまで辛辣なことを言うとは思わなかったのではないでしょうか。他の後輩たちは当たり障りのないコメントをしていますが、彼らの立場ではああいうしかない。年の離れた大先輩に対して、公然とは批判できないでしょう。それでもヒガシは、近藤さんの退所コメントについて『すごく薄っぺらく感じる』と発言した。それによってヒガシが株を上げたのと引き換えに、近藤さんの立場がさらに厳しくなった印象です」(前出・芸能記者) 批判が収まらない背景にある、近藤真彦の3つの誤算──。時代の流れや仲間の心情を読みきれなかったことで、そうした誤算が生まれた面もあるのかもしれない。
2021.05.05 16:00
NEWSポストセブン
芸能人の記者会見はいつから減ってきたのか?(イメージ)
近藤真彦も書面のみで退所発表 「芸能会見」はなぜ消滅したのか
 芸能人は、いつから重要な発表を書面のコメントだけで済ますようになったのか。近藤真彦が1977年の入所以来、約44年間所属してきたジャニーズ事務所を退所した。4月30日、同事務所の公式ホームページでコメントを発表すると、世間には驚きの声が広がり、スポーツ紙やネットニュースだけでなく、テレビの情報番組でも取り上げられた。芸能関係者が語る。「昔は芸能人が事務所を移籍したり、個人事務所を設立したりしても、テレビで大々的に取り上げられることはなかった。最近、ジャニーズから続々と退所者が出ていますが、ほとんどがグループからの脱退などが絡んでおり、メインはグループの話になる。マッチはソロですし、ここまで大ニュースになるとは思っていなかったかもしれません」 少年隊の東山紀之は5月2日、『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)で「今回の退所の仕方に、大きな疑問が残っている。後輩たちにもファンの人たちにも、何の説明もなかったので。僕らはたくさんのファンの人たち、スタッフの人に支えられていますから。それと向き合うというのは礼儀の一つだと思う。退所のコメントでも、すごく薄っぺらく感じるんですね」などと厳しい言葉を並べた。これまで応援してくれたファンやスタッフに対して、感謝の気持ちが伝わってこないことへの憤りを感じさせた。芸能記者が話す。「紙切れにすれば1枚ほどの文面で済ませたことにも、複雑な思いがあったのかもしれません。事務所の退所でわざわざ記者会見を開く必要もないとは思いますが、そもそも近藤さんは不倫発覚時にも会見をしておらず、逃げ回っている印象を持っているファンは少なくない。近藤さんの立場からすれば、少ない文章で自分の想いを伝えるのは困難。それならば、会見をして真摯に答えれば、世間の反応も少しは変わったかもしれません」 1980年代、テレビの各局ワイドショーは芸能ニュースを盛んに取り上げ、突撃取材を敢行していた。著名人は熱愛報道があればレポーターに追い回され、何かと記者会見を開いていた。「当時は、テレビカメラとレポーターがセットとなり、午前と午後のワイドショーが揃って同じ芸能人に直撃していた。そこにスポーツ紙や週刊誌の記者もいたから、30人近くになることも珍しくない。そうなると、逃げも隠れもできなくなる。だから、仕方なく会見を開いる面もあったんです。そうしないと、いつまでも追いかけられますから」(前出・芸能関係者) テレビ局には資金力があり、ワイドショーはお金を気にすることなく自由に取材できる時代だった。「1990年代後半くらいから、テレビ番組の制作費も減ってきた。直撃取材の効率は良くないから、どんどんなくなっていきました。張り込んでも、放送されるのはほんの一部。形になればまだいいほうで、空振りがほとんどなわけですから」(前出・芸能記者) レポーター陣に突撃されなくなった芸能人は会見を開く必要がなくなった。FAXやホームページなどで“公式コメント”を発表し、ワイドショーがそれを取り上げ、スタジオでコメントする形式が増えていった。「主導権は、昔はワイドショー側にありましたけど、今はタレントや事務所側にある。会見は絶滅状態で、稀にあるくらい。だから、今回の近藤さんの不倫報道を契機とした活動自粛、退所発表もコメントで済ますことができた。1980年代なら、不倫発覚の時点で仕事場などにレポーターが押し掛け、会見を開かざるをえなかったでしょう。 今は、テレビカメラの前でレポーターに追及されることはほとんどなくなった。たしかに、昔はやり過ぎだった面もある。とはいえ一方で、会見がタレントに有利に働くこともある。文章による公式発表だけでは表情が見えてこない。近藤さんも会見を開いていれば、東山さんがここまで断罪することもなかったのでは」(前出・芸能記者) マッチはこのまま、さりげなく生きていくのか。
