神田正輝一覧

【神田正輝】に関するニュースを集めたページです。

ホテルを後にする一子さん(左)と聖子(中)と聖子の夫(右)
松田聖子、ツアー初日に沙也加さんデビュー曲披露 見守っていた卒寿の実母との物語
 愛娘の死から6か月が経過し、松田聖子(60才)は全国ツアーをスタートさせた。今年3月、聖子はファンクラブの会報誌に《彼女と一緒に歌っていきたい》とコメントしたが、その言葉通り、聖子は沙也加さんとの“共演”を意識していたようだ。その姿を聖子の母も待ちわびていた。一卵性母娘と呼ばれた、3世代の物語。「20年前、ここで歌ったのがついこの前のよう……今日も一緒に歌ってくれたんじゃないかな……」 ステージ上でスポットライトを浴びた松田聖子が涙を拭いながらそう話すと、さいたまスーパーアリーナを埋め尽くしたファンの目にも涙が浮かんだ。 6月11日、聖子は全国ツアーの初日を迎えた。昨年12月に長女の神田沙也加さん(享年35)が帰らぬ人となってから、初めてのツアー。くしくも会場は、沙也加さんとの思い出が詰まった場所でもあった。沙也加さんは2002年5月にSAYAKA名義で歌手デビュー。彼女にとって初めての舞台が、このさいたまスーパーアリーナでの親子共演だった。「ちょうど20年前の6月でした。聖子さんのコンサートにゲスト出演した沙也加さんがデビュー曲『ever since』を歌っていると、聖子さんが舞台袖から登場してデュエットを始めたのです。沙也加さんの物おじしないパフォーマンスとは対照的に、聖子さんが涙ぐんでいたのが昨日のことのようです」(観客のひとり) それから20年。この日、聖子は1万8000人のファンの前で沙也加さんのデビュー曲を歌い上げた。この日のコンサートでは、沙也加さんをしのぶかのような演出もあった。「お姫様のようなドレスを聖子さんが着て歌うシーンは、ミュージカルのような演出でした。ミュージカルスターだった沙也加さんへのオマージュのようで、会場も大いに盛り上がりました」(前出・観客のひとり) その華やかさは、ファンの心配を払拭するほどのものだった。聖子はファンの視線を一身に浴び、こう言葉をつないだ。「娘は天国に旅立ってしまいましたが、私の心の中にはずっと生き続けてまいります」 ファンが涙し、心を震わせた母娘“共演”。この日の様子をじっと見守るもう1人の女性がいた。聖子の母・一子さん(89才)だ。 聖子は1980年、父親の反対を押し切って憧れだった芸能界デビューを果たした。その後ろ盾となり、父親を説得して娘の夢を後押ししたのが、一子さんだったのだ。デビューから4年が経つと、売れっ子になった愛娘の身の回りの世話をするために福岡県から上京。娘が輝き続けるためにと骨身を惜しまない一子さんと聖子は“一卵性母娘”とまで呼ばれるほどだった。しかしデビューから32年が経った2012年、その関係に亀裂が入る。「聖子さんがいまの夫と結婚後も、“元恋人”の男性を専属マネジャーとして雇用し続けたことを、一子さんが叱ったのです。誤解されることは避けるべきだという一子さんと、母親の言いなりにはならないという聖子さんが対立。2人の関係は冷え込んでいきました」(芸能関係者) あれだけ蜜月だった母娘が、他人よりも距離が遠くなった。それは、聖子と沙也加さんの間でも起きたことだ。「聖子さんと沙也加さんも“一卵性母娘”と呼ばれるほどの仲でした。ですが沙也加さんが思春期を迎えると、交際相手を巡って激しい口論になったこともあります。沙也加さんが“独り立ち”した後は、弁護士を介さなければ“会話”が成り立たない時期もありました」(前出・芸能関係者) そんな沙也加さんの味方が、一子さんだった。しかし2017年4月、沙也加さんが俳優の村田充(44才)と結婚(2019年に離婚)すると、今度は祖母と孫の関係が大きく変化してしまう。間に合わないなんてない「聖子さんがこの結婚に反対だったのは、よく知られていますが、実は一子さんも村田さんとの結婚に反対していたのです。この点では、一子さんと聖子さんの意見が一致していた。以来、沙也加さんは母だけでなく祖母とも疎遠になってしまいました」(沙也加さんを知る人物) すると今度は、冷え切っていた聖子と一子さんの関係が修復される。沙也加さんが結婚した直後の2017年夏、それまで東京・自由が丘にあった聖子の公式ショップが表参道に移転すると、一子さんが店頭に立った。「沙也加さんとの関係悪化もあり、聖子さんはすでに80才を超えていた母親といつまでも争うのではなく、できるだけ一緒の時間を過ごそうと考えを変えたのです。ただ、人づてにそうした変化を知った沙也加さんは、寂しそうでした」(前出・沙也加さんを知る人物) それでも片方が歩み寄りさえすれば、聖子と沙也加さんの関係、一子さんと沙也加さんの関係も好転したかもしれない。しかし沙也加さんはその日が訪れるのを待つことなく、旅立ってしまった。突然の出来事に動揺を隠せない聖子を支えたのは、やはり一子さんだった。「一子さんは沙也加さんが亡くなった札幌にも駆けつけました。四十九日法要でも、聖子さんに優しく話しかける一子さんの姿が目撃されています。沙也加さんの死をきっかけに、母娘の関係性はより濃くなったように思えます」(前出・芸能関係者) 冒頭のコンサートが終わると、聖子は沙也加さんとの思い出が詰まった地を後にし、都内に戻りホテルで軽めの食事を取った。その聖子に寄り添っていたのも、一子さんだった。 一子さんは今年10月に満90才を迎える。昨年には深刻な病気の兆候が見つかり、病院で検査を受けている。聖子とともに駆けつけた札幌から帰京した後は、体調を崩したとの報道もあった。そしてこの日は、段差のある通路では聖子の夫に手を引かれて移動していた。ここまでして聖子のそばにい続けるのは、沙也加さんを失った娘を支える意味合いはもちろんだが、ほかの理由もあるという。「当然ですが、一子さんも沙也加さんを失ったことにショックを受けています。それと同時に、一時期はわが子のように育てた孫に、“あのとき”歩み寄っていれば……という後悔もあるんです。聖子さんとはできた和解が、なぜ沙也加さんとはできなかったのか。自分と沙也加さんとの関係が良好なら、聖子さんと沙也加さんの仲を取り持てたのではないか。一子さんは娘と孫の“共演”を、その目にもう一度焼き付けたかったようです」(聖子の知人) 二度と後悔したくない──その思いを共有する母親の絆は、さらに強くなっている。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.16 16:00
女性セブン
6月はジューンブライド 昭和、平成、令和のビッグカップルの結婚式
6月はジューンブライド 昭和、平成、令和のビッグカップルの結婚式
 6月に入り、ジューンブライドを逃すまいと結婚式を挙げるかたも多いのではないでしょうか。過去を振り返ってみると芸能界でも豪華絢爛で盛大な結婚式が開かれてきました。『女性セブン』が過去におさめてきた歴史に残る結婚式の数々を懐かしみながら、幸せを分けてもらいましょう。●神田正輝(71) 松田聖子(60)1985年 郷ひろみと婚約寸前で破局となった彼女が選んだのは11才年上の共演俳優。郷との破局から5か月での結婚は、“聖輝の結婚”と騒がれた。●三浦友和(70) 山口百恵(63)1980年「この人の妻と呼ばれることに喜びと誇りを感じます」と潔く引退を決意した百恵さん。“ゴールデンコンビ”と呼ばれたふたりの結婚を日本中が祝福。●故・内田裕也さん(享年79) 故・樹木希林さん(享年75)1973年 当時、悠木千帆の名前で活動していた彼女は、結婚後に改名して「樹木希林」という名前に。ペアルックで臨んだ仏前挙式では手には数珠を提げて臨んだ。●故・朝丘雪路さん(享年82) 故・津川雅彦さん(享年78)1973年 不倫の恋と呼ばれたふたりは、何度も結婚の噂が出るたびに、否定をしてきたが結婚。晩年は、朝丘が2018年に亡くなると、その4か月後に津川も後を追うようにこの世を去った。