小笠原道大一覧

【小笠原道大】に関するニュースを集めたページです。

今シーズン中に球団歴代1位の勝利数に到達しそうな巨人・原辰徳監督(時事通信フォト)
『ジャイアンツ愛』から18年、巨人・原監督の名将への軌跡
 昨年、5年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした巨人。6月19日に開幕する今季プロ野球で通算14年目を迎える原辰徳監督はこれまで1024勝を挙げており、順当に行けばシーズン中に長嶋茂雄監督の1034勝、川上哲治監督の1066勝を抜き、球団歴代1位の勝利数になりそうだ。なぜ、原監督は“勝てる監督”になったのか。野球担当記者が話す。「時代によって、采配スタイルを変えてきたことが大きい。2002年、長嶋監督の後を受けて43歳で就任した時は『ジャイアンツ愛』をキャッチフレーズに、選手を尊重して情に厚い指揮官でした。松井秀喜が全試合4番に座り、二冠王を奪取。前年まで不振に陥っていた桑田真澄も復活して、最優秀防御率を獲得した。原監督が選手を信じ、我慢して起用したことで、斉藤宜之や鈴木尚広など長嶋政権時代には芽が出なかった若手が成長し、チーム全体がのびのびとしていました。毎年のように大型補強をしていた長嶋監督時代と異なり、この年の補強は新外国人のワズディン、クレスポ、中日からFAで前田幸長を獲ったくらいでした」(以下同) 2002年は序盤こそ星野仙一監督1年目の阪神が快走したが、夏場には巨人の独走状態に。2位・ヤクルトに11.0ゲーム差をつけ、原監督が宙に舞った。日本シリーズでもパ・リーグ王者の西武を圧倒し、4勝0敗で日本一に。選手時代の1990年、0勝4敗と叩きのめされた相手に雪辱を果たした。新たな黄金時代の到来かと思われたが、オフには松井がヤンキースに移籍。その一方で、松井と本塁打王を争っていたロベルト・ペタジーニをヤクルトから獲得した。「“脱長嶋野球”で日本一になったのに、他球団の4番を奪ってくるという補強に逆戻りしてしまった。原監督の意思というより、フロントの意向だったのでしょう。ペタジーニの本職である一塁には清原和博がいるため、外野で起用しましたが、開幕戦で本塁への送球を暴投するなど守備の乱れも目立った。この頃の原監督は良くも悪くも頑固で、前半戦は清原が欠場していてもペタジーニを外野で使っていましたし、抑えの河原純一が何度失敗しても9回を任せ続け、チームの調子は上がりませんでした」 この年は3位とAクラスを確保したが、原監督は球団代表との確執も噂され、辞任。後を受け継いだ堀内恒夫監督が3位、5位に終わると、2006年から第2次原政権が始まった。スタートダッシュに成功し、最大貯金14と首位を快走したが、交流戦で失速。6月に8連敗、10連敗、7月に9連敗を喫し、最下位に落ちた時期もあった。なんとか4位に踏みとどまるも、借金14で球団史上初の2年連続Bクラスに終わった。「この年がターニングポイントでしたね。故障者が続出したことで、『巧い選手ではなく、強い選手が欲しい』と言うようになった。時折非凡さを感じさせるプレーをする選手よりも、年間を通して働ける選手を望みました。“強い選手”は計画性や己を律する能力がある、と原監督は考えています。2006年の惨敗をきっかけに、完全な実力至上主義を打ち出し、情に厚いイメージが消えた。このオフから『ジャイアンツ愛』という言葉が、ほとんど聞かれなくなりました」 2007年の春季キャンプで、前年の後半戦に1番として起用した鈴木尚広、チームリーダーとしても期待の二岡智宏がケガで離脱すると、報道陣に〈鈴木? 痛いのかゆいの言って、土俵にも上がっていない。二岡? そんなのいたっけ?〉と突き放した。シーズンに入ると、二岡は139試合に出場し、打率2割9分5厘、20本塁打と主軸として活躍した。しかし、7月の広島戦では、チャンスの場面で代打に小関竜也を送るなど厳しい一面を見せた。「原監督はコーチの頃から二岡に大きな期待を掛けていましたし、レギュラー選手のプライドを重視していた第1次政権では考えられない采配でした。結果的に小関は凡退し、この用兵は当たらなかった。ただ、誰も特別扱いしないという方針を示したことで、チームに緊張感を生んだ。 この年、原監督は1番に高橋由伸を抜擢し、先発に拘っていた上原浩治を抑えに回した。オフにはFAで小笠原道大、トレードで谷佳知を獲得した。彼らがシーズンを通して働いて“強い選手”の模範となり、巨人は5年ぶりの優勝に輝きました。監督の意識改革が、そのままチーム改革につながった。小笠原や谷の補強は数字の面だけでなく、練習への姿勢などでも他の選手への影響を与えていた。指揮官にはそんな狙いもありました」 原監督は2007年から3連覇、2009年にはWBCで指揮を執り、世界一に導いた。落合博満監督の中日に2年間覇権を渡してしまうが、2012年からまた3連覇。2位に終わった2015年限りで退任したが、2019年に復帰するとチームを5年ぶりの優勝に導いた。「プロ野球の歴史を振り返ると、名将と呼ばれた監督たちも在任期間が長くなると、徐々に勝てなくなってくる。原監督のように“第3次政権”となると、過去の成功体験に囚われてしまいがちです。選手の考え方は世代によって変わっていきますし、時代に合わなくなっていくのです。 しかし、原監督は常に自身をブラッシュアップさせ、考え方も戦略も柔軟に変化させている。肉体は衰えますが、思考は何歳になっても変えられると示しています。昨年、丸佳浩や炭谷銀仁朗というFA組は活躍したが、期待された中島宏之や岩隈久志という移籍組、ビヤヌエバやクックといった新外国人は数字を残せなかった。エースの菅野智之も不調に陥る中、原監督が選手を適材適所で起用することで、なんとか優勝できた。第2次政権で山口鉄也や松本哲也などが育ったように、昨年も増田大輝や若林晃弘が伸びました」 今年の巨人はオフに目立った補強もできず、戦力的に頭抜けているわけではない。坂本勇人や大城卓三が開幕から全開というわけにもいかない。先発も、昨年の勝ち頭である山口俊がメジャーに行き、菅野以外で計算できる投手が少ない。苦しい状況の中、原辰徳はどう選手をやり繰りし、巨人監督最多勝利を実現するか。
2020.06.17 16:00
NEWSポストセブン
落合博満監督(当時)はさまざまな采配を見せてきた(時事通信フォト)
開幕投手で相手チームを幻惑し続けた中日・落合監督
