森鴎外の『高瀬舟』を原初に、『人間の約束』(1986年 吉田喜重監督)、『終の信託』(2012年 周防正行監督 朔立木原作)など、日本でも文学や映画で幾度となく安楽死や尊厳死は描かれてきた。
作家の吉村昭は2006年、末期がんの闘病の末、病院のベッドで自死を宣言し、直後自らカテーテルを引き抜いて死んだ。後年、妻の津村節子は、私小説『紅梅』に最期の光景を綴った。
《「夫は、胸に埋め込んであるカテーテルポートを、ひきむしってしまった。育子には聞き取れなかったが、『もう死ぬ』と言った、と娘が育子に告げた》
《延命治療を望んでいなかった夫の、ふりしぼった力の激しさに圧倒された。必死になっている看護師に、育子は、『もういいです』と涙声で言った》
安楽死を望みながらも叶わず、患者が壮絶に死んでいく日本と、欧米の隔たりはあまりに大きい。
宮下氏が立ち会った安楽死患者は、みな穏やかな最期を迎えていた。
「表情も変わらないし、口が少し開いたりするくらいですね。点滴のストッパーをはずした後はコロッといきます。テレビを見ながら寝てしまったおじいちゃんのような。その後、警察と検視官が来ますが、みなわかっているので処理もスムーズです」(宮下氏)
患者にとって、真の救いとは何なのか。価値観が根底から揺らぐ光景だという。
「私も変わりましたから。医師は全知をかけて治療してほしいとは思いますが、最期は患者の意志も尊重されるべきだろう、と。
実際、安楽死の希望者には特徴があって、自分の人生を自分でコントロールしてきた人が多いんです。ある種のエゴイストであり、かつ子供がいない。不治の病という前提は無論、本人の性格として、“自分の死にたいように死ぬ”という揺るがぬ意志があった」(宮下氏)
※女性セブン2016年12月1日号