●吉永小百合(77) 岡田太郎さん 1973年 人気絶頂の吉永が15才年上のフジテレビディレクター(当時)と入籍したことでサユリストの間では騒動に。この結婚に関して彼女の両親は頑なに結婚を認めなかった。●桑田佳祐(66) 原由子(65)1982年 大学時代からの音楽仲間とプロになりそのまま結婚。ファン2000人を招待するという異例の式となり、会場は関係者を含めて2300人でごったがえした。●布袋寅泰(60) 今井美樹(59)1999年 ハワイで挙式後、東京・青山のウエディング会場で披露宴。「これからもよろしく!と笑顔で申し上げる次第でございます」とコメント。●五木ひろし(74) 和由布子(63)1989年 昭和天皇のご病気で延期したが、7か月後無事に挙式。着物モデルの仕事で知り合い、7年後の再会で恋に落ちた。●小室哲哉(63) KEIKO(49)2002年 招待客は700人、ウエディングケーキは2m、総額5億円のド派手式は小室にとっては再々婚。テレビ中継され、視聴率は15.5%を記録した。●郷ひろみ(66) 大根田名美さん 2000年「23時間55分は郷ひろみだけど、5分間は原武裕美」、「原武裕美は結婚しても、郷ひろみは結婚しない」との名言を残し、ニューヨークのアルマーニブティックの店員だった彼女と結婚。●小栗旬(39) 山田優(37)2012年 ドラマの共演をきっかけに急接近したふたり、結婚報告会見で山田が、何卒を“なにそつ”と読み間違えたことが話題となった。そして、今年結婚10周年を迎えた。●リン・チーリン(47) EXILE AKIRA(40)2019年 台湾の国民的女優との結婚は、現地では“格差婚”として報道された。彼女は、今年1月31日47才で第1子を出産し、ママの顔も持つこととなった。●DAIGO(44) 北川景子(35)2016年 北川が“1”が好きという理由で1月11日11時11分に入籍。結婚発表会見ではプロポーズの言葉について「“KSK”。(K=)結婚(S=)して(K=)ください」とDAI語だったことが明かされた。●杏(36) 東出昌大(34)2015年 NHKの連続テレビ小説『ごちそうさん』での共演をきっかけに結婚したが、東出の“匂わせ不倫”が発覚し離婚。代償の大きすぎる不倫として話題となった。●ソン・イェジン(40) ヒョンビン(39)2022年 大ヒットドラマ『愛の不時着』で恋人役を演じた後は、何度も交際報道を否定してきたふたりだが、2月に電撃結婚。世界中から祝福の声が寄せられた。●藤原紀香(50) 片岡愛之助(50)2016年 世界遺産の京都・上賀茂神社で挙式。出会いのきっかけは、藤原が主演していたミュージカルを片岡が見に行ったことから交際に発展した。写真/女性セブン写真部※女性セブン2022年6月16日号
2022.06.04 16:00
女性セブン
松田聖子の手つなぎ姿
松田聖子が活動再開、ショーで垣間見えた懐事情と楽しませたい強い気持ち
 4月9日、都内のホテルで開催されたディナーショーで、松田聖子(60才)は、声を震わせながら、かみしめるように言葉を紡いだ。愛娘の神田沙也加さん(享年35)が昨年末に急逝し、活動を休止していた聖子にとって、4か月ぶりとなる活動再開の場だ。ショーでは、紅白で母娘共演を果たした際にデュエットした思い出の曲『上を向いて歩こう』も歌ったが、途中では手で口を覆い、嗚咽を漏らす場面もあった。 沙也加さんの四十九日の法要がしめやかに執り行われたのは、1月30日。遺影には、ステージ衣装をまとった沙也加さんが、いまにも歌い出しそうに両手を広げ、微笑みを浮かべているものが選ばれた。「この遺影を選んだときから、聖子さんはディナーショーでの沙也加さんとの“共演”を決めていたそうです。遺影の姿は、まさに聖子さんが一緒に歌いたい愛娘の姿だったんです」(聖子の知人) 思い返せば、ここ2年間、聖子はあらゆる苦難に見舞われてきた。「2020年は、聖子さんにとってデビュー40周年のメモリアルイヤーでした。そのため、全国を回る大規模なツアーを企画していたが、コロナの影響で延期に。会場のキャンセル費用などの損失は5億円にものぼるそうです。加えて、東京・表参道にあった自身の公式ショップも閉店してしまいました」(芸能関係者) やっとの思いで開催にこぎつけた昨年末のディナーショーは、沙也加さんの逝去に伴い、延期になってしまった。「だからこそ、なんとしてでも、中止になった分を取り戻さなければならないという事情もあったんです」(前出・芸能関係者) 昨年末のショーと今回のショー、両方に参加した別のファンは、そんな懐事情を垣間見たという。「曲に合わせて観客が振るためのうちわのようなグッズがあるのですが、今回売られていたものは、昨年のディナーショーと同じ“季節外れ”のクリスマス仕様でした。アンコール曲についても、昨年末と同じ『Pearl-White Eve』。クリスマスの歌です。 あまりにクリスマス仕様ばかりだったので、聖子ちゃんも気まずかったんでしょうね。『春のディナーショーなので、春の曲をと思ったんですけど、やっぱりこの曲は外せなくて、ごめんなさい』なんて言っていました」 聖子を長年追いかけてきたあるファンは、今回のショーを見て改めて聖子の強さを感じたという。「『上を向いて歩こう』のときのMC以外は、沙也加さんを偲ぶ話が登場することはありませんでした。いつまでもメソメソしていないで、松田聖子として笑顔でお客さんを楽しませないといけない。そんな強い気持ちが伝わってきました。だからこそ、“沙也加さんの話はこれで終わり”という感じの、いわば、沙也加さんとの決別のショーという印象も受けました」 聖子が新たな一歩を踏み出した一方で、いまだに前に進めない人もいる。沙也加さんと交際していた俳優の前山剛久(31才)だ。今年3月、『フライデー』で、沙也加さんと前山に関する新たな情報が報じられている。「前山さんが12月21日にプロポーズしようと高級レストランを予約していたことが明かされていました。事実なら、前山さんはプロポーズする予定の3日前に突然沙也加さんを失ったことになる。あまりのショックに、前山さんはその後の舞台をすべて降板し、いまも仕事を再開できるような状態ではないそうです。また、聖子さんに直接会わなければいけないという思いはあるものの、まだ対面は果たせていないようです」(前出・芸能関係者) 今回のディナーショーで、聖子は最後にこう口にした。「自分の中では42年も歌っているという感覚はまだないんですよ。ついこの間デビューをしたような感じなんですが、これからも初心を忘れずに、皆さんへの感謝の気持ちを持って一歩前に進んでいけたらいいかなと思います」 花が開き、命の息づきを感じさせる春。すでに、聖子は前を見据えて歩き始めている。※女性セブン2022年4月28日号
2022.04.15 16:00
女性セブン
松田聖子が復活のディナーショー
松田聖子がディナーショーで活動再開 沙也加さんとの思い出の曲で嗚咽を漏らす
