スポーツ一覧/538ページ

野球、サッカー、相撲、ゴルフなどのスポーツニュースを集めたページです。単に試合結果を紹介するのではなく、選手たちの人間関係やドラマの裏側を報じます。

長老集う名球会総会で野茂 「名球会は結局何するところ?」
長老集う名球会総会で野茂 「名球会は結局何するところ?」
日本国内が斎藤佑樹フィーバーに揺れる最中、球界の“長老”たちは、ある騒動に見舞われていた。「名球会で、大騒動が起きているらしい。年末の総会での爆弾発言が引き金といわれているようだ」(スポーツジャーナリスト)名球会といえば、2009年、創立以来会長を務めてきた金田正一氏が勇退し、王貞治氏(現福岡ソフトバンク球団会長)が、第2代会長に就任した。毎年12月に開催する「総会」は、王体制初年度は埼玉のホテルで開催されたが、昨年は従来通りハワイで開催された。総会が行なわれた一室では、約30名の名球会会員がテーブルを囲んでいた。ペガサスとボールをあしらったシンボルマーク旗を背にした正面には王会長が座り、向かって右には柴田勲社長、山本浩二と東尾修の両副会長、左には高木守道氏、鈴木啓示氏らの重鎮が並び、他方には若手の清原和博氏、佐々木主浩氏、そして現役の山本昌広、岩瀬仁紀両氏らが着席。座長は柴田氏が務めた。“爆弾発言”は、その席上で飛び出した。発言主は、今回が初参加で、岩瀬氏の隣に座っていた野茂英雄氏(元近鉄、ドジャースなど=2009年入会)である。「発言内容は、“名球会は結局、何をするための組織なのか。もっと社会貢献に力を入れるべきではないのか”といった、名球会の活動に疑問をぶつけたものだったようです。寡黙で知られる野茂が率先して口を開いたことで、ビックリした会員は少なくなかったでしょうね」(同前)しかもそれに続く形で、古田敦也氏や野村謙二郎氏といった若手会員が次々に発言した。 新参者の若手が、重鎮たちにもの申す――体育会系の世界では基本的にはタブーであるだけでなく、名球会にとっては、「総会での発言」は今までほとんどなかったという経緯もある。「金田会長時代、総会はスタッフに会計報告をさせ、10分くらいでシャンシャンで閉会していた。挙手して質問でもしようものなら、会長に“文句があるならオレの事務所へ来い”と一喝される。そのため誰も発言しようとはしなかった」(球界関係者)かつて、ある会員が今回の野茂氏のように「ゴルフばかりやってないで、もっと社会に貢献するようなことをやった方がいい」と提言したものの聞き入れられず、その会員は総会はおろか、行事一切に参加しなくなった例もある。今回の総会の内容が今まで外部に漏れなかったことは、様々な憶測を呼んだ。「今回は特に、散会後、他言は無用という箝口令が敷かれたと聞いています」(前出のスポーツジャーナリスト)※週刊ポスト2011年2月18日号
2011.02.07 17:00
週刊ポスト
横峯さくら姉・留衣はクエン酸療法で花粉症を3日で治した
横峯さくら姉・留衣はクエン酸療法で花粉症を3日で治した
予測では、今年の東京は昨年の8.5倍ものスギ花粉が飛散し、観測史上2番目の多さになるという。そういえば「花粉の巣窟」を仕事場とする人たちは、どうやって対策しているのだろうか。屋外で活動するスポーツ選手は花粉症に悩まされやすい。自然に囲まれた環境でプレーするプロゴルファーは特に悲惨で、悩む選手が多い。「男子では星野英正、女子では古閑美保や飯島茜などが有名です。星野は芝花粉アレルギーで途中棄権したこともあるし、古閑をはじめ、花粉が飛ぶ時期にはマスク姿でラウンドする選手も少なくない」(ゴルフ誌記者)しかし、プロは“お客さんに見られてナンボ”の世界。ずっとマスクで顔を隠すわけにもいかず、さらにプレーの妨げにもなるため、ティグラウンドやグリーンなどでは外すことが多い。「ゴルフは集中力が勝負のスポーツだけに、この時期は気の毒ですね。花粉が原因で春先に成績が上がりにくいといわれる選手もいる」(同前)多くの選手は、予防策としてシーズン前に首へのブロック注射を行なうというが、驚きの方法で花粉症を撃退した女子プロがいる。横峯さくらプロの姉である横峯留衣プロは、「クエン酸療法」で、なんと「花粉症がたった3日で治まった」と語る。「プロテストに合格した頃は、春先になると花粉症に悩まされており、ゴルフどころではありませんでした。そんな時、父が聞いてきた“体質改善とクエン酸で治る”という情報を信じて、藁にもすがる思いでチャレンジしました」横峯プロは油モノが多かった食生活を改め、サツマイモから抽出したクエン酸を飲み物に混ぜて飲み続けたところ、症状が劇的に改善されたという。※週刊ポスト2011年2月11日号
2011.02.06 17:00
週刊ポスト
李忠成 通名の「大山」ではなく「李」と名乗る理由とは?
