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2017.12.24 07:00  NEWSポストセブン

杉浦幸 婚姻届や血の手紙が送られてきたアイドル時代を回顧

「アイドル時代は人生勉強の貴重な時間でした」と杉浦さん


──熱狂的すぎるファンレターもたくさんもらったのではないですか?

「事務所に大きな段ボールで届けられたことはありました。とてもすべて読み切れない量でしたが、中には刑務所から『待たせてゴメン。出所したら必ず迎えに行く』という手紙があったり、手を切っている写真と一緒に血で『幸命』と書かれた封書が入っていたりしたこともあります。

 一番怖かったのは、私のハンコを押せばいいだけの『婚姻届』が送られてきたことです。しかも、家の鍵まで入っていて、『ここに引っ越そうと思う。○月×日に親も来るから会ってほしい』と物件の情報が添えられていました(苦笑)」

──人気絶頂のときには、アイドル同士の嫌がらせや喧嘩もあったのでは?

「私はそんなにイジメられた覚えはないんです。先輩アイドルから『なんでアンタがそこに座ってるのよ!』とか、挨拶を無視されたりしたことはありますが、まだマシなほう。楽屋を追い出された子もいましたからね」

──杉浦さんは“不良”の雰囲気も醸し出していたので、逆に怖がられていたのでは? ネットでは山瀬まみさんを泣かせた過去があると書き込まれています。

「ラジオの収録中に泣かせたという噂ですよね。まったくそんな事実はありません。山瀬とは仲が良く、しょっちゅう電話もしてましたしね。確かに、他愛もない言い合いはしましたが、それも仲がよかったからこそ。逆に『山瀬が杉浦を泣かせた』とならなかったのは、私のイメージなんでしょうね」

──趣味のパチンコや麻雀関連の仕事もするようになって、杉浦さんの清純なアイドルイメージは次第に崩れていきましたね。

「パチンコを始めたのは、母親の影響です。まだ電車通勤だった時代に母が毎日駅まで私を迎えに来てくれていたのですが、当時は携帯電話もなかったので仕事が長引くと3時間も4時間もベンチに座っていて……。そこで、暑さ寒さもしのげるパチンコ屋さんで待つようになり、気付いたら私も仕事帰りに母の隣で打っていました(笑い)。

 麻雀はよく正月に家族でやっていたので、昔からルールは知っていました。20代のころはドラマの撮影が翌日にあっても、地元の友達と徹マンをすることもありましたが、セリフは現場に向かう電車やタクシーの中で覚えて完璧でしたよ」

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