 6月19日、いよいよプロ野球が始まる。気になる開幕投手の顔ぶれは各チームの監督の公表によって、以下のように明らかになっている。 セ・リーグは、巨人・菅野智之(3年連続6回目)vs阪神・西勇輝(2年ぶり2回目)、ヤクルト・石川雅規(3年ぶり9回目)vs中日・大野雄大(3年ぶり3回目)、DeNA・今永昇太(2年連続2回目)vs広島:大瀬良大地(2年連続2回目)。パ・リーグは、楽天・則本昂大(2年ぶり6回目)vsオリックス:山岡泰輔(2年連続2回目)、西武・ザック・ニール(初)vs日本ハム・有原航平(3年ぶり2回目)、ソフトバンク・東浜巨(初)vsロッテ:石川歩(2年連続2回目)。 直前の怪我などがなければ、まずこの顔触れになりそうだ。現役で最も多く開幕投手を務めたのは、涌井秀章(西武→ロッテ→楽天)の9回。順当に行けば、ヤクルトの石川はトップに並ぶことになる。3位は、7回の岩隈久志(近鉄→楽天→メジャー→巨人)。4位タイは、6回の松坂大輔(西武→メジャー→ソフトバンク→中日→西武)、金子千尋(オリックス→日本ハム)になる。 歴代の開幕投手回数ベスト5を挙げると、1位タイは14回の金田正一(国鉄→巨人)、鈴木啓示(近鉄)、3位は13回の村田兆治(ロッテ)、4位は12回の山田久志(阪急)、5位は10回の東尾修(西武)となっている(記録は2リーグ分裂以降。以下同)。いずれも通算200勝以上の大投手だ。昨今はメジャーリーグへの移籍、3月にWBCが行われる事情もあり、金田や鈴木の14回を抜くのは困難かもしれない。 昭和の頃から開幕戦はエースに託すというイメージが強い。しかし、過去には奇策を打って出るチームもあった。最近では、2004年から中日で指揮を執った落合博満監督が3度も意外な手で相手を幻惑した。野球担当記者が話す。「最も有名なのは、就任1年目に3年間登板ゼロの川崎憲次郎を開幕投手に持ってきたことでしょう。当時の中日は山本昌、野口茂樹、川上憲伸というエース級が揃っており、誰も予想できなかった。チームメイトも、当日のロッカーで知って驚いたという逸話まであります。落合監督は正月には川崎の開幕投手を決めていたようですが、それが情報漏れしなかったことも見事です」(以下同) 川崎は2回途中5失点で降板したものの、打線が奮起し、広島のエース・黒田博樹を攻略。8対6で逆転勝ちを収めた。ルーキーや新外国人、メジャーから復帰した2003年のオリックス・吉井理人を除けば、前年登板なし投手の開幕先発は初めてだった。この奇策は他球団に落合采配を警戒させるのに十分なインパクトを与え、同年中日は5年ぶりのリーグ優勝を果たした。 翌年から2008年までの開幕投手はエースの川上憲伸と正攻法だった。その川上がアトランタ・ブレーブスへ移籍した2009年、落合監督は3年目の浅尾拓也を抜擢した。前年は全てリリーフでの登板で、先発は1年目の8月17日以来だった浅尾は8回1失点と期待に応え、チームは4対1で横浜を破った。「川上は去りましたが、吉見一起は前年に初の2桁勝利を挙げていました。先発にはチェンや中田賢一もいた。その中で、前年のセットアッパーである浅尾の起用は驚きました。浅尾は5月13日を最後にリリーフに回り、引退まで先発することはありませんでしたから、周囲には奇策に見えたでしょう」◆前年4勝以下の投手を3度開幕投手に選出 2011年には、前年4勝のネルソンに開幕を任せた。この年は春季キャンプでチェン、吉見、山本昌と投手陣に故障者が続出。誰が来るのか予想しづらい中、落合監督は開幕戦の出場選手登録に朝倉健太、岩田慎司、小笠原孝、中田賢一、ネルソン、山内壮馬というローテーション投手を全て入れた。通常、先発投手の登録は数名に絞り、リリーフや野手を補充するが、相手の横浜を幻惑する作戦を取ったのだ。開幕戦は敗れたものの、その年、中日は首位・ヤクルトとの最大10ゲーム差を逆転し、連覇を果たした。 落合監督は中日で指揮を執った2004年から8年間で、前年4勝以下の投手を3度も開幕に選んだことになる。同期間の12球団では、2008年のヤクルト・石川雅規(前年4勝)と阪神・安藤優也(前年2勝)の2人だけ。石川は前年不調に陥り、チームの最下位もあって勝ち星が伸びなかったが、2006年まで5年連続2桁勝利。安藤は前年故障で8試合の登板に終わっていたが、2005年から2年連続2桁勝利という実績があった。「落合監督は、その時々のベストを選択していく監督でした。浅尾を抜擢した2009年も、『普通に考えればそうなる。みんなキャンプ、オープン戦を見てないからな』と報道陣に話していた。つまり、“開幕戦はエースでなければならない”という固定観念を持たなかった。先入観に縛られる世間から見ると奇策のように映りますが、落合監督の中では当たり前のことなんです。 2007年、巨人とのクライマックスシリーズ初戦、レギュラーシーズンの後半戦0勝5敗だった左腕の小笠原孝を起用した時も、『奇襲でも何でもない。普通の選択』と答えています。この年の巨人は1番・高橋由伸を筆頭に、小笠原道大、李承燁、阿部慎之助と左の強打者が並んでいました」 試合中の采配はオーソドックスな印象だった落合監督だが、開幕戦での先発起用では相手を幻惑し、その試合のみならず、シーズンを通して主導権を握っていった。そして2010年、2011年と連覇した落合監督が解任された翌年、セ・リーグは予告先発制度が導入された。「予告先発はお互いにミーティングの時間も減りますし、正々堂々と戦うという大義名分もある。しかし、いかに相手の裏をかくかという心理戦は野球の醍醐味のひとつですし、そこからドラマも生まれる。最近は読み合いの風潮が薄れており、ソフトバンクのように強いチームが予想通りに日本一になる。野球は意外性のスポーツであり、想像しなかったことが起こるから面白いという面がある。今のプロ野球界では、なかなか奇策が打てませんね」 時代によってルールは変わる。これは仕方ないことかもしれないが、落合監督の作戦が今もファンの記憶に残っていることも忘れてはならない。
2020.06.16 16:00
NEWSポストセブン
一塁スタメンでの起用が増えている大城卓三(写真:時事通信フォト)
巨人・原監督が大城をスタメン起用し阿部を控えに回す意図
