例えば「草木塔という発想」と題した一文。新潟から羽越本線に揺られ、鶴岡に降り立った氏は、「珍しや山をいで羽の初茄子び」と詠んだ芭蕉の句碑の向こうに出羽三山を仰ぐ。そして山から木材を切り出し、〈木流し〉という方法で運んだ人々が、無惨な傷口を晒す山肌を思って建てた草木塔の存在を地元NHK職員に教えられ、〈生きとし生けるものに仏性を見〉た素朴な感性に思いを馳せるのだ。
〈「この辺に、悪い人はいませんよ」。男性職員の一言が印象深い。きっと自然への憐れみの情も、人の良さの証しにほかならないからだ〉〈そうか、そのせいで僕は心置きなく酔っぱらえるんだ……〉
「種田山頭火に句集『草木塔』がありますが、あれは主に西日本を歩いた彼が東日本の素朴な自然観に共感して付けたとか。外国人が日本は美しい国だと言うのも、豊かな植生や清流を抱く山々が、至る所にあるから。
その恵みをいただく一方、篤く供養したのが日本人で、草木塔の思想は今こそ必要だと思う。酒も自然も相手を理解しなければ友達にはなれないし、一方的に奪うだけではだめです。そう言いつつも、呑む時はそこまで考えてませんけど(笑い)」
実は人や水がよく、酒がうまい日本なればこそ失敗も多々あり、酔って荷物を盗まれることも度々だとか。
「まあその度に、電子機器はバージョンアップできるし、気にしてない(笑い)。最近では〈酒場放浪用〉なる変装セットまであるらしく、全身黒ずくめの御仁が全国の酒場にいるとかいないとか。昨夜、来てましたよ、類さんの弟という人が、なんて。実は、弟、いないんですけどね(笑い)」
金もなければないで何とかなり、〈グッバイを 鞄に詰めて 冬の旅〉を地でゆく自由人の唯一の心配事が、失われゆく自然である。
「僕は酒場の達人でも何でもないし、そんな枠の中で立ち回る気はさらさらない。この中に土佐出身の文人、大町桂月の話が出てきますが、〈酒と俳句と山歩き、三拍子揃って桂月とそっくりじゃき〉とよく言われる。彼は一生旅に暮らし、最期は自然保護を訴えて死んでゆくんですが、旅人の死に様としてはまあ、悪くない」
本書は体裁こそ新書だが、単なる知識や情報ではない、詩人の言葉が詰まっている。うまい酒も肴も、今や日々の娯楽や自己表現の道具として消費される中、吉田氏は自らの心の中に生き続ける森や川や生き物たちとの約束を果たすために、これからも消費されない言葉を紡ぎ、酒を呑むのだろう。
【著者プロフィール】吉田類(よしだ・るい):高知県高岡郡仁淀村(現・吾川郡仁淀川町)生まれ。20代で渡仏、パリを拠点に画家として活動後、イラストレーター・文筆家に。2003年より『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)に出演、人気を博す。「盃を合わせてこそ乾杯」が身上で、講演やディナーショーでは400人を超す客の間を走り回り、直に「乾杯!」。ファッションは黒が基調。「子供の頃はセーター用の羊を飼っていて、デザインも自分で、それも黒でした」。俳句愛好会「舟」主宰。174cm、76kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年12月5日号