以来、親の愛情を知らない利根は3人で囲むささやかな食卓を心の拠り所とする。中でも2人の父親役も兼ねるけいの人生哲学がいい。カンちゃんが母親の職業をからかわれ、自室のドアに〈ソープランド〉〈ビッチ〉などと落書きされた時のこと。利根から〈傷つけられたままだと、そこから組織が腐っていく〉と諭され、悪戯した同級生を待ち伏せて頭上からペンキをぶちまけたカンちゃんに、けいは言う。〈ちょうどいい罰だろうね。それ以上厳しかったら、加害者と被害者が逆転しちまう〉
そしてこの「相応の罰」の難しさが、読む者をラストまで翻弄するのである。
「仮に殺人犯の動機が復讐だったとして、その罰が相応かという問題は残る。役所は〈不正受給〉の問題もあるから申請を全部通すわけにもいかないし、その上で彼らの職業倫理や公私の葛藤について、考えてもらえたらいいなと思って」
読者は利根ら3人の蜜月を愛すればこそ殺意に寄り添いすらし、生活保護の実態を知るほど遠のく答えを、犯人側への共感を抱えつつ考えさせるところが、本書最大のしてやられた感と言っていい。笘篠自身も震災で妻と子を失い、護れなかった自分を責めてきただけに、けいの末路には怒りすら覚えるが、それと犯罪をゆるすこととは別の問題だ。
「僕もこれらの実態には人並みには怒ってますよ。ただそれを主張するための作品ではないです。僕には主義主張や承認欲求が微塵もない。むしろみんなが感じていて言葉にならないことを言語化するのが作家の仕事で、奇を衒った謎や展開で読者を楽しませるのだけがエンタメではないと思う。