2021.05.05 07:00
NEWSポストセブン
King&Princeメンバーが語ってくれた
「薄っぺらく感じる」東山紀之が近藤真彦退所に厳しい批判を向けた心情
 冷静な表情ながらも、言葉には怒気が込められていた。昨年11月、『週刊文春』が近藤真彦と25歳年下女性の5年間にわたる不倫関係をスクープ。近藤は活動自粛に追い込まれ、今年4月中旬に本人から申し入れがあり、30日に近藤の文面とともにジャニーズ事務所の公式ホームページで退所が発表された。 このことについて、東山紀之が5月2日、メインキャスターを務める『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)で「今回の退所の仕方に、大きな疑問が残っている」と厳しく批判した。 その理由について、「後輩たちにもファンの人たちにも、何の説明もなかったので。僕らはたくさんのファンの人たち、スタッフの人に支えられていますから。それと向き合うというのは礼儀の一つだと思う。マッチさんのために、自分自身を犠牲にして助けてきたスタッフの方をたくさん知っている。その人たちの思いは、マッチさんはどう受け取っているのかなって。退所のコメントでも、すごく薄っぺらく感じるんですね」と思いの丈を述べた。テレビ局関係者が推察する。「番組スタッフも意外だったでしょう。過去のVTRでマッチが東山を褒めている映像を流しており、穏便に終わらせる意図も見え隠れしていた。東山はその映像には全く触れず、非常に厳しい言葉を並べた。想定外の反応だったと思います」 近藤真彦の退所は、東山にも多くのスタッフにも寝耳に水だったという。近藤は1979年の『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役で脚光を浴び、1980年12月12日に『スニーカーぶる~す』で歌手デビュー。翌年には日本レコード大賞などの最優秀新人賞を総なめし、NHK紅白歌合戦にも出場した。芸能記者が語る。「田原俊彦、野村義男との『たのきんトリオ』で出演した映画も第6弾まで作られるほど興行収入が良かった。その中で、主演の回数は近藤真彦が1番多い。レコード売上枚数でも田原より上でしたし、キャパシティの大きい日本武道館公演も成功させていた。ソロアイドルとしては異例でした。1980年代前半の近藤の人気は凄まじかったですよ」(以下同) そんな彼らの姿を見ながら、錦織一清、植草克秀、東山紀之の少年隊は着々とダンスの技術を高め、1985年12月12日に『仮面舞踏会』でデビュー。オリコン1位を獲得し、翌年には近藤と同じく最優秀新人賞をいくつも受賞し、紅白にも選ばれた。 アクロバットな踊りは、ジャニーズの歴史の中でも群を抜いていた。2019年9月4日放送の『TOKIOカケル』(フジテレビ系)では、TOKIO国分太一が、ジャニー喜多川氏に「最強のグループは?」と聞いた時、「少年隊」と即答したことを明かしている。しかし、少年隊は2008年の『PLAYZONE』を最後に3人での活動はなくなり、2020年限りで錦織一清と植草克秀が退所。グループ名は残るものの、実質的には解散状態となっている。名実ともにジャニーズ事務所No.1グループだったにもかかわらず、少年隊の引き際に寂しさを感じたファンも多かっただろう。溢れ出た“積み重なった思い”「ジャニーズの中では、やはり近藤真彦という存在が大きかったのでしょう。マッチは1980年、少年隊は1985年にデビューしているから、アニバーサリーイヤーが被ってしまう。V6は1995年デビューですが、ファン層の年齢が違うので影響は受けなかった。少年隊の場合、20周年の2005年はマッチのディナーショーにゲスト出演したが、3人のライブツアーはなかった。 