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佐藤愛子「書くべきこと書きつくし、作家としての幕下りた」

【著者に訊け】佐藤愛子さん/『晩鐘』/文藝春秋/1998円

 一人の女性作家のもとに、離婚した夫の訃報が届く。ともに青春を過ごし、事業の失敗で自分に多額の借金を背負わせたあげく去っていった男は何者だったのか。作家は、古い記憶をたぐり、思いをめぐらす──。

 15年前に発表した『血脈』で、佐藤さんは父佐藤紅緑、兄サトウハチローと、一族に流れる「荒ぶる血」を描いた。「最後の小説」という本書で書く対象に選んだのが、夫だった作家田畑麦彦である。出会いから別れ、その後の人生までが『晩鐘』では描かれる。

 倒産劇と離婚のことは、昭和44(1969)年に直木賞を受賞した『戦いすんで日が暮れて』でも書いた。「この経験をもとにバルザックのような大小説を書くつもりだった」のに、注文を受けて50枚の短編を書き、「やがて時が来たらば、もう一度書けばいい」と思ったことが文庫本のあとがきに記されている。

 その時が来た。

「私はわりと元気なものですから、自分の年を意識することがなかったんです。それが3年前、珍しくぼんやりしていたら、ずいぶん前に尊敬する古神道の先生から、『佐藤さんは90才まで生きますよ』と言われたのをひょいと思い出したんですよ。

『じゃあ、あと2年しかないじゃないか!』ってびっくり仰天しましてね。このまま便々と死ぬわけにはいかない、って意識したら、自分の中にたゆたっていた思いが形になって出てきたんです」

 人生を「総ざらい」するつもりで書き始めた。夫の残した借金を返すため、書いて書いて書きまくる作家生活だったから、締切のない小説を書くのはプロになって初めてだったという。

「気がつけばみんな死に、残っているのは自分一人、という思いを書き残しておきたかった。私が死んだ後で、もし本にしてくれるところがあれば出してもらえばいいし、なければないで構わない、と原稿を娘に託しておくつもりだったの。書くことで、残りの2年を埋めようという気持ちでした」

 資産家の息子に生まれ、不自由な足を抱えて生きてきた元夫「畑中辰彦」の人生をたどりながら、合間に年老いた作家「藤田杉」が亡き恩師にあてて書く手紙を挿み、手紙の中で彼女の思いが綴られる。

 書き上げた原稿を読み返したとき、「辰彦がヘンな男だというのを書こうとしたけど、杉も負けず劣らずヘンな女だなあ」と思ったそうだ。

「そんな発見をする作家ってあんまりいないと思いますね。少しは自分でもわかっていたつもりだけど、ここまでおかしいとは思ってなかった。書くべきことは書きつくして、もう空っぽになりました。作家としての私は、これで幕が下りたんです」

 長い作家生活の終わりを、さわやかに、きっぱりと宣言した。

【著者プロフィール】佐藤愛子(さとう・あいこ):1923年生まれ。1950年、同人雑誌『文藝首都』に参加。1956年、田畑麦彦と結婚するも1968年に離婚。1969年『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、2000年『血脈』で菊池寛賞を受賞した。エッセイの名手としても知られるが、「だんだん年をとってくると、感受性が衰えるから、面白いと思うことがなくなってきて、書けないんです」。

(取材・文/佐久間文子)

※女性セブン2015年2月5日号

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