美川憲一一覧

【美川憲一】に関するニュースを集めたページです。

2009年まで19年連続出場していた美川憲一
美川憲一が語る紅白落選 豪華衣装は「普通に粗大ゴミで捨てたわ」
 大晦日恒例のNHK紅白歌合戦。初登場歌手にサプライズ枠、トリを務める大物歌手にスポットが当たる一方、多くの歌手が「落選」という挫折を味わってきた。連続出場歌手が見てきた紅白の栄光と影。26回出場した美川憲一(75)が語る。 * * * 紅白歌合戦に出て“一人前の歌手”になったら──その次も出続けなければいけないというプレッシャーと、出続けることはできるのだろうかという不安をずっと抱えることになるんです。 1965年に歌手デビューして1968年に紅白初出場。当時は歌謡界に毎年新人が参入してくるにもかかわらず、紅白出場を果たして一度でも落選したらもう次はないと言われた時代でした。だから7回連続出場して落選した時は、腹を括りました。 年の瀬が近づくにつれ、なんとなく雰囲気でわかるものです。NHKから連絡がくるメーカーさん(レコード会社)やマネージャーの顔色を見てるとね。出場歌手の発表に先立って私が落選の連絡を受けたのは、図らずも地方でNHKの『のど自慢』に出ていざ歌うというタイミングよ。察しはついていたから、マネージャーから電話で「紅白、落選です」と聞かされて、「あっそ」と一言だけね。 その後、1975年から1990年まで紅白からは離れましたけど、正直言って仕事がなかったわけでもないし、お金もあったのよ。ヒット曲が出て紅白に出てからはお月謝も150万円くらいに上がっていたし、温泉宿の1か月のステージで600万円いただいちゃうような時代でしたからね。斜陽の人と思われたくないから、ロールスロイスに乗ってオートクチュールの衣装に身を包んでいた。いつか紅白の舞台に舞い戻るチャンスはないものかとうかがっていたの。 そんななかで1988年の私の誕生日パーティーに、ものまねのコロッケを呼んで「私をやんなさいよ」って言ったの。それで1989年のお正月のものまね番組にコロッケと出演しないかと声がかかった。「これに乗っかってやるわ」と思ったわ。 1990年にはCMまできて、一気におネエキャラみたいなのが確立した。それで1991年に紅白から再びお呼びがかかったんだから嬉しかったわよ。「普通の歌手として出たい」なんてこだわりを言っている場合じゃなかった。とにかく世間様が見たい姿をお見せして歌を歌うのが紅白だと思っていたから、これは大いに盛り上げてやろうと思ったわ。 そこから2009年まで19年連続出場。毎年「来年はないわぁ」と思いながらもね。でも私は「勇退」だとか「卒業」だとかは言いたくなくて、あくまで「落選」がよかったの。最後まで出られるかどうかの挑戦をして、ダメならダメでいいじゃないっていう考えだからね。 2010年に、NHKの紅白制作の部長が1人でうちの事務所にアポを取って、私の時間まで押さえて、「これまで色々とやっていただけたんですが、今年の出場はありません」と伝えられた時には、「これまでありがとうね」ってお話をしました。 紅白の衣装や舞台設営費用は基本的にアーティスト側で払うんです。毎年、あんな莫大なお金をかけてやってもいられないし、さっちゃん(小林幸子)と豪華バトルみたいになっていたのも潮時っていうのもあったからね。先日、ある取材で「紅白の衣装は全部処分した」って言っちゃったけど、一つだけ朱雀の衣装はラスベガスのショーで着たわ。あとの紅白の衣装は普通に粗大ゴミで捨てたわ。フリマやオークションもしません(笑)。 私は、過去は振り返らないし、惜しみもしないし、ましてや売ってお金になんかしないわよ。※週刊ポスト2022年1月1・7日号
2021.12.27 11:00
週刊ポスト
美川憲一ほか紅白「落選歌手」が「あの人だけは出してよ!」
美川憲一ほか紅白「落選歌手」が「あの人だけは出してよ!」
 年末恒例のNHK「紅白歌合戦」には、その華やかな舞台の裏で、大物歌手の出演・落選の悲喜が交錯する。今年は五木ひろしが落選したことが話題になったが、これまでも多くのアーティストが栄光のステージを静かに去った。「週刊ポスト」(12月20日発売号)では、そうした落選歌手たちの「私はこうして乗り越えた」証言を集めているが、一方で、“落選の先輩”たちは、「あの人には出続けてもらいたい」というエールも送っていた。 26回出場の記録を持つ美川憲一は、デビュー4年目の1968年に初出場を果たすが、1975年から1990年まで空白期間があった。1991年にカムバックを果たし、そこから19年連続出場して、小林幸子との豪華衣装対決などで番組を盛り上げたが、2010年に落選して今日に至る。「週刊ポスト」では、名物となっていた衣装バトルも「潮時になっていた」と淡々と振り返ったが、むしろその後の“盟友”の落選には未練があるとも語っていた。「2016年にアッコ(和田アキ子)が落選したじゃない? あれは残念だった。だって39回よ。なんで40回まで出してあげないのよ。そういう配慮はないのかしらと思いました。私に今後、紅白の可能性があるかどうかはわからないけど、番組はどんどん若年化しちゃってるじゃない。これには少し物申したいところはあるの。やっぱり紅白はすべての年齢層の人たちが楽しめる番組なの。いっそ、その年のヒット曲を集めるというのはやめにして、前半は若手、後半は昭和のヒット曲を振り返る番組にしたらいいんじゃないかしら」 和田は落選当時、紅組最多出場記録を更新していた。それだけに、節目の40回目を前に落選したことは物議を醸し、和田自身、「毎日泣いた」「今回は観たくない」とショックを隠し切れなかった。紅白あわせた最多出場記録は1位が北島三郎の51回、2位が五木ひろしの50回だが、いずれも「大台」を達成してから舞台を去っている。この二人が紅白を卒業したことを残念がるのは、自身も20回出場している鳥羽一郎だ。「私にとって紅白は、子供の頃に北島三郎さんの歌を聴いて胸を打たれ、歌への強烈な憧れそのものでした。しかし、まさか自分がその歌い手を目指せるとは思っておらず、中学を卒業して漁師になって、夢は夢として心にそっと持ち続けていました。だから、高校を卒業した弟(山川豊)が上京して歌手デビューを目指していると聞いた時には、その夢がなにか現実味を帯びたようで居ても立っても居られず、船を下りて後を追って上京したんです。デビューは豊が1年早かったけど、紅白出場は私のほうが先だった。ただただうれしかったですよ。 今年は五木さんが出なくなったことがショックだったね。がっかりしましたよ。北島さんも若い世代に譲ると言って出なくなったけど、やっぱりあの二人は出ないとダメだよ。北島さんの歌で舞う紙吹雪なんてさ、年末に見る桜吹雪のようだよね。個人的には、若い者に譲るとか勇退とか言わず、何歳でも目指すべき大舞台だと思っています」 その北島の弟子である山本譲二も14回出場しており、その間、何度も落選、復活を繰り返している。大物の落選をどう見ていたのだろうか。「紅白が変わってしまったとか、そういうことを言うつもりはありません。時代の流れというのはあるでしょう。でも、演歌は日本の歌ですから、もう少し増やしてほしいなという気持ちはあります。田舎のおばあちゃん、おじいちゃんたちが、“これは誰かいね?”と言うことがあまりないように。僕は北島のお師匠さんに出会えて31歳の時に『みちのくひとり旅』がヒットして紅白に出られたわけですが、18歳で故郷を出て13年かかりましたからね。故郷に錦を飾れる、紅白はそんな舞台なんですよ」「国民的番組」という言葉が過去のものになりつつあるなか、NHKがなんとか視聴率を取ろうと四苦八苦していることは間違いないだろう。国民の誰もが納得するラインナップなどあるはずがない。変わりゆく紅白そのものが、時代に取り残されまいと、もがいているのかもしれない。前出・美川は、美川らしい視点で紅白の“時代遅れ”も指摘していた。「もう紅白なんて色で分けるのも変なのよ。私もかつては“紅組なんじゃないの?”とか言われたこともあったけど、もう紅や白だけじゃなくて、いろんな色の人たちが出てきてるんだからね(笑)」 鋭い指摘だ。何年かしたら、「レインボー歌合戦」になっているかもしれない。
