◆小説現実に負ける危機感
物語は岸川と高橋、そして大手モデル事務所にスカウトされた女子高生〈月子〉の語りで進み、中盤からは真嶋自らも話者に加わる。
「書き始めた当初は真嶋が暴力と恐怖で東京を支配していく過程を、岸川に近い傍観者の視線で読んでもらおうとしたんですけどね。
そんな時、例のフラワー事件が起きて、何なんだ、この愚かさはって、物凄くショックだったんですよ。あれだけ海老蔵事件で注目された直後にあんな事件を起こすなんて尋常じゃないし、嵌めたとしたら誰かとか、政権交代との関連まで考えた。
とにかくこのままでは小説は現実に負けると危機感を抱くほど圧倒的な愚かさを前にして、論理や常識や既存の暴力すら逸脱した暴力を僕なりの形で書いてみたくなったんです」
ある人物は真嶋に言った。
〈やくざの暴力は、あらかじめその影響がどこまで及ぶかを想定している〉〈お前の暴力は、逆だ。どこまで波及するかわからない〉と。
嫉妬をこじらせ、常軌を逸した行動に出る岸川も、真嶋が営む秘密クラブ〈F〉で薬物や快楽に溺れていく月子も、真嶋の暴力に搦め取られた王国の住人だった。その余波は正義の番人を自負する高橋や真嶋自身をも脅かし、それぞれの王国はより大きな力、より大きな王国によって無惨にも踏みにじられてゆくのである。
「個人の暴力から国家権力の行使に至るまで、結局は暴力って愚かさと無縁ではいられないと思うんですよ。ちょうどこれを書き終えた頃、国会では安保法案が議論されていて、戦争という最大の暴力に向かっていく姿には、どんな正論を用いようと愚かさがつきまとう。
賢さと愚かさはまた別物ですしね。真嶋だって闇金や振り込め詐欺で稼いだ裏の金を表の系列企業に投資して巨万の富を築き、10年、20年先の東京を牛耳ろうと企む程度には賢い。そのために秘密クラブまで作って、政治家を抱きこむ切れ者が、同時にバカな抗争もやりうるところが、怖いんです。
真嶋を暴力団相手に一歩も引かないダークヒーローとして読まれる方もいるようですが、僕はあくまで彼を犯罪者として書き、ある種のカッコよさと愚かさが並立してしまう怖さも、ここには書いたつもりです」
欲望を持たない男の渇きに戦慄しながら読み進めるうち、暴力にしか居場所を見つけられなかった彼らの愚かさをいつしか傍観できなくなる、怒濤の470頁。人を妬み、羨み、どちらが上かを競い合う力の行使と無縁ではいられない以上、人は誰しもその闇を、内に抱えているということか。
【著者プロフィール】
新野剛志(しんの・たけし):1965年東京生まれ。「実家は世田谷で、今思えば道を挟んだ目の前が関東連合の本拠地。ただ世代が微妙に違うし、特に脅威は感じませんでした」。立教大学社会学部卒。旅行会社勤務後、3年の放浪生活を経て、1999年『八月のマルクス』で第45回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『FLY』『愛ならどうだ!』『中野トリップスター』『美しい家』『カクメイ』『明日の色』等。ドラマ化され、直木賞候補にもなった『あぽやん』シリーズも人気。175cm、57kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年10月16・23日号