作家・有吉佐和子が53歳で急逝したのは、昭和59年8月30日のことだった。没後30年となる節目の今年、新装版や復刊が相次ぐが、時代小説にせよ、ルポにせよ、有吉が描いたテーマや言葉は、あたかも現代日本を予見していたかのようだ。社会と人間の本質を見つめ続けた有吉文学を、今こそ読み直したい。文芸評論家の富岡幸一郎氏が有吉について語る。
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政治や思想にたいする冷静な眼差しが、最もよく発揮されている著述のひとつが亡くなる三年前に上梓した『日本の島々、昔と今。』(昭和五十六年)というルポルタージュである。
北は焼尻島、天売島から、南は与那国まで実際に現地に飛び、種子島では鉄砲の伝来からロケット基地まで、対馬では韓国漁船侵犯の状況を調べあげ、北方領土の島々の来歴と現在を記し、島々の歴史と海の問題(領有権、大陸棚、二百カイリ等々)の複雑さを一冊にまとめている。その根本にある問いは、この海に囲まれた日本はどこまでなのか、というネーション(国民)の土地という問題である。
とりわけ興味深いのは、単行本の最終章の尖閣列島である。昭和五十五年十一月十七日脱稿とあるから、今から三十四年前の記事であるが、今日中国の軍事的・経済的な膨張と侵進によって、日本との間で最大の懸案となっているこの島嶼について、作家はあらゆる角度からの検証を加える。
歴史的な経緯と地理的な状況、また昭和三十六年に東海大学の地質学者が尖閣の海底に「豊富な石油と天然ガスが埋蔵されている」と指摘しながら誰も聞き捨てにしていたが、この論文がアメリカの海洋地質学誌に載るに及んで、国際石油資本が動きはじめ、各国が目の色をかえてこの地域の調査が行なわれたことも記されている。