ライフ

【鴻巣友季子氏書評】作者の強迫観念が生んだ桃源郷

『魔法にかかった男』/ディーノ・ブッツァーティ・著

【書評】『魔法にかかった男』/ディーノ・ブッツァーティ・著/長野徹・訳/東宣出版/2200円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 ブッツァーティを初めて知ったのは、堀江敏幸の小説『河岸忘日抄』だった。主人公がこの作家の短編「K」(別題「コロンブレ」)を読む。ステファノという男が、死を司る海の化物「K」に追われていると思いこみ一生を過ごすと……という物語だ。明確な理由もなく漠とした予感に憑かれ、「あれがそろそろ来る」と怯え続ける心境は、さまざまな比喩として読みうるだろう。

 作者の文章には、緻密に編みこまれた寓意と暗喩の網の目がある。本短編集には、ふと誰かを見かけることに始まる編がいくつかあり、私はとても惹かれた。

「K」と似た主題をもつのは「個人的な付き添い」である。少年時の語り手は城壁の外に、ステッキを持って、自分を待っている男がいるのを見かける。見覚えがあるようだが、何者なのかわからない。その後もときおり男は現れ、やがて語り手が行く先々についてまわるようになり、いつしか語り手は男の出現を待ちわびるようになる。ステッキの男は語り手の分身なのだろうか?

 あるいは、街で見知らぬ男が突然、やあ、中学の同窓生だった〇〇だよと話しかけてくる「家の中の蛆虫」。男は次第に語り手の家庭に居着き、語り手の弱みにつけこんで家も事業も……。闖入と乗っ取りのモチーフが安部公房の戯曲「友達」や、藤子不二雄(A)の漫画「ヤドカリ一家」、もしくは現実の「尼崎連続殺人事件」なども思わせて、かなり怖い。

関連記事

トピックス

防犯カメラが捉えた緊迫の一幕とは──
《浜松・ガールズバー店員2人刺殺》「『お父さん、すみません』と泣いて土下座して…」被害者・竹内朋香さんの夫が振り返る“両手ナイフ男”の凶行からの壮絶な半年間
NEWSポストセブン
リモートワークや打合せに使われることもあるカラオケボックス(写真提供/イメージマート)
《警視庁記者クラブの記者がカラオケボックスで乱痴気騒ぎ》個室内で「行為」に及ぶ人たちの実態 従業員の嘆き「珍しくない話」「注意に行くことになってるけど、仕事とはいえ嫌。逆ギレされることもある」 
NEWSポストセブン
「最長片道切符の旅」を達成した伊藤桃さん
「西国分寺から立川…2駅の移動に7時間半」11000kmを“一筆書き”した鉄旅タレント・伊藤桃が語る「過酷すぎるルート」と「撮り鉄」への本音
NEWSポストセブン
ドジャース・山本由伸投手(TikTokより)
《好みのタイプは年上モデル》ドジャース・山本由伸の多忙なオフに…Nikiとの関係は終了も現在も続く“友人関係”
NEWSポストセブン
齋藤元彦・兵庫県知事と、名誉毀損罪で起訴された「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志被告(時事通信フォト)
NHK党・立花孝志被告「相次ぐ刑事告訴」でもまだまだ“信奉者”がいるのはなぜ…? 「この世の闇を照らしてくれる」との声も
NEWSポストセブン
ライブ配信アプリ「ふわっち」のライバー・“最上あい”こと佐藤愛里さん(Xより)、高野健一容疑者の卒アル写真
《高田馬場・女性ライバー刺殺》「僕も殺されるんじゃないかと…」最上あいさんの元婚約者が死を乗り越え“山手線1周配信”…推し活で横行する「闇投げ銭」に警鐘
NEWSポストセブン
伊勢ヶ濱親方と白鵬氏
旧宮城野部屋力士の一斉改名で角界に波紋 白鵬氏の「鵬」が弟子たちの四股名から消え、「部屋再興がなくなった」「再興できても炎鵬がゼロからのスタートか」の声
NEWSポストセブン
環境活動家のグレタ・トゥンベリさん(22)
《不敵な笑みでテロ組織のデモに参加》“環境少女グレタ・トゥンベリさん”の過激化が止まらずイギリスで逮捕「イスラエルに拿捕され、ギリシャに強制送還されたことも」
NEWSポストセブン
親子4人死亡の3日後、”5人目の遺体”が別のマンションで発見された
《中堅ゼネコン勤務の“27歳交際相手”は牛刀で刺殺》「赤い軽自動車で出かけていた」親子4人死亡事件の母親がみせていた“不可解な行動” 「長男と口元がそっくりの美人なお母さん」
NEWSポストセブン
荒川静香さん以来、約20年ぶりの金メダルを目指す坂本花織選手(写真/AFLO)
《2026年大予測》ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート 坂本花織選手、“りくりゅう”ペアなど日本の「メダル連発」に期待 浅田真央の動向にも注目
女性セブン
トランプ大統領もエスプタイン元被告との過去に親交があった1人(民主党より)
《電マ、ナースセットなど用途不明のグッズの数々》数千枚の写真が公開…10代女性らが被害に遭った“悪魔の館”で発見された数々の物品【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さん(時事通信フォト)
《ハワイで白黒ペアルック》「大谷翔平さんですか?」に真美子さんは“余裕の対応”…ファンが投稿した「ファミリーの仲睦まじい姿」
NEWSポストセブン