 交流戦の優勝こそ逃したものの、交流戦6カード中5カード勝ち越しでセ・リーグ1位となった巨人。開始前はセ首位の広島に4.5ゲーム差を離されていたが、交流戦が終わってみると巨人が首位に立ち、2位・広島に1ゲーム差を付けた(6月24日現在)。 巨人は交流戦でセ1位となった過去5度中4度、シーズンで優勝を果たしており、今年もその期待が膨らんでいる。野球担当記者が話す。「交流戦では坂本勇人は1割8分3厘、亀井義行が2割3分4厘と不振にあえいだにもかかわらず、チームは最後までソフトバンクとVを争った。野手陣では大城卓三、若林晃弘、重信慎之介などがスタメンに名を連ね、投手陣では桜井俊貴がローテーションに入り、中川皓太が抑えに定着した。若手成長の中でのセ1位は、なおさら価値が高い」(以下同) 長年、巨人を支えてきたベテランの阿部慎之助は交流戦2戦目の楽天戦で今季初スタメン。全体を通しても、パ・リーグ本拠地でDHとして7試合、Vの掛かったソフトバンクの1、2戦目だけスタメンに名を連ねた。阿部のポジションである一塁には、主に大城卓三が座っている。「大城は交流戦で2割5分と決して当たっていなかった。近視眼的に見れば、阿部を使い続けたり、交互に起用したりしたほうがよかったかもしれません。しかし、原監督は大城の伸びしろに期待している。阿部をレギュラーで使えば、ある程度の数字は残すかもしれませんが、後半になると疲れも出てくるだろうし、シーズン通しての爆発は考えづらい。それならば、前半戦のうちに若手に経験を積ませ、成長を促す。阿部を交流戦優勝のかかったソフトバンク戦でスタメン起用したように、シーズン後半戦の大事な所でベテランの力に頼る算段でしょう」 大型補強のイメージの強い巨人だが、交流戦最後の3カードで丸佳浩、陽岱鋼、炭谷銀仁朗というFA移籍組3人が揃って出場したのは、23日のソフトバンク戦のみ。それ以外は2人(4試合)か1人(4試合)の出場にとどまっている。「原監督は1次政権では斉藤宜之、2次政権では松本哲也、亀井義行など積極的に若手を抜擢し、使いながら育ててきた実績もある。ベテランや移籍組ばかりでは黄金時代を作れないと、経験上わかっています。現役晩年、FA組の落合博満や広沢克己、外国人のジャック・ハウエルにポジションを奪われ、引退に追い込まれましたから」 移籍組がチームに足りない所を埋め、活躍することで若手にチャンスが生まれている。今年の巨人には、『死に駒』が少ない形になっているという。「丸や炭谷が既存の選手に良い刺激を与えているし、彼らが期待に応える働きをしてくれるので、若手に出場機会を与えられる。彼らがいなかったら、原監督も阿部をスタメンで起用せざるを得なかったかもしれません。 2次政権の2008年、ヤクルトからラミレス、日本ハムから小笠原道大を獲得しての優勝で批判も浴びたが、2人がいたからこそ、19歳の坂本勇人をスタメンで使い続けることができた。あの時のラミレスや小笠原の役割を丸が引き受けている。今年の交流戦も勝てていたから、大城を辛抱強く5番に置けた。もちろん、高橋由伸・前監督が岡本和真を辛抱強く4番で起用し、ある程度計算できる選手に育てたことも見逃せません」 勝利と育成を両立させている原監督。5年ぶりのリーグ優勝を掴めるか。
2019.06.27 16:00
NEWSポストセブン
丸佳浩はどうなる? 巨人FA選手は5月までの成績で明暗
丸佳浩はどうなる? 巨人FA選手は5月までの成績で明暗
 広島からFA宣言していた丸佳浩が巨人への移籍を表明した。丸は「野球人として環境を変えて一から勝負したいという気持ちが出てきた」と理由を述べ、11月30日の朝に原辰徳監督に電話で意思を伝えたという。1993年オフに導入されたFA制度で、巨人に移籍する選手は26人目となる。野球担当記者が話す。「20年前と比べれば、巨人への注目度は下がり、プレッシャーも軽減されているとは思いますが、未だに良くも悪くも話題に上る球団です。まして、同じセ・リーグでライバルの広島から巨人への移籍は、丸自身に大きな重圧を与えるでしょう」(以下同) これまで巨人でFA移籍元年にクリーンアップを任された1994年落合博満、1995年広沢克己、1997年清原和博、2000年江藤智、2007年小笠原道大、2012年村田修一という6選手の成績を参考に丸の来季を占ってみると、あるポイントが見えてくるという。「5月までにある程度の数字を残すか、チームが優勝を狙える位置に付けていること。これが、丸の来季のカギを握ると言っても過言ではありません。それほどスタートダッシュが肝心です」 6選手の5月終了時点の成績を振り返ってみよう。(西暦/選手名/打率/本塁打/チーム順位)1994年/落合/2割7分0厘/7本/首位1995年/広沢/2割1分7厘/4本/2位1997年/清原/2割2分9厘/7本/最下位2000年/江藤/2割5分0厘/11本/2位2007年/小笠原/3割3分6厘/14本/首位2012年/村田/2割7分5厘/4本/2位 小笠原のように個人もチームも状態が良ければ、その後の大崩れは考えにくい。実際、この年の巨人は5年ぶりのリーグ優勝を果たし、小笠原はMVPに輝いた。この時にも指揮を執っていた原監督は、丸に小笠原のような活躍を期待しているだろう。「2012年の村田は一見打っていないように思えますが、5月終了時で打撃成績10位に入っていました。この年は統一球でボールが飛ばなかったため、悪い数字ではなかった。チームも、首位・中日を2.5ゲーム差で追う2位。この年は阿部慎之助が打率と打点の2冠王を取っていますし、坂本と長野が最多安打を分け合った年。相手投手が他の打者へ神経をすり減らすため、村田へのプレッシャーが軽減された部分もありました」 1994年の落合は4月終了時点で2割2分、4本と打てていなかったが、チームが好調だったため、不調はかき消され、5月に盛り返している。2000年の江藤は4月終了時点で2割3分9厘、4本と好調からは程遠かったが、5月に7本塁打を放ち、途中チームが首位に立つ時期もあった。「2012年の村田と同じく、他の打者にも助けられた面もある。この年は松井秀喜ががっしりと4番に座り、マルティネスも猛打を奮い、高橋由伸もいた。それに加え、清原和博がケガで2軍生活を余儀なくされ、マスコミや世間からのバッシングを浴びていた。清原が江藤の隠れ蓑になっていた面もあった」 江藤は優勝を決めた9月24日の中日戦で9回裏に同点満塁弾を放つなど勝負強さを発揮。自身は4年ぶりに大台の30本塁打を超え、チームも6年ぶりの日本一に輝いた。 一方で、波に乗れなかった選手もいる。ヤクルトから移籍した1995年の広沢、西武から移籍した1997年の清原だ。「清原は自分が打てない上に、チーム状態も上がらなかった。シーズン前、ぶっちぎりの優勝を予想され、期待も大きかっただけに、全責任を背負い込む形となってしまった。シーズン終盤に復調して、32本塁打、95打点を挙げたが、序盤の打撃不振がチームの成績(最終順位は4位)に結びついたと見られてしまった」 広沢は4月終了時点で、2割7分4厘、3本と悪くない数字だった。しかし、5月に入って打撃不振に。チームはそれでも2位に付けていたが、首位・ヤクルトと5.5ゲーム差を付けられていた。「いちばん大きかったのは、4月から5月にかけて巨人がヤクルトに7連敗したことです。開幕2戦目、完封ペースだった桑田真澄が9回、飯田哲也へ危険球を投じてしまい、退場に。リリーフの橋本清、石毛博史が抑えきれずに逆転負け。これで流れがヤクルトに傾いた。自分が出ていったチームに負け続けると、責任も感じるし、心中穏やかにはなれない。広沢の例を見ると、古巣との直接対決も大きなポイントの1つになりそうです。 丸の場合、この6選手と比べると、走塁や守備でも大きく貢献できる。仮に打てなくても、その2つが不振を和らげてくれる。それは大きな利点です」 来年、巨人はマツダスタジアムでの広島戦から開幕する。2年越しで13連敗を喫するなど、巨人にとって相性の悪い球場だ。ジャイアンツ・丸の選手生活も、この日から始まる。来季の開幕カードは、ただの3連戦には留まらない重みがありそうだ。
