黒田清子さん一覧

【黒田清子さん】に関するニュースを集めたページです。

(宮内庁提供)
上皇ご夫妻がお住まいになる仙洞御所 思い出が詰まった場所の笑顔あふれる物語
 平成から令和への御代がわりに合わせて、お住まいの“入れ替わり”が進められていた天皇ご一家と上皇ご夫妻。引っ越し作業も終わり、天皇ご一家は皇居の「御所」に、上皇ご夫妻は赤坂御用地の「仙洞御所」にお住まいになる。 上皇陛下の皇太子時代に「東宮御所(皇太子のお住まい)」として誕生したこの建物は、平成の御代がわりに伴い「赤坂御所」と呼び名を変えた。そして、いまの天皇陛下が皇太子時代に住まわれるとまた東宮御所に、そして令和の御代がわりに伴い赤坂御所と改称された。 仙洞御所は「退位した天皇(上皇)の御所」という意味を持つ。上皇ご夫妻は、皇太子ご夫妻としてお子さま方と暮らした “思い出の地”に、今度は上皇ご夫妻としてお戻りになるのだ。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんが言う。「昭和時代、上皇上皇后両陛下は、お住まいで音楽会を開いたり、テニスや卓球をされたりと、家庭的な暮らしを大事にされていました。お子さま方をお育てになった場所ですし、思い出がたくさんおありでしょうから、転居を楽しみにされていたでしょうね」 ご家族の教育の場にも、団らんの場にもなった仙洞御所。その誕生から今日までを写真でプレーバックする。●1960年 天皇陛下ご誕生 写真はご誕生から4か月が経過した頃。生後120日前後で行われ、一般の「お食初め」にあたる「お箸初」を前に美智子さまの腕に抱かれ、笑顔を浮かべられている。●1960年 新東宮御所完成 現在の上皇ご夫妻のお住まいとして建設され、おふたりの寝室、書斎、食堂、美智子さま用のキッチンのほか、子供部屋も2室用意されていた。●1960年 昭和天皇新東宮御所ご訪問 昭和天皇と香淳皇后が新東宮御所を訪れた。玄関前で撮影されたこの写真は、皇室3世代が一堂に会された瞬間となった。●1961年 キッチンに立つ美智子さま 当時27才の美智子さまは、ご自身で料理の腕を振るわれた。並んだ食材にエプロン姿の立ち振る舞いはまさに“日本の主婦”の鑑のよう。●1964年 天皇陛下4才のお誕生日 お誕生日を迎えるにあたって撮影され、和やかな雰囲気が伝わってくる。上皇陛下と天皇陛下が腕相撲で力比べされている姿を見守る美智子さまの表情がなんとも幸せそう。●1966年 お庭で綱引き 天皇陛下6才のお誕生日の翌日に学習院幼稚園の友達80人を東宮御所に招待。庭で綱引きをみんなで行い、陛下も力一杯に綱を引かれていた。●1969年 黒田清子さん「お箸初」を迎える 2005年に黒田慶樹さんと結婚した黒田清子さんは、まだ生まれて数か月の頃。ごきげんな様子の秋篠宮さまとともに乳母車に乗ってすやすやと眠っている。●1970年 上皇陛下37才のお誕生日 和室でカルタ大会に向けてご一家で熱心に練習中。正座で我先にとカルタを取り合う姿はまさに真剣そのもの。●1973年 天皇陛下13才のお誕生日 テニスコートで練習をされる天皇陛下と上皇陛下。上皇陛下は練習が終わった後も熱心にアドバイスをされていた。●1973年 黒田清子さん4才に お庭で満開の桜の下で、美智子さまと一緒にままごとをする清子さん。人形をベッドに寝かせ、ピアノを弾いたりと楽しそうなご様子。●1982年 ご夫妻でテニス かつて、“テニスコートの恋”といわれたおふたりの出会いのきっかけでもあるテニス。48才になられたばかりの美智子さまは上皇陛下と一緒に汗を流された。●1984年 上皇ご夫妻銀婚式 ご結婚から25年が経ち、銀婚式を迎えられた上皇ご夫妻。写真は内宴に合わせて、お庭で撮られた一枚。左は、昭和天皇ご夫妻。●1994年 天皇皇后両陛下が東宮御所へお引っ越し 東宮仮御所にお住まいだった天皇皇后両陛下が、同じ赤坂御用地内の東宮御所へお引っ越しされた。花に囲まれながら散歩される姿がとっても幸せそう。●2002年 天皇ご一家記念写真 天皇皇后両陛下に愛子さま、秋篠宮ご夫妻に、眞子さまと佳子さまが誕生された。天皇ご一家の記念写真の人数もずいぶんと賑やかになっている。●2002年 ご誕生から3か月の愛子さま 談話室での雅子さまと愛子さまのツーショット。体重3102gで誕生され、お祝いの記帳は誕生日と翌日で12万人にものぼった。●2003年  愛子さま1才 両陛下が愛子さまをはさんで談笑されている。愛子さまが、お庭に咲いている花々を指さし、興味津々のご様子。●2004年 お庭で遊ばれる愛子さま 運動神経抜群の両陛下の血を受け継ぎ、愛子さまも木登りに挑戦。支えられながらも木につかまるお姿からたくましさが感じられる。●2004年 愛子さま3才 3才の誕生日用に撮影され、手を上げながらニッコリと微笑まれている。この頃から雅子さまと外出される機会も増え、健やかに成長されていた。●2013年 天皇陛下スペインからご帰国 約400年前から日本との交流が続くスペインを訪問され、帰国された天皇陛下。雅子さまと愛子さまに出迎えられ、にこやかな表情を浮かべられている。●2013年 愛子さま12才のお誕生日 小学6年生になられた愛子さまは天皇陛下と歴史のお勉強。学校では放送委員をお務めになるなど充実の日々過ごされていた。●2015年 天皇皇后両陛下トンガから帰国 両陛下でトンガを訪れた後には、愛子さまの出迎えを受けられた。陛下はこれまで3度トンガを訪問されており、今年1月に海底火山が噴火し被害を受けた際には、お見舞いの電報を送られた。●2018年 銀婚式を迎えられた天皇皇后両陛下 愛犬・由莉を連れてお庭で談笑されている。銀婚式に公表された文書では夫婦円満の秘訣を「笑いを生活の中で忘れないこと」とつづられている。●2019年 祝賀御列の儀 天皇が広く国民に即位を披露し、祝福を受けられる「祝賀御列の儀」終え赤坂御所に到着された天皇皇后両陛下。陛下はえんび服、雅子さまはローブ・デコルテの正装で臨まれた。●2020年 ご進講 新型コロナウイルスが猛威をふるいはじめ、ご公務もオンラインが中心になられていた。専門家から説明を受けられる“ご進講”で学ばれる日々を送られていた。●2022年 新年用ご一家写真 昨年、愛子さまは成年皇族になられた。天皇陛下と同じ学習院大学で勉学に励まれる姿を、天皇皇后両陛下は頼もしく思われていることだろう。撮影/雑誌協会代表取材 写真/時事通信社、共同通信社、宮内庁提供※女性セブン2022年5月12・19日号
2022.05.01 16:00
女性セブン
眞子さまと小室圭氏の結婚が実現すれば…(時事通信フォト)
小室圭氏、披露宴費用は皇族費頼りに? 送迎費も宮内庁負担の可能性
