しかし、貧しい彼にいつも食事をごちそうしてくれる親友が、男と女は親しい友達同士という関係ではいつか必ず満足できなくなり、つらく感じることになるだろうと予言する。《人間ってのは、欲が深くなる生き物だから》と。そしてその予言をなぞるように主人公は、隠蔽していた欲望を自覚してしまい、毎日いじめられていた中学時代以上の「地獄」を味わうことになるのだ。その地獄の原因は、あろうことか、彼が大好きだった人たちなのである。

 苦い展開をするものの、前向きさを感じさせて終わるこの初恋物語は、最後の章でにわかにミステリーの様相をかもし出し始める。主人公をさんざん振り回していた少女の視点で、2人の物語がもういちど語られ直すのだ。衝撃。単行本で読んだときは主人公に肩入れするあまり彼女のことを憎んでしまったけれども、加筆された文庫版を読んでいたらヒロインの気持ちもけっこう理解できてしまった。関係者全員、だれも悪くない。なのにつらい。それが恋なのだ。

 主人公は自分を傷つけたヒロインを恨むことはせず、最後はむしろエールをおくるような行動に出る。その果敢さに涙が出て仕方なかった。きみは、かっこいいよ。いつかきっと、きみの魅力がわかる女性に、モテるよ。そう思わずには読了できなかった。

 主人公は思う。《人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、そして、お互いに大切に思い思われたい欲だ! 語呂が悪いから性欲と言っているだけで、真実はそうにちがいない。そして、「お互いに大切に思い思われたい欲」は、恋人ができないかぎり満たされない。ひとりエッチや風俗では、気休めにすぎないのだ。》と。こんな普遍的な真実にたどりつく童貞って、いるだろうか。中沢健は本作を書いたとき真の童貞だったというのだから恐れ入る。普通の童貞は童貞である自分のことを客観視できず、このような達観を持つことはできまい。

 ドラマ化を機に小学館ガガガ文庫というライトノベルのレーベルから文庫化されるにあたっての加筆は、成功だったと思う。すでに童貞ではなくなったという作者は、さらなる冷徹な客観性を身につけ、作品はより残酷さを増し、味わい深くなった。青春とは屈辱であるというのが筆者の持論だが、その意味で本作には片思いと青春のすべてが書かれている。

『初恋芸人』
著者の作家デビュー作(2009年)。「あとがき」にはこの6年間の変化について綴られている。4月19日放送分でドラマは最終回(全8回)。ヒロインを松井玲奈が演じている。

※女性セブン2016年4月28日号

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