「吉田に電話で結果を報告したら、『出前じゃないんですから、電話じゃだめですよ。釜石に足を運んで実際のプレーを見てもらわないと』って言われて。僕は単純な男ですからね、『その通りだ!』ってひとり盛り上がって、また桜庭さんに電話したんです。それでトライアウトを受けさせてもらえることになったんです」
すでに引退表明から1か月以上経っていた。トライアウトを受けるなら、ベストの自分をぶつけたい。伊藤は、神戸の街をひたすら走り、体を絞った。
「芦屋川沿いを走ったんですが、そこの桜が奇麗でしてね。4月生まれの花見好き、酒好きのこの僕が、桜を見ても心が躍らない。せつない日々でした。たったひとりの戦いです」
そして4月末のトライアウト。伊藤は松倉グラウンドに立ち、驚愕の数字を叩き出す。フィットネスでチーム1位となったのだ。
「他の選手は体力テストだと思って受けてますが、こっちは、生きるため、食うためにやりましたから(笑い)」
晴れて入団した伊藤の活躍は、目覚ましかった。ロック(FW)のレギュラーとして体を張り続け、その年のチームはトップイーストリーグ1部3位。翌年から3位、2位、2位と順位を上げ、今年が5年目のシーズンだ。
◆いとう・たけおみ:1971年生まれ。東京都出身。法政二高でラグビーを始め、法政大学を経て神戸製鋼(コベルコスティーラーズ)に入社。1994年度の日本選手権7連覇、1999年・2000年度の日本選手権優勝など主力選手としてチームに貢献。24歳から日本代表に選ばれ、キャップ数は62を数え、1999年、2003年にW杯出場。2012年、神戸製鋼を退団してトップイーストの釜石シーウェイブスに入団。9月10日に開幕する今シーズン、トップリーグ昇格を目指す。
撮影■渡辺利博 取材・文■角山祥道
※週刊ポスト2016年9月9日号