 眞子内親王と小室圭氏の結婚の行方は、いまだ見通せないままだが、結婚が実現すれば、一体どれだけの“税金”がかかるのか。まず結婚に関する諸行事には費用がかかる。一般の結納にあたる「納采の儀」や、男性側の使者が結婚の日取りを伝える「告期の儀」、天皇皇后への挨拶である「朝見の儀」などを経て、結婚式・披露宴を行なうのが皇室の伝統だ。ベテラン皇室記者がいう。「納采の儀は皇室にとって重要な行事ですが、その費用の多くは税金ではなく、新郎側の負担となります。 新郎側が新婦の家に清酒3本と鯛、白い絹の反物を納めますが、この反物は後に挙式や披露宴で着用されるドレスに仕立てられることが多いため、それなりの費用がかかる。黒田清子さんや、高円宮家の次女・典子さんが出雲大社宮司を務める千家家の長男・国麿さんと結婚したときもそうだったようです。 披露宴も本来なら秋篠宮家と小室家が相談のうえ、それぞれの負担額を決める。しかし小室家の場合、多くは支払えないでしょうから、皇族費に頼る部分が大きくなるのではないか。 小室家の金銭トラブル発覚前、披露宴は帝国ホテルで行なわれる予定でした。黒田清子さんも帝国ホテル『蘭の間』で120人を招いて披露宴を行ないました。 ケーキカットや指輪の交換もない“地味婚”でしたが、超高級ホテルですので会場費や料理の費用は高額だったようです。同程度の宴席を開くなら700万円以上の費用が必要でしょう。引き出物なども考えると、1000万円近くかかるのではないか」 小室氏の送迎費用も、宮内庁が負担する可能性がある。「2017年の婚約内定会見当日、宮内庁は混乱を避けるため小室さんにタクシー移動を要請したが、小室さんは『タクシー代が高額になる』と断わり、宮内庁に車を出してもらったそうです。 同様のことは、小室さんの帰国後も起こるでしょう。空港から自宅への移動、自宅から秋篠宮邸や結婚式場への往復の際に宮内庁が車を出すことは十分に考えられます」(宮内庁担当記者) ちなみに、一般的なハイヤーの相場は8時間(1日貸し)で4万円程度である。※週刊ポスト2021年7月2日号
2021.06.19 07:00
週刊ポスト
那須御用邸周辺を散策される上皇ご夫妻(時事通信フォト)
上皇后「乳がん手術」で引っ越し遅延 雅子皇后に意外な効果
 左胸に早期の乳がんが発見され、手術を受けられた上皇后。「ステージI」で明らかな転移はなく、東京大学付属病院からは数日で退院できるとみられている。「8月下旬の軽井沢ご静養中には、正田家の妹である安西惠美子さん、娘の黒田清子さんらと会われ、手術のことをお話しされた。9月1日には上皇陛下とご夫婦で赤坂のサントリーホールでクラシックの演奏会にも出席されました。心穏やかに手術を迎えられたそうです」(宮内庁担当記者) 一方、その影響で大幅に遅れてしまいそうなのが、上皇・上皇后ご夫妻の皇居から高輪皇族邸(港区)への引っ越しだ。「宮内庁職員たちは本来、8月中旬に新居へ荷物を運び込めると考えていた。しかし7月に上皇后さまのがんが見つかったため、荷物の整理が遅れることになったのです。上皇后さまは天皇・皇后ご夫妻のためにも10月の『即位礼正殿の儀』の前には引っ越しを済ませたいとお考えになられていたようですが、天皇・皇后ご夫妻は“まずは術後のケアが第一”と、ゆっくりなさるように上皇后にお願いされた。そのためお引っ越しは年明けまでずれ込むとみられています」(同前) 上皇・上皇后ご夫妻が皇居からの引っ越しを済ませるまでは、天皇・皇后ご夫妻もこれまで通り赤坂御所で生活を続けることになる。 現在、天皇は皇居で公務があるたびに車で移動している。その場合、経路となる一般道路の信号機をすべて止める(青にする)ことになり、警備などの負担も決して軽くない。  しかし、この“引っ越し延期”は、雅子皇后のためにもなっているという。「9月は秋田県での『全国豊かな海づくり大会』、新潟県での『国民文化祭』、茨城県での『国民体育大会』とご公務が続きます。10月の『即位礼正殿の儀』まで、雅子さまは大変な過密スケジュールをこなさなければなりません。 最近ご公務をお休みになることが少なくなったとはいえ、雅子さまはまだ療養中。皇太子妃時代から慣れ親しんだ赤坂御所で過ごされ、大きく環境を変えないほうがご負担がかからなくていいという判断もあるのかもしれません」(宮内庁関係者) 上皇后も雅子皇后も、まずはご健康を第一に。※週刊ポスト2019年9月20・27日号
2019.09.14 07:00
週刊ポスト
今年6月、白内障の手術を受けられた美智子さま(撮影/横田紋子)
乳がん公表の美智子さま 「包み隠さず伝える」という思い
 宮内庁は8月9日夕刻、美智子さまの左胸に乳がんが見つかったと発表した。美智子さまが、がん宣告を受けられたのは、その日の朝だった。 10年以上前から乳腺の定期検診を受けられていた美智子さま。今年7月12日、乳腺の超音波(エコー)検査で胸に腫瘤が見つかった後、精密検査が行われ、乳がんが見つかった。ステージ(進行度)は未公表だが、比較的早期の発見で、転移の可能性は低いとみられる。 手術は8月下旬の長野県軽井沢町や群馬県草津町での静養で体力の回復を図った後に、臨まれることになる。 一方、2002年、上皇陛下に前立腺がんが見つかった。陛下の傍らで治療を支えられていたのは美智子さまだった。「医師が陛下に病状を伝える時、美智子さまはいつもお隣で聞いておられた。病気について熱心に勉強され、『手術後に失禁が起こる可能性はあるのですか』など、具体的なことを聞かれることもありました」(皇室関係者) 2012年の陛下の心臓バイパス手術の時も支えられた。「美智子さまは毎日病室に通われ、陛下の好きな音楽をかけたり、皇居で採れたふきのとうをお土産にされたりと、献身的に看病されていました」(宮内庁関係者) がん闘病の際、陛下は病状や手術について「すべてを包み隠さず国民に伝えること」を強く主張されたという。今回、美智子さまの乳がんが速やかに公表されたのにも、同じ理由があるのだろう。皇室ジャーナリストの山下晋司さんはこう分析する。「上皇上皇后両陛下は“自分の体は自分だけのものではない”とお考えだと思います。病状などを隠して入院されると、憶測を呼び国民が余計に心配します。それを避けるためにもきちんと公表すべきとのお考えでしょう」 十二指腸がんで崩御された昭和天皇ががんを患っていたことを国民が知ったのは、時代が平成となってからだ。一方で、1963年、美智子さまが第2子を流産されたことは、宮内庁を通して公表された。どれだけ勇気のいることだったか。長女の黒田清子さんは、上皇陛下の前立腺摘出手術の後の誕生日会見でこう語った。「病状をそのままに伝えるという陛下のお考えは、この度が初めてではなく、皇太子さまご出産の3年後、皇后さまが胞状奇胎によるご流産をなさった時から一貫してこられたことでした。(略)どれだけお辛いことだったろうと想像されます。それでもできるだけ国民に病状を隠さないという、陛下のお考えに添って発表が行われています」 それから16年。今回も、包み隠そうとはしなかった。※女性セブン2019年9月5日号
