谷沢健一一覧

【谷沢健一】に関するニュースを集めたページです。

習志野市を走る若き谷沢健一氏(提供/谷沢氏)
谷沢健一氏が語る56年前の聖火リレー 最後の1kmは全速力
 2020年東京五輪には約1万人の聖火リレー走者が参加するが、1964年東京五輪では五輪史上最多の10万人が聖火リレー走者となった。高校生の時に聖火リレーを走った、野球解説者の谷沢健一氏が、当時の思い出を語る。【走った区間:10月7日 千葉県習志野市 幕張~谷津区間】 習志野高校2年の時、国道14号を約3キロ走りました。 実は本番1週間前に校庭で練習したんです。同じ高校から20人ほど伴走者が選ばれていて、足並みを揃えるために、トーチの代わりにバットを持って校庭を走りました。左利きなのに、トーチを右手で持てと言われたのがきつかった。 本番では伴走者とペースを合わせてゆっくり走っていたんだけど、途中で乗用車が並走してきて、窓から校長が「谷沢ぁ! もっと早く走れぇ!」って叫ぶわけ。それから残り1キロ余りは全速力。そのせいで伴走者の列も乱れてしまって。 後で聞いたら、炎と煙を綺麗にたなびかせるために速く走らせたかったと。僕はそんな理由とは知らず「はい!」なんて威勢よく応えてね(笑い)。●やざわ・けんいち/1947年生まれ、千葉県出身。野球解説者。中日ドラゴンズの強打の左打者として1974年と1982年のリーグ優勝に貢献。2000本安打達成。※週刊ポスト2020年4月3日号
2020.03.27 16:00
週刊ポスト
愛弟子が大役を果たした
恩師・金田正一さんに捧げた 村田兆治氏の「弔辞」独占掲載
 史上唯一の400勝投手にして、本誌・週刊ポストの「誌上総監督」だった金田正一氏が、86歳で亡くなった。その葬儀・告別式で弔辞を読み上げたのは、週刊ポスト記事で“指名”を受けていた愛弟子だった──。 台風19号が東日本を直撃した10月12日に営まれた金田氏の通夜には、近親者に加え、週刊ポスト記者を含む友人・関係者20人ほどが参列。翌日の葬儀・告別式には、張本勲氏、堀内恒夫氏、谷沢健一氏、桑田真澄氏ら約200人が姿を見せた。ソフトバンク球団会長を務める王貞治氏は、同日にCSの西武戦があったため、早朝にお別れに訪れた。 そうしたなかで弔辞を読んだのが、ロッテ時代の教え子の村田兆治氏だった。この人選は、週刊ポスト特集〈葬式ではあの人に弔辞を読んでほしい〉(2018年5月4・11日号)で、金田氏が“指名”していたものだ。◆お前、いいピッチャーになるぞ 記事のなかで金田氏は、V9巨人の“同僚”であるON(王貞治、長嶋茂雄)よりも、〈監督時代にすべてをぶつけた村田兆治だよ。ワシのもとで兆治のマサカリ投法が完成し、日本一にもなった〉と語っていた。 取材時、金田氏は“兆治が弔辞。面白い!”と笑いながら話していたが、喪主を務めた長男・賢一氏は、「故人の遺志」として村田氏に依頼したという。 葬儀・告別式の直前には、「ポストのおかげでマウンドに上がるより緊張しているよ」と苦笑いしていた村田氏だが、原稿は用意せず、祭壇の遺影を見つめながら、別れの言葉を切り出した。「私が座右の銘にしている“人生先発完投”。それを実践できているのは、金田さんに育ててもらったからです。人は誰でも人生という大切なマウンドに立っています。簡単に降板するわけにはいかない。それができるのも、プロ2年目の指宿(いぶすき)キャンプのブルペンで、雲の上の上の金田正一さんから“お前、いいピッチャーになるぞ”という言葉をいただいたから。背中を押されました。金田さんの眼力で私の人生が変わった」 そして、「その金田さんが1年ほど前の記事で“(弔辞を読む時は)風邪引いてこいよ”と書かれていた」と続けた。前述の本誌記事で金田氏は、歌手・春日八郎氏(1991年没)の葬儀で弔辞を読んだ経験を振り返り、〈たまたま風邪を引いていて、途中で鼻をすすったら、有名な作曲家の先生たちが“あの金田が泣いてるぞ”と揃って感動してくれた〉〈兆治がワシの葬式に合わせて、風邪を引いてくれればいいんじゃが〉と結んでいた。村田氏の言葉は、それを受けてのものだ。「でも、今日は泣かない。泣かずに、“マサカリ投法”を完成できたことへの感謝を伝えます。私も文句をたくさん言いましたが、体の柔軟性、自己管理、睡眠など、節制することを金田さんが自分でやってみせて説明してくれた。そうして先発完投できるように成長させていただきました」 師弟として苦楽を共にしたエピソードへ続く。「勝てない時期にこんなこともありました。川崎球場で、4回3分の2という、あと1人で勝利投手の権利となるところで、マウンドにやってきた金田さんが交代しろという。私が、“(続投して)負けたらカネはいらない”と抵抗したら、金田さんは、“勝手にしろ”と投げさせてくれた。それで抑えて勝ち投手になると、金田さんは私を抱きしめながら、“あの後で投げた1球1球、それが一球入魂ということだ。覚えておけ”と。改めて、大切なことを教えてもらいました」 野球界のために尽力した金田氏の功績へと話は移る。「イベントを立ち上げ、小さな子供を抱き上げ、野球を通して育てていく。記録だけでなく、いろんなことを残してくれました。それを次の世代に伝えることが恩返しだと思っています。 金田さんが400勝しています。(実弟の)留広さんや(おいの)金石(昭人)さんも含めて金田一族で600勝。これを1000勝にしてもらいたい。一族に遺志を継げる野球少年がいるなら、私が金田さんから受けた教えを、愛情を持って伝えたいと思っています」 そして、こう結んだ。「金田さん、私はすぐにはそちらに参りません。でもそのうち行くことになると思います。その時は“兆治来たか”と迎えてください」◆口は悪いが、嘘はつかない 葬儀の後、改めて村田氏に胸中を聞いた。生前の“指名”については、「急なことで風邪も引けなかったね」と苦笑しながら、「光栄なことですよ」と続ける。「金田さんは、口は悪いが嘘をつかない。怒鳴るけど、フォローを忘れない。だから信用できる人だった。その金田さんから理解されていたと思うと嬉しかった。でも、こんなに早く別れがやってくるとはね……」 離島での少年野球教室がライフワークの村田氏は、「野球を通じた人材育成をやってきたのが金田さん。それを引き継いでいくつもりです」と語った。“カネやん”の志は、脈々と受け継がれていく。●写真提供/カネダ企画※週刊ポスト2019年11月1日号
