「春樹社長もそうですけど、年長者って叡智と経験の宝庫だったりするし、元々本書も中央公論の滝田樗陰(ちょいん)や改造社の山本実彦など、伝説的な出版人を煮詰めたような人物が戦後に活躍する、『ライオンズ~』的な小説にする予定だったんです。数字は10分の1になろうと、出版人のやっていることは昔も今も変わらないことが、浮き彫りになればと思って。
ところが300枚書いた時点でそれでは面白くないことに気づき、どうせなら女子目線も書きたいと思って今の形にしたんです。でも絢子一人で書き通すほど、僕は25歳女性に詳しくない。そこで岩田を登場させたら話が俄然動き出し、つくづく僕はオジサンを書くのが好きなんだと思う(笑い)」
実家が信州上田で印刷屋を営み、よく校正も手伝っていた絢子は、目にしたことは瞬時に憶えるサヴァン的能力の持ち主でもあった。
当然本好きで、読書メーターに〈あやたんぬ〉名で日々感想を書きこむ彼女は、入社早々、イシマル書房がIT企業〈CTカンパニー〉の傘下にあり、パチンコメーカーへの株譲渡を迫られている事実を知る。しかも最新刊〈『里山の多様性』〉が関係者の大麻使用疑惑で回収騒ぎに遭い、石丸はいよいよ窮地に立たされる。そこで助っ人として募集したのが〈シニア・インターン〉だ。
「着想は石丸と同じく映画『マイ・インターン』です。デ・ニーロ演じる老インターンと若い女性上司の関係が僕もわりと好きで、大手出版社を定年退職し、妻にも先立たれた岩田の出し方としては、格好の設定だと。
彼の長年の編集スキルを眠らせておくのは惜しいし、作家と編集者の関係が描けなければ本書は成立しない。出版界を扱った小説や映画は確かに多い。でも大抵はお仕事小説で、作家と編集の言葉にならない関係とか作品が生まれるまでの核心部分は、他ジャンルに比べると面白くなりにくいんです。でも僕はそこを読みたいし、最も謎めいたドラマなので、この岩田と、剽窃事件で消えた〈島津〉がもう一度生き直す物語に核心が移っていきました」