2021.12.25 07:00
NEWSポストセブン
デヴィ夫人 度重なる失言騒動でもテレビに出演し続ける理由
デヴィ夫人 度重なる失言騒動でもテレビに出演し続ける理由
 デヴィ夫人の言葉には力があるということなのだろう。自らの恋愛観を語った著書『選ばれる女におなりなさい』(講談社)は15万部を超える大ヒット。一方、人を斬る力も強く、数多くの舌禍事件を起こしてきた。テレビに好かれる“諸刃の舌”の生き残り方とは。 歯に衣着せぬ発言は、デヴィ夫人(80才)の代名詞。テレビでもブログでも、その舌鋒の鋭さは衰えをしらない。が、時には、それが行きすぎることも。「(女性が)不妊になるのは堕胎が原因です」「9割9分は堕胎です」 そんな発言が飛び出したのは10月24日放送の『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ)でのこと。生放送中の出来事で、共演者が取りなそうとしても、デヴィ夫人は発言を撤回しようとはしなかった。「“数字に誤りがあったようなので謝らせていただきます”とは言ったものの、実際には局アナがお詫びをして尻ぬぐいをしていました」(テレビ局関係者) デヴィ夫人の説は当然、事実無根なのだが、SNSでも引き続き持論を展開したため、瞬く間に炎上。デヴィ夫人が《中絶せざるをえなかった方々等を心ならずも傷つけてしまったり、不快な思いをさせてしまったことは残念であり大変申し訳なく思っております》と謝意を表明したのは放送から4日経った28日のことだった。鎮火が遅きに失したことで、出演予定だった茨城県でのPRイベントは、ひっそりと中止に追い込まれていた。「デヴィ夫人以外にも多くの芸能人が出演することになっていたから関係者にも影響が出てしまっています。イベント当日の中止決定となり、大打撃ですよ。ご本人もルーツが茨城県にあるため、ショックを受けていたようですが、身から出たさびです」(イベント関係者) 周りを巻き込む大事になってしまったが、デヴィ夫人の“舌禍事件”はいまに始まったことではない。「ちょっと思い出すだけでも、マリアンさんや、川崎麻世さんと結婚していた頃のカイヤさんとやりあっていましたよね」(芸能関係者) 別の芸能関係者は、そのほかのトラブルもよく記憶している。「古くは40年近く前、パリの高級ナイトクラブで男性に声をかけ、その連れの女性にたしなめられて平手打ちをして出入禁止に。故・野村沙知代さんを『毒婦以下』と罵って訴えられたかと思えば、比較的最近では、ある番組で内村光良さんに“あなた、略奪婚なんでしょ?”と言って周囲を凍りつかせたこともありました。もっともこの番組は収録だったため、この発言はカットされましたがね……」 デヴィ夫人の矛先は、一般人に向くことも多かった。「番組収録中に、共演した一般女性をやはり平手打ちにしたこともありました。ブログでは、いじめを苦にしての自殺事件に触れて、その加害者側の母親として別人の写真を誤って掲載したこともあります」(前出・芸能関係者) 広告代理店関係者も、奔放なデヴィ夫人に手を焼いた過去があるという。「コンビニの新商品発表会でそのコンビニに“行ったこともないし、聞いたこともなかった”と言い放ったのです。たとえ本当のことだとしても、クライアントの前では絶対に言ってはならない、失言中の大失言です。メディア関係者は爆笑していましたが、冷や汗が止まりませんでした」デヴィ夫人はテレビ的な人 しかし、今回の「堕胎失言」騒動。センシティブな話題だけに多くの人を傷つけたから笑いごとでは済まされない。テレビ局側も自衛策を打ち出しているようだ。「今回の事態を受け、局内には“デヴィ夫人をキャスティングしたい場合は上長に確認をすること”という通達が回りました。しかし、“決してキャスティングがNGというわけではない”とも併記してありました。つまり、あくまでも注意喚起なんです。これからもデヴィ夫人はキャスティングされ続けると思いますよ」(前出・テレビ局関係者) なぜなのか。その理由を別のテレビ局関係者がこう解き明かす。「デヴィ夫人はとにかくテレビ的な人なんです。歯に衣着せぬ発言がウケることもよくわかっている。サービス精神が旺盛で、マスコミ対応も悪くないし、普通ならNGと言われそうな企画も、OKしてくれる。それでいて、やはり“元大統領夫人”という圧倒的な肩書はあらがえない魅力です。 その肩書が、丁寧な口調と相まって発言に重みを与えているのです。だからこそ、言説が過激でもそれが大きな批判には発展しづらい。こうした特性を持つ人はごく限られており、女性ではデヴィ夫人、男性では橋下徹元大阪市長といったところです」 トラブルメーカーだとしても、使いやすいからオファーが途切れない。テレビマンの倫理観が問われかねないが、そもそもなぜ、一国の大統領に嫁ぎ、海外の社交界で生きた女性が長い間、日本のテレビにひっぱりだこなのか。「実は、私がバラエティーの世界に誘ったのよ」 そう言って笑みを浮かべるのは美川憲一(74才)だ。「1990年代の後半のことね。芸能人が一般人の人生相談をする番組の人気が出始めたときで、“デヴィ夫人が適任よ!”って思ったの。それでニューヨークにいる夫人に電話してお誘いしたのよ。最初は躊躇していたけど、“あなたならどこに入っても負けないわよ!”って私が言ってね。当初はギャラ交渉もプロデューサーへの挨拶も私が段取りしたの」 美川のその予感は見事に的中。デヴィ夫人の刃物のような言説に、視聴者は釘付けになり、あれよあれよという間に、ワイドショーやバラエティー番組の常連となり、CMにも登用されるようになった。デヴィ夫人にとって美川は〝恩人〟といえるかもしれない。「夫人はちゃんと自分のカラーがわかっていて“何か話さないといけない”というリップサービスもできる人。でも、怒りの感情とかは全部リアルね。収録で“うるさい、ババア!”って言われて、返す刀で本気でキレている夫人をよく目の当たりにしていましたもの」(美川) そんなデヴィ夫人を今後も起用し続けるというテレビ局関係者も、デヴィ夫人の感情面には手を焼いているようだ。「彼女に問題があるとしたら、感情の起伏がかなり激しいこと。普段は関係者への対応も丁寧なんですが、少しでもプライドを傷つけられるようなことを言われると、カッとなって手が出たり、しまいには訴訟を起こすと言ってきかなくなる。まるで、人が変わったかのようなんです。今回の失言も生放送でしたが、私も、生放送で起用するのはちょっと怖いですね(笑い)」 時に奔放に、時に周囲の求めているキャラクターを演じながら芸能界に長く残り続けるデヴィ夫人。彼女が画面から消えることはない、と断言するのは、この世界にデヴィ夫人を招き入れた美川だ。「これからも夫人はしぶとく生きるわよー。テレビから消えるなんてないわよ。いまの時代に、あのしぶとさは大事なの。夫人の代わりなんてほかに誰もいないわ」 今回の失言騒動で反省しすぎたデヴィ夫人になると、テレビでの需要が……というのは杞憂のようである。※女性セブン2020年11月19日号
2020.11.09 07:00
女性セブン
(共同通信社)
抗体検査 今すぐ意味を見いだせなくても長期的には力を発揮