李忠成 通名の「大山」ではなく「李」と名乗る理由とは?
AFCアジアカップ決勝戦でゴールを決めたことで、一気に注目の的となった李忠成選手(25)。在日韓国人4世として生まれた李選手に対して、サッカー五輪日本代表候補入りを期待する声が持ち上がったのは、2005年に柏レイソルに移籍し、大活躍したときだった。そして2006年9月、李選手は帰化申請を提出。サッカーのためとはいえ、国籍を変えるというあまりにも重い決断だった。周囲の在日の人たちや親戚からは猛反対を受けた。しかし両親は反対しなかった。サッカー関係者はこう証言する。「母親の裕美さんは“あなたの思いを貫きなさい”といって力を与えてくれたそうです」このとき、李選手がひとつだけこだわったことがあった。それは、帰化しても通名の「大山」ではなく「李」という名字を守ること。帰化直前には、韓国・大邱にある曽祖父の墓参りに行き、「李氏の姓は最後まで守る」と誓った。母・裕美さんがいう。「“大山”を名乗るほうが、日本で生きるうえでは楽。だけど、忠成は“そうじゃいけないんじゃないか”と思っていたようです。私たちが“名前はそのままで本当にいいの?”と聞くと、“おれは大丈夫。日本と韓国の架け橋になりたいし、おれは強く生きられるから”と答えました」2007年2月に日本国籍を取得した李選手は北京五輪を目指すU-22日本代表に選出された。「日本代表に招集された直後は、プレーだけで認められようとして誰にも話しかけず孤立していたそうです。ほとんどパスが回ってこなかったことも。このときからチームメートだった本田圭佑選手とも、最初は意思疎通が上手くできていませんでした」(前出・サッカー関係者)当時の意気込みを、彼は雑誌『Sportiva』(集英社)のインタビューでこう答えている。<ぼくは、この帰化を成功させなくちゃならない。自分の運命に最後まで立ち向かわなくちゃならないんです>そして、2007年11月の北京五輪最終予選ベトナム戦。これに負ければ五輪出場が絶望的という大事な試合に出場した李選手は、2ゴールを決めて、勝利に貢献。チームは見事予選を突破し、北京五輪への出場を果たしたのだった。その後、2009年にはサンフレッチェ広島に移籍し、ゴールを量産。その活躍がザッケローニ監督の目にとまり、帰化した在日として初めて日本代表に選出された。そして決めたのが、日本を優勝に導くあのゴールだった。※女性セブン2011年2月17日号
2011.02.06 10:00
女性セブン
野村克也氏の出版サイン会で沙知代夫人がファンに丁寧にお礼
野村克也氏の出版サイン会で沙知代夫人がファンに丁寧にお礼
――七十にして、心の欲する所に従えども、矩を踰えず(70歳になると、自分の思うままに振るまっても道理の規範から外れない)。中国の賢人・孔子の言葉だ。今年76歳になる球界の賢人・野村克也氏(楽天・名誉監督)が、心の欲する所に従って書いた『野村の実践「論語」』(小学館刊)が評判だ。自身の考えと論語の共通点を解説した、ビジネスマンへの指南本である。先日行なわれた出版記念のサイン会には100人を超えるファンが押しかける人気ぶり。米大リーグ・アスレチックスの松井秀喜も本書の読者の一人だと聞き、「第4章『礼節を知り、徳を磨く生き方を学ぼう』、次に第1章『絶え間なき自己研磨が人間力を育てていく』をよく読んでほしい」と破顔した。共に参加した沙知代夫人も「本当にありがとうございます」と、サインを書く監督の横で、来場したファンに丁寧にお礼を述べた。そういえば、『野村の実践「論語」』に、こんなことが書かれている。「“控えめな生き方”を忘れてはならない」 「権威を振りかざし、威張っていても人はついてこない」さすが監督、「実践論語」は妻の心には完璧に届いているようで。撮影■渡辺利博※週刊ポスト2011年2月11日号
2011.02.05 17:00
週刊ポスト
斎藤祐樹
斎藤佑樹 イチローとおソロのゼブラ柄スパッツは1.67万円
「早くチームの雰囲気に慣れたい」とシンプルな言葉ながら、はやる気持ちを込めたキャンプ入りの感想をもらした、北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹投手(22)。例年の5倍という1200人の出迎えを受けて1月31日、沖縄入り。左手首のマルチカラーのパワーブレスに秘められた思いがこれから少しずつファンの前に明らかになっていく。ちなみに、1月26日には、極秘自主トレをともに行ったシアトル・マリナーズのイチロー選手(37)とおソロのゼブラ柄のスパッツ(ミズノ、1万6700円)姿も披露。ファンサービスは変化に富んでいた。撮影■藤岡雅樹※女性セブン2011年2月17日号
2011.02.05 17:00
女性セブン
李忠成 韓国代表候補合宿で疎外感を抱き日本帰化へ傾いた
李忠成 韓国代表候補合宿で疎外感を抱き日本帰化へ傾いた
AFCアジアカップ2011の決勝戦で、日本を優勝に導くボレーシュートをオーストラリアゴールへ叩き込んだ李忠成選手(25)。在日韓国人4世として生まれた李選手は、サッカー選手として、小さいころから注目されていた。中学時代はJFLのジュニアユースで活躍、高校にはいると同時にFC東京ユースに加入。さらに高校卒業後の2004年にはFC東京のトップチームに昇格し、Jリーガーとしてプロのサッカー選手に仲間入りした。そんな折に飛び込んできたのが、U-19 (19才以下)韓国代表候補合宿への招集だった。 李選手を追ったノンフィクション『忠成』(ゴマブックス)の著者でスポーツライターの加部究さんは、こう話す。「在日からの招集は彼ひとりだったこともあり、忠成はチームに溶け込めませんでした。日本の朝鮮学校で習った言葉と現地語のギャップもあって、コミュニケーションがうまくとれなかった。1人で食事をしていると、離れた席のチームメートが自分の陰口をいっていると感じたこともあったそうです」韓国人が在日韓国人に対して侮蔑的に使う『パンチョッパリ』という言葉を耳にしたこともあった。合宿中のプレー自体に自信はあったが、韓国代表には選ばれなかった。当時李は、「おれは日本人でもなく、韓国人でもなく、在日なのか」そんな言葉を両親に漏らしている。大歓迎してくれると思っていた祖国で感じた疎外感。自らが在日であることを実感した李選手の気持ちは、これを機に日本への「帰化」へと傾いていった。あるサッカー関係者はこういう。「祖国は韓国だけど、自分は日本で生まれて日本で育った。だから日本代表に挑戦したい、そう思うようになったようです」※女性セブン2011年2月17日号
2011.02.05 10:00
女性セブン
李忠成 中学入学日に「おまえ日本語しゃべれるの?」と聞かれた
李忠成 中学入学日に「おまえ日本語しゃべれるの?」と聞かれた
AFCアジアカップ2011の決勝戦で、見事決勝ゴールを決めたサッカー日本代表・李忠成選手(25)は1985年12月、東京・西東京市(旧・田無市)に在日韓国人4世として生まれた。元サッカー選手の父親・鉄泰さんの影響もあり、小学校から本格的にサッカーを始めた。「父親には“日本人が10回練習するなら、在日のお前は12回やらなければ生き残れない”と厳しく教えられたといいます。プレーが悪かったらご飯抜きだったこともあるそうです」(サッカー関係者)小学生時代は、朝鮮学校に通った。自らのルーツである民族のアイデンティティーを忘れないようにという両親の思いからだった。朝鮮学校の制服に向けられる視線を感じたり、時には絡まれることもあったというが、李選手は何があってもくじけない性格だったと母親の裕美さんはいう。「民族教育のおかげかもしれませんね。上手くいかないことがあっても頑張ろうと取り組む子です。小さいころからとても前向きでした」中学からは日本の学校に通い始めたが、このとき李選手は、通名の「大山忠成」ではなく、「李忠成」で学校に通うことを自分自身で決めたという。李選手を追ったノンフィクション『忠成』(ゴマブックス)の著者でスポーツライターの加部究さんの話。「まだ12才だった彼にとって、悲壮な覚悟をもっての決断でした。入学初日には同級生に、“なあ、おまえ日本語しゃべれるの?”と聞かれたそうです」※女性セブン2011年2月17日号