2019.08.25 16:00
女性セブン
鮮烈デビューの皇后雅子さま 紀子さまと明暗分かれた
鮮烈デビューの皇后雅子さま 紀子さまと明暗分かれた
 嵐の前の静けさ――梅雨入り直後の東京の雲は、小さな針でひと突きするだけで大粒の雨を降らせそうなぐらい、重く低くピンと緊張感をもって張り詰めていた。 夕方6時半頃、赤坂御用地(東京・元赤坂)へと入っていく数台の黒塗りの車。その中に、沿道の人々に軽く会釈をされる上皇上皇后両陛下のお姿があった。 天皇皇后両陛下は6月9日、26回目の結婚記念日を迎えられ、お住まいである赤坂御所で夕食会が開かれた。「上皇上皇后両陛下をはじめ、秋篠宮ご夫妻、黒田清子さん夫妻らが出席されました。たっぷり2時間半の晩餐を楽しまれた後、次々に赤坂御所を退出されましたが、雅子さまのご両親である小和田恆さん夫妻が御所を出たのは、その1時間半後のことでした。 令和の幕開けから1か月半。雅子さまにプレッシャーがかかる重要なイベントが続いていました。食事の後にお茶を飲みながらご両親と語らわれたのでしょうか、雅子さまにとっては、緊張感の和らぐ束の間の安息のお時間だったと思います」(皇室記者) 5月末に行われたドナルド・トランプ米大統領(72才)夫妻との会見では、雅子さま(55才)の存在感が光った。「宮中晩餐会では、雅子さまが大統領の隣に座られ、通訳を入れずに会話に花を咲かせました。雅子さまの英語は、アメリカ側の通訳が思わず“美しい”とため息をつくほどだったそうです。 ただ、雅子さまの隣に座られた紀子さまも英語をお話になられるはずですが、口数は多くありませんでした。会見前のご挨拶の時もメラニア夫人(49才)との会話は弾まなかったようです」(皇室ジャーナリスト) 御代がわりに伴い、秋篠宮さま(53才)は皇太子待遇の「皇嗣」となられた。ご夫妻は、国賓を招く晩餐会などの場では両陛下に次ぐ、“準ホスト”のお立場になられたことになる。「紀子さまは、今までの『宮家のお妃』のお立場とは格段に違います。特に政府や外交関係者からは“皇嗣妃として国際親善の場でどれだけご活躍いただけるのか”が注目されています。そんな中での米大統領夫妻の接遇では、不安が残る結果になりました。 昨年までは、療養中の雅子さまが公務にお見えにならない日々が続きました。紀子さま(52才)が周囲の期待を背負い、務めを果たされ、自信も深められてきたと思います。一時は、“紀子さまを皇后に”という声もあったほどでした。 しかし、御代がわりでお立場が変わり、期せずして雅子さまと紀子さまの“明暗”が分かれてしまった」(前出・皇室ジャーナリスト) 令和になって初めて皇族方が一堂に会されてのプライベートな会食の場となったのが、前述の両陛下の結婚記念日のディナーだった。「美智子さまもかつて、結婚記念日に食事会をされる時はメニューをご提案されるなど、ホストとしておもてなしされたこともあったそうです。雅子さまもそれを踏襲されたことでしょう。新時代の皇室を支えられている秋篠宮さまや紀子さまのことも、気遣われたのではないでしょうか」(前出・皇室記者)※女性セブン2019年6月27日号
2019.06.16 16:00
女性セブン
「愛子天皇」の誕生はあり得るのか 女系天皇は認めない声も
「愛子天皇」の誕生はあり得るのか 女系天皇は認めない声も
 令和の慶祝ムードが続くが、新天皇への代替わりは「皇位継承権を持つ皇族が1人減った」ことを意味する。公務の担い手が減っていく問題もある。皇室典範改正論議は焦眉の急だ。◆“愛子天皇”の誕生はあり得るのか? 今上天皇は126代目の天皇にあたる。現在の皇室典範においては皇位継承権を持つのは秋篠宮、悠仁親王、常陸宮の3人。天皇の子供世代で言うと、悠仁親王のみだ。そこで女性宮家とともに議論の俎上に載っているのは、皇位継承権の範囲を女性皇族にまで広げるというものだ。 振り返ると、1969年に清子内親王(黒田清子さん)が生まれてから、2001年の愛子内親王まで、皇室には9人連続で女子が誕生した。男子が生まれない状況にあって、2004年に当時の小泉純一郎首相が諮問機関を立ち上げ、「“女性・女系天皇”を認め、皇位継承順位は男女を問わず第一子を優先とする」という方針が出された。これに沿うと、天皇陛下の次に即位するのは、愛子内親王ということになる。『皇室典範と女性宮家』などの著書がある京都産業大学名誉教授の所功氏が語る。「皇室典範では“男系の男子”に限定している原則を守りながら、皇統の危機的な状況を直視すれば特例として、歴史上に8人10代の実例がある男系女子の女性天皇(一代限り)も容認しておく必要があります」 女性天皇と混同されがちな「女系天皇」についてはどんな状況が今後考えられるか。「男系」とは、父親が天皇の血筋にあること。一方、「女系」とは母親が天皇の血を引くことを意味する。 現在の皇室で喩えると、愛子内親王が天皇に即位した場合、父である天皇から皇室の血を引く“愛子天皇”は「男系の女性天皇」だ。 その“愛子天皇”が結婚し男子が生まれ、その男子が天皇に即位したとする。この場合、母親から天皇家の血を引きついでいるので「女系の男性天皇」となる。◆女性天皇容認で、悠仁親王の立場は変わる? 女性天皇が容認され、第一子優先で皇室典範が改正されれば、現在の皇位継承順位は大きく変わる。「天皇家唯一の子である愛子さまが皇位継承順位の筆頭となる」(皇室ジャーナリスト・神田秀一氏) 一部では、秋篠宮は即位に消極的であり、早めに悠仁親王に皇位を渡す意思を持っていると報じられたが、秋篠宮家内部でも状況は激変する。「眞子さまと佳子さまが、悠仁さまより上位の皇位継承者となります」(同前)◆“愛子天皇”の子供は皇位継承者になるのか? 先に説明したとおり、仮に“愛子天皇”の子供が即位すれば、1500年以上続く皇室の歴史において、初めて女系天皇が誕生することになるとされる。 だが保守層は、男系のみで連綿と受け継がれてきた「万世一系」の皇統を重視している。「女性天皇は認めても、女系天皇は認められない」とする意見も根強い。「愛子さまはお生まれになった時から皇族です。その後、天皇になった場合、そのお子さまを皇族ではなく民間人として扱うのは無理がある。一方、そのお子さまは天皇の元に生まれた皇族であるにもかかわらず、皇位継承権をもたないというのもまたおかしな話で、議論が待たれます」(神田氏)──皇室典範の改正には、慎重な議論が必要とされる。一方で、いつまでも結論を先延ばしにできないという空気も強まっている。令和皇室は、どのような未来に向かうのだろうか。※週刊ポスト2019年5月31日号
2019.05.23 07:00
週刊ポスト
新たなお金の問題が浮上した小室さん(共同通信社)
「2人の小室」への悩み、メディアの「呼称」はどう決めるのか