 厚生労働省は、6月から東京都、大阪府、宮城県で計1万人程度を対象とした大規模な新型コロナウイルスの「抗体検査」を実施すると表明した。沖縄県でも、県が独自に6000人を対象に抗体検査を行うことが決まっており、すでに対象者の割り振りが始まっている。 人間の体にウイルスなどの病原体が侵入すると、免疫反応として抗体が作られる。抗体には、再び病原体が体内に入った時に病原体を攻撃し感染を防ぐ「中和抗体」と、感染を防ぐわけではない抗体とが存在している。麻疹やおたふく風邪な度の抗体は「中和抗体」だが、HIVやC型肝炎ウイルスの抗体は「中和抗体」ではない。新型コロナウイルスの抗体が「中和抗体」であるか否かは、まだ不明だ。 新型コロナウイルス抗体検査について、米国国立研究機関博士研究員の峰宗太郎さんは「急ぐ必要はない」と言う。「新型コロナの抗体が再感染や重症化をさせない『中和抗体』であると証明されない限り、正直、抗体検査はあまり意味がありません。感染の有無を知ることで安心できるという人もいるかもしれませんが、現状では、その結果をどう役立てられるのか、答えが出ていないのです」 ウイルス克服の最終形の1つとして「集団免疫」という考え方がある。社会の一定割合の人が抗体を獲得するとウイルスは感染を拡大することができなくなり、終息へと向かう―舵手というわけだが、抗体検査は、そこへどれだけ近づいているかの指標にならないのだろうか。「集団免疫に必要な感染率は60~70%程度といわれていますが、大流行した欧米でも20%程度しかなく、まったく足りません。恐らく、日本の感染率は1桁台に留まるのではないでしょうか。どちらかというと、いま知るべきは、過去の感染歴よりも“現在、感染しているかどうか”です」(峰さん)◆「窓を開けて新型コロナの空気を吸うわ」 いま感染しているかどうかを調べられるのが、おなじみの「PCR検査」。ウイルスの遺伝子を検査するもので、高い精度で新型コロナへの感染を確認できる。さらに、5月13日には、「抗原検査」キットが厚労省に承認された。峰さんが続ける。「抗原とは、病原体の一部のことです。PCR検査同様、いま感染しているかどうかを調べる検査ですが、PCR検査より簡単で、迅速に結果がわかります。PCRと比べると感度がやや劣りますが、『陽性』と出れば、『陽性』で間違いない。うまく使い分けることで、PCR検査キットの不足をカバーできる可能性があります」 最終的にはワクチンが開発されない限り、新型コロナが終息することはないとされている。各国で熾烈な開発競争が起こっているが、まだ手探り状態だ。わだ内科クリニック院長の和田眞紀夫さんはこう話す。「不活化もしくは弱毒化したウイルスを人為的に体に入れ、その病気にかかった状態と同じ免疫力をつけさせようというものがワクチンです。もちろん発病してはいけませんので、発病しないようにウイルスを処理しています。 ただし、結核や麻疹などもそうですが、ワクチンで無理やりつけた免疫は、途中で消えてしまうこともあります」 ワクチンは、病原体の正体をはっきりつかめないと開発ができない。実際、40年以上研究されているHIVウイルスは、いまだにワクチンが開発されていない。「100年以上研究されているインフルエンザも、まだ完璧なワクチンはできていません。そう考えると、新型コロナはわずか5か月で急速に研究が進んでいるといえます」(峰さん) ワクチンがない限り安心は禁物という専門家の意見をよそに、最近、抗体検査を受けた有名人の奔放な行動が注目を集めている。 4月末には、米国人歌手のマドンナ(61才)が、抗体検査の結果が「陽性」だったとSNSに投稿し、《抗体を持っていることがわかった。だから明日は遠くまでドライブに行く。窓を開けて新型コロナの空気を吸うわ》と語った。 日本では、神田うの(45才)が5月16日に抗体検査の結果が「陰性」だったと報告。これはあくまで「感染歴がない」ことを示すに過ぎないが、なぜか「これで来週憲ちゃん(美川憲一)と安心して会えます」「知らずして周りの皆様にご迷惑をお掛けする事がないという事が分かり良かったです」(原文ママ)などと見当違いの内容をつづり、ネットをざわつかせた。「陽性」でも「陰性」でも、その結果を前向きに受け止める気持ちは悪いことではない。しかし、現状では、どんな検査結果も自由に人と会って許される“パスポート”になるかははっきりしないのだ。◆「第二波」への備えのためにも いますぐは意味を見つけづらい「抗体検査」だが、数年続くとされるコロナ禍の先を見越したとき、本当の力を発揮する。自由診療として新型コロナの抗体検査を実施しているナビタスクリニックの内科医で、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんが話す。「大規模な抗体検査によって、感染しやすい地域や職種、社会活動の内容などの濃淡が見えてきます。たとえば、中国の研究で、屋外での感染例はほぼないことが判明している。これによって『屋外での活動は緩和しましょう』といった判断ができるようになるわけです。抗体検査は、そういった判断材料の1つになる可能性を秘めている」 さらに、必ず来るとされる「第二波」への備えとしても抗体検査が有効だという。「ウイルスは感染を繰り返す間に変異し、別の性質を持つことがある。死亡率や感染率の高さから、ヨーロッパと日本では流行したウイルスのタイプが違う可能性が指摘されています。今後、第二波として欧州タイプが日本で流行したとき、第一波の感染状況を把握しておかなければ予測を立てられません」(上さん) すでに突入した「ウィズ・コロナ」時代。有益な情報を見誤らないようにしたい。※女性セブン2020年6月4日号
2020.05.23 07:00
女性セブン
2008年の紅白初出場歌手たち(共同通信社)
小林幸子の紅白歌合戦「豪華衣装」は今どこにある?
 NHK紅白歌合戦の常連歌手として34回出場の記録を持つ小林幸子。視聴者の度肝を抜くド派手な衣装は紅白名物となり、美川憲一との衣装対決やメガシリーズなど数々の“伝説”が生まれた。 そのきっかけは何だったのか。小林が振り返る。「1年を締めくくる大きなお祭りとして楽しんでいただけたらと、おまけの精神で衣装を派手にしたのが始まりです。小林幸子ならではのオリジナリティを大切にしつつ、スーパー歌舞伎やラスベガスのショーなどの世界観や技術を参考にしました」 製作期間は4か月。メカニックや特殊加工、ヘッドドレスなど、時には100人態勢で製作に臨み、NASA開発の特殊リフトで高さ8メートルまで上昇する「火の鳥」(第57回)や総重量3トン、高さ8.5メートルでNHKホールの天井の限界に挑んだ壮大な「メガ幸子」(第60回)など、記憶に残る名作は数知れない。「『メガ幸子』はこれまでにはなかった“笑い”が生まれて、歴代で一番インパクトがあったと自負しています。高さ12メートルのフライングを採り入れた『冬の鳥』(第42回)では宙に浮いたまま両腕の羽も羽ばたかせたため発声する際にお腹に力が入らず、紅白に向けてスポーツジムで腹筋を鍛えました。高い所は大好きなので、本番のステージはとっても気持ちよかったですよ(笑い)」◆カルーセル麻紀にレンタル!? その緻密さと豪華さから製作費は億単位と噂されている。「『メガ幸子』をベースに可動式ウイングにLEDパネルを装備して、独自の映像をハイテク技術で導入した『NEO幸子』(第66回)が最もゴージャス。歴代の衣装の最高額規模になりました。金額は内緒です」 気になるのは衣装の「その後」である。「紅白の衣装は国内外での公演でも着ています。『メガ幸子』は台湾で人気の『マーズー』という女神様に似ているそうで、現地ではコンサートに行くと拝まれました。大トリを務めさせていただいた第55回ではその年に行なわれたアテネ五輪をモチーフにした衣装を用意していましたが、秋に故郷の新潟で地震があったため見送りに。年明けのNHK歌謡コンサートで、幻となった衣装を解禁しました」 1999年には、第44回でお披露目した「ペガサス」を友人のカルーセル麻紀に特別レンタル。「2016年には、『キリン 氷結』のCMで共演した元AKB48の高橋みなみちゃんが『火の鳥』の巨大衣装を着ています」 出番を終えた衣装は現在、解体されて倉庫に眠っている。「すべての衣装ではありませんが、千葉と平和島の倉庫に保管してあります。皆さんの笑顔を原動力に毎年続けてきた紅白の衣装が、いつしか私の代名詞となって大きく世界が広がる幸せなきっかけとなりました。電球がつかないなど時にはトラブルもありましたが、チーム幸子が一丸となって全力で作った衣装に悔いはありません。私にとってかけがえのない宝物です」※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.15 07:00
