どんな愛にも正解はない以上、どんな残酷な描写も氏は辞さない。彼らの生い立ちや性癖、その背景にある社会問題にも目を凝らし、一皮剥けば自分と同じ人間の転落や暗黒を描くのだ。
「最近はみんな、都合のいい現実だけを見ている気がするんですよ。作中で猫を殺すと人でなしと叩かれたり、オウムを思わせる人々を書いた時も『あんな連中と一緒にするな』って拒絶反応が凄かった。僕は同じ教室で机を並べたような人がなぜ凶行に走ったか、そこを考えたかったんだけど、そうやって人間の黒い部分に目を背け、猫は大事にする人が、海の向こうで自爆テロに走る子供のことは何も言わないんですよね。
僕は良くも悪くも左寄りの先生が多い昭和の小学校で育ったから、何かあると一番立場の弱い人の気持ちを考えるのが癖というか、爪弾きに遭った若者がイスラム国の思想に共鳴したり、新大久保でデモをやったり、対立と憎悪にまみれた世の中を、少しでも変える方法はないかと今も思っている。
とりあえず勝ち馬に乗って、自分さえうまくやればいいのが今の時流なんだろうけど、ボタンを掛け違った中でも何とか幸せを探す人の愛情の形を全否定するのも酷だと思う。その不寛容さが人間から切ない感情すら奪ってるように僕には思えて、せめて自分の小説では来世でもいいから、彼らなりの幸せや居場所を書いておきたかったんです」
何より怖いのはフツウを逸脱した人間や感情を排除する力だ。しかしその感情や力もまた自分の中にあると気づく時、人は他人にも自分にも優しくなれるのだろうか。懐かしい隣人として。
【著者プロフィール】
朱川湊人(しゅかわ・みなと):1963年大阪生まれ、東京・足立区育ち。慶應義塾大学文学部国文学科卒。美術系出版社勤務を経て、2002年「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞、翌年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞し話題に。
2005年『花まんま』で第133回直木賞。著書に『都市伝説セピア』『かたみ歌』『わくらば日記』『赤々 恋』『いっぺんさん』『太陽の村』『銀河に口笛』『オルゴォル』『サクラ秘密基地』等。180cm、90kg、B型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年10月24日号