ライフ

【著者に訊け】原田マハ 日本人画商を入口にゴッホ半生紡ぐ

『たゆたえども沈まず』を上梓した原田マハさん

【著者に訊け】原田マハさん/『たゆたえども沈まず』/幻冬舎/1728円

【本の内容】
 19世紀末のパリ。日本美術を扱う画商の林忠正のもとで働こうと、日本から重吉がやってくる。同じころ、画廊に勤めるテオのもとに、兄で売れない画家のゴッホが転がり込んできた。4人は浮世絵を介して知り合う。才能に恵まれながら不器用にしか生きられないゴッホを3人は陰日向に支えようとするが、彼の絵は世間に受け入れられず…。

 感情をカンヴァスにぶつけるように激しい絵を描くゴッホ。その弟で一流の画廊に勤めるテオ、日本人画商の林忠正と重吉の4人が19世紀末のパリで出会い、友情を結ぶ。原田マハさんの新作は、ゴッホと日本人の交流を描いた意欲作だ。

「始まりは、日本人はなぜモネやルノワールなどの印象派やゴッホの絵が好きなのか、という長年の疑問でした」

 調べてみると、19世紀末のヨーロッパで日本美術ブームが起こり、浮世絵を見た印象派の画家やゴッホが、極端な遠近感などの日本の画法を自分の絵に取り入れた。それで日本人は彼らの絵に自らのDNAをかぎとり、心地よく感じるのかもしれない。当時、パリで浮世絵を商っていたのが忠正だった。

「日本人初のグローバルなビジネスマンだと思います。たった一人で西洋のマーケットに日本美術を持ち込み、価値を認めさせました。にもかかわらず、彼の名前はほとんど知られていません」

 彼の復権をはかりたいと考えた原田さんは、忠正を入口にゴッホの半生の物語を紡いでいった。

 ゴッホの人生は苦難の連続だった。彼の絵は完璧な構図と色彩を備えた優等生的なものではない。生前は評価されず、1枚も売れなかった。パリから都落ちするように南仏のアルルへ。画家のゴーギャンとの共同生活は破たんし、自分の耳を切る事件を起こして、自らサンレミの療養院に入る。苦悩の中で描いたのが、表紙カバーにもなっている代表作「星月夜」だ。

「取材で2回、現地に行きましたが、まあ寂しいところですよ。どん底にいたゴッホが、ここでなぜこんなに美しい絵を描けたのか、作品自体がミステリーです」

 彼は純粋に描きたい絵を描き、パリにいる弟のテオに届けた。

「アートは自分が描いただけでは作品とはいえません。受け止める人がいて初めてアート作品になるんです。ゴッホには自分の絵をぶつける相手がいた。テオに見てもらいたい、という強い気持ちがあったから描けた。それはゴッホの生前の幸福だったと思います」

 みんなの願いむなしくゴッホは自ら命を絶ち、物語は終焉を迎える。4人の情熱が静かに胸を打ち、ゴッホがぐっと身近になる一冊だ。

撮影/矢口和也、取材・文/仲宇佐ゆり

※女性セブン2017年11月30日・12月7日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《大谷翔平バースデー》真美子さんの“第一子につきっきり”生活を勇気づけている「強力な味方」、夫妻が迎える「家族の特別な儀式」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑 伊東市民から出る怒りと呆れ「高卒だっていい、嘘つかなきゃいいんだよ」「これ以上地元が笑いものにされるのは勘弁」
NEWSポストセブン
東京・新宿のネオン街
《「歌舞伎町弁護士」が見た性風俗店「本番トラブル」の実態》デリヘル嬢はマネジャーに電話をかけ、「むりやり本番をさせられた」と喚めき散らした
NEWSポストセブン
横浜地裁(時事通信フォト)
《アイスピックで目ぐりぐりやったあと…》多摩川スーツケース殺人初公判 被告の女が母親に送っていた“被害者への憎しみLINE” 裁判で説明された「殺人一家」の動機とは
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《女優・遠野なぎこのマンションで遺体発見》近隣住民は「強烈な消毒液の匂いが漂ってきた」「ポストが郵便物でパンパンで」…関係者は「本人と連絡が取れていない」
NEWSポストセブン
記者が発行した卒業証明書と田久保市長(右/時事通信)
《偽造or本物で議論噴出》“黄ばんだ紙”に3つの朱肉…田久保真紀・伊東市長 が見せていた“卒業証書らしき書類”のナゾ
NEWSポストセブン
JESEA主席研究員兼最高技術責任者で中国人研究者の郭広猛博士
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「箱根で見られた“急激に隆起”の兆候」「根室半島から釧路を含む広範囲で大きく沈降」…5つの警戒ゾーン
週刊ポスト
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト