国内

大船渡で売れている本「お礼状の書き方」「1000万円の家」

巨大地震の前に、「本」はあまりに脆かった。だが、日々の生活に窮する今だからこそ、人々の「活字」への思いは高まっている。3.11以後、再確認させられた書店の役割、そして「復興」への歩みをノンフィクション作家・稲泉連氏が綴る。

* * *
五月二十六日、岩手県大船渡市立根町――。

「わたし、言ってしまったんですよ」

国道45号線沿いにあるブックポートネギシ猪川店の事務所で、代表取締役社長の千葉聖子は苦笑した。

「津波に遭ってから数日後のことです。商品が全く入荷しない期間が四~五日続いたんです。うちの店舗まではトラックが通れたのですが、取次さんの流通が混乱していて商品が入らない。それで思わず言ってしまったんです。『生きてる本屋も殺す気ですか』って」

ブックポートネギシ猪川店は、震災後に最も早く営業を再開した書店の一つだ。大船渡市には当時四つの主な書店があったが、そのうちの三店は津波被害を受けた。大船渡町にあった同社の地ノ森本店も跡形なく流されている。

当時、近くの高台の幼稚園に避難した地ノ森本店の従業員・高橋葉子は言う。

「津波が来る直前に車が道路から全くいなくなったんです。しーんと静まりかえっているのが不気味でした。すると、隣にいた男性が『白波が立ってるぞ』と言う。見れば、確かに波が立ってはいました。でも、私にはまだ全然大丈夫だと感じられたんです。ところがその瞬間にはもう水位がどんどん上がってきて、盛川があふれたと思ったら、右手の市街地の方からも波が来て重なり合って……。あっという間にお店も浸水して見えなくなりました。何も考えられませんでした。ただただ見てしまった、見なきゃよかった、って思うばかりでした」

地ノ森本店は建物の土台だけが残され、数千万円分の商品は全て流失した。津波の後、大船渡市内に残された書店は、事実上ブックポートネギシの猪川店のみとなってしまった。

崩れ落ちた商品を並べ直し、震災四日後の十五日に店を開けた時は、驚くほど多くの客が詰め掛けたと千葉は続ける。

人々は情報を欲し、必死だった。彼女もまた同じように必死だった。インターネットはつながらず、電気がないため携帯電話でのネット接続も控える必要がある。その中で情報や活字を求めて書店を訪れる地域の人々の声。それに応える責任を感じながら、同時に大きな被害を受けた書店そのものを立て直していかなければならない。

「あらゆる物資がなかったので、本当にたくさんの商品が売れました。特に必要とされたのは児童書やコミック。釜石や気仙沼、陸前高田から車で買いに来るお客さまもいて、『ジャンプ』や『サンデー』などの漫画週刊誌は全く数が足りない状況でした」

そうして売れ始めた書籍は、被災地の状況を鏡のように映し出している。緊急発売されたグラフ誌や週刊誌はもちろん、書籍では『実例お礼の手紙・はがきの書き方』『心に響く「弔辞」』『1000万円台で建てた家』、他にもパズル誌やスマートフォンの解説書、『Goo』などの中古車情報誌がたちまち棚から消えた。

「お礼状の本などは、便箋や封筒と合わせて在庫があるかどうかをよく聞かれます。お見舞い金を貰ったり支援を受けたりした方が買っていくんですね」(敬称略)

※週刊ポスト2011年6月17日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト
公金還流疑惑がさらに発覚(藤田文武・日本維新の会共同代表/時事通信フォト)
《新たな公金還流疑惑》「維新の会」大阪市議のデザイン会社に藤田文武・共同代表ら議員が総額984万円発注 藤田氏側は「適法だが今後は発注しない」と回答
週刊ポスト
“反日暴言ネット投稿”で注目を集める中国駐大阪総領事
「汚い首は斬ってやる」発言の中国総領事のSNS暴言癖 かつては民主化運動にも参加したリベラル派が40代でタカ派の戦狼外交官に転向 “柔軟な外交官”の評判も
週刊ポスト
黒島結菜(事務所HPより)
《いまだ続く朝ドラの影響》黒島結菜、3年ぶりドラマ復帰 苦境に立たされる今、求められる『ちむどんどん』のイメージ払拭と演技の課題 
NEWSポストセブン
初代優勝者がつくったカクテル『鳳鳴(ほうめい)』。SUNTORY WORLD WHISKY「碧Ao」(右)をベースに日本の春を象徴する桜を使用したリキュール「KANADE〈奏〉桜」などが使われている
《“バーテンダーNo.1”が決まる》『サントリー ザ・バーテンダーアワード2025』に込められた未来へ続く「洋酒文化伝承」にかける思い
NEWSポストセブン
公職上の不正行為および別の刑務所へ非合法の薬物を持ち込んだ罪で有罪評決を受けたイザベル・デール被告(23)(Facebookより)
「私だけを欲しがってるの知ってる」「ammaazzzeeeingggggg」英・囚人2名と“コッソリ関係”した美人刑務官(23)が有罪、監獄で繰り広げられた“愛憎劇”【全英がザワついた事件に決着】
NEWSポストセブン
立花孝志容疑者(左)と斎藤元彦・兵庫県知事(写真/共同通信社)
【N党党首・立花孝志容疑者が逮捕】斎藤元彦・兵庫県知事“2馬力選挙”の責任の行方は? PR会社は嫌疑不十分で不起訴 「県議会が追及に動くのは難しい」の見方も
週刊ポスト
超音波スカルプケアデバイスの「ソノリプロ」。強気の「90日間返金保証」の秘密とは──
超音波スカルプケアデバイス「ソノリプロ」開発者が明かす強気の「90日間全額返金保証」をつけられる理由とは《頭皮の気になる部分をケア》
NEWSポストセブン
三田寛子(時事通信フォト)
「あの嫁は何なんだ」「坊っちゃんが可哀想」三田寛子が過ごした苦労続きの新婚時代…新妻・能條愛未を“全力サポート”する理由
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
一般女性との不倫が報じられた中村芝翫
《芝翫と愛人の半同棲にモヤモヤ》中村橋之助、婚約発表のウラで周囲に相談していた「父の不倫状況」…関係者が明かした「現在」とは
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 高市首相「12.26靖国電撃参拝」極秘プランほか
「週刊ポスト」本日発売! 高市首相「12.26靖国電撃参拝」極秘プランほか
NEWSポストセブン