「やれていた練習ができなくなっていた」と言いながら微かに頭を横に振った。努力してもできなかった情けなさや悔しさがあったのだろう。初めて自分と向きあえなくなった瞬間について聞かれ、胸元を直し、左手の指で鼻先を2度触った。思い出されそうになったその時の不安から、自分の気持ちをなだめようとしたのだろうか。
そこからの数年間、試合に向かったものの「求めている姿はそこにない」と黒い瞳が揺れることなく、まっすぐ前を向いた宮里選手。追い求めていたプロとして理想のプレー、確固たる理想の姿が、彼女の脳裏に浮かんでいたのかもしれない。
「プロである以上、結果は残したい」
こう言いながら、宮里選手は眉間にシワを寄せた。引退ではなく、しばらく休んでまたやれば?という質問に「プロでやる以上、そこまで甘い世界ではない」と答えた時も、眉間に深くシワを寄せた。辛かろうが苦しかろうが、納得のいくプレーや結果が出せないことの方が辛い。眉間のシワは、そんな彼女の心の葛藤や苦悩を露わにしていると思う。
「プロ」という言葉は、彼女にとって特別な意味を持つものらしい。この言葉を口にする度、眉間や眉毛が微妙に動く。楽しかったり、嬉しかった話には眉毛全体が上がり、悩んだり苦しんだことについては眉頭に力が入ってから眉毛が持ち上がる。また、自分と対峙し、向きあった時のことには眉間に力が入りシワを寄せる。
そして彼女は、「戦い続けるのは無理」と眉頭から先にピクッと眉を持ち上げながら言った。決断した時の心境は想像するしかないが、心のどこかに辛さや哀しさ、寂しさを感じたことは否めない。そんな心の奥底が透けて見えるような眉の動きなのだ。
だが現役引退を決めたことで、宮里選手は気持ちに区切りがつき、ふっきれたのではと思う。ここまでという期間がわかると、なぜか、そこまではなんとか踏ん張ろうとする気が起きるものだ。こうなると彼女にかかるのはストレスよりも、むしろプレッシャーだ。
人々の期待に応え成功したい、理想の自分を見せたいと思うことからくる精神的重圧がプレッシャーだと言われるが、一流のプロはプレッシャーをコントロールして、上手く利用することに長けている。彼女もここまで優勝できた要因を、自分と向きあい、自分を信じ自分をコントロールすることだと話しているだけあって、プレッシャーのコントロールは上手いはずだ。
だからなのだろうか。今シーズンの試合について、記者から、優勝が目標かと問われると「そうです」と笑顔で力強く大きく頷いたのだ。そんな仕草や表情に期待が膨んでいく。
藍ちゃんが優勝カップにキスする姿が、もう一度見られるはずだ。