■推進派「赤ちゃんはたいして飲めない」

 母親に負担を強いて、カンガルーケアを推奨することにどれだけのメリットがあるのか。

 新生児期に「低体温症」や「低血糖症(栄養不足)」になると脳に障害を与えるリスクが高いことは国内外の多くの研究で報告されている。そのため、生まれたばかりの赤ちゃんには「保温」と「栄養」が重要だとする認識は、カンガルーケアと完全母乳の推進派も、それを危険だとする久保田氏も一致している。

 WHO(世界保健機関)は「新生児の低血糖症を防ぐには、母乳哺育に加えて熱保護(正常な体温の維持)が必要である」(WHO新生児低血糖症文献レビュー)と指摘している。それを踏まえて推進派は「母乳を赤ちゃんが飲みたいときに飲みたいだけ与える」「カンガルーケアは赤ちゃんを温める効果がある」と唱えてきた。

 一方の久保田氏は、出産直後の新生児を「保育器」で2時間保温して体温低下を防ぎ、母乳だけでは足りない栄養を糖水や人工乳で補う新生児管理法を採用している。

「保温」「栄養」という目的は同じなのに、どうして手段の違いが顕著なのか。

 日本で初めてカンガルーケアに注目し積極的に取り組んだ推進派の重鎮で、日本母乳の会監事を務める堀内勁・聖マリアンナ医科大学名誉教授(小児科医)の見解を聞いた。

「ほどよい量の母乳が出るには2か月かかる。早い人は3日で出るようになる人もいる。けれども、母と子が絡み合いながら成長していく象徴が“おっぱいをあげる”という行為です。最初にしっかり母乳哺育をやらせると、そのまま続けることができる。

 それに生まれたばかりの赤ちゃんは胃袋の容量が約3cc程度しかないとされ、たいして飲めないようにできている。低血糖症が起きないとはいい切れませんが、極めて稀なのです。むしろ、保育器に入れて喉をカラカラにさせて、無理に飲ませる久保田先生のやり方は新生児に負担を強いていると考えます」

 カンガルーケア中の事故についてはこう分析した。

「私はNICU(新生児特定集中治療室)で長年、カンガルーケアに取り組んできたが、NICUでは十分に人手があって、お母さんとのコミュニケーションをとりながらやっているから事故がない。しかし、現在の医療現場では産科の病床が足りないために、十分な母子のケアができる体制が整っていない。事故が起きるのは貧弱な医療体制が問題なのであり、カンガルーケアをするかしないかとは関係がないのです」

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