島津正臣。現在は別名の官能小説家として活動する彼は、人気ハードボイルド作家から歴史小説に転向後、先行作から〈八行〉盗用したとして文壇を追われていた。実はその時の担当が岩田で、その8行を故意に盗作したのではない彼を守りきれなかった岩田は、この勝負作の書き手に島津を推したのだ。
◆「生き延びる」は日本全体のテーマ
結局、15万部は5万部×3部作でめざすことになり、島津の才能を信じ、何かと協力してくれた官能小説の担当編集者〈三宅〉こそ、最大の功労者だったりした。こうして作戦は動きだし、以下はその作中作〈『小説 古事記』〉の書き出しである。
〈はるか古代、中国の長江下流域に、漁労をなりわいとする一族があった〉〈彼らは八百万の神を崇めていたが、とりわけ水辺の神に親しみをおぼえていた〉〈しかし稲が主食の地位に近づくにつれ、恵みをもたらしてくれる太陽神を大切に祀るようになった〉〈歴史の跫音が聞こえてきた〉……。
「僕も古代史は大好きで、最初は認知度の高い忠臣蔵を書かせるつもりだったんですけどね。ところが誰に聞いても『そこは古事記だろう』と言われ、だったら自説も書いちゃえと思って。
つまり大和民族の先祖は中国から来たボートピープルで、〈生き延びる〉ためにこの島国に渡ってきたこと。それは生き延びるを社是とする石丸へのエールであると同時に、今の出版業界や日本全体のテーマでもあると思ったんですね。むろん僕としては1年で15万部という時限装置をハリウッドメソッド的に機能させた、あくまで面白い物語を書いた。でもそうした虚構にこそ、根や葉は要るので」