2018.12.01 16:00
NEWSポストセブン
巨人にFA移籍なら引退後も安心? 広島・丸の決断やいかに
巨人にFA移籍なら引退後も安心? 広島・丸の決断やいかに
 広島のセ・リーグ3連覇に貢献した丸佳浩(29)がFA宣言をした。巨人とロッテが獲得に名乗りを挙げ、広島も宣言残留を認めている。走攻守3拍子揃った中堅選手の行く末は、どうなるのか。 今年球団ワーストタイの4年連続V逸となった巨人は獲得資金に25億円を用意しているとも言われており、マネーゲームとなれば優位が予想される。 他球団で活躍したスター選手をFAで獲得する巨人の補強については、プロ野球ファンの間でも賛否あり、また過去には思うような活躍のできなかった移籍選手も少なくない。野球担当記者が話す。「FA制度ができた頃は巨人に行くと潰されるというイメージがあって、その後の扱いも良くないというイメージが強かった。例えば、1994年入団の落合博満は3年で追われるように、日本ハムへ移籍。1996年オフに清原和博がFA宣言したため、ポジションの被る落合は不要と判断されたのでしょう。その清原も、2005年に戦力外通告を言い渡された。1995年入団の広澤克実は、移籍5年目の1999年にはわずか16試合の出場に終わり、翌年から阪神へ。この3人のイメージが未だに根強く残っています。しかし、それはあくまで過去の話で、最近は印象が変わってきています」(以下、「」内同) 巨人は過去10年で12人をFAで獲得。現役を続ける5人と今季現役から退いたばかりの脇谷亮太を除けば、ほかの6人は引退後にコーチなどでチームに戻ってきている。 近年引退した金城龍彦、片岡治大、今季引退の杉内俊哉、村田修一は即ファームのコーチに就任。相川亮二も1年間の評論家生活を終えて、来季から1軍のバッテリーコーチを務める。「1990年代の反省か、巨人はFA選手を厚遇するようになっている印象です。巨人在籍のまま引退すれば、球団内でポストを与えるという約束を取り交わしているのかもしれません。また、2011年オフにFAで村田修一を獲得する際、人的補償でDeNAに移籍した藤井秀悟が引退すると、打撃投手として雇った。2005年オフ、豊田清の人的補償で西武に移籍した江藤智も2009年に引退後、翌年から今年まで巨人で打撃コーチなどで活躍しました。 2000年代以降は巨人在籍のまま引退する、もしくは自分の意志でチームを出ていかなければ、引退後も何らかポストが保証されるわけです」 一方で、巨人で現役生活を終えずに海外へ挑戦した前田幸長、野口茂樹、門倉健、FAで中日移籍を選んだ小笠原道大らは、引退後もチームに戻ってきていない。例外的に豊田清は戦力外通告の後に広島に渡ったが、投手コーチとして巨人に戻ってきている。「丸クラスの選手になれば、広島に残留すれば将来的な幹部候補であることは間違いない。ただ、実際に巨人から書面で引退後の約束手形を出されれば、心理的な影響はあるかもしれない。実際の例を挙げられれば、そこに嘘はないとわかる。同時に、巨人に縛られることを意味するわけでもありますが……」 現役生活を全うしてこその第2の人生だが、不安な将来のバックアップの保証をしてくれるとすれば、安心感につながることは間違いない。はたして丸の決断は──。(文中敬称略)
2018.11.10 16:00
NEWSポストセブン
ゴールデンルーキーをどう育てる?
中日次期監督 立浪待望論強いもオーナーは落合氏を信頼
 今季のセ・リーグは序盤戦から広島の独走で1強5弱の様相。それゆえ、ここにきて、“広島以外はどの監督のクビも危ない”との情報が漏れてくるようになった。続投は既定路線と見られてきた中日・森繁和監督(63)もそうだ。 チームの再建を託され就任して2年目。7月に行なわれたオーナー会議に出席した白井文吾オーナー(90)も報道陣に「森監督の手腕は信頼している。外国人補強にも無駄がないし、進退に関する話もあがってこない」と太鼓判を押していた。 それが9月3日に突然、スポーツ報知が「森監督 今季限りで退任も」とスッパ抜き、昨年の就任時に3年契約を結んでいたと思われていたのが「初年度から単年契約だったことが判明した」と報じたのだ。「チームは53勝69敗2分けでリーグ最下位(9月5日終了時点、以下同)。CSへの出場も難しくなり、球団や中日新聞本社へのクレーム電話が急増した。中日新聞は販売店の発言力が強く、販売現場からもチームの低迷への反発の声があがっている。 そうしたなかで、特に岐阜で中日新聞との販売競争を激化させている読売新聞の系列であるスポーツ報知が“森監督解任”と書き立て、ライバル社内の騒動を煽り立てる構図になっているのです」(放送関係者) すでに複数の“次期監督候補”の名前が関係者の間で取り沙汰されている。「中日OBの間には生え抜きを望む声は大きく、名球会メンバーでもある立浪和義(49)待望論が根強い。ただ、白井オーナーの考えは違うようだ」(球団関係者) 白井オーナーは、監督としての8年間ですべてAクラス、リーグ優勝4回、日本一1回の手腕を発揮した落合博満氏(64)に絶大の信頼を寄せている。「昨年1月に落合氏が不振の責任を取ってGMを退任した時も、オーナーは最後まで無念の表情を浮かべていた。編成能力に長けた森監督をGMに昇格させたうえで落合氏を監督に返り咲かせるという仰天プランも浮上している」(同前) この案なら森監督も受け入れやすいという見立てだ。一方で、落合氏の“オレ流采配”はファン目線が欠けているのがネックとなる。「松坂大輔(37)の加入で、今季観客動員数が昨年比約7%増といくらか改善されたものの、営業サイドは落合復帰には反発するでしょう。OBから推す声のある山本昌氏(53)、山崎武司氏(49)、二軍監督の小笠原道大氏(44)の昇格などもあり得る」(別の球団関係者) 森監督の胸中は最下位脱出どころではなさそうだ。 白井オーナーに真意を聞くべき直撃すると、「みんな憶測ばっかりなんだよ。何も決まっていないんだから……」といいつつも、「記者会見をするから待っててくれよ」といい残して去って行った。含みのある言い方だ。※週刊ポスト2018年9月21・28日号
2018.09.11 16:00
週刊ポスト
メジャー新潮流「2番打者最強説」 日本にもあてはまる?
メジャー新潮流「2番打者最強説」 日本にもあてはまる?
