◆舟券は必ず自分で予想して買うべし
生涯でボートレースに注ぎ込んだお金は軽く一億円を超えるという。それでいながら「でも、いつかは」と闘志を漲らせている。根っこで堅実な生き方を是としているからこそ、一方で、一攫千金を夢見ずにはいられないのかもしれない。著書『蛭子能収のゆるゆる人生相談』(2015年)では、こんな金言を吐いている。
〈仕事で輝くという人生は変。人は、競艇場で輝くために働くんです〉
蛭子はギャンブル狂だが、決してギャンブル依存症に陥っているわけではない。そこは制御機能が働く。
「借金してまでやろうとは思わないですね。電話やインターネットで舟券を買ったりもしない。試したこともあるんですけど、ぜんぜん楽しくないんですよ」
蛭子がギャンブラーとして「そこだけは譲れない」と強く語るのは、〈自分の生きる道は自分で決める〉のと同様に、必ず自分で予想して購入することだ。もっとも自由を謳歌できる場で、その自由を自ら放棄するほど馬鹿馬鹿しいことはない。見てくれはふにゃっとしているが、芯は一本通っているのだ。
こんな一面も、そうだ。
〈ビートたけしさんがスタジオにいると、近づいていく人がけっこういるんです。恥ずかしげもなくそばに寄っていくんですね。(中略)僕はこういう人たちが苦手です〉
嫌い、と否定しないところが奥ゆかしい。蛭子は人と群れることも好まない。
「そもそも人としゃべることが好きじゃない。人の話を聞いてても、たいしたことしゃべってないでしょう? 人の悪口だったり、愚痴だったり。だから、打ち上げとか嫌いなんですよ。早く帰りたくなる」
他人の問題には無関心を貫くが、そこは寛容さと表裏一体でもある。
「ベッキーの不倫疑惑も、相手の男性と、その奥さんの三人が話し合えばいいこと。他人があれこれ言うべきじゃない。どうなろうとも、自分には何も関係ないじゃない」
それでいながら、毎月ユニセフに募金をしたりもする。が、その点を突っ込むと「女房がしているから、しているだけで。たいした理由はないです」と予想通り素っ気ない。人に媚びず、孤独を愛し、愚痴をこぼさない。他人とは極力関わらないようにしているが、最低限の優しさだけは維持しようとしている。蛭子は何かに似ている。そう、ほんのちょっと、ハードボイルド小説の主人公のようなのだ。カッコ悪いのだが、カッコいい。
6月4日、蛭子の初主演映画『任侠野郎』が封切りとなる。気になる役どころは、口数の少ないクレープ屋。しかし、若い頃はある組の若頭として怖れられた元ヤクザという裏の顔を持つ。そのギャップがまた、実際の蛭子とだぶる。蛭子はバカな振りを装い、相手の素を引き出し内心でバカだなとほくそ笑んでいるような性悪な面も持っている。
戦わずして、勝つ──。孫子の兵法にもあるが、これぞ最強の処世術だ。
「はははは。バカな振りをしているというよりは、本当にバカなんですよ」
騙されてはいけない。
【プロフィール】えびす・よしかず:1947年10月21日生まれ。長崎県出身。長崎市立長崎商業高校卒業後、地元の看板屋に就職。20歳のときにつげ義春の『ねじ式』に衝撃を受け、漫画家を志す。1970年に上京し、様々な職を転々としつつ、1973年に『パチンコ』で漫画家としてのキャリアをスタート。その後、劇団東京乾電池のポスターを描いたのをきっかけに役者デビューし、「普通っぽさ」が受け、テレビ業界で引っ張りだこに。171cm、78kg、O型
■構成/中村計 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2016年5月27日号