「本当に自分の実力からすると、僥倖としか言いようがないと思いますけど」
20連勝目のインタビューで表れた「僥倖(ぎょうこう)」は、〈思いがけない幸運〉(同)。ギャンブル・勝負をテーマにした福本伸行作の漫画『賭博黙示録カイジ』の中でこの僥倖という言葉が使われていることは、福本漫画のファンの間では有名である。棋士にも愛読者は多い。しかし藤井がこの言葉を目にしたのは、漫画からではないだろう。いつどこで覚えたのか尋ねられた藤井は、困惑している。
戦前から戦後にかけて活躍した木村義雄14世名人が、若き日にうっかり大逆転負けを喫して、対戦相手に向かって悔し紛れに、「君は僥倖を頼んで指したな」と言い放った故事がある。
藤井のボキャブラリーの豊富さは、その読書量のうちにあると推測される。小学5年生で司馬遼太郎『竜馬がゆく』を全巻読破し、「朝日新聞」を隅から隅まで読むほどに、活字に親しんでいることはよく知られている。「望外」と「僥倖」はやはり、棋書を読み込むうちに、自然と覚えたのではないだろうか。(文中一部敬称略)
※週刊ポスト2017年7月21・28日号