 野球チームで4番バッターといえば、そのチームで一番頼りになる選手。ところがメジャーでは今、「2番に最強の打者を置け」という常識が定着しつつある。15日のアストロズ戦では、大谷が「2番DH」でスタメン出場した。 日本では“バントの神様”と呼ばれ、巨人・中日で活躍した川相昌弘のような選手が「典型的な2番打者」という印象が今も根強くある。1999年に日本ハムで「バントしない2番打者」として小笠原道大がブレイクしたり、2015年に優勝したヤクルトが首位打者の川端慎吾(30)を2番に据えたりと、日本でも「2番に強打者」というチームは現われるが、それが定着しない。 辛口評論で知られる江本孟紀氏は、「日本で2番に強打者を置いても、継続的にうまくいかない」と断じる。「メジャーで流行っているからといって真似をしてもダメですよ。“長打力と高出塁率”の両立を継続できる選手なんて、日本にはなかなか見当たらないし、逆に大きいのを打てるわけでもないのにやたらとバットを振り回す奴が増えている。 日本では、むしろ2番にきちんと“つなぎ役”を置いて、チームとしてバントや盗塁といった小技を武器にしているチームの成績が安定していい。昨年でいえば、リーグで最もバント数が多かった広島とソフトバンクが、それぞれ優勝を果たしています」(同前) たしかに広島の2番・菊池涼介(28)は昨季、「打率.271、14本塁打、8盗塁」、ソフトバンクの2番・今宮健太(26)も「打率.264、14本塁打、15盗塁」といずれも“俊足巧打”タイプ。「昨シーズンだって、楽天がバントしないペゲーロ(31)を2番に置いたり、巨人がマギー(35)に2番を打たせたりしましたが、優勝できなかった。ヤクルトにしても、2番・川端が機能したのは1シーズンだけで、優勝した翌年にBクラスに転落しています」(江本氏) 今年の上位チームに目を向けても、開幕ダッシュに成功した西武は、1番の秋山翔吾(30)、3番の浅村栄斗(27)、4番の山川穂高(26)、5番の森友哉(22)と、上位にホームランの狙えるバッターが並ぶ“山賊打線”のなかで、2番を任される源田壮亮(25)だけは本塁打ゼロ。打率.310、11盗塁、5犠打と、「つなぎ役」に徹し、チームは結果を出している(成績は5月16日終了時点、以下同)。「その一方で、2番に外国人選手の強打者を起用してきた楽天は、ペゲーロが不振で打順を下げなければいけないなど、2番を固定できず、最下位に沈んでいる。日本球界でみれば“つなぎ役の2番”が優勢の状況なのはたしか。 ただ、注目は今季、日本ハムの大田泰示(27)が2番に固定されていること。栗山英樹監督のことですから、メジャーの潮流を意識しているのでしょう。大田は期待に応えてすでに10本塁打を放ち、『恐怖の2番』の資質はある」(担当記者) 大田の出塁率.319はMLBの“スター2番”と比べると物足りない数字だが、それを上向かせ、チームを優勝に導けば、日本に“強打の最強2番”が根付くきっかけになるかもしれない。※週刊ポスト2018年6月1日号
2018.05.22 16:00
週刊ポスト
巨人 村田の自由契約という“劇薬”は若手育成につながるか?
巨人 村田の自由契約という“劇薬”は若手育成につながるか?
 まさかの自由契約だった──。10月13日、巨人は村田修一(36)に来季の契約を結ばないことを告げた。鹿取義隆ゼネラルマネージャー(GM)はチームの若返りを図るために苦渋の決断をしたという。村田は昨季、チームトップの本塁打、打点を挙げたものの、今季はマギーの加入で開幕からベンチを温める日々が続いていた。しかし、7月からマギーが二塁を守ることで、村田は三塁でスタメンを常時張るようになる。すると、チームは上昇カーブを描いた。 巨人にFA入団後、他チームに移籍した選手は1996年の落合博満、1999年の広沢克己(選手名は当時。以下同)、2005年の清原和博と江藤智、2013年の小笠原道大の5人。村田に今オフの移籍先が決定すれば6人目となる。ただし、村田のように100試合以上出場しながらの移籍は落合以来となる。 それだけに、ファンが驚いたにも無理はない。主力の村田を放出したことで、巨人は長年の課題である若手の台頭に勢力を注がなくてはならない。過去10年、25歳以下で規定打席に到達し、その後3年連続で続けた選手は坂本勇人と長野久義だけ。一時は藤村大介や松本哲也などが主軸になりかけたが、定着できず。チームを支える圧倒的な生え抜き野手が出てきておらず、FAなどの補強頼みの体制になっている。 巨人は今でこそ、外様に頼り切りのイメージが強いが、FA制度も逆指名ドラフトもなかった1980年代は若手選手が育ち、一度もBクラスに落ちることなく、優勝は4回を数えた。2リーグ分裂以降、Bクラス転落なしの年代は1980年代と、まだドラフト制のなかった1950年代だけなのだ。野球担当記者が話す。「たとえば、中畑清は1979年にV9戦士の高田繁を押しのけてレギュラーを確保し、1980年代のスターになった。1981年に入団した原辰徳は開幕当初セカンドを守り、篠塚利夫が控えに回った。しかし、5月4日に中畑のケガで原がサードに回ると、篠塚に出番が回ってきた。ここで篠塚は打ちまくり、中畑がファーストに回らざるを得ない状況を作った。結果的に、ファーストの松原誠が押し出されてオフに引退。 日本一になったこの年からサード・原、ファースト・中畑、セカンド・篠塚という布陣の1980年代が始まった。同じく日本一になった1989年、サードにコンバートされた中畑が開幕5試合目でケガをすると、岡崎郁や井上真二、緒方耕一などの若手が台頭。中畑は復帰してもポジションがなく、同年限りで現役を退きました。1980年代の巨人は少なくとも、若手の育て方が下手ではなかった」 鹿取GMは1978年ドラフト外で入団し、1980年代の巨人を支えたリリーフ投手だった。当時を知る鹿取GMは村田斬りを“劇薬”に、古き良き巨人を取り戻そうとしているのかもしれない。「だからといって、村田の自由契約がチームにとってプラスに働くかといえば、疑問も残ります。なぜなら、ポジションは与えられるものではなく、奪うものだからです。坂本は二岡がケガで戦列を離れている間に活躍し、二岡が復帰してもポジションを渡さなかった。長野は高橋由伸、亀井義行、谷佳知など強打の外野陣に割って入ってレギュラーを掴んだ。 一方で、今年は開幕から約2ヶ月、高橋由伸監督は二塁のポジションを中井大介に与えたが、チャンスを掴めなかった。小林誠司が一皮剥けきれないのも、阿部慎之助の後釜としてある意味“与えられた定位置”だったから、という要素も大きいと思います。そう考えると、若手にベテランを追い抜かせるのではなく、移籍させてポジションを空けるという方針が正しいのかどうか……」 来季2年目の吉川尚輝、4年目を迎える岡本和真などの若手が奮起し、巨人に新しい風を吹かすことができるかどうか。来季以降の巨人の躍進はそこにかかっていると言っても過言ではないだろう。
2017.10.14 16:00
NEWSポストセブン
中井はどうなる? 巨人で記念アーチを放つと移籍のジンクス
中井はどうなる? 巨人で記念アーチを放つと移籍のジンクス