2019.10.22 11:00
週刊ポスト
今年のセ・リーグのペナントを手にするのはどのチームか(時事通信フォト)
古巣に甘い? 評論家75人のセ・リーグ順位予想を解析【前編】
 3月29日、プロ野球が開幕した。はたして今年はどんなシーズンになるのか。毎年、シーズン前に評論家たちが順位予想をしているが、彼らの予想が当たる当たらないは置いておいて、評論家たちの出身球団によってどんな予想の“傾向”が見られるのだろうか。 データ分析家の岡野誠氏が、スポーツ新聞6紙(東京版)とフジテレビCS『プロ野球ニュース』の評論家75人のセ・リーグ順位予想を徹底解析する。(前編)【*1敬称略 *2 評論家名後のカッコ内は現役時代の最長実働球団 *3 スポーツ紙と『プロ野球ニュース』の2つに出演した評論家で順位を入れ替えている場合は最新の日付を優先】 * * * まず、評論家75人による平均予想順位を見てみよう(小数点第3位以下を四捨五入)。【セ・リーグ各球団の平均予想順位】巨人:1.79位広島:1.83位DeNA:3.64位ヤクルト:3.77位阪神:4.51位中日:5.47位 巨人がわずかに広島を抑えてトップに。第2グループをDeNAとヤクルトが形成し、阪神、中日という昨年の下位チームの前評判は低い。 優勝予想に絞ってみると、以下のようになる。【セ・リーグ各球団の優勝予想人数】巨人:38人(50.7%)広島:26人(34.7%)DeNA:6人(8.0%)阪神:3人(4.0%)ヤクルト:2人(2.7%)中日:0人(0%) 半数以上の評論家が昨年3位の巨人を優勝候補に挙げ、3連覇中の広島を引き離した。巨人を推す声には、丸佳浩などの大型補強を理由にする意見が目立った。〈巨人は「これで勝てなかったら…」というぐらい戦力を整えた〉(高木豊、3月26日付・スポーツ報知)〈巨人にとって、広島から丸が抜けたことだけでもプラス材料。その丸を獲得し、4番・岡本の成長もあって得点力は確実にアップしている〉(野村弘樹、3月28日付・サンケイスポーツ) 一方、広島の4連覇を予想する理由としては“丸の穴は他の選手が埋める”という意見が多く見受けられた。〈昨季序盤も丸が故障で離脱したが、代役の野間が活躍した。チーム内で競争できているためで、今年も丸の穴を埋められるはず〉(福本豊、3月26日付・スポーツ報知)〈丸が抜けたといっても、昨年丸がいなかった5月も調子を落とすことなく、1位を独走した。次を狙う選手もハイレベルでそろう〉(里崎智也、3月27日付・日刊スポーツ) この2チームが優勝予想の85.4%を占める中、有藤通世(ロッテ)と柴原洋(ソフトバンク)の2人は昨年2位のヤクルトを挙げた。 有藤は〈若手が伸び盛りでオープン戦から「最後まで諦めない」との雰囲気が出ていた〉〈攻撃力はリーグ屈指〉〈昨季パを制した西武のように、強力打線が投手陣をカバーする形で白星を積み重ねられるか〉(3月27日付・スポ―ツニッポン)と評している。 昨年4位に終わったものの、一昨年日本シリーズに進出したDeNAを推す評論家は平松政次(大洋)、真中満(ヤクルト)、谷沢健一、立浪和義、今中慎二、川上憲伸(以上、中日)の6人。 真中は〈投手陣の駒の多さと安定感、層の厚さ〉〈昨季本塁打王のソト、宮崎、筒香、ロペスと続く打線も、かなりの得点力が期待できる〉(3月28日付・サンケイスポーツ)と投打のバランスの良さを指摘した。(後編に続く)●文/岡野誠:ライター・データ分析家・芸能研究家。研究分野は田原俊彦、松木安太郎、生島ヒロシ、プロ野球選手名鑑など。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料の緻密な読解を通して、田原俊彦という生き方を描いた著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)が話題。 
2019.04.02 16:01
NEWSポストセブン
村田兆治氏「投げられないときはいつも山道を40km走った」
村田兆治氏「投げられないときはいつも山道を40km走った」
 日本球界12年ぶりの白星を挙げ、すでに3勝をマークした中日の松坂大輔(成績は6月13日現在)。松坂は2011年にトミー・ジョン手術(※フランク・ジョーブ医師によって1974年に考案された肘の側副靭帯を再建する手術。初めてこの手術を受けた投手にちなんで名付けられた)を受けた。同じ手術を1983年に受けたのが“マサカリ投法”で215勝を挙げた元ロッテ・村田兆治(68)だ。「松坂がどれだけ見えない努力をしてきたか、私にはよくわかります。術後はスポンジを握るだけでも指がむくんだ。投げられないときはいつも山道を40キロ走った。また先発完投して勝てるようにならなければと必死だった」 復帰後、村田は6年間で59勝。41歳まで投げ続けた。1985年4月14日の西武戦で1073日ぶりの勝利を挙げたとき、普段は無愛想な同僚・落合博満が、くしゃくしゃの笑顔で走り寄ってきたという。「試合後もアイシングのためトレーナーが遅くまで残ってくれるなど、スタッフに支えられた。松坂も感謝を忘れないこと。野球ができているのは、ソフトバンクとファンのおかげなんですから。復活というにはまだ早い。オールスターでは9連続三振を目指してほしいね」(村田氏) 打者の復活劇も記憶に残る。村田のライバル、元南海の門田博光(70)は1979年のキャンプでアキレス腱を断裂してシーズンを棒に振った。しかし翌1980年に41本塁打を放って復活した。1981、1983年には本塁打王を獲得。1988年には44本塁打、125打点で二冠に輝き「不惑の大砲」と呼ばれた。「“ホームランを打てば全力で走らなくていい”と自分を鼓舞しましたね。引退まですべての生活をリハビリに費やした。電車通勤で足を鍛え、朝から足を風呂で温めた。地味な努力の積み重ねです」(門田氏) 元中日の谷沢健一(70)はプロ9年目の1978年頃、持病のアキレス腱痛が悪化。選手生命が危ぶまれたが、1980年に打率3割6分9厘で2度目の首位打者に輝いた。※週刊ポスト2018年6月29日号