週刊ポスト
紅白歌合戦、平成元年の「第40回」で終了するはずだった
紅白歌合戦、平成元年の「第40回」で終了するはずだった
 NHK紅白歌合戦は2019年大晦日で放送70回の節目を迎える。その歴史に埋もれた知られざる意外なウラ話を、最新刊『紅白歌合戦ウラ話』が話題の合田道人(ごうだみちと)氏に聞いた。■突然、「出演キャンセル」になった歌手がいる? 松島詩子が当日交通事故に遭い、代役として正月パーティで仲間とお酒を飲んでいた越路吹雪が宝塚の袴姿で出場(第2回・1月3日開催)。雪村いづみが流感と胃痙攣を併発して急遽欠場、対戦は不戦勝に。江利チエミが“親友のぶんも頑張ります”と真紅のバラを胸に2つ着けて登場した(第7回)。■「髪型」が原因で落選した歌手がいる?「男なのに髪が長くてNHK的ではない」とザ・タイガースとザ・スパイダースが落選し、七三分けのブルー・コメッツは当選(第18回)。「『真っ赤な太陽』でブルコメと組んだ美空ひばりが“ウチのブルコメはちゃんとした髪だから”なんて発言も。表向きは髪型が理由でしたが、人気絶頂のタイガースのファンの熱烈な応援が問題視された向きもあるようです」(合田氏)■常連だったのに紅白を初めて「辞退」したのは誰? 江利チエミ(第21回)。第4回に初出場以来、紅白の常連だったが、NHK会長の“そろそろ飽きたね”のひとことで第20回に落選したとされ、翌年にオファーを受けるも辞退。「その頃はお昼の12時にNHKからレコード会社に連絡が入り、午後3時に発表する形式で、江利チエミの出場は新聞にも載ったんです。でもその後に本人の意向で辞退が伝えられました」(合田氏)■紅白は平成元年の第40回で「終了」するはずだった?「天皇陛下崩御と“完成されていてこれ以上の番組は作れない”などの理由から、平成元年(第40回)を区切りに紅白も終了する予定だったんです。この年は第1部を『昭和の紅白』としてザ・タイガース、ピンク・レディーなど往年のスターが揃い、出場回数も『過去○回』という表現に。第2部は『平成の紅白』として例年通りの対戦が行なわれました。 ちなみに2部制になったのはこの時から。最終回のはずでしたが、続けてほしいという声が多く、終了の予定を撤回し、現在まで続いています」(合田氏)■紅白にも甲子園のような“21世紀枠”が存在した! 第41回は「21世紀に伝える日本の歌」をコンセプトに尾崎紀世彦や大津美子などベテラン勢がカムバック。植木等は『スーダラ節』を紅白初披露して瞬間最高視聴率56.6%を記録した。“21世紀枠”は2000年になるまで設けられ、第42回は南沙織や山本リンダなどが続々と復帰。再ブレイクしていた美川憲一も『さそり座の女』で登場した。※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.11 07:00
週刊ポスト
芸能界の薬物事件、転機は酒井法子&押尾学逮捕の2009年
芸能界の薬物事件、転機は酒井法子&押尾学逮捕の2009年
 有名人による薬物事件が絶えない昨今。2019年は3月にピエール瀧、5月に元KAT-TUNの田口淳之介と小嶺麗奈、11月にスノーボード選手の國母和宏、沢尻エリカが逮捕されている。 芸能人と違法薬物の関係を振り返る上で、今から40年以上前の1977年ほど重要な年はない。 その1年間は圧倒的に芸能界と薬物報道一色であった。歌手の井上陽水の大麻事件に始まり、内田裕也、研ナオコ、錦野旦、美川憲一と、有名芸能人が続々と麻薬事件で逮捕され、関係者を含めた60人以上が摘発されたのである。当時の芸能マスコミは、売人から流出したとされる「大麻顧客芸能人150人リスト」の存在を指摘した。 1990年には映画『座頭市』で知られる国民的俳優の勝新太郎がハワイ・ホノルル国際空港で大麻とコカインを所持していたとして逮捕されて衝撃を与えた。1995年には長渕剛が大麻所持で捕まり、捜査の過程で国生さゆりと不倫関係にあったことが取りざたされた。 この事件を取材した当時の新聞記事では、若者が海外でコカインを味わい薬物を常用するようになっていることや、一部のタレントが特権意識やファッション感覚から薬物を使用しているとされた。この現状は今も変わっていない。 芸能界と薬物を巡るターニングポイントはやはり2009年で、酒井法子の事件と押尾学の事件が相次いで発生した。押尾の場合、一緒に薬物をやっていたクラブホステスが亡くなるという最悪の事態を起こす。 同じ年、沢尻にも転機が訪れていた。当時の所属事務所が自発的に薬物検査を行い、違法薬物の陽性反応が出たことを理由に契約解除されたと報じられた。「押尾事件でMDMAの危険性が全国に知れ渡り、その後はMDMAの押収量が激減しました。ところが近年は『ピュア』(沢尻が所持していた、MDMAの良質な成分だけを結晶させた粉末状のもの)の登場もあって、再び増加している。社会全体が薬物に対するリスクを軽視し始めている風潮もあるでしょう」(捜査関係者) 歌手の千葉マリアの息子で、薬物依存症の回復を支援するリハビリ施設「館山ダルク」代表の十枝晃太郎さんが言う。「芸能界は社会の縮図であり、世間での薬物の蔓延の度合いが、芸能界に表れているように思います。それでも、芸能人にはたしかに薬物に手を出してしまうような気質の人も多い。田代まさしさんと接すると、“常に人を楽しませたい”というサービス精神を感じました。人に薬物をすすめられた時、断りにくかったり、相手の期待に応えたいという気持ちが、つい出てしまうのかもしれません」 そもそも芸能界と違法薬物の親和性が高いという指摘もある。薬物犯罪に詳しい作家の藤原良さんが話す。「時代はヒロポン(覚せい剤)が合法だった時代にさかのぼります。時々ビートたけしさんもテレビなどでヒロポン話をネタにして笑いをとったりしていますが、芸能界だけでなく落語家、歌舞伎役者も昔はヒロポンを使っていた。 その後、覚せい剤が違法になると、一気に流通量が減ります。そこで水面下で覚せい剤を運べたのが、1つは全国組織の暴力団のネットワークです。もう1つが、暴力団のサポートの下で全国各地を興行で回っていた芸能界だった。むしろ、ヤクザ特有の『シマ(縄張り)』がない分、芸能関係者の方が運びやすかったとも言えます。ミュージシャンやタレントだけでなく、その付き人やスタッフも、かつては“運び屋”をして糊口を凌いでいた人が少なくありませんでした」 芸能界と暴力団組織が非常に近い関係だった時代があったこともたしかだ。ヤクザ側からの太い“供給ルート”もあっただろう。反社会的勢力との交際が御法度である現在はどうだろうか。薬物の売買にかかわったことがあるという暴力団関係者はこう話す。「大御所と呼ばれる歌手や芸人、タレントだけでなく、事務所の関係者にも、かつてのヤクザとの関係が続いている人も少なくない。若い芸能人だって、そういう先輩を見て育っているから、ヤクザに抵抗感は少ない。 結局のところ、今日本で出回っているほぼすべての違法薬物は、海外マフィアから暴力団が仕入れたものです。それが現役組員から、元組員や半グレ、友人知人らを経由してバラ撒かれる。実は、組員から直接、常習者に売られるケースはほとんどないですが、それでも芸能人の中には、ASKAのように現役組員から直接入手するケースも少なくない。結局、かつての“腐れ縁”が今も続いているということなんでしょう」※女性セブン2019年12月19日号