 おめでたい一発の裏には意外なジンクスが潜んでいた──。9月26日のヤクルト戦で、中井大介が巨人軍通算1万号を放った。3回にレフトポール際に大きな打球を放ち、リプレー検証に持ち込まれるも、結果的にファールとなった村田修一が「中井じゃ、ちょっとアレですね(笑い)」とコメントを残すなど、伏兵・中井の一撃にナインも意外さを感じていたようだった。 史上初の三冠王に輝いた中島治康が1号を放って以降、500号ごとの節目の一発は王貞治(2000号、3000号)や原辰徳(4500号)、松井秀喜(6500号)など巨人の歴史に名を残す大打者たちが目を刻んできた。今季、開幕からスタメン起用され続けていた中井も過去の大物に続くか……と言いたいところだが、あまり喜ばしくないデータもある。 1号の中島から500号ごとの一発を放った選手は中井を除いて、のべ20人いる。その中で、実に12人もの選手がその後、日本の他球団に移籍しているのだ。 まず、近年から振り返ってみよう。8000号のタフィ・ローズは2005年オフに解雇され、1年のブランクの後に2007年からオリックスへ。8500号の小笠原道大は球団の構想外を悟ってFA宣言に至り、2014年から中日でプレーすることに。9000号のラミレスは守備の拙さを打撃力でカバーできなり、2012年からDeNAに。9500号のロペスは阿部慎之助の一塁コンバートに押し出される格好で自由契約となり、2015年からDeNAに所属している。 外国人の他球団移籍が目立つようになった最近だけでなく、創成期からメモリアルアーチを打った選手は移籍するというジンクスは存在した。 1号の中島治康は選手として晩年を迎えていた1950年に大洋へ移籍。500号の青田昇はトレード話を嗅ぎ付け、10年選手制度を利用して1953年に洋松ロビンスに居場所を求め、翌年には本塁打王を獲得している。1000号の土屋正孝は土居章助とのトレードで1961年に国鉄へ。1500号の宮本敏雄も北川芳男とのトレードで、高林恒夫とともに1963年に国鉄へ。 大学時代、田淵幸一や山本浩二とともに『法政三羽ガラス』と呼ばれた富田勝は3500号を放った1975年オフ、張本勲とのトレードで、高橋一三とともに日本ハムへ移籍。毒蝮三太夫に似ていることから『マムシ』と呼ばれ、1976年には『史上最強の5番打者』の異名を誇った柳田真宏は1978年に4000号を放ったが、長嶋茂雄監督第1次政権最終年となった1980年、阪急に1年だけ在籍している。野球担当記者が話す。「偶然が重なっているだけかもしれないですが、それだけでは片付けられない。駒田徳広が1992年に6000号を放った時、誰も2年後に横浜へFA移籍するなんて思ってなかった。当時はまだFAすら導入されていない時代ですからね。 1999年のルーキーイヤーに二岡智宏が7000号を打っていますが、9年後にまさか山本モナとの五反田ラブホテル騒動を起こし、翌年に日本ハムへトレードされるなんて、誰も想像できません。逆指名ドラフトで入ってきたわけで、引退するまで巨人だと思われていましたから。そう考えると、節目の本塁打は“移籍の前触れ”なのかもしれません」 王貞治が2度記録しているため、節目の一発を放っている選手は19名。5500号の呂明賜は1991年限りで母国・台湾に戻り、6500号の松井秀喜は2003年にヤンキース入団。考えてみれば、王も巨人の監督を事実上解任され、その後、根本陸夫に口説かれて福岡ダイエーへ。7500号の高橋由伸は現役続行のつもりが、急遽監督に指名された経緯もある。はたして、1万号が中井大介に与える影響やいかに。
2017.09.29 16:00
NEWSポストセブン
巨人、10連敗の翌年優勝のジンクスあり 一方で不安要素も
巨人、10連敗の翌年優勝のジンクスあり 一方で不安要素も
 巨人はこのまま低迷を続けるのか。6月4日のオリックス戦で敗れ、ついに10連敗を喫した。前回の10連敗は原辰徳監督第2次政権1年目の2006年6月18日から30日にかけて、球団ワーストの11連敗は最下位に転落した長嶋茂雄監督第1次政権1年目の1975年9月4日から17日(引き分け1含む)にかけてだった。 1975年は前年、長嶋や森昌彦、黒江透修が引退。王貞治は故障で開幕に間に合わなかった上に、柴田勲や高田繁、末次利光などのV9戦士が軒並み調子を落とし、球団初の外国人選手だったデーブ・ジョンソンも日本に馴染めなかった。2006年は開幕ダッシュを成功させたものの、交流戦で躓き、前年からの低迷ムードを払拭できなかった。とはいえ、大型連敗を記録した後、ずっと低迷が続くかといえばそうでもない。野球担当記者が話す。「不思議なことに、いずれも翌年は優勝し、2連覇、3連覇を達成しています。1976~1977年は張本勲、2007~2009年は小笠原道大や谷佳知といった移籍選手の効果が大きかったと言われています。しかし、それ以上に生え抜き野手の活躍があったからこそ低迷を脱出できたと考えられます。 1976年はサードにコンバートされた高田が3割を打ち、1977年は柴田が5年ぶりの盗塁王に輝いている。ベテランの域に達していた王も復活し、2年連続で本塁打、打点の2冠王に輝いた。2007年は阿部慎之助が3年ぶりの30本台に乗せ、高橋由伸は自己最多の35本塁打を放った。二岡智宏も健在でした。つまり、格になる生え抜きがいたのです」 それでは今年の巨人に目を向けると、開幕から4番を張っていた阿部慎之助は38歳。最近、阿部に代わってスタメンに名を連ねている村田修一はFA移籍選手で今年37歳を迎える。開幕から好調を続けるマギーは外国人選手であり、10月で35歳になる。中堅の生え抜きで主力は12月で29歳になる坂本勇人くらい。こうなると、来年以降も厳しい戦いが予想される。「仮に来季、巨人がいくら補強したところで、生え抜きが育たない限り、浮上は有り得ない。過去のデータがそう証明しているわけです。2006年当時は逆指名ドラフトで選手を獲得できましたが、現行制度ではそうはいかない。育成を怠ってきたツケ、継ぎ接ぎの補強で乗り切ってきた歪みが今出ているとも言えるでしょう」(同前) WBCで開花したかのように思えた2013年ドラフト1位・小林誠司はレギュラーシーズンでは調子に乗れず、期待の2014年ドラフト1位・岡本和真は開幕1軍こそ手にしたものの、1か月も経たないうちに登録抹消された。2015年ドラフト2位・重信慎之介もまだ十分な結果を残せているとは言い難い。 10連敗を喫した6月4日のスタメンを見ると、生え抜きは先発投手の宮國を含めて4人。クリーンアップは全て“外様”だった。「もちろん最低限の補強は必要ですし、ポジションは競争を勝ち抜いて奪うもので、与えられるものではない。ただ、同じポジションにレギュラークラスが被ってしまうような補強は疑問ですし、若手のやる気を削ぐことにもなる。現在の低迷を機に、巨人は補強頼みの悪いクセを改め、生え抜きを一から育てることに主眼を置くべきではないでしょうか。V9の頃から補強はしていましたが、あくまで生え抜きの足りないパーツを埋めるためにしていた。今こそ、原点に立ち返るときではないでしょうか」(同前)
2017.06.06 16:00
NEWSポストセブン
中日・白井オーナーに直撃 「落合GMの評価は凄く高い」
中日・白井オーナーに直撃 「落合GMの評価は凄く高い」
