「『いのちぼうにふろう』の時は勝さんが『圭ちゃん、御店者の所作を教えてやるよ』と座り方を教えてくれました。座った時に少しマゲのところを擦ったりするとか、『ちょっと崩して座ると割といい感じになるぞ』とか。
『人斬り』の時は先斗町のお茶屋に連れていってくれました。『今夜はいいものを聞かせてやる』と三味線を持ってきて、弦を一本だけ使って雨を表現してくれました。ポツンと降り始めから、だんだん激しくなり、そして収まって最後は雨垂れがポツポツンと落ちて終わる。私一人だけで、いいものを聴かせてもらいました。その音色は今でも耳に残っていますね。
非常に繊細で、それでいて豪放な方でした。『人斬り』には、先斗町の路地で斬り合う場面がありますが、あのセットは本当に狭い。それなのに本身の刀を使って斬り合いをやってしまう。かなりの技術がないとできないことです。
ただ、酔っ払って毎日撮影に遅れてくる。ある時スタッフたちが『もう我慢できない!』『土下座させよう』と正門で待ち構えていたら、なかなか来ない。僕も一緒にいたんですが、ふと後ろを向いたら勝さんがもう土下座していた。それで、みんな笑いながら散りました」
■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬上家の一族」』(ともに新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
※週刊ポスト2015年12月25日号