2019.12.08 16:00
女性セブン
小林幸子はどこへ向かおうとしているのか
ラスボス・小林幸子が「豪華すぎる衣装」を着続ける理由
 デビュー55周年を迎えた小林幸子(65)の代名詞と言えば、豪華すぎる衣装。NHK紅白歌合戦における美川憲一との「豪華衣装バトル」は、大晦日の風物詩とも謳われ、ネット上では「ラスボス」とも称されるが、高額な衣装代はすべて自腹だという。小林幸子の短期集中連載の第2回では、なぜ豪華衣装に身を包み続けるのか、その舞台裏を明かす。 * * *「隣の芝生は青い」とはよくいったもので、他の人のことは何かと気になるものです。自分がうまくいっている時はいいのですが、そうでない時は余計に気になります。特に歌手は、CDの売り上げやチャートで常に比べられますから、気にするなといっても気になってしまう。私もそうでした。 でも、いつからだろう? 他人のことがあまり気にならなくなったのは。きっと、目の前のことにがむしゃらになってからかな。目の前のことに集中していると、他人と比べる暇なんてなくなってくるんです。 たとえば、私にとっては、かつての紅白の衣装がそうでした。最初にド派手な衣装を身につけたのは、1981年、『迷い鳥』を歌った時。それまで、私だって普通のドレスだったんですよ。『迷い鳥』の時は「鳥」をイメージして、手を広げると、鳥が大きな翼を広げたように見える衣装を作りました。私が言うのもなんですが、広げた時のスパンコールがとてもきれいで、観客の皆さんのため息がたしかに聞こえてきました。審査員の方々もニコッと笑顔になった。「あ、これだ」と思ったんです。 この感覚に、それ以来、ヤミツキになってしまいました(笑)。 もちろん、「やりすぎじゃないか」との批判もありました。でも紅白はお祭り。お祭りだったら楽しませてなんぼ、目立ってなんぼ。ありがたいことに視聴者やファンの方々からの評判は上々で、舞台裏は大変でしたけど、続けていくモチベーションになりました。 こうなってくると、「他人と比較する」という意識はもうありません。ライバルは、前の年の自分。前年の自分の衣裳をどう超えるか。プロジェクトチームを立ち上げ、デザイナーやスタッフと共に、ああでもない、こうでもないと知恵を絞りました。◆過去の自分をライバルにする 人には許容量があります。分相応という言葉もあります。その範囲内で行動していれば、失敗も少ないのかもしれませんが、それだと毎日が同じことの繰り返しになってしまいます。それは効率的ではありますが、日々のワクワク感は減っていきます。 たとえば自分のことを「不器用」だと思っていたとしましょう。もちろん不器用でいいんですよ。でも「私は不器用だ」と思い込むことで、自分の行動力を制限したり、セーブしてしまったりしているとしたらどうでしょう? 人には自分でも気づかない力──潜在能力があります。もしかしたら、「自分は不器用」と思い込んで殻に閉じこもることで、持っている能力を発揮できず、人生の楽しさを損しているかもしれません。 それよりも自分は「あんなことができるかもしれない」「こんな一面があるかもしれない」と、日々いろいろなことに挑戦していくと、いつの間にか「自分の範囲」(許容量)が広がっていることに気づきます。 紅白でとんでもなく大がかりな衣裳を身につけたことも同じ。一度その殻を破ったら、それもアリになりました。 東京ビッグサイトで開催される世界最大の同人誌即売会「コミケ」(コミックマーケット)に参加したり、ニコニコ動画に投稿したりすることも、殻に閉じこもっていたら、できませんでした。「過去の自分」がやってこなかったことにチャレンジするたびに、自分の可能性が広がっていくことが肌身でわかります。楽しいですよ、過去の自分をライバルにすると。「さあて、次は何をしてやろうかな」。こう毎日ウキウキしている自分がいます。※小林幸子・著『ラスボスの伝言~小林幸子の「幸」を招く20のルール』より抜粋
2019.06.23 16:00
NEWSポストセブン
松居一代とカイヤがデヴィ夫人のパーティーで意気投合
松居一代とカイヤがデヴィ夫人のパーティーで意気投合
「大成功だったチャリティーパーティーの打ち上げでは、出席者が和気あいあいとカラオケを歌ったりしているなか、あのテーブルだけは雰囲気が違いました。近寄りがたいというか、怖い物見たさで逆に近寄ってみたいというか(苦笑)」(出席者の1人) 10月中旬、東京・目黒雅叙園で1000人近くを集めた盛大なチャリティーパーティーが開催された。「デヴィ夫人(77才)が代表を務めるNPO法人が年に1度主催する晩餐会で、1人数万円の会費を集めて赤十字に寄付する慈善事業です。今回は20周年の節目で、北島三郎さん、美川憲一さん、石田純一さんといった錚々たる有名人や会社経営者などが集まりました」(芸能関係者) 出席者たちが顔を見合わせたのは、その打ち上げの会でのことだった。「パーティー終了後、青山のおしゃれなイベントスペースに場所を移し、デヴィ夫人と親しい有名人や主催関係者の30人ほどで会の成功を労っていました。そんななか、一際目を引いていたのが、あの松居さんとカイヤさんが座っていたテーブルでした」 この夏、夫・船越英一郎(57才)とド派手な離婚騒動を繰り広げた松居一代(60才)は、目下離婚調停中。その日は久しぶりの公の場で、白いドレスに総額2000万円ともいわれるゴージャスなアクセサリーを身に纏っていた。彼女と同じ円卓に座っていたのは、胸元が大きく開いた真っ赤なドレス姿のカイヤ(55才)。夫・川崎麻世(54才)とは長く別居中の身だ。 波乱の夫婦関係を抱えた同士で、しかも夫への口撃力の高さからキャラかぶりする2人の思わぬ遭遇。しかもデヴィ夫人のセッティングというから注目をあびていたという。「そもそもデヴィ夫人とカイヤは、15年以上前に大げんかして以来絶縁状態にあって、昨夏にようやく共演を果たした仲。また、デヴィ夫人は松居さんの離婚騒動にもブログで苦言を呈していましたから、すごい顔合わせですよね」(前出・芸能関係者) しかし、周囲の視線を気にすることなく松居とカイヤは眉間にしわを寄せたり、笑い声を上げたりして話し込んでいたという。「“旦那が~”とか“大変”とか漏れ聞こえてきました。トークは相当盛り上がっていました」(前出・出席者) 当日の様子をカイヤ本人に聞いた。「以前テレビで共演したことはあったけど、お会いするのは久しぶり。だから“お互い傷を持って大変だね”と話しかけて。松居さん以前より幸せそうでハッピーな感じだったネ。けっこう松居さんとは気が合う感じで盛り上がりました」 具体的な内容は明かされなかったが、「旦那さんの話で意気投合した」という。知らぬ間に、最強タッグが結成されていた。※女性セブン2017年11月23日号
2017.11.09 07:00
女性セブン
梅沢富美男が理想の「芸能界の御意見番」たる理由とは?
梅沢富美男が理想の「芸能界の御意見番」たる理由とは?