 現役時代は3度の三冠王という圧倒的な実績を残し、監督としては「強いけど面白くない」と評された落合博満氏。ところが落合氏がGMを務める中日ドラゴンズは今シーズン、19年ぶりとなる最下位が確定した。GMとしての手腕には賛否両論が飛び交う落合氏だが、ある中日OBは、『週刊ポスト』の取材に対して次のように漏らした。「名古屋でメシを食っている以上、表立ってはいえないが、やはり最も大きいのは白井文吾オーナーの責任だろう。白井オーナーは自他ともに認める落合GMの後ろ盾。落合氏の“独裁”は、その近すぎる関係の上に成り立っている。ここにメスを入れない限り、監督や主力選手を入れ替えても状況は変わらない」 本誌は落合GM体制の命運を握る白井オーナーを直撃した。今季最終戦が東京ドームで行なわれた9月28日早朝、愛知県内にある自宅から出てきたところで御年88歳の白井氏は取材に応じた。──落合GMは1月退任ですか?白井「退任じゃないだろう。契約切れということだよ」──その後はどうなるのか。球団に残るのか。白井「そんなことを今決めたら失礼でしょう。たとえば、来年は要らないといったら、やる気がなくなってしまうじゃないか。常識ですよ。あなたが、あと何日でクビだといわれたら気分悪いでしょう。それと同じことだよ」──現場では落合GMへの不満が高まっているが、オーナーがそれを擁護しているといわれている。白井「擁護はしていない。擁護もしないけど、一部の人のように攻撃もしない。だって、契約しているんだものね、わははは」 豪快に余裕の受け答えを続ける白井氏。そこで落合氏の“嫌われぶり”についてぶつけると、真っ向からの反論が飛び出した。──落合GMの評判が悪いのは耳に入っていない?白井「知りません。嫌いな人はいるかもしれないが、GMの評価は凄いんですよ。評価の高さが。日本の野球界で一番能力があると、たしか日経新聞にも書いてあったな。読んだ?」──たとえ能力があっても、チームの成績は悪い。白井「あのね。格好(チーム)が作られていても、それを運用する人がカギを握るわけです」──つまり勝てないのはGMよりも監督の責任だと。白井「(監督とGMは)仲が悪かったみたいだね(苦笑)。監督はGMにいろいろと注文して、GMはそれを聞く。GMは“いうことを聞いてきたのだから、当然、いい成績になるだろう”というスタンスだよ」 今季の不振の責任にしても落合GMよりも谷繁監督の責任が重いと断じるような口ぶりだ。──落合GMを信頼されているんですね?白井「そんなこといわれても答えようがないよ。ノーといえば“信頼してない”と書かれるだろうし、イエスと答えれば“べったり”と書くんだろう。愚問だな。さ、もういいだろ。明日は来ないでくれよ、わははは」 白井氏は豪快な笑いとともに上機嫌で去っていった。 この直撃取材の翌日、落合氏の監督時代の参謀役として知られる森繁和ヘッドコーチが来季の監督に就任することが決まった。小笠原道大・2軍監督が昇進するという大方の予想を覆しての人事だった。「嫌われる落合」が来季も健在という、まさかのシナリオが進行しているのだろうか。※週刊ポスト2016年10月14・21日号
2016.10.03 07:00
週刊ポスト
中日・小笠原道大二軍監督「勝負に勝てる若手を育てたい」
中日・小笠原道大二軍監督「勝負に勝てる若手を育てたい」
 プロ野球は勝つことが最終目標。しかし少し事情が異なる組織がある。それが二軍だ。一軍選手の調整、故障者のリハビリに、若手の育成。これを成績と両立させる。その難題に今、往年の名選手が挑んでいる。 中日は、“ガッツ”の愛称で親しまれた小笠原道大氏が今季から指揮を執る。二軍に求められるものは勝利か育成かという問いに、こう答えた。「勝負事ですから、まず勝ちに行くことが大前提です。個人のレベルアップも必要ですが、試合に勝つことを目指すのも育成だと考えます。 だから漠然とではなく、すべて試合を考えて練習をさせている。勝負に勝てる強さを持つ若手を育てたいし、僕自身も自分がまだ知らない野球の一部分が発見できたらいいな、と」(小笠原監督) 昨年10月、バットを置いた直後に、宮崎のフェニックスリーグで指揮官デビューした。最初は監督要請に「どうしようと悩んだ」という。「指導者経験もないし、投手を含めた全体を見ないといけないですから。一方で要請に応えたい気持ちもあった。経験豊富なコーチがいるし、そこから吸収して指導者としての自分を高めようと決意しました」(同前) 練習では小笠原監督が選手に直接指導するシーンもあったが、「指導はコーチに任せているので、原則、見ているだけです。選手が戸惑わないため、助言したら情報をコーチと共有しています。 目指す監督像ですか? こうなりたいと決めると偏ってしまう。まっさらの状態でスタートし、成功や失敗をくりかえしながら色んなものを吸収したい。結果、誰かに似てしまうかもしれないが、最初から誰かを目指すつもりはありません」(同)【おがさわら・みちひろ】1973年、千葉県出身。1997年に日本ハムに入団。豪快なフルスイングを代名詞に、巨人、中日でも活躍。2000本安打を達成し、2004年アテネ五輪、2006年・2009年WBC日本代表に選出された。2015年に引退。生涯成績は.310、378本塁打●取材・文/鵜飼克郎 撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2016年6月24日号
2016.06.17 07:00
週刊ポスト
川上憲伸、井川慶、中村紀洋 現役続行目指す3人の現在地
川上憲伸、井川慶、中村紀洋 現役続行目指す3人の現在地
 3月25日から各地で一斉に開幕を迎えるプロ野球。野球賭博スキャンダルという爆弾を抱えつつも、スタジアムは球春を待ち望んだファンで埋め尽くされた。だが、その「春」は、すべての選手に等しく訪れるわけではない。 2015年オフ、在籍球団のユニフォームを脱いだプロ選手は186人(セ・90人、パ・96人)に上る(本誌調べ)。前田健太(広島→ドジャース)、ら移籍組も含まれるが、多くは「引退」を受け入れた選手たちだ。 とくに大物選手の引退が目立った。中日からは山本昌、谷繁元信、小笠原道大、和田一浩。巨人では、新監督に就任した高橋由伸をはじめ、井端弘和、金城龍彦。他球団でも斎藤隆(楽天)、西口文也(西武)、谷佳知(オリックス)などビッグネームが並ぶ。 指導者として請われて退いたり、自ら引き際を選べるのはまれで、一時代を築いた選手でも戦力外と見なされればたちまち職を失う。そんな厳しい世界で現役を続けるのは至難の業だ。 しかし、たとえ球団から引導を渡されたとしても、引退せず「現役続行」にこだわり続ける男たちがいる。 明治大、そして中日のエースとして、ライバルの巨人・高橋新監督に立ちはだかった川上憲伸(40)もそのひとり。通算125勝。2000年代前半、高橋由、松井秀喜、清原和博らを擁する巨人の強力打線を気迫で抑え込んだ投球は、ファンの記憶に刻み込まれている。 しかし、彼はまだ自分の野球人生に納得できていない。10月の中日退団時には、現役続行を目指すと断言。「中日から水面下で投手コーチ就任の打診を受けたが、首を縦に振らなかった」(スポーツ紙記者)といわれ、あくまでも選手としてNPB復帰を目指している。「まだ野球に没頭したい。野球少年でいたかった。限界に近いのは分かっているが、限界を越えてまでもやりたい」──そう語った会見直前の9月末には、右太ももの筋膜を右肩の棘上筋に移植する「腱板損傷の再建術」を受けており、リハビリは現在も続いている。川上は「しっかりブルペンに入れるようになれたら、中日のテストを受ける」と発言しており、決意は固い。 昨年、オリックスを戦力外になった井川慶(36)も、現役続行先を探している。 2月26日の自身のブログでは〈今季の所属チームは決まっていません。それでも、現役続行の意思に変わりはありませんし、いつどの球団からテストしたいと連絡いただいても対応できるように、トレーニングを続けています〉と綴った。 2014年オフに横浜を自由契約になった中村紀洋(42)も、すでに名球会入りしながらも「生涯現役」にこだわっている。兵庫県西宮市内で小中学生を対象にした野球教室を開きながら、自主トレを続ける日々だ。※週刊ポスト2016年4月8日号
2016.03.25 07:00
週刊ポスト