25周年も30周年もメンバーが揃うことは叶わず、そして35周年の昨年、ついに2人が退所し、グループ活動に一旦の区切りをつけた。ベスト盤などは発売されましたが、ライブもテレビ出演の場もなかった。その年には、マッチの40周年という大イベントもありましたからね」 昨年の近藤の40周年ツアーは、新型コロナウイルスの影響で大半が延期に。12月11、12日には東京・渋谷で記念ライブを予定していたが、11月に『週刊文春』で不倫を報じられて活動自粛となったため、複数のテレビ出演も含め、取りやめとなった。「もし1年早く、今のような事態になっていたら、もしかしたら少年隊の活動再開、少なくとも退所前にファンの前に3人で姿を現すことも叶ったかもしれない。東山には、そんな忸怩たる思いもあったのかもしれません。今のマッチは、『歌って踊る』というジャニーズの理念から外れているようにも見える。東山はグループの活動がなくても、体を鍛え続け、いつでも踊れる準備をしてきたし、少年隊としての自負もある。 それでも、先輩を立て、“マッチがトップ”という不文律を守ってきた。それなのに、マッチは活動自粛中に突然退所を決め、長い付き合いの自分だけでなく、ほとんどの仕事仲間にすら連絡しなかった。今回のコメントは、そうした東山の積み重なった思いが溢れたものではないでしょうか」 東山は、“俺にはわからないよ おまえがなぜ…”という気持ちだったのかもしれない。
2021.05.04 07:00
NEWSポストセブン
2人の謝罪会見は何が違ったのか(時事通信フォト)
アンジャ渡部、近藤真彦、東出昌大の不倫謝罪を3つのWで比較
 活動自粛から半年。アンジャッシュ・渡部建が不倫騒動後初めて開いた12月3日の会見は、その後も様々な議論を巻き起こした。大晦日に放送されるお笑い特番の収録に参加したとの報道が出たタイミングだっただけに、当日の会見ではレポーターたちの質問も“活動復帰”に関するものに集中した。「今日は復帰会見ということですか?」「なぜ収録する前に謝罪会見をしなかったのですか?」といった厳しい追及に晒され、なかには「渡部さんにとって多目的トイレとは、どういう場所なんですか?」という質問も。謝罪の言葉を何度も繰り返し、渡部は約100分間の会見を終えた。 振り返れば、2020年も多くの不倫騒動が世間の注目を集めた。“ジャニーズの長男”近藤真彦が、11月12日発売の『週刊文春』で5年間にわたる不倫愛を報じられたことも記憶に新しい。同月16日深夜(17日未明)には、近藤の謝罪コメントとともに、ジャニーズ事務所が彼の無期限活動自粛を発表した。活動40周年という節目での、あまりに突然の出来事だったせいで、本人が活動自粛に入ったにもかかわらず、近藤が複数の雑誌で表紙を飾るという間の悪い事態に繋がってしまった。 2020年下半期に世間を騒がせたのが渡部の不倫なら、上半期にもっとも世間を騒がせたのは俳優・東出昌大の不倫だろう。女優・杏との間に3人の子供をもうけ、理想の夫婦というイメージが強かったぶん(今年8月に離婚を発表)、女優・唐田えりかとの3年にも及ぶ不倫を暴いた一連の報道は衝撃を与えた。東出は3月に謝罪会見を行い、妻や子どもへの思いを明かした。 謝罪のプロは、2020年の芸能界を騒がせた3者の不倫謝罪をどう見るか? 600件近い謝罪訪問の経験を活かし、『謝罪の極意〜頭を下げて売上を上げるビジネスメソッド〜』という著書を持つ“謝罪コンサルタント”越川慎司氏はこう分析する。「謝罪の上で大切なのは、When(いつ謝罪するのか)、Who(誰に謝罪するのか)、What(何に謝罪するのか)という『3つのW』です。 まず近藤真彦さんのWhenは『発覚5日後』に謝罪文のみ、Whoは『家族、関係者、ファン』、Whatは『不貞行為関係者に経済的損失を与えたこと、ファンの信用を裏切ったこと』です。謝罪文のみというのがポイントですが、活動自粛を発表しており、奥さまや不倫相手の方も一般人ということから、個人的には会見は不要だと感じます。ただ、もう少し長い文章で反省と誠意を見せた方が良かったのではないでしょうか。 