「呼称問題」はメディアにとっては鬼門ともいえるものである。新聞記者たちの“表記ルールブック”とも言える『記者ハンドブック』(共同通信社刊)によると、敬称は原則として「氏、さん、君、ちゃん」で、子どもの場合、中学生以上は男女とも「さん」。一方、〈敬称を付けない場合〉として〈競技に即した1面、総合面、運動面のスポーツ選手、芸能欄の芸能人〉などと記されている。だから「スポーツ選手と芸能人は呼び捨て」で報じられているのだ。厄介なのは、スポーツ選手と芸能人が引退したら「氏」か「さん」になるという慣例である。 芸能人が事件を起こした際も複雑になってくる。2016年、宿泊先のホテルの従業員に対する強姦致傷容疑で逮捕(不起訴)された高畑裕太の場合、逮捕直後は「容疑者」がついたが、示談が成立し釈放され、芸能活動は休止に。その後の呼び名で混乱が発生した。「もはや容疑者ではないものの、容疑者から急に『さん』というのも抵抗感はあった。だが、活動休止というか事実上の芸能界引退のようなものでもあったため、もはや一般人になった人物に対し呼び捨てもヘンだった。『高畑裕太元俳優』など苦肉の策をしようかと思ったが、これも過去に逮捕や書類送検があった後の『稲垣メンバー』やら『布袋ギタリスト』『和泉狂言師』『島田司会者』『小泉タレント』みたいな違和感がある。結局、“明確な引退ではない”と判断、まだ芸能人扱いということで“呼び捨て”になった」(雑誌編集者) ちなみに『記者ハンドブック』によれば、〈逮捕段階から起訴時点まで〉は〈氏名の後に「容疑者」を付ける〉。ただし書類送検や略式起訴、起訴猶予、不起訴処分の場合は「肩書」または「敬称(さん・氏)」を原則とすることになっている。「島田司会者」のケースなどがそれにあたり、書類送検だから「肩書」である「司会者」が付いたのだろう。 そうした中、最近呼称に悩むのは「2人の小室」だという。ウェブメディア編集者はこう語る。「2017年に眞子さまの婚約内定者として小室圭さんが出る前は、読者にしても我々制作者にしても『小室』でイメージしたのは圧倒的に小室哲哉氏でした。圭さんが出てきた時は、『小室さん』=『小室圭』で、『小室』=『小室哲哉』でしたが、2018年に哲哉さんが不倫疑惑が報じられた後、芸能界を引退し、一般人になったところでご両人の呼称をめぐり我々編集部の中ではどうすべきかが議論になりました」 現在、同編集部では他のメディアの呼称の情勢も見ながら「圭」さんのことを「小室さん」と呼び、「哲哉」さんのことを「小室氏」と呼ぶ使い分けがされているという。とはいっても、これら呼称については当人が持つ雰囲気が左右するのだともいう。前出のウェブメディア編集者はこう語る。「小室圭さんのことは『小室さん』と呼ぶことにしました。これは、前例として、紀宮さま(現黒田清子さん)と結婚した黒田慶樹さんのことは『黒田さん』と婚約内定時に呼び、今でもそう呼んでいるからです。だから、現在時の人である小室圭さんと分けるため、小室哲哉さんのことは『小室氏』と呼ぶことにしました。しかし、引退したミュージシャンという意味では安室奈美恵さんのことは『安室氏』とは呼ばず『安室さん』です。三浦百恵さんも『百恵さん』と書くことが多い。結局、“なんとなく”決まっているのが現状です…」 なかなか歯切れが悪い説明だが、メディア業界の「呼称」には明確な使い分けはない、というケースが多いのだろう。
2019.02.12 16:00
NEWSポストセブン
天皇皇后両陛下が旅した名宿【中部編】 白馬東急ホテルほか
天皇皇后両陛下が旅した名宿【中部編】 白馬東急ホテルほか
 平成の30年間、天皇皇后両陛下が旅した移動距離は62万kmを超えるが、その道中、ご宿泊などで訪れた「名宿」は数多い。ここでは、中部地方(長野県、石川県)の名宿3施設を紹介しよう。【八ヶ岳高原ロッジ】(長野県) 2005年の夏に両陛下が訪れたのが、八ヶ岳山麓にある八ヶ岳高原ロッジ。「陛下は、豊かな自然を非常に気に入られたご様子でした。遊歩道をご案内した時に、『このフウロソウはハクサンですか、それともタチフウロですか?』とお尋ねになるなど、地元住民でも答えに窮するような、植物に対する深い造詣がおありなのに驚きました」(支配人・油井雅明さん) 紀宮清子内親王(黒田清子さん)のご結婚を間近に控えた時の親子水入らずのご宿泊は楽しげで、見る者を幸せな気持ちにさせた。微笑ましい会話や光景を前に、案内するスタッフも温かな気持ちに包まれたという。●八ヶ岳高原ロッジ/長野県南佐久郡南牧村海の口/チェックイン15時・チェックアウト11時/1泊朝食付きスタンダードAタイプひとり1万250円~(税・サ込)。【白馬東急ホテル】(長野県) 標高3000m級の山々が連なる北アルプスの麓に佇む。日本有数の強アルカリ泉である白馬八方温泉は、トレッキングやウィンタースポーツなどのアクティビティを楽しんだ後の宿泊客で賑わいを見せる。白馬は、1998年の長野冬季五輪の開催地として脚光を浴びた。天皇皇后両陛下の旅の記録をまとめた『旅する天皇』著者・竹内正浩氏が語る。「両陛下がお泊りになったのも、パラリンピックの時です。観戦時に観衆によるウェーブが起きた際、皇后陛下が陛下の許可を得てからウェーブに参加するということがありました。 周囲の和を乱さないよう機転を利かせてのことで、国民に寄り添う両陛下の象徴的なお姿として、人々の記憶に残る微笑ましい光景のひとつといえるのではないでしょうか」●白馬東急ホテル/長野県北安曇郡白馬村大字北城4688/チェックイン15時・チェックアウト11時/1泊エコノミーツインふたり2万7918円~(税・サ込、入湯税別)※お得な宿泊プランあり。詳細はHPで。【和倉温泉加賀屋】(石川県) 一羽のシラサギが湯脈を発見したという伝説の残る和倉温泉は、1200年の間、こんこんと湯が湧き出ている。 かつて加賀藩主の前田家が湯治の湯として整備を命じた、北陸で唯一の海の温泉として人々に親しまれる。なかでも加賀屋は、温泉を存分に味わえるよう、露天風呂や野天風呂を用意して旅人たちをもてなしてきた。「創業100年余の歴史ある名旅館として全国に知られていますが、両陛下は1996年にお泊りになっています。1958年と1983年には昭和天皇も宿泊されました」(竹内氏)●和倉温泉加賀屋/石川県七尾市和倉町ヨ部80/チェックイン15時・チェックアウト10時/1泊2食付一般客室ひとり3万5640円~(税・サ込)。※週刊ポスト2019年2月15・22日号
2019.02.08 16:00
週刊ポスト
天皇陛下が宿泊された八ヶ岳高原ロッジのロイヤルスイート
天皇陛下が宿泊された八ヶ岳高原ロッジのロイヤルスイート