 ディナーショーでは沙也加さんのことには触れないかもしれない──多くのファンがそう感じていたという。しかし松田聖子(60才)は冒頭から深々と頭を下げた。ファンに感謝の言葉と心配させたことへの謝罪をし、そして娘の思い出を語ると、抑えられない涙がこぼれて……。「思えば、沙也加は小さい頃から歌を歌うのが大好きでした。おもちゃのマイクを持って私の『Rock’n Rouge』をいつも元気に歌っていました。それが……昨日のことのように思い出されます。私は……沙也加の歌声が大好きでした。いまも彼女の歌声は私の心の中に響いています」 4月9日に都内のホテルで開催されたディナーショーで松田聖子は、声を震わせながら、かみしめるように言葉を紡いだ。愛娘の神田沙也加さん(享年35)が昨年末に急逝し、活動を休止していた聖子にとって、4か月ぶりとなる活動再開の場だ。 昨年12月18日、聖子はこのホテルでディナーショーを開催していた。歌い終わると、ファンからの拍手を浴びた。その日もいつもと変わらない一日が終わるはずだった。終了後、沙也加さんの死をスタッフに知らされた聖子は人目もはばからず号泣し、翌日以降のショーをキャンセル。今回のショーはこのときの振り替え公演として行われたものだった。 会場を訪れた複数のファンが、聖子の“再出発”を広く世間にアピールしたいという思いで、『女性セブン』の取材に答えた。シルバーの華やかなドレスに身を包んだ聖子は、MCで涙ながらに沙也加さんの思い出話を披露したという。「沙也加さんは聖子さんよりもずっとしっかりしていて、一緒にステージに上がるときは、いつも緊張してしまう聖子さんを沙也加さんが励ましていたそうです。これからも沙也加さんに励ましてもらって、頑張っていかなくちゃと自分自身に言い聞かせるように話していたのが印象的でした」(ディナーショーに参加したファン) 悲しみをこらえながらも必死に言葉を紡ぎだそうとする聖子の気持ちは、ファンにも伝わった。聖子が言葉に詰まり、会場に静寂が訪れた。声を上げてはいけない──わかっていても、気持ちが抑えきれなかったのだろう。あるファンがためらいながらも、マスク越しに「頑張れ!」と口にした。すると、声援をためらっていたファンたちが、我慢しきれず、口々にこう声を上げ始めた。「無理しなくていいよ!」「いいよ、言わなくて!」 温かい声援に、聖子の目には涙が浮かんだ。ファンもつられて涙した。会場にはすすり泣く声が響き渡った。「例年のディナーショーでは、MCの間に『沙也加ちゃんは~?』などと、沙也加さんの近況を問うような質問がファンから入って、それに聖子さんが答えたりしていたんです。でも、今回は明らかに空気が違い、聖子さんを気遣うような声が上がっていました」(前出・ファン) しばしの静寂ののち、意を決したかのように、顔を上げた聖子は、こう語った。「2011年、紅白歌合戦で沙也加と一緒に歌わせていただいた曲があります。今日はその曲を娘と一緒に歌いたいと思います。どうか聴いてください。『上を向いて歩こう』」 紅白で母娘共演を果たした際にデュエットした思い出の曲。途中、手で口を覆い嗚咽を漏らした聖子。それでもなんとか持ち直し、歌い終えると、大きく天を仰いだ。まるで、天国の沙也加さんに「一緒に歌ってくれてありがとう」とでも語り掛けるかのようだったという。※女性セブン2022年4月28日号
2022.04.14 16:00
女性セブン
母・聖子と同じ道を…
松田聖子が4か月で復帰、プロ意識に感嘆と心配の声 同世代からのエールも後押しか
 松田聖子(60才)が4月9日、東京・港区のグランドプリンスホテル新高輪でディナーショーを開催。昨年12月に愛娘の神田沙也加さん(享年35)を亡くして以来、芸能活動を休んでいたが、およそ4か月ぶりに活動を再開した。 沙也加さんが亡くなったのは昨年12月18日のこと。当日、都内でディナーショーを行っていた聖子は、終演後に訃報を聞いて泣き崩れ、翌日以降の公演はすべて中止となり、年末の『NHK紅白歌合戦』の出場も辞退した。しかし3月8日、休止となったディナーショーの振替公演が4月に行われることが発表され、6月からは全国ツアーもスタート。本格的に活動を再開する予定だ。「今年1月、沙也加さんの四十九日法要が営まれたあと、納骨はせず遺骨は聖子が持ち帰ったそうです。生前、沙也加さんの交際相手を巡って聖子との間に亀裂が生じたとされ、それが解消されないまま沙也加さんは旅立ちましたが、もともと2人は“一卵性親子”と呼ばれるほど仲の良い親子。聖子は自宅に設けた祭壇から離れようとせず、愛犬の散歩さえできない時期もあり、『私のせい』とふさぎこむこともあったそうです」(フリー記者) しかし、3月に配布されたファンクラブの会報では、沙也加さんの思い出や娘を亡くした悲しみが4ページにわたってつづられ、9日のステージでも沙也加さんの思い出を語る場面があった。悲しみを乗り越えて、前に進む意志を固めたようだ。「ステージでは、沙也加さんの話題について一切触れないという選択肢もあったはずですが、聖子は紅白歌合戦で沙也加さんとデュエットした『上を向いて歩こう』を歌い、さらに娘との思い出の曲『天使のウィンク』を新たにセットリストに加えました。ステージでは『この先はずっと頑張って沙也加と歌ってまいります』とも語っています。これは、自身の生き方を歌に反映させてきた聖子ならではです。 国民的歌手として幅広く支持される聖子ですが、ファンの中心は同世代。還暦を迎えるタイミングでの悲劇に対し、同世代のファンからはとりわけ熱いエールが送られており、それが早期復帰を後押しした一因かもしれません」(前出・フリー記者) ただ、ネットを見ると、「聖子さんは聖子さんの仕事を頑張って下さい!」「お帰りなさい。これからも元気な姿を見せて下さい!」「『前を向く』ためにも活動再開することは聖子さんにとって、とても大切なことだと思います」と、プロ意識を称賛する声が相次ぐ一方で、「まだ休んでもいいのに」「どうか聖子さん、無理をしないようにしてくださいね」「またすぐに活動休止にならないかちょっと心配」 など、早すぎる復帰を心配する声も少なくない。なぜ聖子は、ここまで復帰を“急いだ”のか? ベテラン芸能記者の石田春男氏は、こう語る。「元夫の神田正輝は生放送の旅情報番組『朝だ!生です旅サラダ』(テレビ朝日系)の司会を務めていますが、沙也加さんが亡くなった直後の放送も休まなかったので、そのプロ意識に対して視聴者から称賛の声が寄せられました。気丈に振る舞う神田の姿を見て、プロ意識の強い彼女が“私も頑張らなくては”と感じたとしても不思議ではありません。 聖子と沙也加さんとの関係も、復帰に大きく影響しているでしょう。聖子は10代の頃から芸能界のトップで輝き続けてきましたが、プライベートはとにかく波乱万丈でした。スキャンダルで世を賑わせた回数は数知れず、スキャンダルを糧にして芸能界を渡り歩いてきたような印象さえあります。 ただ、どんな時でも歌うのをやめることはありませんでした。聖子と沙也加さんの間には距離が生まれた時期もありましたが、同じ歌手という道を選んだ娘に対し、類まれなるプロ意識を見せることが娘へのエールでした。そう考えると、聖子が今回再びマイクを握ったのは、“どんな時でも歌う”という親子の約束を果たす意味があったのかもしれません」(石田氏) 悲しみを乗り越えた歌声は、より一層ファンの心に響くに違いない。
2022.04.12 16:00
NEWSポストセブン
松田聖子
松田聖子、ファン4人が明かした「涙の復活ディナーショー80分」の全貌 
 シルバーのドレスに身を包んだ松田聖子(60)は、2曲目の「SWEET MEMORIES」を歌い終えると涙をこらえるように上を向いた。そして観客の方を向くと、声を詰まらせながら語り始めたという。〈私の娘は去年12月18日に天国へ旅立ちました。あまりの突然のことで現実を受け止めることがとても難しく、今でも正直信じられない気持ちでおります〉 4月9日、松田聖子が東京・港区のグランドプリンスホテル新高輪でプレミアムディナーショーを開催し歌手活動を再開した。同ホテルでは昨年末も12月15日~16日、18日~19日の日程で聖子が大切にしている毎年恒例のクリスマスディナーショーが行われる予定だった。しかし12月18日、愛娘の神田沙也加さんが35歳の若さで急逝してしまう。ショーの終了後にそのことを知らされた聖子は12月19日のショーを急遽中止し、続く大阪でのショーもキャンセル。出場が決まっていたNHK紅白歌合戦も辞退するなど芸能活動を休止していた。4月9日のディナーショーは中止となったショーの振り替えとして開催されたものだ。 長年松田聖子を応援し、昨年の悲劇に聖子と同じように心を痛めたファンにとっても、この日の公演は特別なものだった。「あのような不幸があって時が止まっていました。私は昨年12月18日のディナーショーにも行ったのですが、翌朝に沙也加ちゃんのニュースを知り、頭が真っ白になりました。私も、聖子ちゃんと一緒に動き出します」(ショーに来ていたファン) 夫婦で来ていた別のファンは、ショー終了後にこう語っていた。「今日は絶対見守らないと、という気持ちで来ました。