ディグニティセラピーとは、めぐみ在宅クリニックが取り入れている精神的なケアの方法の一つです。連載の中でこれから詳しく紹介していきますが、「人生の中で最も思い出深い出来事」や「大切な人に伝えておきたいこと」など、9つの質問を投げかけ、それに答える形で、患者さんに自分の人生を振り返っていただく。聞き取った答えを「大切な人への手紙」として、患者さんとともにスタッフが完成させます。

 この女性の手紙はこんな内容でした。

「いちばんの思い出というのは、哲也が生まれた時でした。初めて生まれたばかりの哲也を見た時は涙が止まりませんでした。分娩室で付き添ってくれた正人(夫)が、私の手をずっと握っていてくれて。あの手の温かさは今も忘れません」

「大切な人に伝えたいこと」では、子供への思いが綴られていました。何よりも体を大切にして健康でいてほしい、きょうだい仲よく、将来は人のためになる仕事についてほしい。人生の最期を迎えようとしている母親が、子供に伝えたいことは、この3つに尽きるという心情が、ひしひしと伝わってきました。“手紙”が完成し、涙を流し読み終わった後、患者さんは自分の人生に価値があったと、あらためて確信したのでしょう。自分の中の“支え”を見つめ直すことができたのかもしれません。大切なことを大事な人に伝えられた安堵感も、彼女に味方したに違いありません。

「私が死んだ後、私の両親のことや子供たちのことを、主人にだけ任せるのは大変ですよね。『私がいなくなったら、主人を助けてあげてください』って先日、仲のいい主人のお姉さんに頼みました」

 几帳面で真面目な性格のかただけに、人にゆだねるのは、さぞや気持ちの整理が必要だっただろうと察しました。自分がいなくなったあとのことを信頼する人にゆだね、患者さんは心の底から安心されたことでしょう。

 夫と2人の子供を持つ末期がんの、42才のその女性は、苦しみの中にも穏やかな表情を保つことが次第に多くなっていきました。

※女性セブン2016年9月29日・10月6日号

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