2018.06.20 07:00
週刊ポスト
東大150キロ左腕・宮台康平を指名するプロ球団の「皮算用」
東大150キロ左腕・宮台康平を指名するプロ球団の「皮算用」
 10月26日のドラフト会議で、史上6人目の「東大卒プロ野球選手」誕生が現実味を帯びてきた。東京六大学野球の秋季リーグ戦で、東大に15年ぶりとなる勝ち点をもたらした立役者であるエース左腕・宮台康平(4年)だ。東大野球部の特別コーチを務める中日OB・谷沢健一氏は、宮台の素質を高く評価する。「過去に東大からプロ入りした選手では、新治伸治さん(1965~1968年、大洋)が通算9勝をあげましたが、それを上回るパフォーマンスができるはず。右打者の内角に最速150kmのストレートを投げ込めるし、チェンジアップもいい。研究熱心な努力家です」 すでに阪神、横浜、ヤクルト、ソフトバンク、西武などが東大の試合、練習を視察に訪れている。 心配なのは本当に「戦力」になるかだ。奇しくも、宮台がプロ志望届を出す2日前、2014年にドラフト2位でロッテ入りした京大卒の田中英祐(25)が戦力外通告を受けている。「入団当初は『京大君』としてマスコミの注目を集めましたが、1年目の4月の一軍デビュー戦で3回KOされるなど、結果を残せず二軍暮らしのまま戦力外に。実力より話題先行で獲得が決まった面もあったのでしょう」(アマ野球担当記者)“高偏差値選手”を獲得する球団の考えについて、ヤクルトの元スカウト・片岡宏雄氏はこう解説する。「東大や京大に入るには高校時代の受験勉強が欠かせず、プロでやるには基礎体力が劣りがち。私もスカウト時代に、東大の遠藤良平(1999年に日本ハムが7位指名)に注目したが、やはりプロのレベルにないと判断して指名を見送った(遠藤は2001年に現役引退)。ただ、過去の東大卒プロ選手5人のうち4人が引退後に職員やコーチ、幹部として球団の仕事をしていることからもわかるように、球団は地頭の良さも買って指名する。引退後は指導者やフロント陣として“戦力”にしたいという思惑があるのです」 では、宮台も“幹部候補生”として指名されるのか。片岡氏がいう。「宮台の野球スタイルはいい意味で東大らしくない。思い切りがよく度胸もある。今までの東大卒選手にはいないタイプだけに“前例”を超える成績をプロでも残すことができるのでは」 昨年までは“公務員試験を受けてエリート官僚になる”とも噂された宮台だが、すでにプロ志望届を提出。さて赤門からの“就職先”はどの球団か。※週刊ポスト2017年10月27日号
2017.10.18 07:00
週刊ポスト
CS版「プロ野球ニュース」Pが語るネット時代ならではの工夫
CS版「プロ野球ニュース」Pが語るネット時代ならではの工夫
 地上波での放送開始から41年、『プロ野球ニュース』は現在、CS放送・フジテレビONEで60分間、ほぼプロ野球だけを今も伝え続けている。CSは2001年にスタート、17年目を迎える。試合当日に生放送。全試合をどこよりも詳しく分析し、勝敗は最後まで伝えない。その番組コンセプトは同じだが、地上波時代と比べて制作現場は大きく様変わりしている。 かつては全球場に中継スタッフと解説者、アナウンサーを派遣。その後、フジテレビや地方局のスタジオから解説者とアナウンサーの掛け合いで放送するスタイルだった。現在は局の制作部に6台並んだテレビ画面に映る試合映像を見た後で、解説する形となっている。 スタッフは総勢15人。試合が始まると6台並んだテレビ画面方向に視線が集まる。評論家と担当するアナウンサーが並んで座り、試合のポイントを確認しながらの観戦。編集箇所を絞り込んでいく。本番直前に行なわれる最終確認では、編集作業が終わったVTRを見ながら解説陣が担当アナに解説。もちろん台本はない。 スタジオには固定カメラが4台あるだけ。展開に合わせて遠隔操作で切り替える。VTRの時間は決まっているが、予定時間をオーバーすることも頻繁にある。生放送ならではの緊張感だ。地上波時代からの名物コーナーの「今日のホームラン」では、アシスタントの稲村亜美がバットを振って紹介する。「地上波と比べて番組予算が違いますからね。でも今まで築きあげてきたノウハウと解説陣を生かしながら、CSのサイズで放送しています」(吉田博章プロデューサー) 6試合のうち注目カードをセ・パ各1試合選び、『ズームアップゲーム』として集中解説。勝敗を分けたシーンを“熱視線”として解説者がさらに細かく分析する。これは、ネットなどで全試合が完全中継されている今の時代に合ったものだという。「ネット社会の現在、放送の時点ではニュースなどですでに勝敗がわかっていることが多い。ただ文字では見ているが映像では見ていない。そこでポイントとなるプレーを中心に、映像を使って詳しく解説する。ワンプレーの大きさがプロ野球の醍醐味だということが視聴者に伝わればいいと思います」(吉田氏) 現在は平松政次氏、谷沢健一氏、大矢明彦氏らが交代でMCを務めるほか、関根潤三氏、江本孟紀氏、田尾安志氏、齊藤明雄氏らを含めた総勢16名の解説陣2人が日替わりで登板。アシスタントとして稲村やフジテレビの女子アナが出演する。※週刊ポスト2017年8月11日号
2017.08.01 07:00
週刊ポスト
イチローの“育ての親”「8番、9番打ったら4割だったかも」
イチローの“育ての親”「8番、9番打ったら4割だったかも」