明日10日もショーはありますが、正直明日ではなく今日じゃないと来る意味がないくらいに思って」 17時から19時までたっぷり2時間、グランドプリンスホテル新高輪の総料理長が手掛けるコース料理が国際館パミールで振る舞われたあと、聖子が登場するショーは会場を大宴会場・飛天に移して行われた。「飛天の広いフロアの前方と、そこから花道のようにせり出す形でステージが作られていました。聖子さんはメインステージだけではなく、花道もいっぱいに使ってショーをしてくれました」(観覧したファン) 複数の参加者によると、幕が上がりシルバーのドレスを着た聖子が姿を見せると、会場には大きな拍手が沸き起こったという。1曲目と2曲目は、昨年のショー同様「あなたに逢いたくて ~Missing You~」「SWEET MEMORIES」。「これまでのディナーショーでも定番となっている2曲で始まりましたが、沙也加さんのことがあったので、“逢いたい”“新しい人生を歩く”“過ぎ去った思い出”といった歌詞に違った意味を込めて聖子さんは歌っていたように思えました。実際、2曲目が終わったあと聖子さんは涙を押さえるような仕草を見せています。そこで観客の涙腺も崩壊してしまい、拍手と一緒にすすり泣くような声もあちこちから聞こえていました」(観覧したファン) そして冒頭で触れたMCが始まる。そこで聖子は、避けることなく真正面から亡き娘について口を開いた。〈思えば沙也加は小さな頃から歌をうたうことが大好きでした。おもちゃのマイクを持って私の「Rock’n Rouge」をいつも元気に歌っていました。それが昨日のことのように思い出されます。私は沙也加の歌声が大好きでした。今も彼女の歌声は私の心の中に響いています〉 涙で言葉を詰まらせる聖子に、客席からは嗚咽のような声も漏れた。そして嗚咽は、聖子が〈2011年紅白歌合戦で沙也加と一緒に歌わせていただいた曲があります。今日はその曲を娘と一緒に歌いたいと思います〉と前置きして披露した「上を向いて歩こう」で、さらに大きなものになったという。「聖子さんが、“ひとりぽっちの……”と言ったまま歌えなくなってしまったんです。さすがにそれを見て私も声を上げて泣いてしまいました」(観覧したファン) ここまではまさに“沙也加に捧げる”といった雰囲気だった。しかし、4人のダンサーによる幕間を挟んで再び登場した聖子は、涙を引きずることなくショーをリスタートしてみせる。そこには悲しみに暮れる母親の姿はなく、歌手・松田聖子として時に可愛らしく、時に妖艶に名曲の数々を歌い上げた。「『時間の国のアリス』や『渚のバルコニー』といった人気曲での盛り上がりはすごく、観客も手拍子で乗っていました。特に『Rock’n Rouge』では聖子さんが4人のダンサーと一緒にフレンチ・カンカン(女性ダンサーのコーラスラインが上演するショーダンス)のようなスカートをたくし上げるダンスをしながらステージを駆け回り、見ていてすごく楽しい気持ちになりました」(観覧したファン) その後も誰もが知っている名曲が続き、確かな歌声でファンを魅了した聖子は完全に復活を印象づけたと言っていいだろう。聖子が〈皆さんにも歌っていただきたいところですが、このご時世なので、心の中で一緒に大きな声で歌ってください〉と促すシーンもあったといい、歌を通してファンとの一体感を強調していたようにも思える。 前出の「聖子ちゃんと一緒に動き出します」と言っていたファンは語る。「ここで止まってしまった時間だから、ここから始めるしかなかったんです」 松田聖子自身も同じ気持ちだったに違いない。そしてそれは、聖子も含めこの日会場にいたすべてのファンの思いでもあったはずだ。悲しみを乗り越え、松田聖子は再び歩き始めた。
2022.04.12 12:05
NEWSポストセブン
松田聖子ディナーショーのパンフレットより(ファン提供)
松田聖子、ディナーショーの曲が『天使のウィンク』 に変更 背景に神田沙也加さんとの思い出
 歌手・松田聖子(60)が4月9日、東京・港区のグランドプリンスホテル新高輪でディナーショーを開催した。愛娘の神田沙也加さん(享年35)を亡くした悲しみを乗り越え、ファンの前でマイクを握った。 沙也加さんが急逝したのは昨年12月18日。聖子は都内のホテルでディナーショー開催中に訃報を受け、翌日以降の公演を中止に。大みそかのNHK紅白歌合戦への出場も辞退し、活動を休止していた。この日はその振替公演で、112日ぶりのステージ復帰。『あなたに逢いたくて ~Missing You~』、『SWEET MEMORIES』の2曲を歌い終えると、会場の大きな拍手に聖子は目頭を押さえた。「私の娘は去年12月18日に天国へ旅立ちました。あまりに突然のことで 現実を受け止めることがとても難しく、今でも正直、信じられない気持ちでおります。思えば沙也加は小さな頃から歌をうたうことが大好きでした。おもちゃのマイクを持って私の『Rock’n Rouge』をいつも元気に歌っていました。それが昨日のことのように思い出されます」 沙也加さんの思い出を語り始めると、客席からはすすり泣きの声が聞こえた。「沙也加ちゃんが見てるよ!」といった激励の声も飛ぶ中、声援に感謝を述べながら、「この先はずっと頑張って沙也加と歌ってまいります」と気丈に宣言。そしてあいさつの後、「今日は早速、沙也加と一緒に、実はみなさんに聞いていただきたい曲があるんです」と、坂本九さんの名曲『上を向いて歩こう』を披露した。 当初、この曲の歌唱は予定されていなかったが、今回の振替公演に際し、急遽、入れ替えられた。「『上を向いて歩こう』は、2011年のNHK紅白歌合戦で聖子さんが沙也加さんとデュエットした曲です。歌詞の通り、悲しみを乗り越えようという思いが込められているのは間違いないでしょうが、沙也加さんとの思い出を噛み締めているようにも感じました」(会場のファン) 実は、この日のディナーショーでは、昨年12月のセットリストから変更されて加わった曲がもう1曲あった。それはショーの後半、聖子が「懐かしい曲やらせてください」と言って歌い始めた。『天使のウィンク』だ。「1985年1月にリリースされた、言わずと知れた往年のヒット曲です。また、元夫の神田正輝さんとの結婚発表や活動休止と重なり、そして翌年10月に沙也加さんを出産。聖子さんにとって歌手としてだけでなく、1人の女性の人生においても節目の曲といえるでしょう」(音楽ライター) この曲にも、沙也加さんとのエピソードがある。2003年に放送されたTBS系音楽番組『ザ・ベストテン』の復刻スペシャルで、松田は『天使のウィンク』を歌唱。歌手SAYAKAとしてデビューしたばかりの沙也加さんも出演し、テレビ番組での初共演となった。当時の番組を観たファンは言う。「トークコーナーで隣に並んで座った沙也加さんから『いつまでたってもかわいいし、こういうふうな女の人になりたいっていう、理想像です』と言われて照れくさそうに笑う聖子さんの表情が印象的でした。また、『仕事のことや恋愛のことも、なんでも話します。本当にお友達みたいな感じなので』という沙也加さんの横顔をうれしそうに見つめる聖子さんの姿に、本当に仲の良さがにじみでているようでした」 また番組では、トーク後に沙也加さんもデビューシングル『ever since』を披露。その姿を心配げに見守った松田は、「こんなに育ってくれて嬉しいですし、本当にびっくりしますね、成長が早くて。(うまく歌えるかどうか)すごく心配でした。ホッとしました」と、母の顔も見せていた。 聖子も歌いながら、そんな愛娘とのひとときを思い出していただろうか──。
2022.04.11 21:00
NEWSポストセブン
井上公造氏インタビュー「スキャンダルを起こした人のほうが芸能人はおもしろい」
井上公造氏インタビュー「スキャンダルを起こした人のほうが芸能人はおもしろい」
