国内

わずか8kmの旧JR富山港線 LRT化の陰に市長が「馬鹿」演じた

 赤字鉄道路線を大胆にもLRT(Light rail transit=次世代型路面電車システム)に移行し、利便性を向上させたことで収支を劇的に改善。市民の足として再生を果たした富山ライトレール。その『ポートラム』開業から6年。今も堅調に推移するライトレールに学ぶべきものは何か?

「住みやすい県」ランキングで常に上位に顔を出す富山県。持ち家率はナンバー1、車の所有率も高い。

 どこにでもある話だが、車移動の多い地方の鉄道路線は苦戦を強いられ、直近では、青森県十和田市と三沢市14.7キロを結ぶ十和田観光電鉄が90年の歴史に幕を閉じた。

 2006年までJR富山港線として運行されていた路線の営業距離数はわずか8キロ、沿線人口は約4万5000人で赤字が続いていた。

 その路線をLRTに改軌し、利便性を大幅に高めた結果、JR時代の3.5倍の乗客数を記録するなど見事に蘇り、全国の注目を集めた。

 あれから5年。開業当時のフィーバーはおさまったものの、堅調な経営は続き、2014年度中に予定されている北陸新幹線開業でさらなる飛躍が期待されている。

 初期投資で投入された税金は58億円。しかし、廃止にされてもおかしくなかった状況の中で、どのような決断がなされたのか。改めて振り返るのは、当時市役所の土木課に在籍し事業に関わり、今は富山ライトレール経営企画部長を務める室哲雄氏。

「確かにバス路線転換の声がなかったわけではありませんが、路線死守は当初から一貫していました」

 富山市が鉄路を守ることにこだわったのは、公共交通機関を減らしてはいけないという信念があったことだ。富山は確かに暮らしやすい。だが、それは車があってこそ。今は働き盛りの車世代も10年後、20年後は高齢化して車を運転できなくなってしまうかもしれない。

 その時、公共交通機関がなくなっていたとしたら――。さらに富山駅が新幹線開業で高架化されることが予定されていたため、駅の反対側にある路面電車に乗りいれることにも活路を見出した。

 2004年5月、市長をはじめとした一行は、公共交通システムの先進地欧州を視察に訪れる。

 フランス・ストラスブールで彼らを待っていたのは、「トラム」と呼ばれる路面電車だ。芝生が敷きつめられた区間もある美しい軌道、街の風景に溶け込んだコンパクトでスタイリッシュな車両。何より目を奪われたのは、ベビーカーを押す女性が車体を持ち上げることなく乗車している姿だった。

 ホームと車両がフラットにつながるトラムでは車イスもそのまま乗車することが可能だった。

「これなら手押し車を持つ高齢者も段差を気にすることなく乗降することができる。富山の街をこれで変えようと思いました」

 室氏ら一行は、この車両を富山に走らせたいとすぐさま思った。

 富山港線はふつうのJR路線。トラムを走らせるためには全てのホームを新設しなければならない。線路もトラムの規格に改軌する必要もあった。車両の導入費用もかかる。利便性を図るため最低でも7編成は必要だ。

 気の遠くなるような作業だった。必要な額は前述のように58億円。果たして市民の理解は得られるのか?

 森市長自ら馬鹿に徹した。毎週末にタウンミーティングなどあらゆる機会を通じて市民に丁寧に説明して理解を求めた。それが奏功したのか表立った反対はおきなかった。

 室氏らもふつうのJR路線をLRTに変えるため、路線の一部を新設するなど、馬鹿に徹した。通常の“公務員仕事”ではできない仕事だった。全国でも例をみない新路線はこうして誕生した。

※週刊ポスト2012年4月20日号

関連記事

トピックス

2011年に放送が開始された『ヒルナンデス!!』(HPより/時事通信フォト)
《日テレ広報が回答》ナンチャン続投『ヒルナンデス!』打ち切り報道を完全否定「終了の予定ない」、終了説を一蹴した日テレの“ウラ事情”
NEWSポストセブン
青森県東方沖地震を受けての中国の反応は…(時事通信フォト)
《完全な失敗に終わるに違いない》最大震度6強・青森県東方沖地震、発生後の「在日中国大使館」公式Xでのポスト内容が波紋拡げる、注目される台湾総統の“対照的な対応”
NEWSポストセブン
安福久美子容疑者(69)の高場悟さんに対する”執着”が事件につながった(左:共同通信)
《名古屋主婦殺害》「あの時は振ってごめんねって会話ができるかなと…」安福久美子容疑者が美奈子さんを“土曜の昼”に襲撃したワケ…夫・悟さんが語っていた「離婚と養育費の話」
NEWSポストセブン
卓球混合団体W杯決勝・中国-日本/張本智和(ABACA PRESS/時事通信フォト)
《日中関係悪化がスポーツにも波及》中国の会場で大ブーイングを受けた卓球の張本智和選手 中国人選手に一矢報いた“鬼気迫るプレー”はなぜ実現できたのか?臨床心理士がメンタルを分析
NEWSポストセブン
数年前から表舞台に姿を現わさないことが増えた習近平・国家主席(写真/AFLO)
執拗に日本への攻撃を繰り返す中国、裏にあるのは習近平・国家主席の“焦り”か 健康不安説が指摘されるなか囁かれる「台湾有事」前倒し説
週刊ポスト
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
週刊ポスト
優勝パレードでは終始寄り添っていた真美子夫人と大谷翔平選手(キルステン・ワトソンさんのInstagramより)
《大谷翔平がWBC出場表明》真美子さん、佐々木朗希の妻にアドバイスか「東京ラウンドのタイミングで顔出ししてみたら?」 日本での“奥様会デビュー”計画
女性セブン
パーキンソン病であることを公表した美川憲一
《美川憲一が車イスから自ら降り立ち…》12月の復帰ステージは完売、「洞不全症候群」「パーキンソン病」で活動休止中も復帰コンサートに懸ける“特別な想い”【ファンは復帰を待望】 
NEWSポストセブン
「交際関係とコーチ契約を解消する」と発表した都玲華(Getty Images)
女子ゴルフ・都玲華、30歳差コーチとの“禁断愛”に両親は複雑な思いか “さくらパパ”横峯良郎氏は「痛いほどわかる」「娘がこんなことになったらと考えると…」
週刊ポスト
話題を呼んだ「金ピカ辰己」(時事通信フォト)
《オファーが来ない…楽天・辰己涼介の厳しいFA戦線》他球団が二の足を踏む「球場外の立ち振る舞い」「海外志向」 YouTuber妻は献身サポート
NEWSポストセブン
海外セレブも愛用するアスレジャースタイル(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
「誰もが持っているものだから恥ずかしいとか思いません」日本の学生にも普及する“カタチが丸わかり”なアスレジャー オフィスでは? マナー講師が注意喚起「職種やTPOに合わせて」
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「旧統一教会から返金され30歳から毎月13万円を受け取り」「SNSの『お金配ります』投稿に応募…」山上徹也被告の“経済状況のリアル”【安倍元首相・銃撃事件公判】
NEWSポストセブン