 日本ハムの近藤健介の打率は5月17日終了時点で4割3分1厘。史上初の「4割バッター」の誕生なるか──名選手たちに話を聞きながら、そのカギを探った。 1980年、ヤクルトの若松勉とともに4割に迫る勢いで熾烈な首位打者争いを演じ、2度目のタイトルを獲得した谷沢健一氏(打率3割6分9厘)が語る。 「梅雨の乗り切り方が大事だと思います。バットに湿り気が出るから交換に気を配るし、体調管理も大変。私もアキレス腱の故障から復起したシーズンだったので特に梅雨がきつかった。反対にピッチャーがへばってくるのが夏場です。夏に固め打ちをして稼がないと打率は上がってきませんよ。あの年は私が上げたのではなく3割8分~3割9分で突っ走っていた若松が夏に故障して打率が落ちてきたから私が逆転できたんです」 日本ハムの本拠地・札幌に梅雨はなく、球場もドーム(屋内)だ。これは大きな追い風か。 ただし、これから近藤が好打率を維持するようであれば、メディアの注目が集まるようになり、プレッシャーにつながる。元阪神打撃コーチ・竹之内雅史氏は、かつてランディ・バースが4割に限りなく近づけた(1986年に3割8分9厘=日本歴代最高記録)背景に、「打率単体ではそれほど注目されていなかった」ことを挙げる。「3割5分0厘打った1985年は、王貞治さんの本塁打55本を抜くかどうかばかり注目されていたし、歴代最高打率を記録した1986年は2年連続三冠王を達成できるかで騒がれていたと記憶している」 ホームランバッターではない近藤は、バース以上の注目のなかでの“バース超え”を狙う必要があるのだ。◆スランプを短くする方法 メジャーに移籍する前年の2000年、イチローは79試合目に4割に到達したが、最終的には3割8分7厘に終わった。イチローとともに振り子打法を生み出し、“イチローの育ての親”と呼ばれる元オリックス二軍打撃コーチの河村健一郎氏はこういう。「野球は100打席で40安打は打てても、200打席で80安打を打つのが難しい。1番、2番を打つバッターは、安打数は増えるが、それだけ『打数』も増える。シーズン後半になると疲れも出るし、相手投手が警戒して研究してくる。イチローのような打撃センスも足もある選手でも、4割を維持することはできなかった。 もし勝利を度外視して4割を狙わせるなら、8番、9番を打たせていますね。ヒットを打ったらベンチに下げて休ませる。そうすれば4割をキープできたかもしれない。しかし、やはりチームが勝つことが最優先されるのが野球です。監督としてもイチローのような打者を下位に置けないし、ファンも黙っていないですからね」 それは今季の近藤にしても同様だろう。では「4割」の偉業を達成するためにはどうしたらいいか。河村氏は「スランプ」対策が重要だと強調する。「イチローはシーズンを通じてスランプがなかった。好調なときほどたくさん練習するイチローは、好調なときをよく覚えているんです。悪いところを忘れて、良いところだけを思い出していた。近藤も良い素質を持っているんだから、そうしてスランプをできるだけ短くしていければいい」 今の時期の手応えをどれだけ覚えていられるかということだ。5月に入って下降気味だった近藤の打率は中旬以降、再び上昇。ロッテと西武でプレーし、通算2081安打を放った山崎裕之氏は「長いスランプには陥りにくいタイプ」と評す。 チャンスは大いにある。夢破れた先人たちも期待している。※週刊ポスト2017年6月2日号
2017.05.23 07:00
週刊ポスト
東大エース145キロ左腕「十分プロで通用する」と谷沢健一氏
東大エース145キロ左腕「十分プロで通用する」と谷沢健一氏
 4月18日、東京六大学春季リーグで東大が12年ぶりに明大をサヨナラ勝ちで破り、大きな話題を呼んだ。振り返れば4月9日の開幕戦で、東大は早大に敗れて黒星スタートとなったが、いつもなら「今季もダメか」と諦めムードが漂うところでも、なぜか東大側の応援席は元気いっぱいだった。「3年生のエース、宮台康平投手の存在が非常に大きい。初戦は不運なヒットで9回2死からサヨナラ負けしたものの、それまで早大打線を0点に抑え、東大では戦後最多となる13三振を奪いました。記録更新は実に70年ぶりです。だから今の東大には“今季はいける”という雰囲気が漲っている」(アマ野球担当記者) 宮台投手は神奈川県屈指の進学校である県立湘南高校出身で、高校3年の春には強豪校揃いの神奈川県大会でチームをベスト8に導いた。2014年春に東大に現役合格し、1年生の秋から六大学野球のマウンドに上がった。「1年秋に痛めた肩の影響もあり、スタミナ不足が課題で、昨年は6回、100球前後で交代させるなど気を遣いながらの登板だった。昨年秋には右足裏を疲労骨折して戦線を離脱。しかし完治後はキャンプにも参加せず、都内で徹底的に走り込んだ。今では肩も完治し、走り込みの成果でスタミナ不足もかなり克服している」(前出・記者) 東大に負けると大騒ぎされ、この上ない「不名誉」を喫することになる他チームは、宮台投手に戦々恐々としているという。「他大学は宮台が投げる試合にはエース級をぶつけるようにしているが、エースが投げても今季は負けてしまうかもしれない」(六大学野球関係者) 宮台投手の魅力は、左腕から繰り出す145キロの速球に加え、緩急をつけた頭脳的なピッチングができることで、プロのスカウトも注目しているという。2010年から東大の特別コーチを務めている元中日の谷沢健一氏の話。「宮台は入学当初から本格的ないいピッチャーだった。東大生は講義優先で、練習不足からスタミナ不足になるのは仕方がないが、それでも宮台は着実にスタミナをつけて、120球は投げられるようになった。今季は期待できると思う。もともと素質は十分。左腕という強みもあるし、十分プロで通用すると思う。実際、スカウトにも高く評価されていますよ」 昨年春、リーグワーストの連敗記録94のストップに貢献したのも宮台投手だった。18年続く最下位からの脱出も夢ではない!?※週刊ポスト2016年4月29日号
2016.04.22 16:00
週刊ポスト
東大野球部 桑田氏薫陶や塾講師監督の選手集めで好勝負連発
東大野球部 桑田氏薫陶や塾講師監督の選手集めで好勝負連発