 芸能リポーターを3月いっぱいで卒業した井上公造さん(65才)。芸能ニュースの第一線で走り続けたこの36年、いろいろなことを見聞きしてきました。現場主義だからこそ知る芸能人との秘話とこれからの芸能界への思いとは──放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、井上さんに話を聞きました。これが「最後のインタビュー」です!張り込み現場で宮沢りえチャンに顔バレした山田:3月いっぱいで、東京、名古屋、大阪、福岡でのレギュラー番組すべての降板を決断されたのは、いつ、どういう理由だったんですか?井上:芸能リポーターを辞めるということは50才くらいのときから考えていました。だから15年ほど前ですね。 その頃から、自分が思い描いていた芸能リポーター像みたいなものの限界が見え始めていた。自分でネタを仕込んで張り込みをして裏取りをして、本人に直撃を試みたり、プロダクションサイドと掛け合ったりしてモノにしていくには時間もお金もかかることが皆さんにもおわかりいただけると思うんですが……テレビの世界でそれができなくなってきた。山田:予算との折り合いがつかなくなったってことですね。わかります。井上:もう1つの理由は、テレビ出演が増えたことでぼくの知名度が上がってしまって、張り込み現場で“顔バレ”することが多くなっちゃって。もう時効だと思うからお話ししますけれど、賀来千香子サン(60才)が宅麻伸サン(65才)と結婚する前、別の男性と交際していましてね、飯倉の『キャンティ』の向かい側で張り込んでいたんです。山田:芸能人御用達のイタリアン!井上:そうです。そこでデートしているという情報があって、カメラも呼んでスタンバイしていたら、賀来サンより先に宮沢りえチャンが店から出て来て。「あ、井上さんだ。誰を張っているんですか?」って。ダメだ、こりゃ……って思いました(笑い)。山田:でも、井上さんをテレビで見られなくなるのは本当に寂しいです。共演されている皆さんは、なんて?井上:『おはよう朝日です』(朝日放送テレビ)で初共演した26年前からぼくを鍛え続けてくれた宮根(誠司)さん(58才)や、公私にわたってお世話になった(島田)紳助さん(65才)は、「やっと?」とか「待ってました」という反応でしたけれど、『ウラネタ芸能ワイド 週刊えみぃSHOW』(読売 テレビ)から、いまも『上沼・高田のクギズケ!』(同)でよくしてくださっている上沼恵美子サン(66才)だけは残念がってくださって……。上沼サン自身、この2年ほど、仕事の整理をされていますから、お感じになることがあったのではないかと。山田:思えば、ワイドショーで扱う芸能ネタも様変わりしていますよね。在京局では、もう何年も前から大物の訃報しか扱わない番組さえある。井上:スキャンダルはやらなくなりましたよね。例えばぼくが、俳優のAさんと女優のBさんが結婚間近という情報を掴んでスクープとして番組で扱うとします。すると「なんで本人たちからのコメントを待ってあげないの?」と怒られるんですよ。これを政治スキャンダルに置き換えてみたらよくわかると思うんです。正式発表まで待っていたらマスコミの役目はなくなってしまいますよね。24時間パスポートを手放すなと言われました山田:昔は、交際のウワサが出ただけでも直撃に行きましたよね。最近、テレビでは、ヒロミさん(57才)と松本伊代サン(56才)の結婚前のVTRがよく流れるんですけれど、おつきあいしているだけなのに空港などで囲まれていた。井上:それで結婚が早まりましたよね、あのおふたり(笑い)。でも、いまは「そっとしておいてあげて」となるワケなんです、ものすごい大ネタであってもね。たとえば菅田将暉クン(29才)と小松菜奈チャン(26才)の結婚って、すごいニュースじゃないですか。でも、1回報じたら、それでもう終わり。山田:昔はもっと擦りましたよねぇ。井上:それこそ、サッチー(野村沙知代さん・享年85)・ミッチー(浅香光代さん・享年92)騒動で1年以上やっていた(笑い)。山田:ほかの芸能人が、「サッチー派」「ミッチー派」と宣言して応戦したり、沙知代さんに経歴詐称疑惑がもちあがったとき、ワイドショーは……井上:コロンビア大学まで取材に行きましたからね(苦笑)。芸能人が海外で挙式したり出産したりというネタがあれば、間違いなく現地にカメラマンとリポーターが殺到しました。あの頃、ぼくらは24時間パスポートを手放すなと言われていたんですよ。山田:“パスポート”“井上さん”といえば、お正月のハワイですよね? 私も1度だけご一緒したことがありますが、誰が何時に出てくるかとか、マスコミを避けたいタレントが団体口から旅行客に交じって出てくるという情報を井上さんがすべて把握されていたことには感動しました。井上:(笑い)長くやっているとね。旅行代理店や航空会社にも知り合いができるんですよ。ハワイの芸能人エピソードでもっとも有名なのは、神田正輝サン(71才)と松田聖子サン(60才)が映画『カリブ・愛のシンフォニー』の撮影で訪れたとき、飛行機のファーストクラスで1枚の毛布にくるまって手を繋いでいたんですって。それを見たのが当時、内田裕也さん(享年79)の愛人だったCAさんで。その話を裕也さんが積極的に広めたせいで多くのマスコミが知ることになった(笑い)。これも時効ということで、お許しを。山田:そして空港で思い出す、ワイドショー史に残る名場面といえば、山田邦子サン(61才)と井上さんのバトル!井上:「あんた、モテないでしょ。彼女いないでしょ」ってブチ切れられて。その後、手打ちしましたけどね。山田:ほかに名場面というと?井上:風吹ジュンさん(69才)が離婚したとき、確実な裏が取れていたぼくはご自宅前で直撃をしたんです。でも「なんですか? それ」と言われて……。「すみません、●日に離婚届を提出されましたよね?」と言ったら、「なんで知ってるの?」と驚かれました。“恋多き女”として知られる大竹しのぶサン(64才)のご自宅前では連続して13日間、張り込んだことがあります。(明石家)さんまサン(66才)と離婚して野田秀樹さん(66才)と噂が出始めた頃ですね。大竹サンがご自宅にいるかどうかはなかなかわからなかったんですが、毎日、二千翔さん(37才)やIMALUちゃん(32才)は学校や幼稚園に通うため出てくるんですよ。 IMALUちゃんはまだ4才ぐらいだったんですけれど、だんだん顔見知りになってしまって、忘れもしない13日目。2階の窓からIMALUちゃんが顔を出して、「ママ、もうすぐ出てくるよ」ってぼくに教えてくれたんです。IMALUちゃん、そのことをずっと覚えていたそうで、番組共演で聞いたときには、ちょっと恥ずかしくなりました(笑い)。 でもそれよりもインパクトがあったのは大竹しのぶサンです。「野田さんとおつきあいされているそうですね?」と聞いたら、開口一番、「はい、おつきあいしています」と。どうせ否定されると思っていたので面食らってしまって……、次の質問がなかなか出なかったのを覚えています。 やっぱり大竹サンのスケールの大きさっていうのは本当にすごいんですよ。結婚もキッパリ、「しません」。「これ以上、子供の名前を変えられないから」とカメラの前で言うんですから。山田:脚を挟まれたのはこのとき?井上:そうです。ぼくは師匠の梨元(勝)さん(享年65)から「車に乗った人を直撃するときにはドアの間に体を挟め。絶対に発車されないから」と教えられてきたんです。その日も車に乗った大竹サンが座っている側のドアに体を挟んでインタビューしていたんですが、3~4分経ったあたりから大竹サンが顔はニコニコしながら、車のドアをガンって閉めるんです。そこから何度も。閉める力もだんだん強まってきて(苦笑)。7~8分のバトルでしたけれども、その間、大竹サンは、ずっと笑顔! プロだなぁと忘れられない取材です。 いまは芸能人もプロダクションも「スキャンダルを起こさない方がいい」と思っているでしょうけれど、スキャンダルを起こした人のほうが芸能人は絶対、おもしろいんですよ。 その最たる人が勝新太郎さん(享年65)。スターといわれる大物は芸能マスコミとの上手なつきあいかたも知っています。人間関係は疑っていたら先に進まないのでね。 4月以降はこれまで培った人脈と経験をもとに、コンサルタントに近い“コネクター”をする予定です。ハワイにもたくさん知り合いがいるので、旅行とか結婚式とか任せてください。山田:また、たくさん情報が入りそうです。こっそり教えてくださいね。井上さん、本当にお疲れ様でした!!構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ〜テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。