2011.02.03 10:00
女性セブン
斎藤佑樹
斎藤佑樹 イチローとおそろいのウインドブレーカーは8925円
「今日の佑ちゃんは何色?」と、佑観(ゆうかん)マダムを中心に、ファッションにも注目が集まる北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹投手(22)。カラフルなネックウォーマーは、佑ちゃんが身につけると、その色が店頭からなくなってしまうほどの人気っぷり。これまでにピンク、ブラック、レッドなどを身につけていたが、これらはいずれもミズノ製で3150円。そんな斎藤投手だが、実はイチローとおそろいのファッションも身につけていた!それは、1月12日に着用していた2011 年春夏モデルのウエア(ウインドブレーカーシャツ/ミズノ、8925円と、ウインドブレーカーパンツ/ミズノ、6825円)。この格好をイチロー選手は1月5日に披露していたのだ。イチローは“オリジナル仕様のカラー&パンツ丈”(紫)がさすが。ちなみにイチローがつけているOAKLEYのサングラスを斎藤投手も持っている。撮影■藤岡雅樹※女性セブン2011年2月10日号
2011.01.30 17:00
女性セブン
テレ東・秋元玲奈アナほか 佑ちゃん目当ての女子アナ攻勢
テレ東・秋元玲奈アナほか 佑ちゃん目当ての女子アナ攻勢
 佑ちゃん目当てで、連日すごいことになっている日ハムの二軍キャンプ。 なかでもテレビ局の女子アナ攻勢は見モノだ。すでに各局は、“超一軍”女子アナ……とまではいかないものの、名の知られた猛者たちを鎌ケ谷(千葉)に送り込んでいる。「かつてミニスカで菊池雄星投手の単独インタビューをしたフジの平井理央をはじめ、TBSが選手受けのいい青木裕子を投入するのも時間の問題です」(スポーツ紙記者) 女子アナたちも気合いが入っている様子で、テレビ東京・秋元玲奈アナ(25)は、ハイヒール厳禁の練習場に、短め丈のパンツにウェッジ・ヒールのパンプス姿で登場。雪もちらつくほど寒い日だったが、ダウンコートの前を開け、貫禄の出で立ちをみせた。 フジテレビ・遠藤玲子アナ(28)は、マフラー、手袋、ブーツと完全防備だが、小悪魔フェイス。斎藤が近くを通った際、必死にアピールしていたのが印象的だった。日本テレビ・森麻季アナ(29)は、コートとファーという可愛らしい格好で、終始笑顔を絶やさなかった。 佑ちゃん目当ての女子アナ攻勢は、まだまだヒートアップしそうだ。撮影■渡辺利博※週刊ポスト2011年2月4日号
2011.01.26 10:00
週刊ポスト
古閑美保 ダルビッシュとの交際「今は(喋るのは)ダメ!」
古閑美保 ダルビッシュとの交際「今は(喋るのは)ダメ!」
 宮崎市内で北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有(24)と「略奪愛」が報じられたプロゴルファー・古閑美保(28)。2008年の賞金女王は旧知の本誌記者の問いかけに、最初はそっけなかった。練習を終えた古閑に改めて直撃すると、困った表情を見せつつも言葉少なに口を開いた。――爆弾女なんていわれちゃいましたね?「(苦笑いしながら)記者さんたちのイメージですから、仕方ないのかなァ」――お泊まり写真も撮られた。「考えられない……」――ダルビッシュとの交際は本当なのか。「シーズンが始まってからなら喋れるかもしれません。でも、今はダメ」――否定はしない?「(しばらく沈黙してから)やっぱり、美保がしっかりしないとダメなんだよね」 そう自分に言い聞かせるようにつぶやいて去っていった。この意味深な発言、もしかして“姉さん女房”の自覚!?※週刊ポスト2011年2月4日号
2011.01.25 10:00
週刊ポスト
