千早駅西口にある「八百屋の九ちゃん」は、開店直後からお客さんが押し寄せる人気店


 JR九州は地元のJAや自治体と協力関係を築きながら、地元特産の野菜や果物の栽培に力を入れてきた。新しい野菜や果物に挑戦するわけではない。あくまで地元で盛んに栽培されている野菜をつくる。そこには、地域の農業を守っていくという思いがある。

 玉名事業所の田中克也所長によると「JR九州は大企業です。だから、ノウハウがないとは言ってもJRが農業に参入してきたら、地元の農家にとって脅威に感じてしまうでしょう。JR九州は玉名農場では地元で盛んに栽培されているトマトではなく、ミニトマトを栽培するといったことで地元農家と潰し合いにならないようにしています」と言い、共存共栄を目指す。

 しかし、多品目の野菜や果物を栽培するよりも同じ作物を栽培していく方がノウハウを活かしやすい。ノウハウのない鉄道会社が農業に参入することだけでも大胆なチャレンジなのに、わざわざリスクの大きい多品目栽培に取り組むのはなぜだろうか? 

「JR九州の代表取締役会長である唐池恒二が『JR九州でつくった野菜だけで好物のカレーを食べたい』と言ったことが、多くの野菜を栽培するきっかけになっています。唐池の言葉はあくまでも比喩ですが、その言葉が表すように多くの野菜や果物を栽培することで九州全体を盛り上げたいと考えています」(同)

 JR九州の農場で収穫された野菜や果物の大半は、これまで地元のJAを通じて出荷されていた。しかし、自主販路の開拓も着実に進んでいる。

 JR九州は昨年5月に福岡県福岡市の千早駅前に「八百屋の九ちゃん」の1号店をオープンし、”生産”から”販売”へも裾野を広げる。同店はJR九州ファームで収穫された野菜や果物を中心に並べているが、そのほか九州産の野菜・果物も販売している。取り扱うのは、あくまでも九州産。そのこだわりにも、JR九州が農業を盛り上げようという信念が伝わる。

「八百屋の九ちゃん」は吉塚駅と博多駅にも出店し、合計3店舗まで拡大。

 JR九州ファームの農産物は評判を呼び、東京の赤坂や羽田空港ではJR九州ファームのタマゴが販売されるようになっている。九州の枠を飛び越えた。さらに、オンラインショップ「八百屋の九ちゃんネット」もオープンし、全国からお取り寄せが可能になった。

 また、栽培された野菜や果物をジュースやアイスに加工して販売するなど、農業の6次産業化にも着手している。

「これまで九ちゃんに来店するお客は女性ばかりでしたが、JR九州の株式上場がニュースで取り上げられたことで、男性客も増ええました。上場の効果も出ています。今後は農場を増やし、たくさんの野菜や果物をつくりたいと考えています」(田中社長)

 JR九州が始めた農業は奇策のようにも思えたが、JR東日本やJR東海も農場を開設するし、クルーズトレイン同様にJR九州に追随し始めている。

 JR九州が切り開いた”農業”という新しい可能性は、今後も目が離せない。

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