「彼女のパーツ愛は僕も理解できて、僕の場合は女性の二の腕。それも溢れんばかりにふっくらした二の腕を見ると、『あ、これを触ったら俺は終わりだ』って、自戒することも度々(笑い)。
ただし体の次は心も欲しくなるのが人間で、結局は性的欲求と精神が合致した時が一番幸せなんですよね。そんなふうに理屈で説明できないのが愛だし、誰しも生まれたからには幸せになりたいのに、なぜなれないのかを絶えず考えていると、誰だって一つ間違えばこうなっておかしくないという話が次々に浮かんでくる。特に今回はそんな話ばかり集めていて、自ら望んでボタンを掛け違う人はいない以上、そこにも何かしら、真実はあるはずなんです」
歯科医に嫁ぎ、何不自由ない結婚生活を送る美人妻が、唯一欠けている“女としての条件”を満たそうとある行動に出る「噛む金魚」。醜い自分を愛してくれた恋人の過去をめぐり、疑心に駆られる青年〈春山〉の転落を描く「眠れない猿」。また愛の名を借りた倒錯に背筋も凍る「夢見た蜥蜴」等、人は愛ゆえに愚かにも残酷にもなり、いっそ春山の言うように〈猿になれたら〉、どれほど楽か知れない。
「金魚も蜥蜴も大した動物じゃないけど、人間だって偉そうなことは言えませんからね。愛も結局は一人相撲なところがあって、相手を思う自分を愛しているだけだったり、伴侶や子供を人生のアクセサリーにする人もいる。
本当に好きなら好きで実物以上の相手像をでっち上げたり、人と人が完全に溶け合うことはない以上、どんな愛も個人的な部分が大きいんじゃないかな。そして心も体も満たされた次の瞬間、今度はそれが欠けていくように思う、悲しい生き物です、人間は。
ただし僕は人間でなければよかったとも、〈心はいらない〉とも思わない。僕も最近は実家の隣町にある仕事場に籠りきりで、家族との間に暗くて深い荒川が横たわる(笑い)。でも人と人はわかり合えなくて当然だと悟るのもつまらないし、諦めきれずに足掻く方が、断然正しいと思うんです」