国際情報

東日本大震災の混乱に乗じて北朝鮮が日本人拉致作戦を再開

 核開発問題の解決がすっかり止まってしまった北朝鮮。5月の金正日電撃訪中で国際社会を騒がせたものの、メディアの俎上に載ることが少なくなった。だが、後継者・金正恩主導の工作部隊が密かに動いている。日本の政治と社会が混乱している今、日本人拉致工作が再び進行しているのだ。その目的と実態を関西大学経済学部教授の李英和氏が報告する。

 * * *
 北朝鮮の日本人拉致作戦が再起動している。筆者が今年3月に入手した情報では、昨年末から北工作機関による新たな「日本人拉致」の動きが密かに進行中である。
 
 こう言うと「まさか」の声が聞こえてきそうだ。たしかに、金正日は2002年の小泉訪朝で拉致事件を認めて謝罪し、「関係者を処罰」して再発防止を誓った。実際、筆者の知るかぎり、それ以降は拉致事件が起きていない。くわえて今、日本は巨大津波と原発事故という未曾有の大災害の最中にある。首相の退陣騒動で政局も大揺れだ。そんな窮状に付け込んで、北朝鮮が日本人拉致作戦を再開するだろうか。信じたくない気持ちもわかる。

 だが、事実である。北朝鮮が日本の混乱に乗じて狙うのは「原発テロ」などの破壊工作ではない。新たな日本人拉致作戦なのである。より具体的には、日本人を人質に取り、日本政府との交渉カードに使う目論見だ。目的は経済制裁の解除と人道支援の獲得である。むしろ、日本の政治と社会が混乱している今こそ、拉致作戦の再起動が狙い目なのである。

 北朝鮮では今、太陽が2つ出ている。「沈む太陽」(金正日)と「昇る太陽」(金正恩)で、父子権力世襲の移行期にある。2個の太陽が照りつけて、北朝鮮の権力構造は急激な「温暖化」の時期を迎えている。激しい権力闘争を背景にして、各工作機関は「昇る太陽」を一斉に仰ぎ見、功名心にはやって活動を過熱化させている。韓国哨戒艦撃沈、延坪島無差別砲撃、韓国金融機関ハッカー攻撃、そして金正日訪中直後の「南北秘密接触」暴露攻撃。テロ攻撃の内容と実行機関も多種多様である。

 ここで注意を喚起しておく。北工作機関の攻撃対象が韓国ばかりとは限らない。アメリカと日本も確実に標的に入っている。さすがに、日米両国に武力攻撃を加える度胸と実力は北朝鮮にない。北工作機関が日米両国を相手に仕掛ける主な活動は拉致作戦だ。それも同時並行の作戦となる。

 アメリカ人拉致工作はすでに具体的に起動している。昨年11月、北朝鮮の秘密警察(国家安全保衛部)は米国人牧師を「反国家犯罪容疑」で逮捕・起訴した。北朝鮮政府から査証を受け、人道支援活動で正規に入国した牧師だ。容疑の内容は「不法なキリスト教の布教」だった。

 拘束理由が事実かどうかはともかく、北朝鮮政府は牧師を人質に取り、アメリカ政府高官の訪朝を水面下で執拗に要求し続けた。実際、5月にカーター米元大統領が民間人資格で訪朝したにもかかわらず、北朝鮮は牧師の釈放をかたくなに拒絶している。あくまで正式な対米交渉再開の突破口に使う腹積もりだった。この拉致作戦はみごとに功を奏した。

 オバマ政権は5月下旬、ロバート・キング北朝鮮人権問題特使を平壌に送り込んだ。名目は人道食糧支援の実情調査だが、米政府高官の訪朝としては実に1年半ぶりの出来事だった。キング特使は事件に「遺憾の意」を表明し、牧師の身柄を受け取った。同時に、食糧支援問題での再訪朝を北朝鮮に約束している。

 同じ方式で対日交渉の扉をこじ開ける算段が日本人拉致作戦の再起動である。

※SAPIO 2011年6月29日号

関連記事

トピックス

ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
渡邊渚さん(撮影/藤本和典)
「私にとっての2025年の漢字は『出』です」 渡邊渚さんが綴る「新しい年にチャレンジしたこと」
NEWSポストセブン
ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
実力もファンサービスも超一流
【密着グラフ】新大関・安青錦、冬巡業ではファンサービスも超一流「今は自分がやるべきことをしっかり集中してやりたい」史上最速横綱の偉業に向けて勝負の1年
週刊ポスト
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
12月30日『レコード大賞』が放送される(インスタグラムより)
《度重なる限界説》レコード大賞、「大みそか→30日」への放送日移動から20年間踏み留まっている本質的な理由 
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン