■支援ガイドに「危険性」は不掲載

 それにもかかわらずカンガルーケアが推進されてきたのは、看護師不足に悩む医療機関にとって、新生児の管理を母親に任せるほうが都合がいいという事情があった。推進派の堀内氏は事故が起きるのは医療体制の不備が原因だと指摘したが、現実は医療スタッフ不足をカバーするために病院側が積極的にカンガルーケアを採用してきた側面が強い。

 厚生労働省もバックアップした。元伊万里保健所長で医学博士の仲井宏充氏が指摘する。

「厚労省は産科医不足の中で、産科医には帝王切開などリスクのある分娩を担当させ、正常分娩はできるだけ助産師に任せる政策を進めてきた。本当に安全かどうかのエビデンスがないまま“自然なやり方がいい”と完全母乳やカンガルーケアが推奨されてきたのも、母親が出産の痛みに耐えることで愛情が生まれるという日本独自の“痛み信仰”で自然分娩を勧めているのも、赤ちゃんのためではなく、国策に沿って宣伝されてきた面があることは否定できない」

 証拠がある。

 厚労省は2007年に母親向けに発表した「授乳・離乳の支援ガイド」の中で、

〈赤ちゃんのからだを拭いて母親の腹部に乗せ、赤ちゃんが母親の体温で保温された状態で、母親と一緒にしておく〉

 と、分娩直後のカンガルーケアのやり方を具体的に載せて推奨した。

 だが、同省が支援ガイド策定のために専門家を集めて開いた研究会の議事録(2007年)を見ると、委員の産婦人科医たちから「安全性が確立していない」「国がこぞって勧めているという印象で取られるのは時期尚早」と注意喚起されていた。

 委員を務めた朝倉啓文・日本医科大学教授が語る。

「カンガルーケアは助産師や看護師が付き添う体制が整っていれば危険はないが、母子が2人きりにされる時間が長いほど危ない。研究会では産婦人科医会の意見として、『絶対安全です、とは言ってはならない』と指摘し、注意を促すように念を押しました」

 ところが、支援ガイドにカンガルーケアの危険性についての解説はない。なぜ省かれたのか。

 厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課の担当者は、「策定されたのは何代も前の担当者の時代なので、どういう経緯で支援ガイドの内容になったのかわからない」というのみだが、今も内容は改訂されないまま母親にカンガルーケアを勧めている。その結果、多くの助産師や看護師、母親はリスクを十分に知らされないまま「最善のケア」と思い込まされ、日本のお産の現場では悲劇が繰り返されている。(【5】に続く)

<プロフィール>
久保田史郎(くぼた・しろう):医学博士。東邦大学医学部卒業後、九州大学医学部・麻酔科学教室、産婦人科学教室を経て、福岡赤十字病院・産婦人科に勤務、1983年に開業。産科医として約2万人の赤ちゃんを取り上げ、その臨床データをもとに久保田式新生児管理法を確立。厚労省・学会が推奨する「カンガルーケア」と「完全母乳」に警鐘を鳴らす。

※週刊ポスト2014年11月28日号

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