母の願いを叶えた金正恩だが、父に対する複雑な思いも見え隠れする。最高指導者となった金正恩は2012年7月、妻・李雪主と遊園地の竣工式に登場し、北朝鮮ウォッチャーを驚かせた。金日成も金正日も、夫婦で仲良く公の場に出ることはなかったからだ。
李雪主を登場させることには旧態依然とした北朝鮮指導層から反発もあっただろう。それにもかかわらず金正恩が妻を公の場に出した裏には、父への意趣返しがあると筆者は見る。父の女遊びに苦労する母を見ていた金正恩が「俺はオヤジのようにはなりたくない。だから嫁を大切にする」という思いを抱いてもおかしくはない。
同じ2012年には、高ヨンヒを偶像化する内部映像が製作され幹部を中心に出回った。もし高ヨンヒが生きていれば60歳、すなわち還暦だった。
実母が在日朝鮮人であることが明らかになれば、なによりも血統を重視する北朝鮮のプロパガンダからすれば、金正恩に傷がつきかねない。それでも高ヨンヒを「日陰の女」にしたくないという、金正恩の母に対する強い思いゆえだった。2017年に起きた金正男暗殺も、高ヨンヒの血脈以外は排除するという金正恩の強い意志の現れかもしれない。