また、聞けばなんでも教えてくれる。昔、試合後の取材で馬淵さんの作戦について私が質問すると、お立ち台の上から突然、
「あんたやったらどうする?」
と逆質問されて驚いたことがある。あとにも先にも、壇上の監督から逆質問されたのはこの一度きりだ。驚きながらおずおずと私が自分の考えを述べると、
「それは違うな」
と、自分がその作戦を選んだ思考過程を論理的に説明された。
甲子園に出てくる監督さんのなかには残念ながら、質問を適当にはぐらかしたり、露骨に馬鹿にした表情を浮かべる人がいる。馬淵さんはそのようなことを一切しないし、記者によって態度を変えることもない。拙い質問でも言葉はフランクだが、ちゃんと答えてくれる。
「馬淵さんはテレビでインタビュー受けているときも、プライベートで話をしているときも、全く態度が変わらないんです。本当に飾り気のない人です」
というのは、「勝ちすぎた監督」で今年の講談社ノンフィクション賞を受賞した、スポーツライターの中村計さん。中村さんの単行本デビュー作は松井秀喜の5連続敬遠を追った「甲子園が割れた日」で、その際に馬淵さんを取材して親交を深めた。
「テレビでは感じ良く、実際に会うと無愛想でガッカリさせられる人がいますが、馬淵さんはそうじゃない。ある意味で無防備な人なんです。一瞬で好きになりました」
報道陣へ過剰とも思えるリップサービスについて、中村さんは、
「馬淵さん自身はサービスしているという意識はないと思う」
と語る。
「馬淵さんは愛媛県の『大島』という、小さな小さな島で生まれ育ったんですけど、いつもタコやらウニやらを取っては、親や先生に、持っていってあげていたそうなんです。もういらない、というくらいに。馬淵さんが報道陣に話している姿を見ていると、なんか、そのエピソードを思い出しちゃうんですよ。あの損得抜きの『奉仕癖』は、根っからの体質なんじゃないかと思います。ちなみに馬淵さんって、人に親切にするとき、ちょっとぶっきらぼうになるんです」
馬淵さんというと、いまだに「松井の五敬遠」から良い印象を持たない読者もいるだろう。近くでその謦咳に接する機会がなければ、それも仕方ないかも知れない。私個人は2002年に明徳義塾が夏の大会で優勝したとき、甲子園の女神は赦したと考えている。ちなみあのとき、松井秀喜から間接的に馬淵さんに祝辞が寄せられている。