 満55才で即位されてから30年間で、47都道府県全てを2度以上ご訪問された天皇陛下。皇后陛下と共にこれほど、日本や世界を旅した天皇はいない。そこで、平成最後の今こそ訪れたい両陛下の旅した宿を、『旅する天皇』(小学館)の著者でもある竹内正浩さんにナビゲートしてもらった。 長野県と山梨県に跨る南北約20kmもの連山である“八ヶ岳”は、日本百名山のひとつ。麓には高原が広がり、夏は避暑地として愛されている。標高1500m、八ヶ岳山麓に佇む『八ヶ岳高原ロッジ』は、天然木の柱や梁が美しいリゾートホテルだ。「両陛下は2005年の夏、長野を行幸啓された際に、この年の秋にご結婚を控えられていた紀宮清子内親王(現在は黒田清子さん)と共にご宿泊されました。かつて内親王がまだ幼い頃にもご家族で八ヶ岳を訪れており、思い出深い地への再訪でした」(竹内さん) 200万坪の敷地に建つホテルは豊かな自然に包まれ、四季折々の彩りを楽しめるのも魅力のひとつ。両陛下のご案内を担当した支配人の油井雅明さんは、当時をこう語る。「天皇陛下は樹木や草花に大変お詳しく、鮮やかなオレンジ色をした花“節黒仙翁”(ふしぐろせんのう)をご覧になったり、鳥類をご研究されていた清子さまは“カケス”の鳴き声について両陛下にご説明されたり、八ヶ岳の自然を満喫されていました。散策の途中で立ち寄った音楽堂が、通常はコンサートホールなのですが、結婚式を数日後に控え、この日は偶然バージンロードの内装になっていました。それをご覧になった両陛下は目を合わせて微笑まれ、清子さまのご結婚に思いを馳せていらしたのかもしれません」(油井さん) 親子水入らず、忘れられない思い出の旅となったはずだ。「両陛下と清子さまは、杣添川に沿った“せせらぎの小径”を散策され、陛下は“ダケカンバの大木が見事でした”とおっしゃっていました」(油井さん) ダケカンバは白樺とよく似たカバノキ科の落葉樹で、両手を広げるようにそびえ立つ姿に生命力を感じる。玄関を入ると、天然木の柱や梁が美しいロビーが広がる。館内は山小屋のような落ち着いた雰囲気が漂い、木の温もりに癒される。「両陛下は地元産の信州サーモンを召し上がりました」(油井さん) 両陛下がお泊まりになったのはロイヤルスイート『714号室』。ロイヤルの名にふさわしい約100平方メートルのゆったりとした客室で、窓の向こうには壮大な八ヶ岳高原が広がる。クラシックな重厚感のある部屋で優雅なひとときを。スイートルームの宿泊プランは4万3900円~。■八ヶ岳高原ロッジ住所:長野県南佐久郡南牧村大字海の口2244-1※女性セブン2018年11月29日・12月6日号
2018.11.19 16:00
女性セブン
小室圭さん 眞子さまとの一時金1.5億円減額・辞退の可能性
小室圭さん 眞子さまとの一時金1.5億円減額・辞退の可能性
 最近、秋篠宮さまに関して報じられたあるニュースが、宮内庁関係者や皇室記者の間で意外な注目を浴びている。〈大嘗祭「公費支出避けるべきでは」秋篠宮さまが懸念〉(毎日新聞8月25日朝刊) 大嘗祭とは、天皇の即位後に初めて行われる新嘗祭(天皇が行う収穫祭)のことで、新天皇にとっての晴れの舞台だ。来年5月に皇太子さまが即位した後、11月14・15日に予定されている。「平成の大嘗祭では、総額22億円以上が支出されました。政府は現時点では、『宮廷費』という皇室の公費でまかなうつもりですが、本来は、憲法で定める政教分離の原則から、宗教色の強い皇室祭祀は『内廷費』という天皇家の私的な生活費から支出すべきという意見も根強くあります。秋篠宮さまは、原則を優先した上で、多額の公費支出を懸念し、およそ3億円という内廷費の予算の範囲内で大嘗祭を行ったらどうかと、宮内庁幹部に話されたそうです」(皇室ジャーナリスト) 以前から、皇室の在り方について積極的に発言されてきた秋篠宮さまらしい。一部には、「兄の新天皇の門出にケチをつけるのか」(ベテラン皇室記者)という意見もあるが、税金である公費を大切に使おうとする姿勢だ。◆一時金が金銭トラブルの解決策になる さらに、この話は眞子さまのご結婚にも大きく関わってくるとも言われている。 秋篠宮家の長女・眞子さまが15日、新潟県佐渡市で開かれた「特別天然記念物トキの放鳥式」に参加された。佐渡トキ保護センターや多摩動物公園(東京)などで生まれた19羽が、野生復帰ステーション(佐渡市)で訓練を受け、うち11羽が眞子さまらの手で放鳥された。淡いピンク色の羽を広げ、自由な大空へ飛び立っていったトキを、眞子さまはどう見つめられただろうか。「3年間の米国留学中の小室圭さんとの結婚は、いまだに見通しがついていません。それでも、公務は平常心で臨まれていて、秋篠宮ご夫妻も安心されているようです。秋篠宮さまとしては、かけがえのない娘の幸せですから、できる限り叶えてあげたい。若いふたりには、“このままでは納采の儀は行えない”と伝えていますが、“破談”にまでは踏み込んでいません」(別の皇室記者) ここで振り返りたいのが、前述の大嘗祭に関する秋篠宮さまの発言だ。「言ってみれば、国民の税金で賄われるのだから、皇室の予算をできるだけ節約しようという発言でした。そうした発言を受けて、宮内庁関係者の一部からは、“もしかして秋篠宮さまは、眞子さまが結婚に伴って受け取られる『一時金』の減額、ないしは辞退を考えていて、そのための布石の発言ではないのか”という声が出ているのです」(前出・ベテラン皇室記者) 11日に開かれた皇室経済会議では、高円宮家の三女・絢子さまの結婚に伴う一時金支給額が1億675万円に決まった。そのように、皇族の女性が一般の男性と結婚して皇族の身分を離れる場合、一時金が支払われる。限度額は皇室経済法によって定められており、2005年に結婚された紀宮さま(黒田清子さん)には1億5250万円が支給された。 皇室ジャーナリストの山下晋司さんが解説する。「天皇との関係(子、孫、ひ孫など)で上限額が決まっています。紀宮殿下のような内親王の場合は、皇族費の定額(現在は3050万円)の半分の10倍で、1億5250万円となります。絢子女王殿下のような女王の場合はその3割減です。 戦後、眞子内親王殿下のような天皇の孫にあたる内親王の結婚では上限額の1割減でしたが、将来の『天皇の長女』『天皇の姉』という立場に鑑みれば、上限額の1億5250万円が支払われる可能性もあります」 ちなみに、一時金には税金はかからない。サラリーマンの生涯年収の半分近くに当たる大金だが、用途に明確な規定はない。元皇族としての品位ある生活を送るための資金とだけ説明される。「眞子さまの結婚にあたり、この一時金の支払いもハードルになっています。小室さんの母・佳代さんが抱える金銭トラブルや小室さんの留学資金に、税金が原資である一時金が充てられるのは、国民感情としては受け入れづらい」(前出・別の皇室記者) そこで、結婚のための大逆転プランとして浮上しているのが、「一時金の辞退」なのだ。「小室さんと眞子さまが話し合って“一時金1億5000万円はいりません”という意思を示したら、結婚への疑問の声は一気に沈静化するでしょう。それほどに純粋な愛情なのかと、小室さんの評価の潮目がガラリと変わると思います。“兄の門出”でも経費削減を訴えた秋篠宮さまですから、“娘の結婚”でも同様の主張をするのではないかと囁かれているわけです。 ただ、明確な目的のある一時金の辞退を皇室経済会議がどう決めるかはわかりません。それでも、一度でも辞退の覚悟を表明すれば、国民の不信感を払拭するには充分でしょう」(宮内庁関係者)※女性セブン2018年11月1日号