 他に野球エリートが数多く集まる東京六大学野球のなかで、「最弱」といわれ続けた東大野球部が好勝負を連発して神宮球場を沸かせている。今年5月には連敗を「94」で止め、、9月19日に行なわれた対法大1回戦は5-2で勝利したのだ。東大野球部の特別コーチを2010年秋から務める元中日ドラゴンズの谷沢健一氏は、東大野球部の成長に目を細めてこう語る。「全体練習は午前8時から昼まで。午後は個人練習です。僕は午後を中心に見ていますが、この個人練習の密度が濃くなりました。真っ暗になるまでティー打撃をしたり、野手がお互いにノックをしあったり。 午後になって僕が行くと、これから講義に出るので3時からの練習でバッティングピッチャーをやってもらえますか、などといった“予約”が入る。ちょっとだけ覗いていくつもりが、暗くなるまで帰れないことが多いんですよ(笑い)」 日本一の頭脳を誇る東大生が相手だけに、何事も論理立てての説明が必要。まずは納得させないといけない。ただ闇雲な練習にはついてこないという。「ただ、基本を理解させて練習の意味に納得すれば、素振りだろうがノックだろうが、何千回でも受け入れる。頭で分かっていることが体に浸透するまでには時間がかかってしまいましたが、今はスイングも鋭く、打球も強くなりましたね」(谷沢氏) 投手陣に関しては、2年間特別コーチに招いた桑田真澄氏の薫陶も寄与している。桑田氏の指導で、投手たちがピッチングの組み立てを意識し、相手に打ち込まれなくなったのが大きいという。 東京六大学の黎明期、東大には伝説の投手が存在した。1927年春の立大戦でノーヒット・ノーラン(東大では唯一)を達成した東武雄投手である。 東の卒業後は一気に弱体化。1933年から1938年には連続10シーズン最下位となり、戦後は1950年から14シーズン連続と「万年最下位」の道を歩むようになった。途中、法大・江川卓に初めて土をつけたり、1981年には史上初めて早大と慶大から勝ち点をマークして“赤門旋風”といわれた時期もあったが、他の私大が推薦枠などで有望な選手を集めるようになった80年代後半以降は力の差が歴然となっていき、1987年秋から1990年秋までにはなんと 1 勝100敗の記録まで樹立。その後も低空飛行が続く。「これではいけないと、東大OBで、現在の浜田一志監督が2012年の就任以来、独自の選手集めをしてきました。塾講師の経歴を生かして東大志望の選手を対象に勉強を指導、夏には合宿も行なって入試合格者を増やしてきたんです。その成果がようやく表われ始めている」(スポーツ紙アマチュア担当記者) 東大野球部の寮は『一誠寮』という。寮には看板が掲げられているが、よく見ると誠の字の最後の一画「ノ」が欠けている。これは初代野球部部長の長與又郎氏が書き損じたものだったが、優勝したら書き加えようということになったといわれている。「誠」の字が完成するその日は近いのか。OBならずとも興味は高まる。※週刊ポスト2015年11月6日号
2015.10.29 11:00
週刊ポスト
東大野球部の好勝負連発支える2人の投手と谷沢健一氏の指導
東大野球部の好勝負連発支える2人の投手と谷沢健一氏の指導
 東京六大学野球のお荷物として語られることの多かった東大に異変が起きている。「野球エリート」ばかり集まる他の5大学に一歩も退かず、好勝負を連発しているのだ。東大野球部に何が起きているのか。  惨敗に次ぐ惨敗で黒星を積み上げていた頃がウソのようだ。今年5月に連敗記録を94で止めて以来、東大は神宮球場を沸かせ続けている。 9月19日に行なわれた対法大1回戦は5-2で勝利。東大は2点を追う3回に3点を奪って逆転、4回には先発した宮台康平(2年)が2死二、三塁から自らタイムリーを放って突き放し、宮台、柴田叡宙(2年)の継投で5回以降を1安打に抑えて快勝した。「翌20日は連勝を目指したのですが、4点を取りながら逆転負けを喫し、決勝の3回戦では10-1で大敗。13年ぶりとなる勝ち点獲得は惜しくも逃しました。しかし、東大は着実に力をつけてきていると見られています」(スポーツ紙アマチュア担当記者) 東大といえば「万年最下位」のイメージが強い。1925(大正14)年の六大学リーグ創設以来のメンバーながら、優勝回数は未だゼロ。最下位を抜け出したのは1997年秋が最後で、現在は36シーズン連続最下位のワースト記録を更新中だ。 そこから這い上がろうとしているいまの東大を支えているのは、東京六大学秋季リーグの投手部門で防御率トップ(0.86。10月22日現在)に立つ宮台と、3年生の右のエース・山本俊の両輪だ。「宮台は140キロ台のストレートを投げる左腕で、チェンジアップを織り交ぜ、シンカーを決め球にした投球をする。このシンカーの制球力が素晴らしい。神奈川県屈指の進学校・湘南のエースで、3年の春には県大会で8強入りした実績もあります。スタミナに不安があるため連投はできず、100球をめどに降板するのですが、これが奏功して相手もなかなか攻略できていない。防御率の良さもそんな理由があるからでしょう。 一方の山本は東大史上最速の150キロを投げる本格右腕。コントロールは良くないが、速さだけなら文句なしに六大学でもトップクラスです」(同前) 投手力だけではない。2010年秋から特別コーチに就任した、元中日の中心打者・谷沢健一氏の指導もあって、打線も繋がり始めている。「2012年春から2014年秋までチームとして5季にわたって本塁打が出ないなど、以前は弱い打球しか飛ばせなかったので、相手は内野も外野も前進守備で構えていた。ところが最近は4番・楠田創(2年)や、春・秋ともに本塁打を放った山田大成(2年)を筆頭に強い打球を飛ばせるようになった。これが相手の守備を定位置に戻した。そのためポテンヒットが出たりしてチャンスが広がるようになっています」(同前) 今年の強さを生んだ背景には、“ケガの功名”ともいえる事件もあった。8月、東大野球部は北海道室蘭市で夏合宿を行なったのだが、その際、苫小牧沖で起こったカーフェリー火災に遭遇する。合宿で使用するために運んでいたバット100本やボール600個、ユニフォームなどは船内に残されたままとなり、仕方なく、地元社会人チームから用具を借りての合宿になってしまった。「用具が足りないため実戦形式の練習は限られ、野手も投手も涼しい北海道を走りこむ時間が増えた。これが結果的に足腰の強化や、スタミナ増強に繋がり、チーム力を底上げしたといわれています」(同前)※週刊ポスト2015年11月6日号
2015.10.27 11:00
週刊ポスト
中日・小笠原 代打6打数連続安打記録した「不惑の復活劇」
中日・小笠原 代打6打数連続安打記録した「不惑の復活劇」