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、梅沢富美男に見る昨今の「御意見番」事情を考察。 * * * 和田アキ子、デヴィ夫人、上沼恵美子、美川憲一、マツコ・デラックスに梅沢富美男。現在、「芸能界の御意見番」と呼ばれている面々である。 なかでも、昨年来、「再ブレイク」と評される梅沢富美男をテレビやイベントで見ない日はない。本人曰く、オファーが20数本とも40本近くもあったのに1本も決まらなかったテレビCMにも、「32年ぶり」に出演。PS4向けゲーム「NEWみんなのGOLF」と「阪九フェリー」、そして、おなじみ「RIZAP」だ。「RIZAP」は、梅沢が準レギュラーで出演する『バイキング』(フジテレビ系)とのコラボ企画。先日、初めて“ビフォー”姿を撮影した現場に番組カメラが潜入した。 坂上忍を始め出演者らが予想以上に“ポッコリ”な梅沢のお腹に驚きの声を上げると、「太れ、太れって、うるさいんだよッ」と、「RIZAP」CMの“裏側”を暴露。ビフォー&アフターを劇的なものにするため、まず、「RIZAP」側から、たくさん食べるよう求められたというのだ。 通常、CM出演には、契約上「言ってはいけない」「やってはいけない」ことが数えきれないほどあるものだが、怖いモノ知らずの梅沢には関係なし、だ。 果たして「結果にコミット」し、事前の健康診断で判明した複数の成人病を克服した暁には、「にこるん」こと藤田ニコルと海外で水着デートをしたいという夢を明かす梅沢。 そして、もう一つ、「『バイキング』にランニングで出る」という目標も明かした。「武井壮ばかりに着させてる場合じゃない」とのことだ。 梅沢富美男の再ブレイクは、ハッキリした物言いが中高年の視聴者にウケているのはもちろんなのだが、こうして若い世代のタレントと積極的に交流していることも、幅広い層の好感度を上げることに繋がっているのだ。 あの橋本マナミに御執心だった時期もあったが、「いまは、にこるん」。“愛人”橋本への公開アプローチは、やや生々しかったが、にこるんとは、若者トレンドを学び合う仲。ちなみに、梅沢のスマホデビューにも、にこるんは関わっていて、「絵文字はないけど一生懸命」な梅沢からのメールをにこるんは高評価。こうした様は、若者層から「可愛いオジサン」と認識されている。“狙って”若年層の人気獲得に動いているワケではもちろんなくて、本気で、にこるんのことを「いい子なんだよ」と番組で絶賛する梅沢。彼女と仕事をした多くの大人たちは同意見だが、それを他のコメント同様、大きな声で躊躇せずハッキリ述べるのが梅沢なのだ。 梅沢の著書『富美男の乱』(小学館刊)が、内容に反して「とてもカワイイ装丁」だと評判だが、にこるん世代にも手に取ってもらうためには正しすぎる判断と言えよう。 さて、件の『バイキング』は昨今、「大御所が出たがる番組」として定着しつつある。横並びの生放送の情報番組の中で、唯一、バラエティー班が制作しているからか、大御所が所属する老舗芸能プロからの“営業”が少なくないらしい。 背景には、視聴率の上昇と、レギュラーの東国原英夫やヒロミの席を狙ったり、“ポスト梅沢富美男”として、自社の年配タレントの新たな一面をアピールできたら…との思いがプロダクションにあったりするのだろう。 とはいえ、御意見番は一日にして成らず。梅沢を始め、デヴィ夫人、美川憲一、和田アキ子、上沼恵美子らは、ワイドショーもニュースも週刊誌も、実によくチェックしているし、「芸能界が長い」ので、あらゆるネタがたっぷり蓄積されている。 ちなみに、『バイキング』には美川も準レギュラーで出演しているが、週刊誌に掲載されたランキングから、スポーツ紙の見出しなどまで、細かいネタも頭に入っていて、本当に驚かされる。 最近は、清水良太郎が逮捕される直前にオンエアされた『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系)でのストレートで愛ある叱咤が多くのメディアでクローズアップされた。 かつての「おすぎとピーコ」や、平成の御意見番、マツコ・デラックスのように“おネエ言葉”は、梅沢の“べらんめえ口調”に勝るとも劣らないほど、御意見番には重宝な言い回しだ。 が、だからと言って、これまでのキャラを変えて、おネエ口調や、べらんめえ口調で話し始めたとしても、視聴者を引かせてしまうだけだ。 口調だけではない。バラエティー番組や情報番組が「お久しぶり過ぎる」タレントが、「御意見番」「辛口」というポジションを急いで欲するがあまり、突然、過激なことを言ってみたり、妙齢の女性なのに卑猥なことを言ってみたりすると、やはり視聴者の耳に慣れていないせいか、引かれてしまうのである。さらに鋭いネット民からは「仕事がないから出てきたのでは?」「必死さがバレバレ」などと、厳しい評価が下される。「御意見番」になるためには、やはり話術が不可欠なのである。昨今、『ひるおび』(TBS系)の立川志らくや、『サンデージャポン』(同)の春風亭一之輔ら、落語家が重宝されるのは、そんな理由かもしれない。『バイキング』では、往年の歌手や女優らが、上手(かみて)のゲスト席に座ることが多いが、意外にも「当たり」だったのは、視聴者に安心感をもたせる体型ネタと、芸能人の不倫の話題に自身の体験を交えて開けっ広げに話せたキャシー中島だった。ちなみにキャシーの席は下手(しもて)だが、「私が座るのは、そっち(上手)じゃない?」などとスタッフに対して面倒なことを言わなかったのも、彼女に「次」があった理由のように思う。 思えば、梅沢富美男は、偉ぶるところが全くないし、理不尽なことを言わない人だ。共演者やスタッフにも率先して話しかけるので、好かれているし、カメラが回り始めると、高い打率で芯を食ったコメントを放つことから引っ張りだこ。 そして、そこには愛と笑いが必ずある。 つまり、いまのテレビが求めているのは梅沢富美男のような「ズバッと言うけれどチャーミングな御意見番」ということ。ポスト梅沢富美男は、当分現れそうにない。
2017.10.22 07:00
NEWSポストセブン
おりも政夫も唖然! 芸能人水泳大会での松本伊代の驚愕行動
おりも政夫も唖然! 芸能人水泳大会での松本伊代の驚愕行動
 人気の芸能人が多数出演する「水泳大会」が放送されたのは1970年8月11日、『紅白スター対抗水泳大会』(フジテレビ系)が最初だった。司会はてんぷくトリオ、出場者はクール・ファイブ、中尾ミエ、ヒデとロザンナ、美川憲一、千昌夫などの人気歌手。その後、各局がこぞって放送を開始するようになる。 フォーリーブス時代は選手として参加し、1980年代は司会を務めた、おりも政夫が振り返る。「当時、運動会や野球大会など芸能人が出場するスポーツ番組がたくさんあり、その一環として生まれました。五木ひろしさんや八代亜紀さんなどの演歌歌手も水着になっていましたよ」 当初は年齢やジャンルを問わず人気歌手が出場していたが、1971年デビューの南沙織や中3トリオと呼ばれた山口百恵、桜田淳子、森昌子などのアイドル歌手が人気を集めるようになると、水泳大会でも必然的に彼女たちが中心になっていった。『アイドル進化論』の著者である社会学者の太田省一氏が話す。「水着で動くアイドルの姿は本当に貴重でした。今ではイメージビデオで見られますが、1978年の段階でビデオの普及率は1.3%で、ビデオソフト自体もほぼ発売されていませんでしたから。恥ずかしそうな佇まいに色気を感じたものです」 榊原郁恵や河合奈保子、柏原芳恵はグラマラスな体型で、石川秀美は美脚で注目を集めた。「プロポーションの良さに初めて気付くこともあれば、意外と運動神経がいいとわかることもありました。歌番組では決して見られないアイドルの一面を知ることができたんです」(太田氏) 1981年、石野真子は「女子平泳ぎ決勝」で他の5人が水中からスタートする中、1人だけ思い切りよく飛び込む。しかも平泳ぎではなく、顔を出したままの横泳ぎで、1位でゴールイン。優勝後のインタビューでは「ああ苦しかった。今まで飛び込んだことないんです」と告白。苦手な水泳にも一生懸命取り組む姿にファンは感動した。 一方、松本伊代は驚愕の行動に出た。おりもが振り返る。「ピストルが鳴ったと同時に水中で歩き始めたんですよ。思わず、“なぜ歩いているんだ! それでも競泳か!”と実況してしまいました。何秒も経過しているのに、まだ3メートルくらいしか進んでいなかった(笑い)」 アイドルの個性や色気がぶつかり合うと同時に、芸能ニュースも提供していた。1983年夏には「お見合い障害物レース」という競技で、郷ひろみが松田聖子を抱きかかえながら水上を走るシーンもあった。「スタッフが、意図的に噂のふたりをペアにしていたようです。話題を提供することで雑誌にも大きく取り上げられるし、視聴者も喜んでくれました」(おりも) 放送当日発売の女性週刊誌2誌は、巻頭グラビアで“いま、噂のふたり”“抱っこしてもらえたネ”という見出しを打ち、応援席でも郷の横に座って腕を絡める聖子の姿などを掲載した。●おりも・まさお/1953年7月4生まれ。東京都出身。8月16日まで大阪・新歌舞伎座で上演中の舞台『コロッケ特別公演』に出演中。※週刊ポスト2017年8月18・25日号