2018.10.18 16:00
女性セブン
小室圭さんはいま何を思うか
小室圭さんの母、パート先から姿消す 息子を追って渡米説も
 秋篠宮家の長女・眞子さまとの婚約が延期となった小室圭さん。この夏にアメリカ・ニューヨークのフォーダム大学での留学生活が始まり、これから3年間にわたって弁護士資格を取得するために勉学に励むこととなる予定だ。 小室さんがニューヨークへ渡ってから約1か月、横浜にある実家周辺では、母・佳代さんの姿がパタリと見られなくなった。パート先である洋菓子店でも目撃情報が消えた。「どうも、小室さんのお母さんは店を辞められたようです。知り合いの従業員に尋ねても“もう辞めたみたいでよくわからない”と言うんです」(商店街の人) 家の周辺でも、職場近くでも、佳代さんの近況を知る人はいない。「とにかく今は“メディアの前から姿を消す”という方針のようです。しばらくは不自由な生活になったとしても、小室さんがニューヨークで晴れて弁護士となれば、またカメラの前に姿を見せることでしょう。今はその日のための“雌伏の時期”と捉えているのでしょう」(皇室記者) 一方で、その姿がなかなか見られないのは、日本にいないからだとする声も聞こえてくる。「圭くんを追いかけて渡米している可能性が高いと思います。もともと、“ニューヨークに知り合いがいる”とか“海外暮らしには慣れている”とよく口にしていましたし、そもそも佳代さんは、息子と離れて暮らすことができない人です。圭くんとバラバラになることは彼女にとって耐えがたい苦痛ですから」(小室家をよく知る人物) 海の向こうで人知れず励む愛息の生活の世話──その結果、小室さんが弁護士となって形勢が逆転し、眞子さまとの結婚が認められるとなれば、渡航費や滞在費など、少しも惜しくないだろう。ちなみに、眞子さまが結婚する時の一時金は1億数千万円とされる。◆日本の社会に受け入れられるか 留学先での猛勉強が実を結び、小室さんがニューヨーク州の弁護士資格を手にしたとしても、懸念は残る。「現地で弁護士になっても、日本の弁護士資格があるわけではないので、日本で相応の仕事を探すのは難しい。もし弁護士として仕事をしていきたいのであれば、ニューヨークを仕事と生活の拠点とするのが自然です」(法曹関係者) もしも眞子さまが、ニューヨーク州の弁護士となった小室さんと結婚するならば、新居はニューヨークに構えることになるということだ。そこには当然、母ひとり子ひとりで生活をしてきた佳代さんも同居することになるだろう。「一見、大団円に見えるかもしれませんが、そうなったら別の問題もあります。内親王には、皇籍離脱後もさまざまな活動を通じて皇室を支えていただく必要があるからです。黒田清子さんも結婚して民間人となられてからも、伊勢神宮の神宮祭主として活動されています。皇族の減少が問題となっている今、“将来の天皇の実姉”への期待は以前よりも大きくなっています」(宮内庁関係者) 眞子さまが小室さんとの結婚、そしてニューヨークでの生活を選ばれたら、国内での仕事を担えなくなってしまう。それでは小室さんが日本へ戻ってくればいいのだろうか。「小室家の“不都合な事情”や、どのような経緯でVIP留学が可能になったのかは、もう多くの国民の知るところです。特に美智子さまは先々のことまでお考えを巡らせ、“小室さんが留学を終えて日本へ戻られても、日本の社会に受け入れられるでしょうか”と心配されているそうです」(前出・宮内庁関係者) 眞子さまがニューヨークで暮らされるとなると皇室としては大いに困る。日本で暮らすとしても、このままでは、国民から祝福される理由が見つからない。八方ふさがりの現状から導き出される結論は──眞子さまの心中はいかばかりか。※女性セブン2018年9月27日号
2018.09.15 16:00
女性セブン
美智子さま「皇族観が相容れない」 紀子さまに不信感も
美智子さま「皇族観が相容れない」 紀子さまに不信感も
 2019年、「テニスコートの恋」から始まった天皇陛下と美智子さまはご成婚60年を迎える。その間に、皇太子さまは美智子さまに続いて2例目となる「民間出身の皇太子妃」である雅子さまと結婚され、紀宮さま(黒田清子さん)は、都庁職員の黒田慶樹さんと結婚された。秋篠宮さまと学習院大学校内の書店で運命の出会いを果たされた紀子さまは、「3LDKのプリンセス」という愛称で親しまれた。「紀子さまと秋篠宮さまは、サークル活動を通して愛を育まれました。紀子さまは当時の東宮御所に足を運ぶことも多く、学生結婚でした。まだお早いのではという声もありましたが、平成に入って最初の慶事だったこともあり、国民にも親近感をもって支持されました」(ベテラン皇室記者) 伝統と格式が重んじられる皇室という世界においても、昭和から平成へと時代が移り変わっていく中で、「皇族観」も美智子さまの時代とは変化していった。 眞子さまは、海外留学の説明会で小室圭さんと初めて顔を合わされた。小室さんの自宅のある横浜や、川下りで有名な埼玉県長瀞町でデートを重ねた。イギリス留学中の眞子さまのもとを、小室さんが訪ねたこともあったという。「紀子さまご自身もそうだったように、学校選びも自由な恋愛も、紀子さまの施された教育方針によるものだったのでしょう。民間人からしてみれば、雲の上の存在だった皇室や皇族との垣根が少しずつ下がったことになります。 一方で、それでも皇族と民間人の間には厳然たる違いがあり、すべてが同様にとはいかない。時代の変化によるものだということを充分理解された上で、美智子さまは、紀子さまの自由な教育方針に以前から幾ばくかの不安を感じていらっしゃったようでした」(宮内庁関係者) 眞子さまがICUに入学された後の2011年、サークルの飲み会で撮影されたと思われる写真がインターネット上に流出する事件が起きた。「サークル仲間とスナップを撮ることは、おかしなことではありません。しかし問題だったのは、その写真の1枚に酒の缶が写り込んでいたことでした。当時、眞子さまは成人した直後。撮影されたタイミングはわかりませんが、未成年飲酒なのではとも噂されました。美智子さまの心配をかき立てる事件だったことは間違いありません」(前出・宮内庁関係者)◆“恋愛と結婚は別”なのか? 眞子さまを追うようにして、学習院大学を中退された佳子さまがICUに入学されたのは2015年4月だった。「入学直後、ダンスサークルの公演をご覧になったときにはホットパンツに生脚姿。さらに翌5月に1泊2日の日程で行われた八ヶ岳(山梨県)での課外活動で、『肩出し』に『胸元チラリ』のタンクトップだった姿が報じられると、“プリンセスの服装としていかがなものか”と逆風が吹き荒れたんです。