2022.04.03 07:00
女性セブン
松田聖子「もう二度と離れたくない」 沙也加さんと一緒に入るためのお墓探し
松田聖子「もう二度と離れたくない」 沙也加さんと一緒に入るためのお墓探し
 愛娘の死から3か月。悲しみに一区切りつけ、松田聖子(60才)は日常を取り戻しつつある。そのきっかけは異例の法要だった。納骨をしない、墓もない──しかし、それこそが母親ができる娘への最大の贖罪だった。 昨年12月18日に亡くなった神田沙也加さん(享年35)の四十九日法要が1月30日、都内の某寺で営まれた。ここは、聖子が2012年に再々婚したA氏一族の菩提寺。遺骨は聖子が保管しており、法要後も納骨されずに持ち帰ったという。 聖子と沙也加さんは、これまで何度も親子間の亀裂が報じられてきた。「2人はかつて、一卵性親子と呼ばれるほど仲のいい親子でした。ですが、似ているがゆえに衝突も多かったのでしょう。沙也加さんの交際相手を巡っては、かなり激しい口論になったこともあります。 沙也加さんにしてみれば、男性に関しては“好き勝手やっているママには言われたくない”という思いもあったようです。一時は弁護士を介さなければ“会話”が成立しないときもあったほどです。親子関係は最後まで改善されなかったといわれています」(芸能関係者) そんな沙也加さんの味方は、聖子の母で祖母にあたる一子さんだった。「忙しい両親に代わって、一子さんは沙也加さんにとって母親代わりでした。聖子さんとの関係がよくないときも、一子さんは沙也加さんに寄り添っていたんです。でも2017年を境に、一子さんと沙也加さんの関係が悪くなってしまったんです」(沙也加さんの知人) 2017年4月、沙也加さんは9才年上の村田充(44才)と結婚(2019年に離婚)。聖子と連絡を絶っていた沙也加さんは、一子さんには真っ先に結婚の報告をした。だがその反応は意外なものだった。「祝福の言葉をもらえると思っていた沙也加さんですが、一子さんは結婚に難色を示した。孫のことはかわいいけれど、結婚となると“松田聖子の財産を継ぐ存在”になる。村田さんがいけない、ということではなく“もっと吟味してほしい”という思いが勝ったそうです。一方の沙也加さんは、家族が祝福してくれないことに落胆し、知人に“こんな家族はもう嫌だ”と漏らしていました」(沙也加さんの知人) 以来、沙也加さんは母だけでなく祖母とも疎遠になったという。亀裂が入ったままの家族関係は修復されることなく、沙也加さんは旅立ってしまった。「聖子さんは自宅で沙也加さんのお骨に向き合いながら、自問自答することも多いようです。一人娘に寂しい思いをさせ続けた自分を責めています。聖子さんは沙也加さんの入学式や卒業式、結婚式といった節目に立ち会ったことがありません。娘がどれほど孤独を感じていたのか。当時を振り返りながら胸を痛めています」(前出・芸能関係者) 自分と向き合い娘の“これから”を考える日々──。「聖子さんはたった1人の血を分けたわが子である沙也加さんと、もう二度と離れたくないという思いが強くなっているようです。いずれは沙也加さんと一緒に入るからと、いまはお墓探しをしていると聞いています。しばらくは自宅でお骨を安置し、母と娘が永遠に一緒にいられる“居場所”が見つかり次第、納骨されるのでしょう」(前出・芸能関係者) 3月10日、聖子は還暦を迎え、17日後には沙也加さんの百箇日を控えている。古くから還暦には出直すという意味が込められ、百箇日は遺族が泣き悲しむことから卒業する日とされてきた。事実、聖子は前に進み始めている。3月7日、沙也加さんの訃報を受けて中止になっていたディナーショーが4月から再開されることが発表された。さらに同日からファンの手元に届き始めたファンクラブの会報誌からも、聖子の変化が見て取れる。「ここ数年、聖子さんはメディアで沙也加さんに言及することは一切ありませんでした。でも今回届いた会報誌には、沙也加さんとの思い出や愛娘を亡くした悲しみなどが4ページにわたって掲載されています。そのなかに“これからは彼女の分まで歌っていきたい。彼女と一緒に歌っていきたい”という言葉もありました。聖子さんのなかで沙也加さんは生き続けているのかもしれませんね」(ファンクラブ会員の1人) 沙也加さんの遺影は、ステージ衣装をまとった女性が、いまにも歌い出しそうに両手を広げているもの。その表情は多くのファンを魅了した、あの笑顔だった。聖子が一緒に歌いたい愛娘の姿なのだろう。悲しみを乗り越えて、聖子は沙也加さんと一緒に再出発を切っている。※女性セブン2022年3月24日号
2022.03.11 11:00
女性セブン
神田沙也加さん
神田沙也加さんの遺骨の行方 神田家の墓や聖子の菩提寺に納骨できない理由
 ステージ衣装をまとった女性が、いまにも歌い出しそうに両手を広げている。その表情は多くのファンを魅了した、あの笑顔だった。これは昨年12月18日に亡くなった、神田沙也加さん(享年35)の遺影だ。ある舞台に出演した際のワンシーンで、沙也加さんお気に入りの一枚だという。 沙也加さんは生前、「自分の居場所は舞台」と常々口にしていた。その彼女の思いをくんだ母・松田聖子(60才)は、沙也加さんがゆっくりと眠りにつける「場所」を新たに探し始めていた。 1月30日、都内の某寺で沙也加さんの四十九日法要が営まれた。「この日沙也加さんの遺影に手を合わせたのは、父の神田正輝さん(71才)を含む10名ほどです。当日は聖子さんが沙也加さんのお骨を自宅から持ってこられました。ですが納骨はされませんでした。法要が終わると、聖子さんがお骨を持ち帰っています」(寺の関係者) 法要が営まれたのは、聖子が2012年に再々婚したA氏一族の菩提寺だった。「命日から3つの月をまたいで四十九日を営むのは、縁起が悪いとされています。沙也加さんのお墓はまだ決まっていなかったのですが、供養は1月中にしてあげたい。そう考える聖子さんが、Aさんの菩提寺でまずは法要を行ったようです」(前出・寺の関係者) 沙也加さんの今後を気にかけているのは神田も同じだ。東京・新宿には神田の母・輝子さんが眠る寺がある。「神田さんは父親として、自分のそばで眠らせたいという気持ちもあったようです。ですが自分の母と同じお墓に入れてしまうと、聖子さんがお墓参りをするときに気を使わせてしまう。それでは沙也加さんが寂しい思いをするのではと考えたようです。お寺側は“沙也加さんはあちら(聖子側)のお墓に入る”と聞いているそうです」(芸能関係者) 聖子側の菩提寺は地元の福岡県にある。1997年に他界した父・孜さん(享年72)が眠っているのだが、そこには沙也加さんを納骨できない事情がある。「聖子さんのお父さんのお骨は、亡くなって24年が経ったいまも納骨堂に納められたままなんです。つまり、沙也加さんが入れる蒲池家(聖子の旧姓)のお墓はまだ建っていないことになるんだと思います」(前出・芸能関係者) 聖子は沙也加さんの遺骨を前に、「居場所」探しに苦悩している。四十九日法要を営んだ寺の関係者は、あの日、聖子の胸の内を聞いている。「聖子さんは“沙也加さんのお墓はまだ決まっていなくて、いまいろいろと考えている”とおっしゃっていました。場所もそうですが、どういう形で眠らせてあげるべきか、とても悩んでいらっしゃるご様子でした」※女性セブン2022年3月24日号
2022.03.10 16:00
女性セブン
松田聖子
松田聖子、亡き娘・神田沙也加さんと「一緒に歌っていきたい」 FC会報で明かした胸中
