「『なりきる』というのは、あまり好きじゃないですね。なりきっちゃって、自分が好きに動くというのはよくない。演じている自分を見ているもう一つの自分を必ず置きながら、第三者の目で批判しつつ芝居をするようにしています。それが『住んでもらう』ということです。
そのためには、自分の中に役が入ってきてもらいやすいように、自分自身をからっぽにしておくよう心がけています。その役に対応できる柔軟性をもった体にしておくということですね。
どうしても『自分』というのには『自分なりの考え方』というのがあるでしょう。その一方で、役としての考え方がもう一つある。これがぶつかり合うことがあるんです。そうならないためにまず自分をなくし、その上で役に入ってもらうわけです。
ここまで役者をやってこられたのは、やっぱり観てくださったお客様のおかげです。『よかったよ』とか『あそこに感動したよ』とか、そういう風におっしゃっていただいた時、喜びを感じることができます。そこが役者という仕事の喜びだと思います。役者は、お客様あってのものです。表現したものを観てもらって初めて成り立つ。誰もいないところで演じて喜びを感じる役者はいません。観てくださった方の心の中に何かが入って、何かが変わってくれたと言われるのが一番嬉しい。ですから、役者にはそれだけ責任があるわけです」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
■撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2017年11月10日号