女子大生としてみれば、至って普通のファッションだったのかもしれません。ですが、皇族というお立場に沿うものだったかといわれれば…」(前出・宮内庁関係者) 鬱積する美智子さまのご不安。それは眞子さまの「お相手選び」に表出した。前出・宮内庁関係者が語る。「女性皇族の中には、“恋愛と結婚は別”と割り切って考えているかたもいらっしゃいます。自由に恋愛を楽しまれても、皇族としての結婚相手選びにはまた別の『判断基準』を設けられているわけです。ですが、眞子さまは小室さんとの自由恋愛の延長上に結婚を見出された。 美智子さまは、本来であれば、そこに一度ストップをかけて見極めるべきは母親である紀子さまの役割だとお考えだったのではないでしょうか。紀子さまは、結婚以来美智子さまの一挙手一投足から皇族としての振る舞いを学ばれてきました。そんな紀子さまの努力を美智子さまもご覧になっていらっしゃいました。 ただ、紀子さまなりに真剣に考えられた時代に即した教育方針だったとしても、美智子さまにとってはこれまでに実体験から作り上げられたご自身の皇族観とは相容れない部分があったということも否めないでしょう。紀子さまの子育てを心配された美智子さまが、それとなく助言されたこともあったと聞きますが…。 それでも今回、皇室を揺るがすほどの大問題を引き起こすことになってしまいました。美智子さまは、紀子さまに“決定的な不信感”を抱かれてしまったようなのです。紀子さまも美智子さまのご心中がおわかりになるからこそ、足元が崩れるような、震えるような不安をおもちのようです」 別の宮内庁関係者はこう話す。「小室さんの家族のトラブルが表沙汰になって以来、紀子さまは“皇后陛下に合わせる顔がない”とお嘆きになっているといいます」 2月1日の夜、美智子さまは雪の舞う中、急きょ雅子さまの元へ足を運ばれた。きっかけは、その日発売された『週刊新潮』だった。記事を要約すると、美智子さまは、雅子さまが長期療養中なので、皇后としての職責の一部を紀子さまに引き継ぎたいとお考えで、「これからは、秋篠宮妃をよろしくね」と周囲にお話になっているという内容だった。「ですが、一連の騒動を経て、どうやら美智子さまのお気持ちは記事の内容とは正反対だったようです。美智子さまが“紀子さまこそ皇后にふさわしい”とお考えになっているとも読める内容に強い怒りを覚えられたようです。完全に否定しなければと思ったからこそ、前代未聞の雪夜の強行軍に出られたのでしょう。雅子さまへのフォローという意味合い以上に、“紀子さまには重責は担えない”という美智子さまの諦念にも似たお気持ちがあったようなのです」(前出・別の宮内庁関係者) 美智子さまが、「皇后」という立場にいらっしゃる時間はあと1年。だが、美智子さまの憂いは尽きない。※女性セブン2018年5月3日号
2018.04.21 16:00
女性セブン
小室圭さんの警備費用、2年で1.5億円を投入か
小室圭さんの警備費用、2年で1.5億円を投入か
 東京・富ヶ谷にある安倍晋三首相の私邸や現役大臣の自宅前には、公衆電話ボックスサイズの「ポリスボックス」が設置され、警察官が要人警護の目を光らせている。 神奈川県横浜市内のとあるマンション入り口にポリスボックスが設置されたのは、昨年5月中旬のことだ。何の変哲もない普通のマンションの前に突如現れた物々しい警備に、近所の住民が首をかしげていたのも束の間、そこに眞子さまの“将来の夫”である小室圭さんが住んでいることはすぐに周辺に知れわたった。 正面入り口と、小室さんが暮らす部屋の窓に面した道に神奈川県警の制服警官が常時2人立っている。雨の日も風の日も雪の日も、24時間態勢の警備が始まってから、間もなく1年を迎える。そして、恐らくあと2年、同じ警備態勢が敷かれ続ける。 4月9日、その日も朝7時きっかりに、小室さんが入り口から姿を見せた。約10分前、スーツ姿の神奈川県警のSPが、ポリスボックスに立つ警察官と挨拶を交わしていた。 自宅を出発した小室さんの後ろにぴったりとついたSPは、駅のホームや電車内といった人混みでは、その眼光をより鋭くする。運よく座席を確保した小室さんは、うたた寝をしながら時折スマホをいじっていた。 2度乗り換えて勤務する都内の法律事務所の最寄り駅で電車を降りた小室さんは、通勤ラッシュの人混みに揉まれながら改札へと向かう。バッグから取り出したSuicaは残額不足。「ポーン」という警告音とともに改札に引っかかり急に立ち止まった小室さんに、背後を歩いていたSPがぶつかりそうになる。後ろに続く人に「すみません」と小声で謝りながら、小室さんは精算機へと人の波をかき分けて進んだ。 やっとの思いで改札を抜けて地上に出ると、警視庁のSPが小室さんを待ち構えていた。神奈川県警と警視庁の2人の屈強な男性を従えて、小室さんは法律事務所への5分ほどの道のりを歩いていった。◆2年で1億5000万円「自宅マンションの警備は、神奈川県警の機動隊に専属チームが作られました。総勢十数人で、数か月に1度、チーム編成が組み直されます。それ以外に、小室さんが外出するときには警備部のSPが同行し、都内に入れば警視庁警衛課のSPもつく。どこへ行くにも護衛するわけですから、他の仕事ができるはずもなく、“小室さん専属”になります。小室さんの母・佳代さんもパートで都内の洋菓子店に通っていますが、つい先日まで同様にSPがついていました」(警察関係者) 結婚関連行事が2020年に延期されたことで、小室さんは「婚約内定者」のまま日々を過ごしている。その間、警察官には「小室さんを守る」という“大命”が課され続ける。それは同時に、警護の費用がかかり続けることを意味する。別の警察関係者が明かす。「警察官の人件費を月30万円として、20人で600万円。通勤に同行するSPの交通費や、ポリスボックスなどの設置費用もかかっています。さらに、小室さんの自宅マンション近くで、アパートの1室を警察官の詰め所として借りているんです。その家賃も毎月かかります。合計すると、小室さんの警備のために月々700万円近いお金が投入されています。もちろん、お金の出どころは国民の血税です」 皇族の婚約内定者である小室さんに警護がつくのは当然のことだ。紀宮さま(黒田清子さん)との婚約後、黒田慶樹さんも警護対象としてSPがついた。だが、結婚して民間人になった清子さんとの新生活が始まってしばらくすると、SPの姿は消えた。「小室さんの警護も、眞子さまとの結婚後に縮小されていくはずでした。結婚式の予定は11月4日でしたから、年内いっぱいというところだった。ですが延期となったことで、来年も再来年もずっと警護が続きます。しかも、破談の可能性があると聞いていますから、もしそうなれば、皇族の夫にもならない一般人の小室さんを、延々と警護し続けることになるわけです。 この冬、豪雪があったでしょう。横浜でもびっくりするくらい雪が降ったんです。