●茶々(ちゃちゃ、1569~1615年)
天下人から城を与えられた日本一有名な姫君。昨年の大河ドラマ『真田丸』では竹内結子が演じた茶々(淀殿)も、秀吉から居城として淀城を与えられた“おんな城主”だ。
「父・浅井長政、母・市、養父・柴田勝家をみな秀吉に殺されたうえで側室として迎えられているので、茶々はもともとは秀吉を憎んでいた。しかし秀吉との間に秀頼を産んだことで、豊臣方の中心人物として権力を握った」(歴史作家で多摩大学客員教授の河合敦氏)
●鶴姫(つるひめ、1536?~1575年)
百の首を獲るも自刃した悲劇の女傑。備中常山城(岡山県玉野市)城主・上野隆徳の妻・鶴姫には、自ら戦地に赴き“女軍”を率いた逸話が残っている。
備中の戦国大名・三村元親と安芸の毛利輝元が争った一連の戦いで、毛利方の指揮をとったのは輝元の叔父・小早川隆景。隆景は元親の居城・備中松山城の支城を次々と撃破し、天正3年(1575年)5月21日には松山城も落とす。
そして、最後決戦の舞台となったのが備中常山城だった。
小早川軍が常山城に攻めかかったころには、多くの城兵が逃げ出しており、三村勢で城に残っていたのは上野隆徳と妻・鶴姫、そして鶴姫付きの侍女ら合わせて100人ほどだった。しかし、鶴姫はあきらめていなかった。
「武士の妻が敵の一騎も討たずに自害するのは口惜しい」と鎧を着け、侍女30人余りを率いた「女軍」で小早川軍に斬り込んだ。
「このとき常山城を攻めていた小早川方の浦宗勝は、女性が城から出てくるのを見て、降伏してきたのかと勘違いした。すると、その女性たちに斬り込まれて防戦一方になり、100人が討たれたと伝えられています」(小和田氏)
鶴姫は敵の大将である宗勝を見つけると声高に勝負を申し出たが、敵兵に阻まれて押し戻された。最後は城中で自刃し、常山城と運命を共にした。
※週刊ポスト2017年2月3日号