この本では悩めるドラ1が垣間見た指導者の魅力的な姿も紹介されている。53歳の私としてはどうしてもその中から教訓を引き出してしまう。とくに若い人を指導する人が読めば参考になることがいくつも書いてある。たとえば水尾はトレードで出されたオリックスの仰木彬監督の姿に学ぶことが大きかったという。
どんな選手でもミスをする。ミスをするとだいたいの監督は「なにをやっているんだ」と激怒する。するとグラウンドの選手もコーチも監督の激怒が収まるまで、対応が遅れてしまう。しかし仰木は違う。
《ことがおこった瞬間に、すぐ手を打ちます。相手よりも先に指示を出して、選手たちを動かしていました。(中略)仰木さんは(神田注・激怒するという)反応ではなく、対応をしていました》
もうこれだけで胸に手を当てて反省を迫られる管理職の方は多いのでは無いだろうか。同様のことを多田野も語っている。多田野は大学卒業すぐのドラフトでは漏れて、アメリカに渡り、マイナーリーグ、メジャーを先に経験している。アメリカでは5年間で10人くらいのピッチングコーチと出会ったが、一度も怒られたことがないという。4者連続でホームランを打たれたときも「明日頑張ろう」と励まされた。
私の若いころは野球が世界の中心にあって、先人からの仕事の教えも野球のたとえが多かった。いま私がそれをやると若い人に失笑を買ってしまう。だが53歳のいまでもジュニア新書から教訓を導いてしまうのは、やはり野球がそれだけ偉大なスポーツだということだ。……とここまで書いて不安に駆られたので蛇足ながら付け加えるが、この本を読んで若い人が「アドバイスは聞きすぎない方がいい」とか、一面的に捉えないでほしい。いま管理職クラスの友人から、「若い人がいうことを聞いてくれない」という悲鳴が聞こえてくる。この本に登場するのは1年間に12人しかいない超エリートの述懐だ。99%の普通の若者は、ちょっとぐらいおっさんの言うことに耳を傾けてくれることをお願いしたい。