無慈悲な攻撃ともいえる挑発行為を連発している北朝鮮だが、これはいつもの遠吠えではないとジャーナリストの須田慎一郎氏は言う。日米韓との交渉の実相について、須田氏がレポートする。
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「北朝鮮は韓国経済を人質にとることに成功した……」
米国務省の東アジア担当者がいまいましげな表情でそう指摘する。
今年1月、国連安全保障理事会が北朝鮮に対する制裁強化の決議を全会一致で採択して以降、北朝鮮の日米韓に対する挑発行動は今に至るもエスカレートの一途をたどっている。 それに対して米国は〈米日韓で北朝鮮包囲網を構築し、併せてこの包囲網で中国に対してもプレッシャーをかけることで協力を引き出す〉という基本戦略で北朝鮮問題に臨んでいる。
ところが筆者がワシントンで取材したところ、この“基本戦略”に早くも大きな綻びが生じてしまったようなのだ。
「韓国がこの北朝鮮包囲網から脱落しつつあるのです」(前出の米国務省担当者)
韓国の有力紙、中央日報は4月11日付の紙面で、「韓国経済は瀕死状態」と題する記事を掲載し、昨年から今年にかけて大幅な景気後退局面に入っていると報じた。米系ファンドのファンドマネージャーはこう語る。
「そうした経済状態のなかで、もし仮に北朝鮮との間で戦端が開かれたならば、韓国経済は間違いなくクラッシュしてしまう。加えて韓国は外資依存度が高い。戦争リスクの高まりとともにわれわれも含めて外資は韓国マーケットから撤退を始めており、そのことも韓国経済の足を大きく引っ張っている」
事実、今年3月になって外資系ファンドの韓国株の売越額は、昨年5月以降最大の水準にまで膨らんだのである。
「こうした状況を受けて、朴槿恵大統領は完全に腰が引けてしまった。口を開けば『北朝鮮との対話』ばかりで、冷静な状況対応ができなくなっている」(別の米国務省担当者)
それを見た北朝鮮サイドは、ここが好機とばかりに嵩にかかって韓国を揺さ振り始めている。
4月16日、朝鮮人民軍最高司令部は韓国に対する“最後通牒”として、予告なしの報復行動を開始するなどと脅してみせた。これはいつもの“遠吠え”とは違う。
世間一般の印象とは逆に、北朝鮮サイドは余裕シャクシャクなのだ。むしろ追い詰められているのは、連携に不安がある日米韓の方と言ってもいいくらいだ。
「北朝鮮とのパイプが完全に切れているわけではない。ニューヨークの国連本部を舞台に、米朝の“秘密接触”はとりあえず継続中だ。北朝鮮サイドの要求はアメリカ政府による『体制保障』、つまり金正恩体制を何らかの形でアメリカ政府が認める、ということ」(米ホワイトハウス中枢スタッフ)
しかし米国政府の基本スタンスは、北朝鮮が核・ミサイルを放棄することなしに「体制保障」はあり得ない、というもの。今のところそれを譲ることは難しく、完全に平行線と言っていいだろう。
※SAPIO2013年6月号