東宝に入った宝田は撮影所内にある演劇研究所で一年間の研修を受けることになる。
「大変ハードなカリキュラムでしたよ。発声、歌唱、ダンスにタップに日舞。音楽理論の講義では伊福部昭さんや中田喜直さんがいらして楽理の話をされたり東宝の俳優さんや監督さんからは映画演技を教わりました。
発声練習では滑舌を鍛えるために、『あいうえお』から始まって、歌舞伎十八番の非常に難しい『外郎(ういろう)売り』をやらされましたね。それで少しでも間違えると、外に出されるんです。私と岡田眞澄はよく寒風の吹きすさぶ中を外に立たされて練習しました。
舞台と映画の演技の違いも教わっています。舞台は全体が一つの額縁みたいになっていますが、映画はカメラが観客の目になる。つまりアップになった目や手だけで表現しなければならない場合がある。またマイクが近くにあるので、遠くに向かって喋る必要はなく、いかに自然に滑舌よく喋ればいいかということなどです。
踊りの訓練は、後にミュージカルをやる時に役立ちましたね。ダンス専用の筋肉の発達の促し方が、当時から分かっていたわけですから。筋肉といっても、重量挙げみたいなマッチョマンになるということではなくて、役者として芝居に使うべき筋肉の鍛錬ですね。そういう肉体的なことも勉強になりました。
後年になってその筋肉を芝居で使ってみると『宝田さん、どうしてそんな風に動けるようになったんです』なんて言われるんですが、『いやあ』って、何食わぬ顔で芝居していました」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)、『時代劇ベスト100』(光文社新書)ほか。責任編集をつとめた文藝別冊『五社英雄』(河出書房新社)も発売中。
※週刊ポスト2015年1月1・9日号