 統一球が導入された2011年から不振に陥り、昨年オフに巨人から追い出される格好でフリーエージェント(FA)宣言をし、中日に移籍した小笠原道大(40)。今季、代打の切り札としてチームに欠かせない存在になっている。スポーツライターが話す。「正直、復活は厳しいと思われていました。3年前、37歳という引退を考えても何らおかしくない年齢からスランプになった。かつて、その状態から40歳で復活を遂げた選手はほとんどいません。普通の選手であれば引退を選択するし、実際、巨人からは戦力外通告に近い形でのFA宣言となった。 それでも、日本ハム時代、現役をともにした落合博満GMに請われて移籍。やはり、球界随一といわれる落合GMの眼力は、衰えていませんでしたね」 前半戦終了時で、代打率3割5分3厘と高い数字を残し、7月1日のDeNA戦からは代打で6打数連続安打を放ち、1986年・谷沢健一、2000年・種田仁の球団記録に並んだ。「プロ野球の歴史の流れを考えても、この成績は価値があります。昔は先発完投が当たり前の時代。『代打の切り札』と呼ばれる選手は、先発が疲れてきた終盤の7~9回頃に登場していた。それが今では先発投手は100球程度で交代し、その後はセットアッパーやクローザーが登場する。しかも、150キロを悠々と投げてくる投手も少なくない。 それでも、『代打の切り札』の役割は、昔と変わっていません。終盤の試合を決める場面に登場し、結果が求められるわけです。要するに、昔以上に『代打の切り札』は厳しい状況になっている。 そのなかで、小笠原は結果を出している。7月1日からの6打数連続安打も、内容が素晴らしい。DeNA・三上朋也、巨人・マシソンというクローザーや、広島・前田健太という球界を代表するエースからもヒットを放っているし、9回に先頭打者として同点の口火を切るヒット、7回に逆転2点タイムリーと、その質も一級品です」 時とともに変貌を遂げるプロ野球界において、これまた昔では考えられない40歳になっての復活劇。不惑のバットマンは、まだまだ魅せる。
2014.07.25 11:00
NEWSポストセブン
団塊世代が監督で大成せぬ理由 藤田平と谷沢健一による分析
団塊世代が監督で大成せぬ理由 藤田平と谷沢健一による分析
 団塊世代の球界OBには錚々たる面子が名を連ねる。山本浩二氏、田淵幸一氏、星野仙一氏、鈴木啓示氏、堀内恒夫氏、山田久志氏、有藤道世氏、福本豊氏、江夏豊氏……など何人でも名前が挙がる。団塊は野球の名選手を輩出したが、監督として大成した人物は少なく、江本孟紀氏なども含め、「指導者より解説者向き」といわれる。 それに対して、阪神タイガース生え抜きの打者では唯一の名球会メンバー(2064本安打)で、同球団の監督時代は厳しい指導ぶりで「鬼平監督」と呼ばれた藤田平氏(1947年生まれ)の言い分はこうだ。「僕らの世代は選手時代に頑張ってきた人たちばっかりやから、自信に裏付けられた信念がある。若い選手たちも自分がやってきたようにやればできると考えている。あまり練習しない選手がいたら、せっかく両親から立派な体をもらい、素晴らしい素質があるのに、もったいないと思うことがたくさんあった。だから強引でも自分の思うように選手を指導せんと気が済まんのですわ。 選手の中にはスパルタに反発する者もいたけど、従ってくれる者は多かった。しかし、上が辛抱できへんかった。戦前生まれで企業のトップになっている球団オーナーは、スポーツ経験がないからなんぼいうても僕らがやろうとしていることが理解できない。こっちにすれば、指導を頑張りすぎて嫌われるんだからたまらんわな」 中日ドラゴンズのスラッガーで元西武打撃コーチの谷沢健一氏(1947年生まれ)はこういう。「野球に限らず、時代の足りない点を自分自身で補うことしかできなかった世代。同期はアクの強さから誤解されている人も多いけど、真剣に取り組んだ人が生き残ったんじゃないかな。個々の能力は高いし気力体力も充実している。 ただし、現役時代に脚光を浴びた者も人生設計の描き方が苦手だった。指導者となっても組織の中でむやみに頭を下げることを潔しとしなかったり、言葉足らずで誤解を生んだり、正直さが仇となって裏切られたり、直情型の失敗が多いのが特徴かもしれない。話術にたけてメディアで成功している者も“毒舌家”というキャラを要求されがちだけどね(苦笑)」※週刊ポスト2014年4月25日号
2014.04.19 16:00
週刊ポスト
2013年重大ニュース【スポーツ】金田正一名球会退会スクープ
2013年重大ニュース【スポーツ】金田正一名球会退会スクープ
 2013年も『NEWSポストセブン』では多くの記事を紹介し続けてきた。その中から編集部が、ネットでの反響の大きかった記事を中心に、ジャンル別に2013年の「重大ニュース」を厳選。ここでは【スポーツ】編ベスト10を紹介しよう。 巷の重大ニュースとは、ひと味違う話題記事が満載だ。トップ3の記事については、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が解説する。(以下「」内は中川氏のコメント)●2013年重大ニュース【スポーツ】編1~3位【1位】■金田正一氏、谷沢健一氏、堀内恒夫氏が名球会を退会していた(8月)https://www.news-postseven.com/archives/20130817_206282.html「これはスクープです。名球会も、川上哲治氏を入れないために『昭和生まれ』に限定した説が存在するなど、様々なドロドロがあるわけですよ。そんな中の金田氏、谷沢氏、堀内氏の脱会ですが、ここにも妙な派閥とかがあるんでしょうね。いや、我の強い名選手同士がそう簡単に親睦ばっかりしてられっか、エッ! といった老人の反骨心がこの3人の離反には見て取れ、日本の老人、まだまだ捨てたもんじゃねぇな、とオレは妙に感心したぞ」【2位】■松木安太郎氏が「ループシュート」を擬音で表現した深い理由(6月)https://www.news-postseven.com/archives/20130611_193084.html「『NEWSポストセブン』にはなぜか松木安太郎氏関連の記事がたくさんあります。