象徴的な例をあげよう。日本企業でも以前から社員の自発性、主体性が大切だという認識は持っている。そして「自立型人材」「自走社員」の育成をテーマに掲げてきた。ところが、それを実践に移す段階になると、理念とまったく逆のことをやっているケースが少なくない。

 たとえば「自立型社員の育成」を看板に掲げた研修では、自立型社員になるための課題をたくさん与え、仕事のノウハウを教え込む。そして職場では自立的に行動できているかどうかが上司によってチェックされ、人事評価の対象となる。

 これではいっそう受動的になるばかりで、とても自立的な社員は育たない。つまり、目指す人材像が「ネコ型」であっても、やっていることは「イヌ扱い」なのである。それは長年の工業社会で染みついた模範的な社員像、模範的な指導法が頭のなか、組織のなかに染みついているからだ。

 会社だけではない。家庭でも同じような「失敗」をしがちだ。ノーベル文学賞を受賞した作家、大江健三郎は著書『あいまいな日本の私』(岩波新書、1995年)のなかで、次のような体験談を述べている。

 大江が痛風で動けなくなり1週間、居間の長いすに寝そべり何もできずにいたことがあった。すると障害をもち当時子どもだった息子の光さんが、喜んでそばを駆け回り、大江のためにいろいろと役立とうとしてくれた。

 ところが大江の痛風が治ると、もとの静かな光さんに戻り、喜んで走り回ることもなくなったそうだ。それについて大江は、自分と息子の間に一時的に上下関係の逆転があったのではないかと解釈している。そして、自分は子どもを理解し、子どもの側に立って生きていこうとしてきたが、知らず知らずのうちに自分が家庭のなかで子どもより優位に立っていることがあったのではないか、と反省している。

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