松井稼頭央 目標は「あと351本の日米通算3000安打」
松井稼頭央 目標は「あと351本の日米通算3000安打」
 プロ野球界では昨年、ベテラン選手が数多くユニフォームを脱いだ。山本昌(50)、斎藤隆(46)、谷繁元信(45)、西口文也(43)、和田一浩(43)、小笠原道大(42)……。今季プロ23年目、すでに2000安打も達成した東北楽天ゴールデンイーグルスの松井稼頭央(40)も、野手ではロッテの井口資仁(41)に次ぐ2番目の年長選手となった。松井本人が語る。「みなさん一斉に辞められたので驚きました。そういう年齢の近い先輩方の引退を間近で見ると、自分の引き際についても考えさせられます」 松井にはまだ、自身の引退に対するハッキリとした考えはない。だが、「そう遠くはない」という意識はある。「僕らはプロ野球選手なので、自分がやりたいと思っても契約してもらえなかったら続けられない。だから、チームやチームメートから必要とされる選手で居続けないと。必死にもがいて、どんな形でもいいから、求められる存在でいたいですね」 名ショートとして名を馳せてきた松井は、昨季から外野手登録選手としてプレーしている。二遊間のベテランが、守備の負担の少ない一塁手へ転向する例はよくあるが、走力が求められる外野へ守備位置を変えるケースは稀だ。この珍しいコンバートは、松井自らが申し出て実現した。「ショートとして、これまで自分なりにいろいろ試したり経験したりしてきました。だから、内野手としての自分の先の姿も見えてきていたというか……。でも外野は未知の世界。そこに踏み出すことで、何か新しいことが見えてきたらいい、選手としての可能性がもっと広がればいい、と期待しているんです」 この挑戦の意識こそが、松井のモチベーションになっている。「すべてを新鮮に感じられるのがいいですね。外野手としては未知数だから、まだ伸びる可能性がある。もちろんダメになってしまう可能性もあるでしょう。その緊張感と刺激がいいんですよ。だから、この年齢なのに、自分から外野へ転向したいという申し出を了承してくれたチームには、本当に感謝しています」 外野手・松井としてのプレーに対するこだわりは、チームメートから「あいつのところに打たせれば大丈夫だ」という信頼を得ること。今季はそのチームメートたちと2013年以来の優勝を目指す。「毎年、優勝に向かって戦っていけるのは嬉しいことですよね。たとえ前年に最下位だったとしても、『今年は優勝するぞ!』とみんなで誓い合い、再びその目標に向かって挑戦できる。極端な言い方かもしれませんけど、これってプロ野球というか、スポーツの世界だけの特権だと思うんです」 個人的な目標を問うと、「大きな怪我なく1年間プレーすること」、そして「日米通算3000安打」と答えた。「あと351本。これは今の僕にとって、果てしなく遠い数字です。若い頃の300安打と今とでは、数字の重さに雲泥の差がありますから」 3000安打。それは過去に張本勲とイチローしか達成したことのない大記録だ。「そこにはどんな景色が広がっているのか。結果は別にしても、そこを目標にチャレンジしていきたい。そして達成するためにはある程度、『あと何年で何本』と逆算していくことも必要になると思います。今やらないと、次につながっていかない。だからこそ今年は頑張りたい。必死に、全力でプレーしたい」 松井ほどベテランという言葉の似合わない選手はいない。これからもチャレンジャーとして、大きな目標に挑んでいく。◆まつい・かずお/1975年、大阪府生まれ。1994年、PL学園高からドラフト3位で西武に入団。2002年にスイッチヒッターとして史上初のトリプルスリーを達成するなど常に主軸として活躍。2004年からはニューヨーク・メッツに移籍、日本人初の内野手メジャーリーガーに。2007年、コロラド・ロッキーズ在籍時にはワールドシリーズに出場。2009年、ヒューストン・アストロズ時代には日米通算2000安打達成。2011年から東北楽天でプレーしている。取材・文■田中周治 撮影■本誌・藤岡雅樹※週刊ポスト2016年3月18日号
2016.03.08 07:00
週刊ポスト
日ハム~巨人の豪腕投手 話題の「立ち食い焼肉店」店長に
日ハム~巨人の豪腕投手 話題の「立ち食い焼肉店」店長に
 山本昌、高橋由伸、和田一浩、小笠原道大など、2015年は大物プロ野球選手の引退が相次いだ。彼らのように一時代を築いたスター選手ならば、その後の身の振り方に悩むことはなさそうだが、球界を去る多くの選手は、野球とは無縁の世界で第2の人生を歩まねばならない。1人の男を追った。(文中敬称略) 日本ハム、巨人でプレーした中村隼人(40)は、新宿・歌舞伎町にある立ち食い焼肉店『治郎丸』本店の店長だ。肉を一切れからオーダーできる「おひとりさま」対応のスタイルが受けている。「焼肉は現役時代に半端なく食べましたから。どういう肉が旨いかは見ればわかる。お客様にこの肉はどこの部位だと説明しながら提供するのは楽しいですよ」「肩三角、国産和牛、A4、290円」「肩芯、仙台牛、A5、300円」と日替わりで細かくメニューを表示し、最安はノドブエなどのホルモンが300円だという同店は午前11時からオープン。中村は、夜の8時から9時ごろに出勤して、閉店時間の翌朝5時まで働く。休みは1日もない。「この店は社会人野球時代の友人の会社が経営しているんです。その前は居酒屋に勤めていて、その支店を故郷の長崎に作るつもりだった。でも、2020年の東京五輪が決まったでしょ? 生で体感したいから、それまでは東京にいようと」 今を楽しく生きようというノリは、現役時代から変わらない。そんな中村の夢は、いつか長崎に戻り高校野球の監督になることだ。「それには学生野球資格回復のための研修を受講しなければいけない。でも、仕事をこなすのに必死で、気づいたら講習会申し込みの締め切りが過ぎていて……。今年こそは受講したいですね」取材・文■田中周治 撮影■藤岡雅樹※週刊ポスト2016年1月29日号
2016.01.19 07:00
週刊ポスト

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元TBSの林みなほアナ(写真/時事通信フォト)
元TBS林みなほアナが離婚 TBSラジオ名物プロデューサーとの結婚生活は5年あまりでピリオド
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小泉孝太郎 炎上必至の「古風な結婚感」明かすもバッシングされなかった理由
小泉孝太郎 炎上必至の「古風な結婚感」明かすもバッシングされなかった理由
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米ロサンゼルスで警察官となった日本人女性YURI氏
LAポリス・YURIが7年ぶりに見た日本の姿「防犯意識の低さに驚きました」【前編】
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
さとう珠緒が「枕営業」などについて語った(写真は2009年)
さとう珠緒が暴露した枕営業の実態「権力のない人のほうが迫ってくる」
NEWSポストセブン
ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
女性セブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
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