前巻『南冥の雫』の末尾で、泥沼のインパール作戦へと身を投じた次郎の凄まじい最期が描かれたが、残る兄弟の運命も、国家の盛衰の中で突き動かされてゆく。ソ連軍に侵攻された開拓村の惨状を見た三郎は、関東軍総司令部の武装解除後も銃を持ち居留民を守り続ける。満映の社員から関東軍特殊情報課の嘱託となった四郎もまた満州に居ることを選択した。そして物語は、静かな結末を迎える──。
満州で起きたことはどれもその場限りの事情で説明できない。明治維新や戊辰戦争など「100年単位の歴史のツケ」だと氏は言う。
「日清・日露から満州事変へと至る過渡期に、奥羽越列藩同盟側である鶴岡出身の石原莞爾や岩手の板垣征四郎が育ち、彼らが満州事変の引き金を引く。その石原は戦後、召喚に来たGHQに、大東亜戦争を語るには100年前にイギリスが中国に仕掛けたアヘン戦争から始めよと返したという。
今のイスラム国の台頭も、第一次大戦後の4帝国崩壊から100年、中東を上手く封じてきたつもりのベルサイユ体制のツケとも言える。西欧各国の出方次第ではツケはまた次代に回る」
ならばなおのこと“森”そのものに正視を試みる本作は、私たちに、イデオロギーにも郷愁にも偏らない、生身の満州を見せてくれるだろう。
【著者プロフィール】船戸与一(ふなど・よいち):1944年下関市生まれ。早稲田大学法学部卒。1979年『非合法員』でデビュー。『山猫の夏』で吉川英治文学新人賞、『猛き箱舟』で日本冒険小説協会大賞、『砂のクロニクル』で山本周五郎賞、『虹の谷の五月』で直木賞等。2007年『満州国演義』刊行開始。『風の払暁』『事変の夜』『群狼の舞』『炎の回廊』『灰燼の暦』『大地の 』『雷の波濤』『南冥の雫』、そして本書に至る満州クロニクルが完成。167cm、58kgと「闘病前に比べて約20kg減。今は贅肉さえ愛しい」。B型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年3月13日号