それは、我がサイトには“松木追っかけ記者”とも言えそうな名物記者がおりまして……。松木氏のことだったら極力把握するよう普段から努力をしているそうです。で、松木氏、朝の情報番組で、本田圭佑選手がACミランに行ったことについては『野球で言えば読売ジャイアンツに行くようなもの』、レストランだったら『日本の街の小さな食堂のシェフがイタリアの有名レストランに行くようなもの』と表現していました。それに羽鳥慎一アナは『分かりやすい』と感心していたのが微笑ましかったです」【3位】■山本浩二 選手を「お主」と呼び「時代劇にする必要なし」の声(3月)https://www.news-postseven.com/archives/20130312_175938.html「山本浩二氏といえば、この記事にも見られるように、どこかおとぼけオッサンのように感じられるかもしれませんが、選手時代はすごかったんだぞ! 初代ファミスタでは『カーズ』の4番打者だったのです。あと、一時期は球界最高年俸の時代もあったので、若い野球ファンの皆様におかれましては、今の山本氏だけですべての評価にしないで欲しいものです」●以下、4~10位【4位】■元阪神・下柳剛 家庭菜園でゴーヤが全部枯れショック受ける(10月)https://www.news-postseven.com/archives/20131020_222461.html【5位】■安藤美姫の母親 ソチ目指すこと条件に南里の子供出産を許可(7月)https://www.news-postseven.com/archives/20130704_198135.html【6位】■試合中の高木守道・前監督に谷繁「監督、寝ないでください」(11月)https://www.news-postseven.com/archives/20131103_224457.html【7位】■古閑美保 ダルビッシュ有が契約する高級マンションに居住中(6月)https://www.news-postseven.com/archives/20130606_192529.html【8位】■浅田舞 キム・ヨナ最高得点を批判しスケート連盟に叱られる(1月)https://www.news-postseven.com/archives/20130123_167339.html【9位】■韓国WBC敗退で「台湾の料理が塩辛い」他ナイス負け惜しみ集(3月)https://www.news-postseven.com/archives/20130311_175890.html【10位】■巨人・澤村 合コンでプロテイン話連発「チョーつまんない」(4月)https://www.news-postseven.com/archives/20130423_184111.html
2013.12.25 16:00
NEWSポストセブン
金田正一氏、谷沢健一氏、堀内恒夫氏が名球会を退会していた
金田正一氏、谷沢健一氏、堀内恒夫氏が名球会を退会していた
 昭和生まれで、投手なら200勝か250セーブ、野手なら2000本安打を記録した選手が入会できる「日本プロ野球名球会」(以下、名球会)。まさに球史に燦然と輝く成績を残した者のみに与えられる最高の栄誉である。しかしこの名球会の会員名簿から、3人の名前が忽然と消えていた。いったい、何が──。 名球会を退会した3人とは、“ミスター・ドラゴンズ”谷沢健一氏、V9時代の巨人のエース・堀内恒夫氏、そして400勝投手であり名球会創設者の金田正一氏。いずれも名球会発足初期からのメンバーである。なぜ、その名前が名簿から抹消されているのか。  理由について名球会事務局に訊ねたが、「確かにこの3人は退会していますが、理由は当会としてはわかりません」と答えた。  ならば、本人たちに聞かねばなるまい。しかし彼らの返答も、今ひとつ要領を得ないものだった。まずは谷沢氏の弁。 「退会の理由はいえません。でもボクは今でも名球会の会員ですよ。カネさんも堀内君もそうだと思うが、今も会員として自覚ある行動をしているつもりです」  堀内氏は、夫人を通じて「退会しました」と答えるのみ。先日、参院議員へ繰り上げ当選を果たした同氏。政界への挑戦が退会の原因かとも思われたのだが、ある会員は「政治家転身は関係ないはずだ」と否定する。  創設者の金田氏も「退会などしておらん」という主張を繰り返した。 「名球会はワシが作った会なんだから、退会なんてありえない。今の名球会は、ワシが作って育て上げたものを横取りした別の組織だ。本当の名球会は自分でちゃんと守っていますよ」  退会しているのに、まだ名球会員だと言い張る往年のスター選手たち……。どうにも話が見えてこないが、この背景を理解するためには、名球会の歴史を振り返っておく必要がある。 名球会は1978年7月、金田氏の音頭で創設された。将来の野球の底辺拡大に寄与すること、利益を社会還元することなどを設立理念に掲げたが、一方で選手同士の互助会的な役割も備えていた。「OBたちで引退後の生活を助け合うために、金田さんが立ち上げた親睦団体という側面もある。会員の冠婚葬祭時には、規定額を包むのが慣わしとなっていた」(古参の会員) 1981年には税務上の理由から「日本プロ野球名球会」を商号とする「株式会社」となる。王貞治氏、長嶋茂雄氏、金田氏のONKが取締役となり、株を会員に分与。会員が株主となって運営されてきた。 転機が訪れたのは2009年だ。金田会長が会を私物化しているのではないかという疑惑が噴出し、その解任要求を議題とした株主総会の招集が請求される「クーデター」が起きたのである。「名球会は長らく金田氏の個人事務所と同じ住所で登記され、経理もほとんど同じスタッフが処理していた。毎年開かれる総会で会計報告はあるものの、毎回10分程度でシャンシャン閉会となり、不透明な部分が多かった。質問をしようものならカネやんに“文句があるならオレの事務所へ来い”と一喝され、誰も発言できる空気ではない。会員の不信感は高まっていった」(球界関係者) 紆余曲折を経て、結局は金田氏が役員の辞表を提出。その後、名球会は2010年に一般社団法人として現組織を設立(王貞治・理事長、柴田勲・副理事長)、株式会社の方は2011年2月の株主総会をもって解散した。 