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男女の出会いと別れを匂いとともに描く村山由佳の短編集

【著者に訊け】村山由佳さん/『ワンダフル・ワールド』/新潮社/1512円

【本の内容】
「アンビバレンス」「オー・ヴェルト」「バタフライ」「サンサーラ」「TSUNAMI」──本作に収録された5編の短編には、いずれも男女の出会いと別れと、そこに結びついた官能的で、胸を締めつけるような特別な香りが描かれている。「実は私はデビュー以来、長編ばかり書いてきて、短編はあまり書いて来なくて。長編と短編では、書く時に使う筋肉が違うなって思いますね」(村山さん)

 香水やアロマオイルのほか、ペットのインコのにおい、プールのカルキ臭、骨董店の麝香(じゃこう)や沈香(じんこう)を思わせるにおい、老いた猫の排泄物の強烈なにおい。さまざまな香りがたちのぼる瞬間で、人生の一場面を鮮やかにとらえた短編集である。

「香りは人の生理に近いところにあるせいか、どうしても、エロティックな面が引き出されますね。五感の中で唯一、香りの刺激は、大脳を通らず直接、海馬に記憶されるそうです。いいにおい、いやなにおい、危険なにおい。この相手を受け入れていいかどうか、動物的に判断しているというのが面白いですね」

 本のカバーには、黒田潔さんが描いた、インコの美しい絵が使われている。

「この絵を見たとき、そういえば動物がたくさん出てくる短編集だな、と改めて意識しました」

 インコ、豆柴、猫。人に寄り添う動物が、飼い主の心や、だれかとの関係性において大きな影響を及ぼす。無臭化していく人間と対照的に、動物たちはそのにおいで、生きていることを強烈に主張するようだ。

 村山さん自身、あまり香水はつけないが、昔から香りは好きで、アロマやお香を焚いたり、石鹸やシャンプーの香りにもこだわるという。

「色や風景、感情に比べて、香りは言葉にするのが難しい。『いい香り』も人それぞれに違うし、『森の香り』で何を思い浮かべるかも違うはずです。難しいぶんやりがいもあって、香りと関係のない言葉を使ったほうが伝わりやすく、香りにかきたてられる感情を描写すれば読んだ人の中に香りが残る、といったことがだんだんわかってきました」

 忘れられないにおいの記憶でいえば、村山さんはかつて、「ファブリーズ」と「リセッシュ」を二丁拳銃のように両手に構え、家中に撒いて歩いたことがあるという。

「その人のにおいは、きのうまでいちばん安らげる香りだったはずなのに、『もう無理』って思ったとたんに、クローゼットや箪笥の引き出しにまで消臭剤を撒いて、寝具も総とっかえして。男性なら、別れた人が出て行った後、彼女の香りまで生理的に受けつけない、ということにはならないかもしれませんね」

 においは、ときに思いがけない反応を自分の中から引き出すこともあるのだ。

 最近は、若いときは目にとまらなかった、ふとした瞬間にのぞく、その人の裂け目のような部分をつい、見てしまう、と村山さん。

「人間、年をとると意地が悪くなるのでしょうか(笑い)。一瞬にして気持ちが冷める、そういう瞬間を書くのが面白くなってきました」

(取材・文/佐久間文子)

※女性セブン2016年5月5日号

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