2017.08.13 07:00
週刊ポスト
中井貴一
コンプライアンス重視し過ぎてTVがおかしくなる
 出家騒動で世間を賑わした清水富美加(22才)は『仮面ライダーフォーゼ』(2011年)出演時、「睡眠時間3時間で1か月働いたところ、月給5万円だった」と窮状を明かした。清水の一件に、芸能人が次々に猛反論した。坂上忍「ギャラなんて微々たるもの。ぼくらの時もそうだった」 美川憲一「水着が嫌とか、給料が安いから嫌とか、嫌っていうことばっかり先に言ってて、いいことはどうなの? 今まで支えられて、1つ1つ作品に出て…寝る時間がないっていうのも、ビッグになっていくには当然なの。しんどいのは当たり前」 これに対してインターネット上では「時代が違う」「不登校児に学校行けって言ってるのと同じ」といった清水への同情の声も多数上がった。 昔のスターは本当に存在しているかどうかもわからない雲のずっと上にいる存在だった。そんな彼らが作るドラマや映画、お笑い番組は浮き世離れしていて、だからこそ日常では味わえない、ドキドキやワクワクがあった。それが今は、芸能人もまた私たちと地続きで、まるで友達のように近い距離にいる存在として、同情したり怒ったりしながら語られている。  芸能人はいつからそんな存在になったのか? ファッション誌のカバーガールを務める人気ママタレントや、もう10年以上続くテレビドラマシリーズのキーパーソンを好演していた俳優などを見出したある芸能関係者はこう嘆く。 「いつの頃からかと言われたら、芸能界にコンプライアンスという言葉が持ち出された頃くらいから、なんだかおかしなことが起きていますよね。芸能界で作られる世界は、架空のもので、だからこそ面白かった。ダチョウ倶楽部が熱湯に入ったりするのも、一昔前なら親が子供に『あんな大人になっちゃいけない』と言いながらも、親子そろってゲラゲラ笑いながら見ていましたよね。夜9時からの放送ともなれば、見るのは大人ですから、ベッドシーンともなれば、裸も映したし、演じる側もそれを覚悟したものです。 しかし今は、子供が見るかもしれないから、過激すぎると避けられるし、例えば中高生のヤンキーを描く場合も、たばこも酒もやらない。それがコンプライアンスなんですよね」 『新潮45』3月号で、中井貴一(55才)は、コンプライアンス問題について、テレビ局側が規制を張りめぐらしていることを事実だと認めながらも、スターが出なくなったのはコンプライアンスのせいだけでなく、私たち視聴者側の反応にも起因するのではないかと指摘している。《今の時代、破天荒な生き方を選べばすぐにマスコミに叩かれ、社会から批判されます。しかし私生活の豪快さを芸の肥やしにする役者が体当たりで挑む芝居は、いつの時代も面白いものです。一方で、昨今は一般の方もどうもスキャンダルに対し、真面目に反応しすぎてはいないでしょうか。かつてはもっとゴシップを、半ば楽しむような余裕があったように思います》  前出の芸能関係者が続ける。 「昔のスターはプライベートを絶対に語らなかった。それがSNSが普及して、みんな、自分からプライベートを明かすようになったでしょう? 芸能人といえども、ものすごく近い存在になったことも、スターがいなくなったことと無関係ではないと思います」  例えばぺこ&りゅうちぇる。ついこの前まで一般人だったのに、半年くらいのうちに、ひな壇に欠かせないタレントになった。また最近頻発している一般人女性による芸能人との甘い一夜の告白。芸能人と一般人を隔てるものはこうもなくなってしまっているのだ。 ※女性セブン2017年3月30日・4月6日号
2017.03.28 07:00
女性セブン
紅白8大事件 長渕剛「日本人はタコ」や吉川「ギター炎上」
紅白8大事件 長渕剛「日本人はタコ」や吉川「ギター炎上」
 和田アキ子の不参加など、今年のNHK紅白歌合戦をひと言でいうと「激変」という表現がピッタリだが、過去にも紅白を揺るがせた、あんな事件、こんな事件があった。 【郷ひろみと松田聖子が手を繋いで…(1983年)】 当時、“世紀のビッグカップル”といわれていた郷ひろみ(61才)と松田聖子(54才)がふたり揃ってステージ上に登場。踊りながら階段をゆっくり下りてくると、なんと笑顔で手をつないでダンス! その衝撃は元日のスポーツ紙などで大きく報じられた。【都はるみ引退の花道で「ミソラ…」発言(1984年)】 この紅白のステージを最後に引退することになっていた都はるみ(68才)。大トリとして『夫婦坂』を歌い終わると、観客からアンコールの嵐が起こり、感動的なフィナーレに…なるはずだった。総合司会の生方恵一アナウンサーがうっかり「もっともっとたくさんの拍手を、ミソラ…」と言い間違える痛恨のミス。生方アナは翌年、自らNHKを退社した。 【吉川晃司がギター炎上で“出禁”に(1985年)】 初出場でトップバッターを務めた吉川晃司(51才)が、曲中にシャンパンを口から撒き散らすなど、過激なパフォーマンスを披露。さらに歌唱後にギターにオイルをかけて火をつけ、燃やしてしまう。もちろんリハーサルでは一切なし。オイルの影響で、次の次にステージに立ったシブがき隊の布川敏和(51才)が2度転倒するアクシデントも起き、以降、吉川は紅白に出禁となった。 【加山雄三が「仮面ライダー」に“変身”(1986年)】 白組の司会を務めた加山雄三(79才)。少年隊の曲『仮面舞踏会』を紹介する時に、「仮面ライダー」と紹介。あまりに堂々とした言い間違いに、“仮面ライダー事件”として語り継がれることに。少年隊の東山紀之(50才)は2014年7月に出演した『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS系)で「リハーサル時にマッチさんが『その衣装、仮面ライダーみたいだな』と言っていたから」と加山を“フォロー”した。 【NHK会長「紅白打ち切り」発言(1989年)】 昭和から平成に変わったこの年、NHKの新しい会長になった島桂次氏が9月13日の定例会見で「紅白歌合戦は今年で最後にしたい」と発言した。しかし、全国から抗議が殺到。紅白はかろうじて生き残り、この年から2部構成でスタートすることになった。 【長渕剛ベルリンの壁で「日本人はタコ」を叫ぶ(1990年)】 ドイツ統一の歴史的な年に、紅白はドイツのベルリンから初の海外中継を行った。初出場の長渕剛(60才)が紅白史上最長の3曲16分を歌いきったが、歌唱直前、こんな発言をして司会を青ざめさせた。「現場仕切ってるの、みんなドイツ人でしてね。ともに闘ってくれる日本人なんて、1人もいませんよ。恥ずかしい話ですけど、今の日本人、タコばっかりですわ」 【本木雅弘のコンドーム爆発(1992年)】 本木雅弘(50才)が白い液体の入ったコンドームを9つ、ネックレスのように首からさげて登場。途中からお尻を半分露出して踊り、歌い終わった瞬間には抱えていた特大コンドームを爆発させて、液体まみれに。エイズ撲滅への意味合いをこめたという…。 【小林幸子「人間ほたる」失敗(1992年)】 小林幸子と美川憲一(70才)のド派手が衣装対決が注目される中、小林は6万2000個の発光ダイオードを駆使した“人間ぼたる”となってステージに。ところがそのうち2万個しか光らず、演出は大失敗。セット下ではスタッフの「動いてないぞ、早く、早く」という怒声が飛び交い、ステージ後、小林は号泣した。  生放送ゆえに紅白はスリリングだ。 ※女性セブン2016年12月15日号
2016.12.06 11:00
女性セブン
美川憲一氏 今も貫く「ブルースの女王」から教わった生き方
美川憲一氏 今も貫く「ブルースの女王」から教わった生き方