金田氏、谷沢氏、堀内氏の3人は、この“新”名球会側の動きに反対を示し退会。自分たちこそが、「本流」であると主張しているというわけだ。 退会時にも一悶着あったという。複数の会員らの証言をまとめると、以下のような状況だった。 社団法人化にあたり、各OBには会員になるかどうかの書類が送られてきた。金田氏はそもそも社団法人化に反対していたため、もちろん拒否。「ワシを泥棒扱いしたヤツらには従わない」と怒り心頭だったという。 谷沢氏は新体制側に疑問を持っており、「帳簿などおかしな面が多い。もう一度、名球会そのものを作り直すべきだ」と全会員に意見書を送る行動に出た。新体制側は谷沢氏の説得を試みたが、決裂。退会を余儀なくされた。 堀内氏は、一旦は書類を提出して会員になったが、その後退会。詳細は不明だが、執行部との間に確執があったとされる。 谷沢・堀内両氏は金田氏に近しいことで知られ、3人の離脱を金田派・反金田派の「喧嘩別れ」と見る向きもある。※週刊ポスト2013年8月30日号
2013.08.17 07:00
週刊ポスト
東大野球部が本気モード コーチには谷沢健一と桑田真澄招聘
東大野球部が本気モード コーチには谷沢健一と桑田真澄招聘
 東大野球部は目下、どん底にある。2010年秋に早大に土をつけて以降勝利はなく、リーグ戦は46連敗中。30季(15年)連続で最下位を独走する。そんなチームに、「遥かなる一勝」をもたらすべく招聘されたのが同部OBで、都内で学習塾を経営する浜田一志氏(48)だ。浜田氏による「東大野球部再生計画」を、ジャーナリストの森健氏がリポートする。(文中敬称略) * * * もとより浜田の東大野球部に対する熱意は尋常ならざるものがあった。スカウトでは、毎年百人前後の選手に目をつけ、毎月現地に足を運び、数人の生徒を入部へ結びつけた。 また、老朽化した野球場の人工芝を張り替える計画にも参画すると、OB会のコネクションを活かして募金活動を展開。7500万円の目標を上回る1億円を集め、人工芝はもちろん、マウンドの盛土まで神宮球場と同じ環境に整備した。 そして、監督就任後は元西武の今久留主成幸、さらに今年一月には元巨人の桑田真澄が相次いで特別コーチに就任(今久留主と桑田はPL学園時代のバッテリー)。前任監督の時代からの谷沢健一も打撃コーチにおり、技術指導は豪華極まりない布陣となった。要は「本気で勝ちに来ている」のが一貫した浜田の姿勢だった。事実そんな周囲の期待に応えるように、早くも浜田の指導は部員の士気高揚に一役買っている。 東大野球部の練習は週6日、朝9時から12時の3時間が基本である。浜田が監督就任以降、冬場だけ週5日になったが、この冬だけでも変化があったという。その象徴が練習開始時の掛け声だ。朝9時、全員で次の言葉を大声で唱和することから練習が始まるようになった。「人として東大野球部員であることを肝に銘ぜよ! チームとして闘う集団であれ! 今日の練習は『限界突破プラスファイブ』! 夢は優勝!」 限界突破プラスファイブのファイブとは、春季に1勝、秋季に4勝の計5勝。あるいは、選手によっては太もも回りを5センチ太くするという複合的な「プラス5」の目標だという。 この掛け声でずいぶん気合いが入るようになったと1年生の白砂謙介も言う。「形としても、言葉としても、『よし、練習するんだ』とやる気が出る。以前は漫然とはじめていたので、今は練習にメリハリがつくようになりました」 練習が開始されると、浜田はグラウンドを回り、一人ひとりの個性に合ったアドバイスをする。ただし、グラウンドに留まらないのが浜田流だ。採り入れたのは日々の練習とは別に月1回行う選手との個別面談である。グラウンドを離れて時間もあるため、技術指導のみならず、個人的な話も語れる。「監督との壁がなくなった」(籔マネージャー)と選手は感じ、その効果によって選手は生き生きと練習するようになった。 あたかも企業がトップ交代で再生するときのようなマネジメント効果。そんな意識改革を、浜田は生み出しているようだった。※週刊ポスト2013年2月8日号
2013.02.03 07:00
週刊ポスト

トピックス

ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
女性セブン
SNSでも話題の「佐賀大学お嬢様部」に直撃
佐賀大学“お嬢様部”の活動実態を直撃取材!「お嬢様の定義をお教えしますわ」
週刊ポスト
1980年、田中派の総会で挨拶をする田中角栄(写真/共同通信社)
鉄の結束を誇った田中角栄軍団、「みんな田中ファン」指導力に心酔した議員や秘書たち
週刊ポスト
今は「芸人部署」に所属している久代萌美アナ
久代萌美、亀井京子アナも 女子アナ獲得の吉本、テレ東のエースアナにも注目
NEWSポストセブン
公務に邁進されている(6月、東京・港区)
佳子さま「公務に積極的」になられた背景に「皇籍離脱」「結婚」か
女性セブン
亜希
亜希 陰から見守る元夫・清原和博と息子達との「父子鷹」
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
披露宴での志摩ノ海と元関脇・逆鉾の長女・清香さん(時事通信フォト)
故・逆鉾の長女が結婚で後継者確定も名門・井筒部屋再興への“高いハードル”
週刊ポスト
クルマ、ギター、アート、スケートボードにもこだわる
長瀬智也、英国のバイク誌に登場 悠々自適な暮らしに「所ジョージ化している」の声
女性セブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の〈16歳飲酒〉〈お風呂入り〉告発に、花街関係者も衝撃「未成年飲酒には厳しく対応しているはず」
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
不祥事を理由に落選したはずなのに、比例で復活されては…(左は塚田一郎氏、右は中川郁子氏/写真=共同通信社)
「不倫路チュー」「USBは穴に…」失言・不祥事で落選しても比例復活するゾンビ議員たち
週刊ポスト