 娘・神田沙也加さん(享年35)の死を乗り越えて、いよいよ歌手・松田聖子(59)が再始動する。昨年12月18日、沙也加さんは札幌市内のホテルから転落して亡くなった。愛娘の急死にともない、聖子は年末に予定されていたディナーショーを中止し、大晦日のNHK紅白歌合戦への出場も辞退した。 沙也加さんの父親で元夫である俳優・神田正輝(71)が『朝だ!生です旅サラダ』(テレビ朝日系)への生出演を続けた一方で、聖子は表舞台から遠ざかっていた。しかし、1月30日に沙也加さんの四十九日法要を終えて、そろそろ活動復帰ということだろうか。4月9日~10日にGRANDプリンスホテル新高輪、5月5日~7日にホテルニューオータニ大阪で『松田聖子 プレミアムディナーショー2022』を開催することが発表された。「2020年は新型コロナ感染拡大、2021年は沙也加さんのことがあったため、聖子さんがディナーショー大阪公演を行うのは約2年半ぶりです。久々の大阪公演ということもあって、即完売することが予想されます」(レコード会社社員)ディナーショーに先駆けて、3月5日より聖子のオンラインショップで新グッズも発売された。「新グッズは、3月10日の誕生日を記念したものです。今年、聖子さんは60歳になります。還暦という大きな節目を復帰のタイミングとしたのかもしれませんね。また、同時期にファンクラブ会報も発送されたようです」(前出・レコード会社社員) 会報はどんな内容だったのか? 数十年来の聖子ファンが明かす。「4ページにわたって、聖子ちゃんからのメッセージがつづられていました。沙也加さんとの思い出を振り返り、娘を失った悲しみを吐露しています。聖子さんは何もできない日々を過ごしていましたが、沙也加さんが亡くなって2か月経った頃、『私がこんなふうに悲しんでいるだけではいけない』と思い直したそうです。『これからは彼女のぶんまで歌っていきたい。彼女と一緒に歌っていきたい』という決意表明に、私も涙が止まりませんでした。会報では6~8月にさいたまスーパーアリーナ、大阪城ホール、日本武道館など5都市8公演をめぐる大規模なコンサートツアーを開催することも発表されました。再スタートを切った聖子ちゃんを応援していきます」(聖子ファンの50代女性) 聖子と沙也加さんは、母娘の確執でも注目を集めた。沙也加さんが舞台『ダンガンロンパ THE STAGE〜希望の学園と絶望の高校生〜』で共演した俳優・村田充と2017年に結婚した際は(2019年に離婚)、沙也加さんが聖子の事務所から独立し、聖子も娘の結婚式に出席しなかったことが「母娘の断絶」と取りざたされた。 しかし、聖子にとって沙也加さんが愛する娘だったことに間違いはない。1997年にリリースした『私だけの天使〜Angel〜』では、沙也加さんへの愛情を込めて自ら作詞を担当した。「天使」「宝物」「生きがい」と娘への愛情を歌う同楽曲のシングルのジャケットには、母娘で繋いだ手の写真があしらわれていた。 確執と和解を繰り返し、近年はメディアでお互いについて語る機会もなかったが、聖子の胸には彼女なりの娘に対する愛情が常にあったのだろう。沙也加さんの想いも背負って、これからも聖子は歌い続ける──。
2022.03.07 20:00
NEWSポストセブン
神田沙也加さん“2人のママ”松田聖子と大地真央の距離感 交錯する配慮
神田沙也加さん“2人のママ”松田聖子と大地真央の距離感 交錯する配慮
《愛するもう一人のイライザへ 大千穐楽までやり遂げることができたよ 見守ってくれてありがとう》。昨年11月14日から始まったミュージカル『マイ・フェア・レディ』が1月28日、大千秋楽を迎えた。公演後、冒頭のメッセージをインスタグラムに投稿したのは、主役のイライザを務めあげた朝夏まなと(37才)だ。そして“もう一人のイライザ”とは、W主演を務めていた神田沙也加さん(享年35)。 まもなく彼女の四十九日を迎える──沙也加さんがイライザ役をやり遂げられなかったことを誰よりも深く悲しんでいる人がいる。彼女が“第二のママ”と慕っていた大地真央(65才)だ。「『マイ・フェア・レディ』のイライザは、大地さんが長く務めてきた大役で、それを沙也加さんが受け継いだ。宝塚出身ではない女優さんが抜擢されるのは38年ぶりで、大地さんはそんな沙也加さんを本当に誇りに思っていました。 大地さんが沙也加さんにとって“ママ”であったのと同様に、大地さんにとっても沙也加さんは娘同然の存在だったから、大地さんは沙也加さんの突然の死に、言葉も出ないほど動揺し、『どうして、なぜ……』と憔悴していました」(芸能関係者) 沙也加さんの死の4日後、大地がインスタグラムに投稿したのは、11月の東京公演でのツーショット。沙也加さんの目線がカメラに向けられる一方で、大地はそんな彼女を温かく見つめ、沙也加さんの細い腕に手をかけている。添えられたのは、「さや やすらかに……Love」という短いメッセージだった。「沙也加さんは、13才のときに大地さんと知り合い、舞台を欠かさず見るほどのファンになった。大地さんは、沙也加さんが心身の不調を抱え、2005年に芸能活動を休止したときも、近くで励まし続けてきたんです」(前出・芸能関係者) 2006年、沙也加さんは「SAYAKA」あらため本名の「神田沙也加」として芸能界復帰。復帰作となった舞台『紫式部ものがたり』は大地が主演を務めていた。沙也加さんは2007年のブログに大地のことをこう記している。《7年前、まだ固く硬く閉じていたサヤの感情と感受性の壁を、真央ママは一瞬で粉々に破りました。(中略)ママに直面した時のサヤは、なぜかもう意思と関係なく、泣いて笑う。(中略)ママのお話はその他にもちゃんと言葉にしたい出来事や、暖かいことが今までいっぱいです》 さらに、2007年、大地とインテリアデザイナー・森田恭通氏の結婚披露パーティーに招かれた沙也加さんは、壇上で「私は真央さんのことをママと呼んできました。これからもママとしてよろしくお願いします」とスピーチし、その後は、森田氏のこともパパと呼んで慕ってきた。第二のママとの仲を深める一方で、実の母である松田聖子(59才)とは、衝突と仲直りを繰り返し、ここ7年ほどは疎遠な状態が続いていた。「2017年に沙也加さんが俳優の村田充さんと結婚したとき、披露パーティーに大地さんは出席しましたが、聖子さんの姿はありませんでした」(前出・芸能関係者) 聖子と大地は面識がないわけではない。もともと沙也加さんと大地が知り合ったのは、大地が聖子のディナーショーを見に行ったことがきっかけだった。「沙也加さんと大地さんの距離が近づくにつれて、聖子さんと大地さんは疎遠になっていきました。沙也加さんと大地さんは一時毎日のように電話していましたから。それは本当の母娘のようでした。 でも、今回のことに関しては、実の母である聖子さんへの遠慮があるのだと思います。大地さんは、沙也加さんの訃報を聞き、すぐにでも沙也加さんに会いに行きたかったようですが……遺骨は聖子さんのもとにありますからね。 追悼コメントを出さずに、インスタグラムのメッセージにとどめているのも、聖子さんへの配慮があってのこと。きちんと送り出したい気持ちとご家族への配慮が交錯していると思います。 ただ、大地さんにとっても“娘”を失った寂しい気持ちは消えるばかりか、大きくなる一方。四十九日にはせめて何らかの供養をしたいと思っているようです。そのタイミングで聖子さんサイドともコンタクトをとる予定ではないでしょうか」(大地の知人) 聖子と大地。2人の“ママ”に、沙也加さんはいま、天国からどんなメッセージを送っているのだろうか。※女性セブン2022年2月17・24日号【相談窓口】「日本いのちの電話」ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)「日本いのちの電話連盟」https://www.inochinodenwa.org/
2022.02.04 16:00
女性セブン
神田沙也加さん
神田沙也加さん 未発表音源で夢見ていた聖子との関係修復の未来?