アンジャッシュ渡部さんは、Whenは『スキャンダル発覚から6か月後』、Whoは『不快に思わせた関係者、視聴者』、Whatは『不適切な場所での不貞行為、会見が遅くなってしまったこと、口裏を合わせようとしたこと』でした。渡部さんの場合は、Whenに問題があります。収録した番組を放送するための謝罪会見であることが見透かされていました。また、不快に思わせた相手だけでなく、多目的トイレの本来の利用者に対しての謝罪があるべきです。 東出昌大さんは、そつがなく感じました。Whenは『スキャンダル発覚から2か月後』、Whoは『仕事関係者、妻』、Whatは『不貞行為、仕事でも私生活でもおごり、慢心があったこと』でした。放送中のドラマが終わった直後というタイミング、謝罪内容は間違っていません。強いて言うなら、役者を全うしたいと仕事への意欲を口に出してしまったことは会見では控えるべきだったかもしれません」(“謝罪コンサルタント”の越川慎司氏) 謝罪が逆に火に油を注ぐ結果になってしまうことは、往々にしてある。不倫だけでなく、仕事のミスなどの際に謝罪で状況を好転させるためにも、“3つのW”は参考になりそうだ。●取材・文/原田イチボ(HEW)
2020.12.12 16:00
NEWSポストセブン
東山が見せる””理想のジャニーズとは?(時事通信フォト)
近藤真彦の不倫 5年も続いた理由を山田美保子氏が分析
「マッチ」こと近藤真彦の不倫が報じられ、無期限活動自粛に追い込まれた。不倫関係が長く続いてしまう理由は何なのか? 放送作家の山田美保子さんが分析します。 * * *相手女性からは「略奪してやろう」という”悪だくみ”は感じられない【1】相手女性の“顔”や“キャラクター”が見えて、【2】相手の言動が自分の許容範囲を超えたとき。そして、【3】その女性との関係が一度や二度ではなくて、さらには決定的証拠が存在したとき、妻は夫を許せなくなり離婚を決意する……。ほんの2週間前にこの連載でこのように書いたばかりでしたが、異なるパターンに出くわしてしまいました。近藤真彦サン(以下・マッチ)の不倫報道です。「5年」という交際年月は正直、「長い」と感じました。ワイドショーの女性コメンテーターらが「これは長すぎる」と怒りまくっていた東出昌大サン(32才)と唐田えりかサン(23才)の「上」をいく長さなのですからね。杏サン(34才)は冒頭の3条件がすべて当てはまり離婚。夫と愛人との海外でのイチャイチャツーショット映像のリプレーや愛人のSNS利用術には、イライラがつのって当たり前ですよね。 杏サンはとっくの昔に2人の関係に気づいていて、何度も話し合いを持ったのに東出サンは毎回全否定。そうしたことなどからも、“ドロドロ”だとか“愛憎劇”などというワードが浮かんできたものです。 が、マッチさんの場合、冒頭の【1】【2】がいまも感じられない。少なくとも愛人のA子さんは各所で妻のように振る舞いながらも不倫関係が奥様にバレることは恐れていたようですし、唐田サンのように杏サンのインスタに「いいね」を押すような“ゲーム”風言動も、なさっていなかったようです。「5年間」という月日についても、ベッタリだった……というよりは、マッチさんの“お遊び”にマメにつきあっていただけであるように思います。 聞けば彼女は、オーダーメードスーツの会社の社長さんということですから、顧客の手前もあり、日頃から襟を正していなければならないようにも思います。「お客によって態度を変えている」とか「女を使って仕事を取ってるんでしょ」などとは絶対に言われたくないと思うので。 マッチさんとて、家庭を壊そうとはこれっぽっちも思っていなかった。「歌手」であるだけでなく「レーシングチームの監督」でもあるマッチさんは多忙な日々を送っていらっしゃる。海外でのレースもあるので、長期に家を空けることも多かったでしょう。 その“家”を守ってくださっていたのは奥様であり、ご夫婦揃って、とても教育熱心だという近藤家にあって、結婚13年目に生まれた待望の男の子には絵画を習わせたり、語学教室に通わせたり、スポーツをさせたりしていたと聞きます。当然、「親が近藤真彦」であることは周知の事実。今回、マッチさんがケジメをつけたのは、お子さんを含めた“家族”を守るためにほかならなかったのでしょう。 そのあたりはA子さんも理解していたと思われます。