その後もネットで島津の過去が叩かれるなど、事態は二転三転。しかし最後は作品の力が物を言い、書店員の熱き応援や好奇の目を逆手に取る島津の胆力など、人々の本気が織りなす光景に圧倒されるのは何も絢子だけではない。特に終盤で石丸が言う〈我々が何よりも生き延びさせなくてはいけないもの、それは『小説 古事記』〉というセリフは、企業の存続や目先の利益を超えたホンモノの光として、読者も含めた誰をも照らす。
「生き延びる主語が自分から作品に移っていくのも、昔の僕ならただの綺麗事に感じたと思う。でも自分はここでしか生きられないと覚悟した今は、自分を超えた存在のために働きたいとか、誰もがそういう境地に行き着くのでは、と思う。
そもそも出版人の最大の美点は、いいものはいいと社の垣根を越えて認め合えること。そんな滝田樗陰の時代から続く伝統に僕自身、小説を書くことで連なりたいのかもしれません」
根も葉もある嘘。それはかの古事記にも通じ、島津が書き、それを岩田や絢子や三宅が支えて、竜己や全国の書店員が心を込めて売る―。それ自体、奇蹟のような出来事を、まるで彼らがそこに生きているかのように描く著者の筆にも、おそらく真実は宿っている。
【プロフィール】ひらおか・ようめい/1977年横浜生まれ。慶應義塾大学文学部卒。「僕は元々作家になるつもりで留年し、たまたま滑り込めた出版社に入ってからも5、6社は転々としました。要は編集者に向いてなくて」。その後は角川春樹事務所勤務等を経て、2013年「松田さんの181日」で第93回オール讀物新人賞。他に『ライオンズ、1958。』。本書には神保町の飲食店も実名で登場、「他にさぼうるとランチョンとキッチン南海もよく行きます」。174cm、68kg、B型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年11月24日号