 どんな大物だろうと天才だろうと、人生の中では思い悩み苦しむことがあった。そんな時に光を照らし道を示してくれた恩師の思い出は、今も色鮮やかに心に刻まれている。歌手の美川憲一(69)が、そんな恩師たちへ感謝の言葉を語る。 * * * 歌手にとっての恩師とは、作詞家や作曲家の先生であることが多いの。例えば私の頃でいえば、星野哲郎先生や船村徹先生の門下生を名乗る歌手が多かったわね。ただ私は少し違った。作曲家の古賀政男先生の指導を受けていて、古賀先生から「(門下生と)名乗っていいよ」と許可もいただいていたんだけど、名乗らなかったの。 日本コロムビアから分離独立したクラウンレコードにスカウトされてデビューした背景もあり、(日本コロムビア専属の)先生の力を借りずに歌の世界で勝負したかったのが理由ね。 その後、120万枚の大ヒットになった『柳ヶ瀬ブルース』に出会えたんだけど、作詞・作曲をした宇佐英雄さんは柳ヶ瀬で流しをしていたので師弟関係にはならなかった。船村先生や星野先生に可愛いがられていた北島三郎さんや水前寺清子さんが、正直羨ましいと思ったこともあったわよ。 でもね、その『柳ヶ瀬ブルース』が私を恩師と引き合わせてくれた。「ブルースの女王」と呼ばれていた淡谷のり子さんとブルースつながりで対談したの。それをきっかけに、色々と目をかけてくれるようになったわ。 対談で40歳も離れた大先輩の前で、まったく動じることがない新人歌手に興味を持ったんですって。私も淡谷さんのことを母のように慕うようになったわ。 色んなことを教えてもらったけど、一番身についたのは“歯に衣着せぬ物言い”かしらね。 デビュー当時の私は「しゃべらない」「動かない」「笑わない」の「三ない歌手」といわれていて物静かだった。直立不動で歌っていた東海林太郎さんから「僕の親戚みたいだね」と声を掛けられたことがあるぐらいよ(笑い)。そんな歌手が今では「芸能界の御意見番」とまでいわれるようになったんですからね。 淡谷さんに可愛がっていただいたお陰で、ディック・ミネさん、バーブ佐竹さん、美空ひばりさんといった大先輩たちからも親切にしてもらえた。私が歌手デビューする前から大ファンだった越路吹雪さんも紹介してくださった。その越路さんからはこんな話を聞いたわ。「楽屋でうどんをすすっても、ステージでは一流ブランドのドレスを着る。芸能人は夢を売る商売。貧乏臭くなっちゃダメなの。淡谷先生からオシャレのあり方、ステージでの振る舞い、芸能界での生き方など、いろんなことを教わったわ」 だから私は今でもその教えに従って、高価な宝石を身に付けて、一流デザイナーのドレスで着飾っているの。 お陰で老後に食べられるだけの蓄えぐらいしかないのに、世間では芸能界で金を貯め込んでいるのは私と森進一だといわれているみたい(笑い)。淡谷さんの教えをしっかり守っている証かもしれないわね。 淡谷さんは美に対する意識もすごかった。「私は美人じゃないから磨かないと大変なことになるの」とせっせと自分磨きをされていたわ。 風邪なのにエステに通って肺炎になりかけたこともあるのよ。米寿を過ぎてもベッドの横には常にハンドクリームやナイトクリームを置いて、いつでもステージに復帰できるように準備されていた。それから見れば私はまだまだ青いわね。●みかわ・けんいち/長野県生まれ。1965年デビュー。代表曲に『柳ヶ瀬ブルース』『さそり座の女』など。※週刊ポスト2015年11月27日・12月4日号
2015.11.23 07:00
週刊ポスト
ワイドショーと芸能イベントの持ちつ持たれつの関係とは?
ワイドショーと芸能イベントの持ちつ持たれつの関係とは?
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、ワイドショーと芸能イベントの関係性を解き明かす。 * * * 在京局制作の、いわゆるワイドショーに芸能コーナーがなくなって久しいと度々書いてきた。各局の専属リポーターの中でも“芸能”担当の人は本当に仕事が減少して、系列局以外の地方局出演もOKという状態。その代わり、名古屋、大阪、福岡のテレビ局制作のワイドショーにはまだまだ芸能リポーターが仕切る独自の芸能コーナーがある。 とはいえ、それらの局がカメラを出して東京で開催されるイベントにまでやってくるかと言ったら、よほどのことがない限り、それはナシ。“配信”と言って、在京局のカメラが撮ったものを当日夕方から深夜にかけて延々流されてくる“素材”を編集し、独自のコーナーに仕上げているのだ。 だが、その配信素材というのは、イベントや会見の全編が流れてくるワケではなく、在京局の担当者がセレクトした部分だけが流れてくる。東京の現場で取材をしたリポーターらが、翌日の地方局出演のために夜、素材を見て、「話したい部分の配信がなかった」と落胆するケースも少なくないと聞く。 そして、在京局とて、最近はすべての現場にカメラを出しているワケでもない。以前は、朝、昼、夕方、すべての番組がカメラを独自で出していたものだが、いまは1局1台。しかも、予算の関係で、かなり厳選してカメラを出しているのが現状だ。 だから、イベント主催者側は、「ワイドショーのカメラに来てもらえる」タレントを第一に選ぶ。ワイドショー側からしてみたら、それはもちろん、数字が獲れるタレント。かつて、交際、破局、復縁ネタで延々引っ張っていた石田純一と長谷川理恵がイベントに週イチ以上の確率で出ていたのは、そういう理由だ。 そんな石田純一、長谷川理恵は、バブルがはじけてしまい、いまは、和田アキ子や美川憲一に代わって、すっかり“芸能界の御意見番”となったマツコ・デラックス、“お約束”の芸がなんだかんだ言っても数字をもっているダチョウ倶楽部、リポーターや共演者を巻き込んで長時間にわたり大サービスをしてくれる柳沢慎吾らが人気。“お色気”部門では、かつての壇蜜に代わって橋本マナミが引っ張りだことなっている。 もうひとつ、民放局の場合は、“営業要請”といって、スポンサーが絡んでいるイベントには必ずカメラが出るし、本来は何らかのカタチでオンエアされるべきものである。 うまいコーナーを作ったなぁと思うのは、『スッキリ!!』(日本テレビ系)の「クイズッス」だろう。これは、「マルゼ」(Qシートや台本に、是非モノの“是”を〇で囲んで表される項目)のイベントやエンタメ情報をクイズというカタチで処理し、「天の声」に山里亮太や柳原可奈子を起用し、ショーアップしているコーナーだ。『ひるおび!』(TBS系)では、エンディング部分、スタッフロールが流れるタイミングでマルゼを処理。BGMに、これまた番組にとって絡みのあるアーティストによるエンディングテーマが流れてしまっているので、イベントの音声はオフられていることが多いのだが、まぁ、やらないよりはやったほうがいいだろう。 残り(と言ったら失礼だが)をTBSでは、朝4時からオンエアしている『はやドキ!』という番組で、スポーツ紙の当日記事を含め、すべて処理している。これがあれば、会見で見切れることでおなじみの稲垣吉昭芸能デスクの面目も保たれるというところだろう。『めざましテレビ』(フジテレビ系)や『ZIP!』(日本テレビ系)のように、芸能ネタだらけ(のように見える)の番組は別だが、その他の番組は、芸能デスクのストレスが溜まる一方だと思う。 芸能プロダクションからはつつかれ、“芸能嫌い”な自局のプロデューサーからは冷たくされ…、だから、リポーターと共に地方局に出演し、そこでストレスを発散させるように芸能イベントネタをたっぷり扱う。 こうして、リポーターたちが地方局のレギュラー番組をハシゴしているせいで、東京のイベント現場でマイクをもつのはディレクターばかり。だが既にリポーターのような話術を会得したディレクターもいるし、タレント側もベテランリポーターよりもそうしたディレクターのほうがツッコミやすいのか、それはそれで、けっこうおもしろいことになっているように思う。 取材に来てほしい主催者とタレント側。行きたくても行けない芸能デスクとリポーター…。せっかく取材をしても、“当日ネタ”で吹っ飛ぶことも多い芸能ネタだが、年末のこの時期は、『紅白歌合戦』関連や、さまざまな賞関連のネタで、ワイドショーにおける尺が増えるというのが恒例だ。 ワイドショーと芸能イベントは「持ちつ持たれつ」。互いに、もう少し、うまく付き合ってもらえないものかと思う今日この頃である。
2015.11.21 07:00
NEWSポストセブン

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亜希
亜希 陰から見守る元夫・清原和博と息子達との「父子鷹」
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
披露宴での志摩ノ海と元関脇・逆鉾の長女・清香さん(時事通信フォト)
故・逆鉾の長女が結婚で後継者確定も名門・井筒部屋再興への“高いハードル”
週刊ポスト
クルマ、ギター、アート、スケートボードにもこだわる
長瀬智也、英国のバイク誌に登場 悠々自適な暮らしに「所ジョージ化している」の声
女性セブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の〈16歳飲酒〉〈お風呂入り〉告発に、花街関係者も衝撃「未成年飲酒には厳しく対応しているはず」
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
不祥事を理由に落選したはずなのに、比例で復活されては…(左は塚田一郎氏、右は中川郁子氏/写真=共同通信社)
「不倫路チュー」「USBは穴に…」失言・不祥事で落選しても比例復活するゾンビ議員たち
週刊ポスト