古閑美保・ダルビッシュ 2月は揃って沖縄で練習
古閑美保・ダルビッシュ 2月は揃って沖縄で練習
「去年は怪我で成績が残せなかったので、今オフは取材は一切NGにしてるんです。私の口から話すことは何もありません」。宮崎でトレーニング中の古閑美保(28)は、2008年オフに本誌グラビアで見せてくれた笑顔は一切見せず、とりつく島もなかった。 周知の通り、古閑といえば、紗栄子夫人(24)と離婚協議真っ只中の日本ハム・ダルビッシュ有(24)との“略奪愛”で渦中の人になっている。『フライデー』によれば、宮崎で合同トレーニング中の2人が同じ宿舎に入って朝まで出てこなかったというし、『週刊女性』ではダル離婚の原因の「爆弾女」扱いになっている。 ところで2人の接点はいったい何だったのか。「古閑が監督を務める草野球チームが、プロ野球関係者のチームとよく対戦しており、それでダルビッシュとも親しくなった。古閑は昨年7月の誕生日を“ダルビッシュが祝ってくれた”と嬉しそうに女子プロ仲間に話していた」(ゴルフ専門誌記者) そこで意気投合して、今年は一緒に自主トレを行なう仲になったというわけ。宿舎は同じリゾートホテル内のコンドミニアムで、「食事もそれぞれのトレーナーを交えて一緒にしている」(ホテル関係者)という。「これまで古閑は海外でオフの練習をしていたが、今年から急に宮崎に場所を移した。来月からは沖縄でトレーニングを行なう予定になっています」(前出・ゴルフ誌記者) 実は「2月・沖縄」は日ハムのキャンプ地。どこまでもダルを追いかけていくつもりなのだろうか?※週刊ポスト2011年2月4日号
2011.01.24 10:00
週刊ポスト
「鎌ケ谷の皆さんが嫌いでない」斎藤佑樹の経済効果58億円
「鎌ケ谷の皆さんが嫌いでない」斎藤佑樹の経済効果58億円
 経済効果58億円(日本ハムファイターズの本拠地・北海道にもたらされるといわれている)、桁違いの“持ってる男”斎藤佑樹投手(22)。ハンカチ王子と呼ばれた、あの甲子園から4年半。心を温める、この笑顔に日本中の熱視線が。 1月16日に日本ハム二軍の本拠地、ファイターズスタジアム(千葉県鎌ケ谷市)で行われた「新入団選手歓迎式典」には47社272人の報道陣が詰めかけた。雪が降る中、ひと目見ようと、球場過去最多1万1000人のファンが集結し、佑ちゃんグッズは30分で完売した。 奇跡的に雪がやみ、快晴となった球場で行われた式典では「今日、鎌ケ谷市民になりましたが、一軍に行きたいので、早く北海道に行きたいと思っています。ただ、決して鎌ケ谷の皆さんが嫌いというわけではないです」とユーモアたっぷりのトークで笑いを誘った。※女性セブン2011年2月3日号
2011.01.22 10:00
女性セブン
イチロー 斎藤佑樹への取材に影響力をもつも記者はビクビク
イチロー 斎藤佑樹への取材に影響力をもつも記者はビクビク
 神戸で自主トレ中のシアトル・マリナーズのイチロー(37)が、斎藤佑樹(22)を「夢の中で対戦した」「嫌みがなくてすごい」などと褒め称えた記事が話題だ。というのも、これまでのイチローとスポーツ記者の関係は決して良好ではなかったからだ。 斎藤はイチローと同じマネジメント事務所「バウ企画」に所属することが決まっている。「イチローは不勉強な質問が飛ぶと突然、激怒して会見を打ち切ることが珍しくなく、他の選手のように記者たちとつるまない。そのためシアトルにいる日本の常駐記者は共同通信くらいのもので、ほとんどが地元のフリーライターを通信員に使うなど、半ばほったらかしでした。ただ、斎藤が同じ事務所に所属したことで、状況が一変した。イチローが斎藤への取材に影響力を持つようになったので、むげには扱えなくなったのです」(スポーツ紙記者) 何ともケーハクな「ハンカチ狂騒曲」ではあるが、「巨人番がエース記者」と呼ばれた時代も、今は昔か。※週刊ポスト2011年1月28日号
2011.01.18 17:00
週刊ポスト
駅伝・柏原竜二選手の大好物は母が店で買ってくるから揚げ