繰り返しになりますが、記事からは「略奪してやろう」というような悪だくみは一切、感じられないのです。長期不倫の鍵となる“カムフラージュ軍団”は男と女でちょっと違う!? それでも「5年」も続いてしまったのは、どうしてなのでしょうか。私が考えるに、理由は3つ。1つ目は、彼女のお仕事が関係していると思うのです。そう、オーダーメードスーツの会社の社長さんという“お仕事”です。 女性のファストファッションブームよりも先に訪れていた格安スーツのブーム。多くのビジネスマンが「これで、いい」と、自宅で洗えるスーツだとか、1着買えばスラックスが2本付いてくるようなスーツを選ぶようになりました。 そんな中、オーダーメードのスーツを選ぶ客層というのは、どんなかたたちであるのかは想像つきますよね。彼女にとって、マッチさんと親しくしているということは、ものすごいステータスであり、当然のことながら、いいお客様も紹介してもらえる。“トロフィーワイフ”ならぬ、“トロフィーラバー”だったと言ったら失礼でしょうか。もっと古いワードを使えば「ベンリーくん」だったという気もします(苦笑)。 2つ目は彼女の年齢です。マッチさんと25才差でしたっけ? ということは、彼女は歌手として全盛期のマッチさんをご存じない。しかも、KAT-TUNの中丸雄一クン(37才)のファンとのこと。最初にマッチさんに会ったとき、すぐには気づかなかったともいいますから、これは、マッチさんにとっても“ラクチン”な要素だったと思うのです。 どこに行ってもチヤホヤされ、自分がそこまで望んではいないような“おもてなし”を受けてしまう。大御所のマッチさんは、もはや、どこに行っても、そういう日々だったと思うのです。が、彼女の態度はそこまで大仰なものではなかった。マッチさんにとっても、そして彼女にとっても、交際は“非日常”な“お楽しみ”だったように感じます。 それに彼女には、マッチさんを「一生、支えてあげよう」といった覚悟も気持ちさえもなかったのではないでしょうか。繰り返しになりますが、やはり、このおふたりには過去の有名な不倫劇のように、“ドラマ”がない。だからこそ、互いの感情がよくも悪くも安定したままで、続いてしまったのでしょう。 3つ目は、“カムフラージュ軍団”の存在です。マッチさんの奥様にとって、「許せない」「裏切られた」という気持ちに拍車をかけることとなった、マッチさんの不倫を手助けしていた男性たち。奥様も当然、お目にかかったことのあるかたたちばかりです。 男性にも女性にも、不倫を手助けする人たちというのがいらっしゃるワケですが、概して女性のカムフラージュ軍団は、その気持ちが続かなくなってしまうんですよね。私の知り合いにも、某男性有名人の長きにわたる不倫を助けてあげている女性がいますが、彼女の場合は、いつ週刊誌にタレコんでもおかしくないほど(!)、いつもその男性のことを怒っています。 そして愛人女性のことを「本当にかわいそう」と。個人性の生き物である女性は、その不倫劇が自分のことのように思えてしまうんでしょうね。過去、「女友達の怒り」によって露呈した有名人の不倫は多々あるものです。そして愛人女性も、女友達と話をしているうちに、男性のことが許せなくなってしまう……。 でも、男性の場合は、「男友達を何が何でも守ろう」という責任感にも似た感情の方が強いのだと思います。今回のカムフラージュ軍団も決して面白がって行動していたのではないような気がするのです。 ……と、またまた“法則”を思いついてしまった私ですが、20代の頃、もっとも取材をさせていただいた男性アーティストの1人がマッチさん。来年には、晴れて40周年コンサートの客席で盛り上がりたいものです。マッチさん、『ケジメなさい』!構成■山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ〜テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2020年12月10日号
2020.11.29 07:00
女性セブン
東山が見せる””理想のジャニーズとは?(時事通信フォト)
不倫報道後は表に出ない近藤真彦、会見開いたほうが得では?
