ミホさんはAに「父親」としての役割を望んでいたが、次第に男性としてのAという存在意義を見つけてしまった。「若かったがゆえの過ち」と本人が回顧するように、子も大事だが、女としての自分、そして男性としてのAの存在も失いたくないという心境だったという。
子供が保育園に通うようになった頃には、Aは一切働かず、昼間から家でゴロゴロし、夕方になればミホさんの財布から抜き取った金で飲み歩くようにもなっていた。口論も増え、髪の毛を引っ張られたり、肩を殴られることもあった。そしてさらに、そんな二人の様子を見て泣き出す子供にまで、Aは手を出したのだ。
「私たちの喧嘩を見て、子供が泣いていました。Aは酔っ払っており、子供に”うるさい”とティッシュ箱を投げつけた……。私が殴られているのを見て、子供が泣きながら止めに入る……。Aは子供の首を掴んで床に倒し”ムカつく顔したガキ”と言い放った……」
ポロポロと涙ながらに話すミホさんだが、ここまでされても、まさに我が子に生命の危機が訪れていても、Aとの離別を、Aの前から子供を抱いて逃げ出そうとできなかったのはなぜか。
「夫がいない、父親がいない、という環境でやってきたためか、Aがいなくなることをとても恐れていたんだと思います。子供のために、そして私のためにも夫や父親という男性の存在を求めていたはずなのに、いつの間にかAがいなくなると困る、やっていけない、と勘違いしてしまっていた……。子供が殴られようと、私が殴られお金を取られようと、三人でいるということ、子供と両親、という形でいなきゃいけないと思い込み、Aのやることを我慢していたんです」
前述したように、父親や夫がいなくとも、ミホさん親子は”普通”に生活ができていた。にも関わらず、父親や夫の”役割”をする存在を求めたのは、世間体だったのか、ミホさん自身が心から”必要だ”と感じたからか。その後もAは働くことなく、家で酒を飲んではミホさんや子供を殴り、罵倒し、家中をめちゃくちゃにした挙句にミホさんの財布から金を抜き取り、飲みに出かけるという生活を続けた。
そしてある日、泥酔したAが明け方にバタバタと帰宅し、目覚めて泣く子供をビンタした。止めに入ったミホさんも突き飛ばされ、はずみでタンスに頭をぶつけ、五針を縫う大怪我を負ったのだった。
「そこで初めて、母親にAのことを相談したんです。怒った母親が飛んできてAに問い詰めると、Aは泣きながら土下座し謝りました。でも、全然働かず、相変わらず飲んでばかりか”また親にチクるのか”とか”可愛げのないガキ”など暴言を吐き続けました。さすがの私も目が覚めて、Aがいない間に子供と実家に帰りました」