駅伝・柏原竜二選手の大好物は母が店で買ってくるから揚げ
 毎年、新たなドラマが生まれる箱根駅伝にまつわる“深イイ話”をご紹介する。 今年の箱根駅伝でも、最大の注目を浴びたのは東洋大学3年生の柏原竜二選手(21)だった。往路の最終区間であり、標高差864mを駆け上がる箱根駅伝最大の山場5区(23.4km)で、1年生のときからごぼう抜きを見せ、「山の神」の異名をもつ。 昨年の「箱根」後はスランプに悩む時期もあったが見事に復活、3位でたすきを受け取ると、3分近くあったトップ早稲田大学をとらえ首位に。3年連続で区間賞を記録し、チームを往路優勝に導いた。 そんな柏原選手はどんなふうに育ったのか。1月2日のレース直後、母・次枝さんに話を聞いた。 箱根駅伝の応援のために福島県から上京した次枝さん。レース前には柏原選手の方から携帯に連絡があったという。「それがね、私がちょうど電車に乗っているときだったみたいで。マナーモードにしていて、気がつかなかったんです(笑い)。何度かかけたのにつながらなくて、本人は“目が点”だったみたい。 実はレースの後もまだ何も話していないんです。応援も、交通事情のために、ゴール地点まで辿りつけなくて。あとで息子に“何やってたの”っていわれそうですけどね(笑い)。メールは“お疲れさま”って1行だけ送りました。だけど返信がないから、見たのか見てないのか…」 なんとも自然体の次枝さん。柏原選手が実家に帰ってきたらどんな手料理を作ってあげたいかを聞くと、「白いご飯ですかね(笑い)。その日、冷蔵庫にあるものでありあわせで作ってしまうので、特別に手料理を用意することはありません。竜二の大好物はとりのから揚げですが、それも決まったお店で買ってくるものなんですよ(笑い)」 願掛けは「胸のなかで…」と語った次枝さん。山の神は飾り気のない、ごく普通の、それでいて素敵な家族の中で育てられたのだった。※女性セブン2011年1月20・27日号
2011.01.17 17:00
女性セブン
箱根駅伝優勝の早大監督に選手指導ヒントを斎藤佑樹与える
箱根駅伝優勝の早大監督に選手指導ヒントを斎藤佑樹与える
 毎年、新たなドラマが生まれる箱根駅伝。第87回の今年は、往路2位の早稲田大学が、復路で東洋大学に競り勝ち、18年ぶり13回目の総合優勝を勝ち取った。 早稲田大学の渡辺康幸監督(37)は、18年前、1993年の箱根で選手として“花の2区”を走り、同大学を総合優勝に導いた立役者だった。 しかし、社会人になってからは故障に悩まされ、29才の若さで引退。 そして2004年から母校の監督に就任。1万mで五輪選手を輩出するなど早稲田を長距離強豪校に鍛え上げたが、駅伝ではなかなか勝てなかった。 そんな渡辺監督に大きなヒントを与えてくれたのが、同じ早稲田大の野球部エースだったハンカチ王子こと、斎藤佑樹投手(22)だったという。「“重圧で堂々と投げられない”という斎藤投手の言葉に、気づかされることが多かったといいます。駅伝で勝てない彼も、“監督やめろ”と非難されて悔しい思いをしていた。でも、斎藤くんの受けていたプレッシャーを思えば、自分のプレッシャーなんて小さなものなんだと」(早稲田大学関係者) 結果を残さなければという重圧から、エース選手を育てるのに夢中になり、名前がうろ覚えの部員もいたという。「“きっと覚える気がなかったんでしょうね”と苦笑いしていました。自分から斎藤くんと話す機会つくり、対話を重ねていくなかで、選手全員に目が向くようになった。斎藤くんが仲間とのコミュニケーションによって重圧をはね返していたことから学んだのでしょう。携帯の待ち受けは、斉藤投手とのツーショット写真だそうです」(前出・関係者) 箱根駅伝は、まさに人間ドラマそのものなのだ。※女性セブン2011年1月20・27日号
2011.01.17 17:00
女性セブン

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