 神田沙也加さん(享年35)が天国に旅立ってから1か月あまり。彼女のSNSには、別れを惜しむファンのコメントがいまだに寄せられている。《前を向かなければいけないんだろうけど、、、あの歌声が忘れられないし、毎日聴いてます》《透き通る歌声と笑顔忘れません……》 沙也加さんの歌声を収めたアルバムを多くの人が買い求め、在庫切れになるCDショップもあるという。もうこの世にいない彼女の姿を、過去の歌声を頼りに思い浮かべるしかないファンたち。そんななか、芸能関係者の間で発売が期待されている、未発表の音源が存在する。「『アスノヨゾラ哨戒班』という一曲です。昨年5月に発売されたアルバム『MUSICALOID #38 Act.3』に収録される予定でしたが、調整がつかず見送りに。レコーディングも済んでいて、軽やかで涼しげな歌声が披露されています。彼女が亡くなってしまったいま、“幻の音源”になっています」(芸能関係者) 沙也加さんは、2018年から「ボーカロイド」のカバーアルバムを3作リリースしている。ボーカロイドとは、人間の声をモデルに作られた“機械の歌声”のこと。多くの音楽制作者が、作詞作曲した楽曲をボーカロイドに歌わせ、YouTubeなどの動画共有サービスを中心に発表している。アニメやコミックとの親和性が高く、特に若者世代に人気のジャンル。声優になることを夢見ていた沙也加さんだからこそ実現したものだ。「沙也加さんがカバーした原曲も、もともとはYouTubeで人気に火がつきました。その曲が収録予定だったアルバムのラインナップは、ファン投票に加え、沙也加さん本人の選曲で決定しました。当然この曲も入る予定だったのですが……」(前出・芸能関係者) 軽快なメロディーながら、歌詞には葛藤と苦悩が浮かぶ。そのメッセージ性に、「沙也加さんの境遇が重なる」とは音楽関係者だ。神田正輝(71才)と松田聖子(59才)の間に生まれた沙也加さんには、好奇の視線がついてまわった。「聖子さんの離婚、再婚もあって転校を繰り返し、周囲と普通の友人関係も築けない。どんなにもがき苦しんでも、自力では宿命から逃れられない沙也加さんの気持ちを代弁しているように思えてなりません」(前出・音楽関係者) かつては密接な関係から「一卵性母娘」と呼ばれたが、後年、沙也加さんと聖子の間には深い溝ができ、母娘関係は修復不可能なほどだった。沙也加さん自身、父である神田とは連絡をとっていたが、聖子との疎遠な関係は7年以上にわたっていた。だが、それは沙也加さんが本心から望んだ母娘関係だったのだろうか。『アスノ~』には、最終盤に興味深い言葉が紡がれる。「障壁にぶつかりながらも、前向きに明日へ歩み出そうとするのがその曲のメッセージです。長らく芸能界に身を置いて、沙也加さん自身、聖子さんの偉大さに気づいていたはず。もしかしたら、聖子さんとの関係を修復した未来を夢見ていたのかもしれません」(前出・音楽関係者) 遺された幻の音源を、耳にすることはできないのか。『アスノ~』の発売の可能性についてレコード会社に聞くと「音源の有無やリリースについては、お答えできません」という返答だった。ファンの声は届くか。【相談窓口】「日本いのちの電話」ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)「日本いのちの電話連盟」https://www.inochinodenwa.org/※女性セブン2022年2月10日号
2022.01.27 07:00
女性セブン
前山剛久
神田沙也加さんと交際俳優の元恋人 誹謗中傷で憔悴、仕事もいくつか失う
 ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の公演のため、北海道札幌市内のホテルに宿泊していた神田沙也加さん(享年35)が変わり果てた姿で見つかったのは、昨年12月18日のことだった。沙也加さんは昼公演に出演する予定だったが、入り時間までに会場に現れず、マネジャーが警察に通報。ホテル内を捜し回り、14階の非常用屋外スペースに倒れているのが見つかり、搬送先で死亡が確認された。 沙也加さんが転落したホテルの部屋には、2通の遺書が残されていた。1通は事務所関係者宛て、そしてもう1通が、交際していた俳優・前山剛久宛ての遺書だった。 沙也加さんと前山は、昨年のミュージカル『王家の紋章』での共演を機に、10月から交際を開始。沙也加にとっては、結婚を視野にいれた本気の交際だったが、交際開始からほどなくして、前山に元恋人・A子さんの影がチラつくようになる。 前山は、昨年夏頃まで年下のグラビアアイドル・A子さんと交際していた。一度は別れたものの、沙也加との交際中も再びLINEを送るなど、連絡を取っており、それに気づいた沙也加さんが激怒。何度も話し合いが繰り返されたが、沙也加さんは、そのたびに開き直った前山さんに罵声を浴びせられていたという。 沙也加さんに対する前山の言動が報じられると、ネット上は敏感にこれに反応。前山が連絡を取っていたA子さんが特定され、LINEの履歴などが流出する事態にまで発展した。「沙也加は生前、前山さんとの会話の録音や、LINEなどを何人か信頼できる人に託していました。それがどういうわけか流出してしまい、A子さんの素性まで特定されてしまったんです」(沙也加さんの知人) これにショックを受けたのが、A子さんだ。彼女の知人は困惑したようにA子さんの立場を代弁する。「そもそも、A子は昨年夏、一方的に前山さんにフラれたんです。しかも、当時2人は同棲していたので、突然追い出される形だったんですよ。それなのに、前山さんが再びA子に連絡をしていると聞いたときは、驚きましたね。もちろん、A子は沙也加さんとは面識はありません」(A子さんの知人) だが、ネット上ではA子さんに対する誹謗中傷まで飛び交っており、A子さんもまた、憔悴しているという。「A子は前山さんから連絡が来ても復縁するつもりなど一切ないし、怪しまれるような関係ではまったくなかった。かといって、完全に無視するのもおかしいから適当なやりとりをしていただけなんですよ。ある意味A子も被害者といえる立場なのに、今回の騒動によっていくつか仕事も失ってしまったそうです」(前出・A子さんの知人)【相談窓口】「日本いのちの電話」ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)「日本いのちの電話連盟」https://www.inochinodenwa.org/※女性セブン2022年2月3日号
2022.01.22 11:00
女性セブン
前山剛久
神田沙也加さんと交際、憔悴の前山剛久 母親が泊まり込みで面倒見る
 1月14日、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の大阪公演の千秋楽。当初、イライザ、ヒギンズ、フレディの3役は、ダブルキャストで上演されていたが、12月25日以降、朝夏まなと(37才)、別所哲也(56才)、寺西拓人(27才)の「チームA」だけで全公演を務め上げた。もう1つの「チームK」のメンバーは、寺脇康文(59才)、前山剛久(30才)、そして神田沙也加さん(享年35)だった。 沙也加さんが転落したホテルの部屋には、2通の遺書が残されていた。1通は事務所関係者宛て、そしてもう1通が、交際していた俳優・前山剛久宛ての遺書だった。「沙也加と前山さんは、昨年のミュージカル『王家の紋章』での共演を機に、10月から交際を開始。沙也加にとっては、結婚を視野にいれた本気の交際でした」(沙也加さんの知人) しかし、交際開始からほどなくして、前山に元恋人・A子さんの影がチラつくようになる。「前山さんは、昨年夏頃まで年下のグラビアアイドル・A子さんと交際していました。一度は別れたものの、沙也加との交際中も再びLINEを送ったりして連絡を取っていたようなんです。それに気づいた沙也加は激怒。何度も話し合いを繰り返しましたが、そのたびに開き直った前山さんに、罵声を浴びせられていたそうです」(前出・沙也加さんの知人) それでも、沙也加さんには「私にはこの人しかいない」という強い思いがあったのだろう。あるいは、「結婚すれば変わってくれるかもしれない」という一縷の望みが、彼女を支えていたのかもしれない。「沙也加から将来を見据えて同棲を提案し、前山さんも同意。ふたりで住むマンションの契約も済ませ、あとは引っ越すのみの段階だったんです」(前出・沙也加さんの知人) しかし12月中旬、前山が突然、同棲を白紙にしたいと言い出し、ふたりの関係は悪化。折しも『マイ・フェア・レディ』の全国公演中であり、ふたりは、終日顔を合わせていた。 沙也加さんの死後、前山が彼女に浴びせた罵声の「録音データ」の存在を『週刊文春』が報道。その後、前山は『マイ・フェア・レディ』を降板しただけでなく、すべての活動を休止した。「事故の直後、前山さんは札幌まで駆け付けた事務所スタッフとともに帰京。憔悴しきっており、ひとりにはさせられない状況だそうです。その後はずっとお母さんが泊まり込みで面倒を見ている状態です」(芸能関係者) 母である松田聖子(59才)は、冷たくなった愛娘と対面して以来、憔悴しきっており、出演予定だった『NHK紅白歌合戦』も辞退。しばらくは仕事関係者と話すことすら難しい状態だったが、「娘が亡くなって1か月が経ち、“このままではいけない”と、少しずつ打ち合わせなどを始めている」(聖子の知人)という。【相談窓口】「日本いのちの電話」ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)「日本いのちの電話連盟」https://www.inochinodenwa.org/※女性セブン2022年2月3日号
2022.01.21 16:00
女性セブン

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