 近藤真彦の不倫関連報道が世間を騒がせている。11月12日発売の『週刊文春』で“略奪5年不倫”を報じられ、16日深夜にはジャニーズ事務所が近藤の無期限活動自粛を発表した。近藤は「この度の件では、家族、関係者の方々、なにより応援してくださっているファンの皆様を裏切ることになり、大変申し訳なく思っております。相手の女性にもご迷惑をお掛け致しました」と謝罪コメントを発表している。 テレビのワイドショーでもこの件は大きく取り扱われ、ネットニュースでも連日、報道が続いている。今後、この問題はどうなっていくのか。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)で芸能マスコミの歴史も詳細に分析している芸能研究家の岡野誠氏が話す。「過去の不倫発覚芸能人の例を振り返ると、マッチは記者会見したほうがいいと思います。時間が経てば忘れると考える人もいるかもしれませんが、世間は意外と覚えている。それどころか、このまま時が過ぎていけば、今のイメージが定着してしまう。会見はそれを払拭するチャンスでもあるし、芸能レポーターから厳しい質問をたくさん浴びると、中には『そこまで聞かなくてもいいんじゃないか』と同情する人も出てくる。一時的には集中砲火を浴びても、長い目で見れば得するはずです」 昨年5月、複数の女性ファンとの“4WD不倫”を『週刊文春』に報じられた原田龍二は、報道直後に会見を開いた。開始前にマネージャーが「質問が出尽くすまで対応します」と宣言し、「車内で行為に及ぶことが好きなのか」「実際に肉体関係を持ったのは何人か」「性欲が強い?」などの際どい問いかけにも逃げずに回答。約50分に及んだ会見では、思わず吹き出してしまうレポーターもいた。不倫報道直後には番組の差し替えなどもあったが、その後、原田へのテレビ出演のオファーは途切れず、CM出演も継続された。「本人のキャラクターもありますが、ダンマリを決め込んでいたら、現在のような活躍はなかった。一斉に全社を集めて会見し、タブーなしの時間無制限で質問を受けると、世間もさすがにその話題に飽きていく。数日もすれば、バッシング記事は減っていき、非難の声も徐々に収まっていく。 不倫ではないですが、吉本興業の闇営業問題もそうでした。発覚から会見までの間は連日報道され、吉本への不信感が募っていった。しかし、岡本昭彦社長が会見を開いたことで、騒ぎは収束していった。会見直後は“グダグダ会見”などと批判されましたが、今ではそんな記事はほとんど出ない。会見の内容以上に、表に出てきて疑問に答えること自体に大きな価値がある」(岡野氏) 近年、不倫報道の対応として一社独占での謝罪や特定の番組での復帰なども見受けられる。矢口真里は2013年5月に『女性セブン』『週刊女性』に“間男不倫”を報道され、翌月にレギュラー番組を降板し、活動休止を選択。1年4か月後の2014年10月に『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)に出演して不倫を謝罪し、復帰した。 2016年1月、ベッキーはゲスの極み乙女。の川谷絵音との不倫を『週刊文春』にスクープされ、発売前日に会見を開いた。しかし、質問を受け付けず、一方的にメッセージを述べるだけで、火に油を注ぐ形となった。4月下旬に『週刊文春』との手紙のやり取りが同誌に掲載され、5月13日放送の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で一連の騒動を謝罪したが、改めて会見は行わなかった。今年6月、“多目的トイレ不倫”を報じられたアンジャッシュの渡部健は『週刊文春』の独占インタビューに答えたが、会見は開いていない。「日本人は横並びの意識が強い。特定の番組で謝罪をすると、『なぜウチでやらなかったんだ!』と他のメディア関係者の嫉妬や怒りを買う。それがまた憶測などを呼んで、週刊誌やネットの記事になって広がっていく。また、1社独占だと、視聴者に『自分に都合のいい媒体を選んだんじゃないか』という先入観を抱かせてしまう。報道後、できるだけ早く会見を開いたほうがタレントにとってはプラスになると思います」(岡野氏) 活動自粛発表後、近藤真彦の不倫騒動はテレビでも取り上げられるようになった。ただ、『バイキングMORE』(フジテレビ系)でカンニング竹山が「正直なこと言うと、マッチは良くね?」と発言すると、ネット上では疑問の声が多数上がった。「批判もあれば、擁護もあるでしょう。個人の意見に良いも悪いもないと思います。ただ、ネットユーザーは当初テレビで全く取り上げられなかったことを疑問に感じているし、今までのいろんな経緯があるので、どうしても『ジャニーズ事務所に忖度している』と考えてしまう。周囲のタレントやテレビ局が、視聴者に『擁護している』と受け止められる発言や報道をすればするほど、マッチへの風当たりは強くなる。マッチの件に限らず、物事には良く言えば言うほど、逆効果になることも往々にしてあります。仮に会見をするなら、芸能レポーターが忖度せずに聞くことが双方にプラスになると思います」(岡野氏) 哀愁ガールハントしている場合ではなかったマッチ。“消火活動”となる記者会見は行われるのだろうか。
2020.11.20 16:00
NEWSポストセブン

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