警察官は、マンションの住人のかたと協力して雪かきをしたんですが、小室さん家族は出てくる気配すら見せなかった。正直、迷いを持ちながら勤務に当たっている警察官もいますよ」(前出・警察関係者) 宮内庁は否定するが、眞子さまと小室さんの結婚が延期された理由が、小室さんの母・佳代さんが元婚約者との間に抱えていた「400万円金銭トラブル」にあることは間違いない。「トラブルを報じられた直後の昨年末と年明けに、佳代さんは説明のために秋篠宮邸を訪れました。その場で、“騒動を収めるために、皇室でお金をサポートしてもらえないか”と要求したそうです。これには、紀子さまもあ然とするばかりだったといいます」(宮内庁関係者) 皇室に支出されるお金は、元をたどれば税金だ。佳代さんの個人的なトラブル解決のために用立てられるものではない。「その400万円のために結婚は延期され、小室さんを警護する期間が延びた。丸々2年だとしたら、700万円が24か月分、1億5000万円以上というお金が費やされることになるわけです。もちろん、もとは税金です。その警備費用をトラブル解決の補填に使えるわけもありませんが…」(前出・警察関係者)※女性セブン2018年4月26日号
2018.04.12 07:00
女性セブン
眞子さま「早く降嫁して民間人になりたい」とのお気持ち
眞子さま「早く降嫁して民間人になりたい」とのお気持ち
 小室圭さんとのご結婚が延期となった眞子さま。そんな眞子さまは、紀宮さま(黒田清子さん)のことを、「ねえね」と呼んで慕われていた。天皇家と宮家の違いはあっても、紀宮さまが公務にお出ましになる姿から、幼心に内親王としての役目を学ばれた。 かつて美智子さまは、眞子さまの公務に取り組む姿勢や皇族としての振る舞いをご覧になり「さすが内親王ね」と目を細められたことがあったという。皇室ジャーナリストが語る。「皇族としてお生まれになり、行く先々で視線を集め、歓声があがる。眞子さまは、ご自身が皇族という特別な立場にいることを、早い段階で理解されていたと思います。紀宮さまというお手本がそばにいたことも、女性皇族の務めを果たして行く上で大きかった。 ただ、その『ねえね』は結婚して皇族ではなくなってしまうわけです。眞子さまもまた、皇族としての矜持を胸に抱かれる一方、女性皇族が結婚したら、立場が変わることもわかっていた。身を粉にして紀子さまの望まれる皇族としての意識や振る舞いを身につけても、“自分はいつか公務を担えなくなる存在”なのだということが、心の片隅にあったのではないでしょうか」 母親から「皇族なんだから」「長女なんだから」と幼少から言われ続けてきた眞子さまの中には、また別の感情が芽生えたのかもしれない。「眞子さまは、国際基督教大学(ICU)在学中にイギリスのエディンバラ大学へ、ICU卒業後には同じくイギリスのレスター大学大学院にそれぞれ1年弱留学されました。どうやらご家族、ひいては紀子さまと離れて生活されたその期間は、眞子さまの目にかなり新鮮に映ったようです。ご自身の好きなときに好きなように外出でき、護衛もつかない。外国と日本では勝手が違うかもしれませんが、結婚して皇籍を離脱すれば、その生活が手に入れられると眞子さまがお考えになっても不思議ではありません。 眞子さまが小室さんとの結婚を貫こうとする背景には、もちろん小室さんへの愛情がありますが、“早く降嫁して、民間人として暮らしたい”というお気持ちがあるようなんです」(宮内庁関係者) 母と娘の間には、想像以上に深く、暗い溝が横たわっている。撮影/雑誌協会代表取材※女性セブン2018年3月15日号
2018.03.02 11:00
女性セブン
撮影/雑誌協会代表取材
眞子さまと小室圭さん結婚延期、学習院派閥の影響も?
 2月6日、眞子さまと小室圭さんのご結婚延期発表がなされた。本誌女性セブンは、結婚延期が発表される2月6日以前から、「小室家の醜聞を世間に広めようとする勢力」の存在を報じてきた。 1月25日発売号の《真子さまの結婚 抵抗勢力の蠢き》と題した記事や、続く2月1日発売号の《「小室家の闇報道」と「破談を巡る筋書き」》という記事では、誰かが意図的に小室さんに関する情報を集め、メディアに流すことで、眞子さまの結婚に疑問を投げかけるような“キャンペーン”を張っているのではないかと指摘した。 そんな中で、急転直下で決まった結婚の延期。いったい誰が、どんな目的で…? そうした疑問を解く鍵は、「皇室の教育の分かれ道」に隠されていると、ある政治ジャーナリストは指摘する。「眞子さまと小室さんの恋は、キャンパスライフの中で育まれました。ふたりの婚約内定は、世間では“閉鎖的な日本の皇族には珍しい、自由恋愛の成就だ”と祝福されました。それは、秋篠宮ご夫妻が古くからの皇室の慣習にとらわれずに、お子さまを教育されてきたからだともいえます。具体的にいえば、学習院大学に進学させず、国際基督教大学(ICU)に進ませたことです。実際、真子さまと小室さんは、ICUで出会いました。秋篠宮ご夫妻はまた、悠仁さまも学習院初等科ではなく、お茶の水女子大学附属小で学ばせています。  しかし、そうした“学習院を否定する教育”を歓迎しない皇室関係者のグループがあることも事実です。今回の小室さんの一連の報道との関係はわかりませんが、皇族の子息子女の教育を熱心に考えてきた学習院関係者やOBの中には、秋篠宮家の教育方針、ひいては“眞子さまの自由恋愛を礼賛する風潮”に違和感を覚える人たちもいました」 そもそも、学習院は皇族・華族のための教育機関として開校された。秋篠宮ご一家のお子さまたちが学習院を離れる一方で、皇太子ご一家の愛子さまは学習院での教育を受け続けられている。大学進学はまだ先の話なのでわからないが、関係者の話では学習院大学に進学される可能性も高いという。「学習院で学ぶこと」と「ご結婚されること」…それらは一見すると無関係に思えるが、女性皇族にとっては、実は大きな関係がある。 たとえば、陛下の長女である紀宮さま(黒田清子さん)のご結婚相手は、一般家庭に育った黒田慶樹さんだった。その黒田さんは大学まで学習院で学ばれてきた。秋篠宮さまとご結婚された紀子さまも、大学院まで学習院だった。「一部の学習院関係者やOBの間には、“皇族とご結婚されるならば学習院で学ばれたかたのほうが安心だ”という考え方があります。それは、長年にわたって皇室の教育を担ってきたプライドもあるでしょう。 愛子さまは雅子さまの方針もあり、学習院で学ばれています。しかし一方で、秋篠宮ご一家の眞子さまは学習院を出られ、そこで小室さんと出会われた。一部の関係者からは、“だから眞子さまの結婚には問題がでた”という声も聞こえてきます」(前出・政治ジャーナリスト)撮影/雑誌協会代表取材※女性セブン2018年3月8日号
2018.02.26 11:00
女性セブン

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