ライフ

財布レス生活が奪った「選ぶ喜び」「誰かに買って帰る幸せ」

年をとっても“誰かに買って帰る”ことは幸せであり喜び(写真/アフロ)

 認知症の母(83才)の介護にあたるN記者(54才・女性)。母の物盗られ妄想に悩んだが、サービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)に入居し、お金が不要な生活となり、症状は落ち着いた。しかし…。

 * * *
 6年前、父が急死したことで独居になった母。頻繁に「お金がない、財布がない」と電話をしてくるようになり、「今警察に、N(私)が怪しいと告げたから、もうすぐ刑事がそちらに行くからね」と、妄想は次第にサスペンスドラマの様相を呈していった。

 当時の母は、そんな状態にありながらも、毎日片道30分かけてスーパーに歩いて行き、日々の食材や日用品を買っていた。亡き父に代わって私が2万~3万円ずつ下ろし、母の財布に入れるようにしたのは、やはり認知症でカード類を持たせるのが心配だったから。クレジットカードも解約し、現金払いを徹底した。

 その後母は激やせし、自炊を断念した時点でも、冷蔵庫の中には賞味期限切れを含めてたくさんの物が詰まっていた。ルーティンとはいえ、買い物は続けていたらしい。自分の生活を支える財布だからこそ、それが見当たらない不安が、滑稽なほど大きな妄想を生んだのかもしれない。

 その後、今の住まいであるサ高住に転居。食事は食堂に頼み、日用品はたまに私が買って届けることでこと足りた。母が現金を扱う必要をなくしたのだ。母の不安の元凶を一掃するつもりだったが、その目論見は大当たり。

 サ高住での生活が始まると間もなく、母の物盗られ妄想はピタリとやんだ。わかってはいても、やはり実の親に泥棒呼ばわりされたことはつらかったから、心の中でガッツポーズをした。

「やきとり! 買って帰ろうかしら、パパの晩酌の肴に」

 母と出掛けた帰り道、夕暮れ時の商店街に出ていた屋台を見つけて、母がつぶやいた。一瞬、父の生前にワープしたようだがすぐに取り繕った。

「もうパパはいないけどね(笑い)。パパは日が暮れると自分で晩酌の用意をするのよ。夕飯の支度をしている間、やきとりでも出しておけば、勝手に飲んで待ってるの。手間のかからない人だったわね」

 父はもっぱらウイスキー党だった。グラスに山盛りの氷を入れ、ウイスキーを注いで指で氷を回す。そこに添える何かいい肴がないかと、母はいつも考えていたのだろう。

 私も主婦の端くれだからわかる。仕事中でも頭の片隅ではいつも夕飯のことを考えている。疲れた足取りでスーパーに寄り、いい献立がひらめくような食材が買えると、一気に気持ちがアガるのだ。

 買い物はオンナの底力を呼び起こす。母にはもうその機会がほとんどない。買い物を巡るリスクと引き換えに母が失ったものに、今さらながらに気づかされた。

 今も母の財布にはつねに1万円くらいの現金を入れてある。母が唯一、1人で行ける近所のコンビニで、雑誌や父の仏前に供えるお酒を買うためだが、必要に迫られているわけではない。そういえば街中のブティックで、気になる服を手に取ることも少なくなった。

 それでも好きな書店に行くと、かろうじて買い物欲の炎が燃え上がる。さんざん迷って買う本を選び、うれしそうにレジに向かう母を見るにつけ、この小さな炎だけは消すまいと、改めて心に誓うのだ。

※女性セブン2018年7月19・26日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

長男・泰介君の誕生日祝い
妻と子供3人を失った警察官・大間圭介さん「『純烈』さんに憧れて…」始めたギター弾き語り「後悔のないように生きたい」考え始めた家族の三回忌【能登半島地震から2年】
NEWSポストセブン
古谷敏氏(左)と藤岡弘、氏による二大ヒーロー夢の初対談
【二大ヒーロー夢の初対談】60周年ウルトラマン&55周年仮面ライダー、古谷敏と藤岡弘、が明かす秘話 「それぞれの生みの親が僕たちへ語りかけてくれた言葉が、ここまで導いてくれた」
週刊ポスト
小林ひとみ
結婚したのは“事務所の社長”…元セクシー女優・小林ひとみ(62)が直面した“2児の子育て”と“実際の収入”「背に腹は代えられない」仕事と育児を両立した“怒涛の日々” 
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン